37話 魔獣島(9) いにしえの部屋
成功だ!
さっきの場所に入れた。
しかし、魔術が作用しないので、ここがどこなのか分からないが、まあいい。
戻れるのだから。
やはり、次元魔術を発動した状態というのが鍵か。
そうであれば、この部屋に入れる者は、相当限られるはずだからな。
さっきの轍を踏まぬように、他の魔術は使わず暗さに眼が慣れるまで待つ。
数分待って視界が広がった。
おっと、壁に触らないようにしないとな。気を付けつつ振り返る。
部屋の中央に螺旋階段がある。そして感じる夥しい数の魔力の気配は下だ。
俺は好奇心だけが勝り、何の不安を覚えず降りていく。数十m降りたところに踊り場があって、仄明るい部屋に続く入り口があった。
なんだ、この部屋は。
そう思った時に、俺の意識レベルが大きく下がった。
何者かに操られるように部屋に入る。
円筒の部屋だ。中央に太い柱があり、螺旋状の筋が見える。柱と床との境目に数十もの軌道が放射状に広がっている。それぞれの斜面が下りきった先は、床から突き出た6角柱に吸い込まれている。先程感じたの魔力の根源はそれだ。
なんなんだ、ここは?
斜面、そして柱に刻まれた螺旋状の溝には、キラキラと光り、魔力を感じる何かが並んでいる。
俺は、耳が痛くなるような感覚に襲われながら、中央の柱に歩み寄ると、それを触った。
細かく振動している。
結晶には何かの液体が入っている。
その先、斜面の先の6角柱の上端には、透明なドームがあり、その中には美しい紫の大きな結晶と、魔獣結晶が2つ入っている。
目は開いて物を見ては居るが、考えがまとまらない。
この魔力場に負けてはだめだ。
考えろ!
頭を勢いよく振る。何度も何度も。
若干すっきりしてきた。
これは、魔獣結晶──ではない。
どんな魔獣にも変わりうる、幹結晶とでも言うものか。
そして、この柱は超音波震動してる。
ああ、ネジなど細かい部品を1つずつ取り出す装置、パーツフィーダと同じか。摩擦を減らして思うところに物を移送する。
そのとき。
強烈な魔力の高まりを感じて、そちらを見ると、やや離れたドームの紫結晶が眼を背ける程輝いた。光が収まると、ドームの下にある円筒の端から、黄色い魔獣結晶が転がり出る。そして、床に刻まれた紋章がぼうと発光し、結晶は音もなく消えた。
キーン・キ・キキキキキ…。
結晶の並びが1つずれ、涼やかな音が上方へ無限に連なっていった。
俺は理解した。
ここは。
闘皇の化身を支えるシステム。無論、中之島の力皇の化身だけではない。
この世界全体の中枢。
中央の柱は、結晶の原型のストック。
そして上部ドームのオリジナル魔獣結晶を複写する6角柱群。
それを各所の転移させる紋章達。
それが挑戦者達が次々斃す化身魔獣を召喚させるシステムだ。
意外だ
闘皇の化身システムが、こういうメカっぽい物だったとはな。もっと魔術で形作られていると思っていたが。
しかし、どうしてこんな物を?誰が作ったのか?
それに答える者は、ここには居ない。
さっきの階段には、まだ下があったな。
階段の行き止まり、階下まで降りると部屋が有った。
俺が入ると、明かりが点き、空調の紋章魔法が機能しだした。饐えて淀んだ空気がみるみる換気されていく。
机と大きな椅子、元は布張りだっただったのだろう、布地が風化してぼろぼろになってその場の床に落ちている。
何十年、いや数百年、誰もここには来なかったと言うところか。
机の上に1冊本が置いてある。
革張りの薄い冊子だ。
ひび割れているので注意深く手に取る。運営記録と日本語で書いてある。
どうやら、この冊子は既にシステム運用が始まって、月日が経った何冊目かのものようだ。”X月X日異常なし、X個消費”ばかりが続く。
おっ。
別のことが書いてある。
『システムを立ち上げて3ヶ月が経過した。このまま100ヶ日を迎えれば、ここを去ろうと思う』
その10ページ後。
『とうとう100日が経過した。全て順調だ。今は亡き我が夫と仲間の偉業を後世に伝えるべく、闘皇の加護を下賜するシステムを作り上げた。千年先まで稼働させ続ける自信が出来た。紫夢幻晶の減衰が皆無だからだ。今日ここを去る』
記載はそこで途絶えた。一応最後までめくってみる。
ん?何か書いてある。
『訪れし後世の者よ。原典魔術を備える者よ。願わくば、ここのことは忘れて欲しい。代わりに、右の壁にオーブがある。触って欲しい。代わりに我が乏しき原典の知を授けよう。メガエラ・アメリウス』
メガエラ・アメリウス…。
ビッグネームが出てきたぞ!
