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35話 魔獣島(7) 美醜

 魔獣島生活3日目。


 相変わらず寝覚めは最悪だが、対処方法が分かってきた。右脇を下にして、息を細く短くすれば速く小康状態に復帰できる。

 何かを思い出そうとしていることも、無理に思い悩まなければ、心理的負担も軽くなる。


 話を戻そう。

 連絡船発着周期の7日間で攻略を想定すると、2日間で剛皇の化身攻略はなかなか良い進行状態だ。残るは力皇の化身だ。


 剛皇攻略の途上に設置し、2泊したドーム型のコテージを引き払い、虚空庫に入庫した。

 それを横で見ていたアンジェラが居る方から、でたらめだわと聞こえたが、気にしないことにする。

 港がある入江に向かって歩き出した。


 ちなみにラムダの装備は、本土に居るときのスケイルアーマーに戻っている。

『シグマが人に見せたくないって言うから仕方ない』

 はにかんだ顔でそう言っていた。


 海岸線に出ると、船は居なかったが、幾張りかのテントがあった。特に用もないので、素通りしようとしたが。

 座っていた男が、立ち上がって、こちらに向かってくる。


「君たちは、俺を助けてくれたパーティだよね」

 誰かと思って見直すと、剛皇の広場の前で俺が回復させた魔術士だった。

 ローブではなく、真新しいチュニックだったので、一瞬わからなかった。茶色掛かった赤毛に端正な顔立ち。こうやって見るとまだ幼く見えるな。


「ああ」


─ 修慧しゅえ ─


 青年を鑑定してみる。プラムド・レスター。22歳男性。士爵。レスター子爵第2子。魔術士、最高位階:下級(風)。


「やっぱり。僕の名前はプラムです。やられて意識がなかったので、憶えていなかったけど。兄さんから聞いたんだ。とにかく、助けてくれてありがとう」

 びしっと、気を付けの姿勢から、腰を折ってお辞儀をした。俺だけではなく、ラムダとアンジェラにも頭を下げた。


 なかなか爽やかな青年だ。

 そう言う俺は少年だが。


「あんたの仲間に言った通り、礼は不要だ。まあ、なんだ。元気になって良かったな」

「そうだね」

 隣でラムダがにこにこしてる。回復魔術を使った甲斐があったな。

 和やかな雰囲気だったが、不快なものが近づいてきた。


「へへへ。誰かと思えば、若造の魔術士に生意気な別嬪さん達か。その様子じゃ、剛皇第2の化身に恐れを為して逃げ帰ってきたってとこだな」

 島の案内人だ。


「カズンさん。この人達は僕の恩人なんだ。失礼なこと言わないでくれないかな」

「ふん。プラムとか言ったな。依頼は打ち切られたんだ。だから、もう客じゃない、偉そうにするな。それより、あんたがやられた所為で、ブルっちまって、力皇の方はやめになったんだ、どうしてくれるんだ、えーぇ」


