4話 ファーストクエスト(前)
ラムダを追いかけ館に入ったが、玄関に姿は見えない。
周りがやや暗くなって、見落としていた数字に気が付く。
視界の左上隅にオレンジ色の数字が2段表示されている。上の数字はカウントアップ、下はカウントダウンだ。つまり、上はログイン経過時間、下はクエストタイムアップまでの制限時間だ。下の数字が0になるまでに、完了しなければ、クエストは失敗だ。
『ま、まずは装備を調えないとな』
そう言ってたな。
「装備リスト」
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●武具・魔導具。
・右手 :とねりこの杖
STR+5、MND+10
・左手 :なし
・未装備:なし
●防具。
・外装 :黒貂のローブ
DEF+10
・衣装 :麻のチュニック
ロングパンツ
旅人の靴
●アクセサリ:なし
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うーん。確かにしょぼいな。
杖…持つ意味があるのか。
居間に入ったところで、頭上に!が表示された壮年の男とアンナさんが居た。
「若様」
どうやら、俺のことらしい。
ハンスとキャプションで知らされる。
─ 鑑査 ─
ウインドウが開いた。
ハンス。ペリドット家家宰。同家の耕作、牧畜、小作統括。元鉱山技師。妻アンナ、長男ハリーはルイード侯爵領ペルル銅山鉱山技師、次男ハウザーはドミトリー中等学校在学中。
ダイアログを閉じて部屋に入る。
!が消えた。また拘束モードだ。
「少し、お話があります」
俺はソファに座り、彼にも椅子を勧める。
「ああ。失礼しました。もはや若様とお呼びするのは、間違いでした」
俺は、首を振って他意の無いことを示す。
「これまで、父によく仕えてくれました。ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ。御館様には閉山で職を失った私共を拾って頂き、息子二人を学校に入れるためにご尽力頂いたのです。このご恩、言葉にできないほどです」
「いや、ハリーとハウザーは見所があるからだと、父が言ってましたよ」
へえ、そうなのか。
自らのアバターの言った言葉ながら、ここは嘘も方便かもと話半分に聞いておく。
かなり恐縮しているようだ。
「それで、お話とは」
「今後のことです。シグマ様は、どのようにお考えですか」
ハンスもアンナも、神妙な顔つきになる。
「父は、小作人の皆さんのことを考え、あなたに頼れと言い遺しました。ただ俺としては、まずハンスさんの意見を訊きたい」
ハンスは、瞑目して顔を下げた。
そして、意を決したように、俺の顔を見た。
「…私は、シグマ様さえよろしければ、ご遺言の通り、引き続き家宰を勤めさせて頂ければと考えております」
俺は無言で、右手を差し出した。
ハンスは、俺の手をがっちりと挟み込んだ。
「ほらね、私はこうなるって思ってましたよ」
アンナの顔は、言葉と裏腹に、ほっとしたようににこやかだった。
そして、俺のアバターよ。良くやった!予定調和だが褒めてやりたい。
彼女は信じられる。ただ、まだハンスは、微妙に引掛かるところがあるんだよなあ。しかし、親父さんが信じろと言うんだから、まずは信じないとな。
「それから俺は、伯爵様の命で魔獣を斃さねばなりません。また、それ以降も、しばらくは館を空け勝ちになります」
「承りました。御館様。万事このハンスにお任せ下さい」
話は終わり、ハンスとアンナが部屋を出て行くと、拘束が解けた。
さて、ラムダはどこに行った?