伝説の始祖三賢者の名前だ。
どこからともなく現れ、錬金術を嗜み、空を飛び、雷霆を操り、火竜を手なづけた…か。
王立図書館で読んだ本には、そう書かれていたが。
玄天魔術と原典魔術。同じ意味か。
ランペール王国王女と名が同じだが。
この冊子を記した方がオリジナルで、王女の方こそ、その名に因み名付けたらしい。
虚実不明とのことだったが、実在したということか。
しかし、夫と仲間のことを後世に伝えたくて、これだけの物を作ったとはな。残念ながら、彼女のことは伝説として伝わるが、王立図書館の書籍でも仲間達とだけの記載だけだった。
妄執、煩悩と断じることはできないな。
壁のオーブ…あの球体のことだろう。
さて、どうするべきか。
あの化身システムに使われていた紫夢幻晶は、とんでもない秘宝だろう。
青色の転移結晶を遙かに凌ぐ魔力を感じる。あれをそのままにするのか…。ただ、取り出せばシステムが機能しなくなるのは自明だ。
もう一つ疑問がある。
原典魔術が使える者を、ここへ入れるようにしたのはなぜだろう?
単純にメンテナンスのためだけとは思えないな。
彼女の才知をもってすれば、自身以外、誰も入れないようにもできたはずだ。願わくばなどと下手に出る必要もなくなる。
であるならば、深くはわからないが、何かを託したかったのだろう。俺のような者が、ここを訪れ。そして──。
ここの創造主には、既に恩がある。
ラムダの加護を貰った。
欲の掻き過ぎは身を滅ぼす。それに呪われるのは、もうたくさんだ。
意を決して、オーブに触る。
その刹那、光の洪水が、押し寄せてきた。
結晶学、紋章学、生物工学、魔気工学、魔術言語学、時空物理学、不確定性複素宇宙論…。
まさに知の奔流。これが原典の知か。
脳裏で渦巻き沸騰したが、やがて沈静化した。理解はしていないが、記憶はした…そういう状態か。
知らぬ間に眼を閉じていた。瞼を開けると、もはや室内ではなかった。
化身がこちらを見ている。
「また明日な」
────────────────────
誰だ……お前は誰なんだ…。
白い空間で、顔の見えない存在がいる。
── 忘れたのか ──
忘れた…?
── 貴様は知っている ──
知らない…
── 俺は貴様の影だ ──
影…
── 決して影を無くすことはできぬ ──
────────────────────
魔獣島生活4日目。
相変わらず魘されて起きた。寝汗がひどい。
影──
頭にあった言葉を口にしてみる。
何のことだ。
何か夢を見たのか?思い出せない。
無駄だな。
それは置くとして。
目覚めたときに、この部屋に人の気配があったのだが。
覚醒しつつあるが、それが夢か現かよくわからない。シャワーを浴びるとしよう。
身支度を整え、外に出ると二人が待っていた。
今日は曇っている。どんよりとした空模様で、ここ数日に比べて涼しい。
しかし、ラムダは相変わらずの薄着だ。その視線に気付いたらしい。
「いやあ、シグマに温度調節の紋章を刻んで貰ったけどさあ」
ラムダの強化。
常々そう思ってきたし、実践もしてきた。
が、それに加えて記憶した紋章学、魔気工学を使ってみたかったというのもある。だから、施したのはもちろん温調だけではなく、防御力も魔石で向上する魔術回路を描いた。
「いや、そのビスチェ…みたいなプレートアーマだけを強化した訳じゃない。前のスケイルアーマにも同じようにしたろ」
「ええぇぇ。良いじゃない。こっちの方が動きやすいんだよね。第一、ここには、シグマ以外の男も居ないしさあ」
「お嬢様、シグマ様はそう言うことを仰ってるんじゃないと思いますが」
「わかってる、わかってるって、アンジー。で、さあ。シグマ!そろそろ、ボクの武器を返して貰いたいんだけど」
「ああ」
虚空庫から出庫して、鉾槍を渡す。
「あれ?」
ラムダが、鉾の刃を手ぬぐいで拭きだした。