「さ、最初から剛皇だけしか約束してないよ」

「ふん。でもなあ。あんた達が、第2の化身を残したおかげで、この若造達がいきなり大物に当たったから、加護が獲れる訳ねえ。いい気味だ」


 ラムダがいきり立った。

「さっきから聞いていれば、何?第2の化身なら、ボクが斃したよ」

「なんだと、嬢ちゃん」

「ほら、この通り」

 ラムダが、巨大亀エンシェントタートルの魔獣結晶を、カズンという男に見せつけた。


「ふ、ふん。そいつは運が良かったな。元はと言えば、俺が案内した奴らが、前座を斃したおかげじゃないか。そいつをよこせ」

 掠めとろうとして、伸ばした手が途中で静止した。


 アンジェラのダガーが、後方から首に擬されたからだ。

「お嬢様に手を出して、この喉を再び食べ物が通るとは思わぬことね」

 目に見えて、怯えの色が男の顔に出る。

「こ、こんなことをして、たっ、タダで済むと思うのか?」


「王国では、強盗は極刑だ。逮捕に生死は問われないが。知っているか?」

 俺は親切なので、教えてやる。


「くっ、分かった。も、もう離してくれ」

「離してくれ?反省が見られないわね」

「儂が悪いってのか?」

「死んでから、ゆっくり考えると良いわ」

「わ、わかった。済まなかった。これで良いだろう…な、うっ」

 アンジェラが消え、カズンと呼ばれた男は、前につんのめった。慌てて立て直し、走り去った。


「じゃあな。俺たちは、先へ進む」

「うん。一緒に船で戻ろうね」

 プラムが、にこやかに手を振っていった。


 港を横切り、島を南に向かう。北側の起伏が激しい地形と対照的に、真っ平らだ。あまり魔獣も出ない。

 サクサク歩いていると、前を歩いているラムダが振り返った。


「どうした」

 にっこにこだ。本当に表情がくるくる変わるな。ラムダは。

「シグマが、あの人を助けてくれて良かった。感じ良かったもんね」

「そうだな」

 案内人の不快さが際立たせてるところもあるが。そう思っていたら、ラムダがちょっと残念そうな顔をして、また前を向いて歩き出した。


 ん?なんか間違えたか?

 そこで、思わず首を傾げたのが良くなかった。


「少しは嫉妬して欲しかったんですよ。ふふふ…」


 びっくりした。気配消して耳元でしゃべるんじゃない、アンジェラ。うーむ、彼女を感知できると思ったのは、自惚うぬぼれか。俺の意識が高いか低いか、アンジェラ側の状況なのかはわからないが。とにかく過信しないようにしよう。


 それにしても嫉妬して欲しいとか。どの世界でも俺には女心は理解不能だな。


 草深い平原を歩いて行くと、四足の野獣系魔獣が襲ってきた。マンティコアは尻尾の棘を飛ばし、フンババは火を吐いたが、防御が充実したラムダが危なげなく屠っていく。

 俺はときどき回復魔術を掛けたり、彼女が集中攻撃を受けそうになった時に一部を逸らすぐらいで問題はない。


 多少の打撃を受けても大丈夫という安心感が槍術に大胆さを与え、確実なダメージを与えられるようになった。そもそも上級の使い手であるラムダには、その差は大きかったようだ。自分が強くなったと言う実感が、俺を護るべき存在だという強迫観念をやや弱めたのだろう。


 魔獣島は、群島だというのは以前にも言った。

 港と剛皇の化身の広場は本島にあり、俺たちもそこに居る。しかし、次の目的地は別の島、中之島にある。

 そこへ向かっているが、舟を使う必要は無い。砂州が有り、歩いてでも行ける。中程は満潮時は海中に没するが、それでも膝まで浸かるぐらいらしい。


 砂地を歩いていると、みるみる幅が狭まり、白い砂がやがて黒く染まっていく。


「ラムダ」

「何?」

 振り向いて止まった所に寄っていく。

「海辺での戦闘経験はあるか?」


 少し考えて口を開く。

「ないわ」

 そうだろうと思った。

「今からあの地峡を通るが、水棲魔獣も出るかも知れない」


「ああぁ。うん。それで?」

「奴らは、人間と見れば、水の中に引き込もうとする」

「そうだね」

「だから…」


─ 水棲自在 ─


「何、何?魔術をボクに掛けたの?」

 そう、水属性中級魔術。数時間は呼吸無しで皮膚呼吸のみで生存できる。海中でも、水の中から酸素を取り出せて、息継ぎが不要だ。昨日風呂で10分以上潜ったが、全く苦しくなかった。