いくつもの部屋を探した挙げ句、武器庫とみられる部屋にラムダは居た。
「本当に勝手知ったる他人の家とは、このことだ」
「なにを言っているか分からない」
ラムダは、NPCが発する定型句を言った。
「時間が無い。さっさと決めて、出かけよう」
「う、うん」
何だか、もじもじした仕草だ。
「どうした」
「あのね、もし良かったらだけど…」
「言ってみろ」
「壁に掛かっている、あの槍なんだけど」
見上げると、父の遺品、ハルバード(鉾槍)と表示された。
「ああ、使えそうなやつがあったら、どれでも使って良いぞ。遠慮するな」
こっちの親父さんも言っていたし。ここで眠らせても意味が無い。使えばパーティも強化されるはずだ。
「あ、ありがとう」
ラムダは、かわいらしさを2割増量するきらきらした瞳で謝意を表した。
パーティメンバーになったことで、HPとMPゲージが見える。
流石は戦士、HPは俺の2倍近くある。俺も魔術士としては最大限振ったんだが。まあ、その代わり、MPは1/5もない。
次と念じると、能力のレーダチャートが開く。目を引くのがSTRとDEFだ。
こんな美少女が気の毒とは思うが、良い壁役になるだろう。スキルは、槍術(上級)に、力皇の加護とある。聞いたことはないが、腕力の補正の類いだろう。あの細腕で戦士となるための。あとは、料理(上級)、裁縫(中級)ねえ。まあこれはどうでも良いか。
総合すれば、前衛としてかなりやってくれそうだなと、頷いていると、じと目で見られた。
さて、それより俺の装備だ。この世界の父はどうやら戦士だったらしく、魔導具の在庫は、大した物がない。今、装備している黒貂を何匹使った分からないローブや、トネリコの杖よりもましなのはない。仕方ない、サブウエポン系を探すとするか。顔を上げると、ラムダは嬉々として鉾部分を磨いている。ボクっ娘は武器オタクに違いない。
佩刀でも無いかなと短めの剣を物色していく。
無いなあ。
ん?
部屋の一番奥まったところに、平たい宝箱があった。
鍵が掛かってないので開けてみる。
高価そうな短剣。
ふむ。クリス・ダガーか。刀身が曲がっているのが珍しい。
魔術士はレイピアと言えども長剣は装備できない。この辺りの長さが限界かなと手に取ると、母の遺品、片手剣と表示される。
ラムダも何?何?と覗き込んでいたが、その武器が自分には合わないと思ったのか、興味を失ったようで、元の作業に戻った。
─ 鑑査 ─
ラムダに聞こえない程度に呟くと、詳細情報が入ってくる。
サードニックス子爵家の家宝、母アイーシャ・サードニックスの結納持参品。刀身に隕鉄、柄に象牙、柄頭に埋め込まれた紫水晶が魔力を集束する。魔術士が装備した場合は、魔力吸収の追加効果。
そうか、これで攻撃すれば敵からマナつまり魔力を吸収するわけだな。これは、売ることができれば一財産だな。ありがとう。こちらの会ったこともない、おかあさん。いや、母上と呼ぶべきだな。
トネリコの杖を左手に、ダガーを右手に装備してみる。攻撃力は、さっきのハルバートの半分ぐらいだろうが、おお。刃が隕鉄の所為か異常な耐久力だ。これは良い。
あと、装備はできないが、高価そうな武具を、いくつか虚空庫に収納。どこかで換金しよう。親父さんには悪いが。
「どうだ、装備は決まったか」
「うん。この槍を使うことにした…シグマは、それ?」
ローブの前合わせから覗くダガーの鞘を、目敏く見つけている。
「ああ」
「ふーん」
興味深げなので、さっき見たろと思いつつ、一応見せる。
まじまじと見てる。
「どうした」
「うん、随分かわいい拵えだなと思ってさ」
ちなみに、拵えとは刀身以外の主に鞘や柄といった外装のことだ。
見ていたのは、鞘の方か。
やや黄色み掛かった象牙色の真鮫皮を地に、いくつかの水晶が鏤められている。
これが、かわいいかねえ?女子の感覚はよく分からん。
「まあ、結納の品だったからだろう」
「そうなのかあ…」
「装備も決まったことだし……。いやちょっと待て」
俺は2階に上がると、母親の部屋を探して入った。
正面の壁に肖像画がある。
アイーシャ・ペリドット。享年34歳。結核にて死去。
若い歳で亡くなったんだなあ。まあ、結核はそういう病気だったらしいが。
そうか、幼い頃の俺は、この部屋には近づけなかったってことだな。