「消えない…って、なんだこれ?魔石?シグマーーー!」
俺に詰め寄ってくる。
「これ、どういうこと?」
「えーと。一昨日、槍の技を見せてくれたときの千斤斬てのがあったよな」
「うん。槍というよりは鉾だけどね…ってそんなことを訊いてるんじゃなくて」
「あとで、しっかり説明する。まずは千斤斬の話だ」
「ううう。千斤漸ね。刃を走らせて、重み以上の衝撃を与える技だけど、それが?」
まだ、興奮が収まらないようだ。
「それを、増幅する仕組みを追加した。まずはこれを斬ってみてくれ」
「ああん、やっぱり。夕べこれを渡すときに、何だか嫌な予感がしたんだよなあ…。やっちゃった物は仕方ないか…。それ、粘土?」
直径30cm、高さ2m程粘土棒を2本、地面に立てた。赤い密度の高いヤツだ。
「これを斬れば良いの?」
「ああ、千斤斬でな」
「わかった…」
ふう。いやぁぁああ。
流石に槍術上級スキルを持っているだけのことはある。粘土棒を斬り飛ばした。
「よし。次は、その黒い魔石に念を込めてみてくれ」
「でも、ボクは魔術士じゃないよ」
「できる」
「わかった。むぅ……シグマ、光ったよ」
「よし。斬れ!」
はあぁぁぁぁああ…あっ。おっと。
ラムダは、振り切ったところで、勢い余って前のめりとなった。
「何これ?同じ粘土なの」
俺は斬り飛ばされた、2つの粘土棒を拾う。
「もちろん同じだ。その説明の前に、切り口を見てくれ…」
「…全然違う」
1回目に斬った方は、切り口が途中から汚くなってる。粘土に入り込んだ刃は、摩擦抵抗で減速し、途中で2度程力を入れ直したように筋が付き、最後は引きちぎれている。
対して、2回目の方は一気に刃が進んだ如く滑らかな面で、さらに最後も乱れがない。
「分かるよ。だって、後の方は手応えが少なくて…」
「ああ、この鉾に刻んだ模様は、魔導回路だ。魔石に蓄積した魔力を使い、衝撃を受けると発動して慣性を下げないようにする」
「えっ。要は振った速度が落ちないってこと?」
察しが良い。
「そうだ。もちろん厳密に言えば微妙には落ちているし、効果の持続にも限りはある」
抵抗を受けると武具の重量を増加させ、慣性および慣性モーメントを補填。しかし、質量保存則により極微の時間で質量は戻り、代わりに速度が落ちない、脅威の魔法だ。当然ながら魔力に限りがあるし、何時までも無減速が続く訳ではない。
「信じられない。もう一回最初の粘土を…」
ラムダは再び鉾槍を揮う
「…同じだ。でも、何だか、回復魔法を使ったときみたいにちょっと疲れた気がするんだけど、ボクの魔力はそんなに多くないよ」
「ああ、ラムダの魔力量で5回位が限度だろう…。ただ斬る対象が魔獣なら、ドレインで魔力充填するからな、その倍ぐらいは行けるはずだ。ただ振った感じは変わるのは、さっきやって貰った通りだ。千斤斬りが近いはずだ、慣れてくれ」
「やってみるよ。ただ…」
「ん?」
「本島の時に、これがあればよかったなあと」
確かに、魔術が無効化される、エンシェントタートル以外には有効だったろう。
「お嬢様…」
「わかってる、わかってるって」
「シグマ様のありがた味はお分かりのようなので、話を進めましょう。化身戦ですが。幸い今現在、戦っている挑戦者は居ません。最初の化身はサイクロプスです。大きな棍棒を力任せに振り回してきます。たとえ剛皇の加護があっても、まともに直撃を喰らえば、大ダメージです」
言い終わると、2対の視線がこちらを向いた。
「ああ、だが。サイクロプスのことは忘れてくれ。俺が速攻で片付ける。ヤツを斃すことで下賜される、力皇の加護をラムダはもう持っているからな。本番はその後だ」
「シグマ様は第2の化身をご存じですか?」
「ああ。ヘカトンケイルだ」
「へ、ヘカトンケイル?!」
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