「ああ。海に引き摺込まれても、窒息しない」

「おおぅ。すごいね、それ。あっ、でも…」

 スケイルアーマー姿の自分のあちこちを見てる。


「特に外観には変化無いが」

「あっそう。よかった。えらとか出来てたらどうしようかと」


「…それと。これを渡しておく。水中でパルバートやモルゲンステルンは振りにくいからな。元は安物だが、強化(DLC)してある」

 俺は、取り出した短剣をラムダに渡す。


「わあ、ダークだ。安物って…ボクだって値段が分かるんだからね」

 ラムダは頬を膨らませた。

 ダーク。両刃の短剣というよりは匕首ナイフだ。

「わかった。後で返すよ」


「あのう」

 歩き出した俺たちの後ろから、声が掛かる。

「その魔術、私にもってことは…」

 えっ、要るのか?アンジェラにも。


 その疑問が通じたのだろう。

「そんな不思議そうな顔しないで下さい。シグマ様。そりゃあ、ラムダ様が大事というお気持ちは分かりますが。一応私にも訊いていただくのが、礼儀かと」


「…ああ、悪かったな。じゃあ、魔術を掛けるか?」

「いえ。結構です」

 いやいや、アンジェラから言い出したんだろ。


 大事…と小さく口にしながら、ラムダは振り返り、機嫌良さそうに歩き出す。


「1つ貸しですから…」

 そう言った、アンジェラにも追い抜かれた。


 砂州の中程、一部海水に浸った部分では、半魚人マーマンが5頭程現れたが、強化されたラムダの敵では無く、あっさりと斬り伏せられた。

 杞憂だったか。


 砂州を渡りきり、荒れ地を進んでいくと、感知魔術の慧眼に感がある。4頭…人型だな。

「なんか居るよ」


「よし行くぞ」

 ラムダが、突進していく。

 魔術行使に向けて、俺は手前で止まる。

 敵がよく見えた、ミノタウロスだ。


「いやあぁぁぁぁぁ」

 ラムダが、泣き顔で飛ぶような速さで戻って来た。

 どうした?

 俺の右腕を掴んで、後ろに回り込む。


「ムキムキが、ムキムキが……気持ち悪い」


 ミノタウロスは、大きい両刃のトマホークを、肩に担いでいる。牛頭の下はスーパーマッチョな人型だ。褐色過ぎる皮膚が油でも塗った様にぬめっては居るが、下半身は腰布を巻いているので、俺にとっては極端に見苦しい訳では無いのだが…。


 止まったこちらを警戒しているのか、じりじりと近付き、10mの至近距離で対峙した。


 うわーー。モンスターならではの発達だね。胸板の厚みから腰へのラインが驚異的。

 ナイス大胸筋!キレてるキレてる!とかビルダー向けの声が掛かりそうな肉体だ。

 俺にそういう趣味はないが。


 しかし、それがラムダを不快にさせるならば、一刻も早くこの世から消さなくてはな。


─ 青嵐斬せいらんざん×3 ─


 一瞬が辺りが昏くなり、神聖文字の奥にはっきりと紋章が見えた。セフィロトだ。

 それが消えたときには、目前を層状の風が滑っていった。

 縦に3層。


 ちょうど、下から腰、胸、首の高さ。

 それが吹き抜けた後。

 中華包丁で撫で斬ったように、4体のミノタウロスはおろか、トマホークすら青嵐斬の断面でずれた。星屑が架空の壁にちりばめたように瞬いては消えた。彼らは自分の身に何が起こったを知る前に散っただろう。


 真空斬り、鎌鼬かまいたち、そう言った物か。

 中級ともなると風魔術も凶悪だ。

 でも発動は一発で良かったな。完全にオーバーキルだ。


「ラムダ。もう良いぞ」

「そ、そう?」


 恐る恐る、顔を上げる。

「ああ、消えてる。よかった。夢に見そう」

「しかし、また。変わった物が苦手だなあ」

「…お父様…が…」


 は?


「…なんでもない」


 確かに、ラムダの父親、アイオライト士爵はマッチョだからなあ。脱いだら、相当ムキムキだろうけれども。

 ラムダは、父親が苦手そうだったのは、それも一因か。

 まあ、決定的に嫌っているという訳ではなさそうだが。何かトラウマになることがあったのだろうか。


「シグマが痩せてて良かった」

 はあ、そうですか。

 βプレイの時は細マッチョ以上、ゴリマッチョ未満だったから、危なかったな。

 ようやく俺から離れたラムダを見送る。 


「風属性魔術も凄まじく強化されましたね、シグマ様。怖いです」


 あんたも十分怖いよと流石に女性に向けては言わない。


 とは言え、中級魔術は下級とは段違いだからな。

 が、俺としては、何というか。正直不満だ。まだまだ強くできそうなんだが。それには魔術の呪文、術式から見直す必要がある。つまりは新魔術だ。

 そのために必要な分析も進んできた実感がある。


 それはともかく、アンジェラの風当たりが最近強すぎないか?

 あまり、魔術で刺激しない方が良いのだろうが、勝手に見に来るしなあ。


 さて、太陽が大分高くなった。中之島は本島と比べて狭い。

 ここらで、昼食を摂った方が良いのかも知れないな。


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