母の愛を知らずして…親父さん言葉がつながった。
改めて肖像画を眺める。
茶髪に細面、肌が白いな。我が母ながら?美形だ。この絵の通りならばだが。
気のせいだが、俺に少し似てる気がした。
さて、用を済ませよう。
部屋を物色し始める。
左手には何年も使っていないであろう、布団の無いベッドがあり、右手の壁は目当ての本棚だ。
やはりあったか。何十冊かある蔵書の中から、魔術関連の5冊をより分けて、虚空庫に収納した。
「待たせたな」
1階で、ラムダと合流する。
さて、出発しようかと思った時、背後から声が掛かった。
「お待ち下さい」
ハンスだ。アンナも居る。
「こちらを持ち下さい。先の御館様からお預かりしている物です」
布袋を渡される。
「これは?」
「シグマ様にお渡しするよう言付かりました。当座の資金です」
鷹揚に頷いて、受け取ると。
チャリと音がして、ダイアログに500ディールを得た、合計500ディールと表示された。
ああ。今まで文無しだったんだな、俺。
ディールとは、この国、ランペール王国の通貨単位だ。
価値としては10ディールで普通の宿に素泊まりできるので。おおよそ1ディールは500円前後といったところ。あと、その下に100分の1の価値であるセンクという単位がある。
したがって、持ち金は25万円というところだ。物価…特に食料品は安いので、1人1ヶ月は余裕で暮らせる額だ。やはり、このシナリオは恵まれている。
「行ってきます」
門まで見送られ、ご武運をと激励された。NPCとはいえ、悪くない気分だ。手を振って分かれる。
館の敷地を出ると、何も植わってない畑が広がっていた。
もうすぐ小麦の種を播くのであろう、牛に鋤を牽かせて畑を耕している。良くみると土の細かく粒状になっていて、まばらに麦藁が鋤込まれていた。
やや離れた区画では、石灰らしき白い粉を撒いている。
作業している農夫たちが、俺にお辞儀をするところをみると、うちの小作人のようだ。
こちらも挨拶を返しつつ、しばらく歩くと、やがて人影がまばらになってきた。
畑も、さっきとは異なり、土が湿っていると言うか、水捌けが悪そうで、あまり肥えてない感じだ。
─ 鑑査 ─
リスィ村。畑作地、評価D。
館の方に向き直り、再び鑑査するとペリドット家小作地、評価Bと表示された。
つまり、ここはうちの土地じゃないんだな。
何分か歩いても状況は変わらない。評価はおおよそD。それからC、稀にBだ。
「プロファイル」
詳細のプルダウンメニューを見る。
財産目録。
館。放牧地と畑作地(小作地平均評価B、22戸)合わせてその周りの土地1276ha、館から西にある山地(評価E)2850ha。山地には19年前に廃坑となった錫鉱山を含む。
ふむふむ。ウチの家は、小さめの地主だな。山地ねえ。ちと色めき立ったけど、廃坑か。評価Eだとほぼ収入は無いな…まあ余り欲張っても仕方ない。
結局、我が家の収入源は、おそらく主として小作地から上がってくる小作料だな。
「ふむ」
「どうしたの」
「うーむ、改めて見ると。この村は貧しいよな」
ラムダは寄って来て、俺を見上げた。
「うーん。そうだね。でもこれでも大分良くなった方らしいよ」
「そう…かな?」
曖昧に返す。
「うん。お父様によると、元々ここは、農作には余り向いてなかったそうだし。リスィ村の錫鉱山が閉山になった直後は、かなりひどかったんだって。失業者がたくさん出て治安も悪かったし、飢えて死ぬ人が何人も出たそうだけど…」
これでも持ち直した方なのか。
そうは言っても、ここは良くて寒村だよなあ。
俺が継ぐなら、何とかできないものかなあ…。
おっと、今はそれどころじゃなかった。追々考えることにしよう。
20分ほど歩いて、ようやく街道へ出た。
左、ザイゼル村5km、ドミトリー伯爵城14km。右、ドゥレム村6km、王都150km。それにしても、日本語表記なのが雰囲気と合ってないよなあとβで思ったことが頭をよぎった。
振り向くと、ラムダは右を示した。
「ドゥレム村で、最近魔獣が出てるって聞いたわ」
そちらに歩き出す。やがて見渡す限りの草原となった。
遊牧地のようだ。
殺風景ではあるが、こういうのも悪くない。
葬儀の時間帯が相当早かったのか、太陽が中天に届くにはまだ間がある。
「それにしても、こうして二人で出かけるのは3年ぶりぐらいかなあ」
「ああ」
俺は、彼女の疑似記憶に話を合わせた。
へっぷし。ぐずぐず。
「シグマ、風邪?」
「いや、花粉症──アレルギー性鼻炎だ」
ラムダは、ぽかーんとしている。言い換えたら余計に伝わらなくなったか。
「ふーーん。要は病気なのね」
「ああ、大したことは無いが」
ぐっし。
現実世界の病気なのではあるが、首から上の感覚はゲーム機でカットされないので、反射としてくしゃみは出る。拘束モードでなければ、ゲーム上の反応にも現れてしまう。
α版テストの時、戦闘中にくしゃみを連発して、魔獣にやられたことがあったのを思い出した。部屋を良く掃除しとかないとな。
へっぷし。
うーむ、ラムダが笑ってる。
「ははは。あの頃も良く笑ったなあ。お互いドミトリー城下に居た頃は、何をしても楽しかった」
「ぐす。今は、楽しくないのか?」
俺の質問に、ラムダは何だか慌てている。
「い、いや。そんなことはない。今は楽しいぞ。しかし、しかしだ」
「ん?」
「お父様は、ボクの顔を見る度に、好きな男は居ないのかとか、まだ結婚する気は無いのかとかね…」
LSFの世界では、時代背景に合わせて早婚だ。特に女性は13歳辺りから結婚し始める。18歳で未婚者はほとんど居ない。16歳ともなると、徐々に焦り出す年頃らしいと、設定書で読んだ。
「居ないのか?」
「い、居ないよ。ボクを好きになってくれるような奇特なやつは」
気にしているようだ。
「そんなことはないさ」
「えっ。本当」
「ああ、なんなら誰か紹介するぜ」
ラムダは顔を真っ赤にすると、馬鹿と叫んで10mほど先行した。
それにしても、すごい言語処理システムだなと感心した。これもNPC行動コアクラスの出来、つまり、高林という人物の作品なのかと。
1時間も歩いただろうか。ドゥレム村に着いた。川幅数mの小川を渡って中に入る。
畑も多いが、ここには稲作地もある。穂が良く実って、頭を垂れている。こっちはもうすぐ収穫だな。それにしても、すれ違う村人が農婦ばかりだ。なぜだろう。
村の道を進み、小高い丘に立つ屋敷を訪ねる。
屋敷は、粗末な土塀に囲まれており、大きく開いた門をくぐると結構な広さがあった。
ラムダが、力強くドアを敲く。村長殿はご在宅かと聞こえてくる。
俺はやや離れて、納屋や農機具を眺めていた。納屋の前には、山羊たちの餌にするのだろう、刈られた牧草がいくつも小山を作っている
「おーい。シグマ」
おっと。こんなことしている場合ではなかった。慌てて戸口へ向かう。
「これは、ラムダ様に、えーと、ペリドット様の…」
「シグマと申す」
「へえ。この度は、何とも」
小柄な好々爺は悼むように頭を下げる。
「士爵様には、お代官をされていたときに大層お世話になりました。惜しい方を」
「そうなのか?」
「はい。7年も前でしょうか、隣村と水争いが起こりましたときに、お力添えを頂きまして」
「うん。シグマのところのおじさんは評判良かったなあ」
ラムダが、力なく呟いた。
「それで、このドゥレム村に何か御用で?」
「ああ。伯爵様に、この辺りに出没している魔獣を撃退せよと命じられてなあ」
「そうでしたか。それで、あのう。お二人なのですか」
村長は、聞きにくい様子で、尋ねてきた。
「ああ。そうだが」
「うん。魔獣の群れを、たった2人だからねえ。そりゃあ疑っちゃうよね」
「い、いえ、そういう意味では」
手を振って否定している。
「それより、村に男達の姿が見えないが」
「へえ。息子を筆頭に。村の周りを警戒しております。そろそろ、帰ってくる時分ですが」
村長は、太陽を見ながら答えた。
「ドルスが見回りねえ」
どうやら、ラムダは顔見知りのようだ。見回りの人達から情報を入手した方が良いだろう。
「待たしてもらっても良いか」
「へえ、では中へ」
皆様のご感想をお寄せ下さい。
誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。
訂正履歴
2015/4/26:タガー→ダガー
2015/7/19:装備リスト追加、財産目録追加
2015/8/11:2行を1行に「うん。この槍を使うことにした…シグマは、それ?」