33話 魔獣島(5) 剛皇の加護
甲羅の一部が吹き飛んだ剛皇の化身、巨大亀は、首や手足を出して暴れ出した。甲羅に引き籠もれば安全という絶対防御が崩れたのが、流石に分かったのだろう。
俺が付与した障壁魔術の信頼が増したのか、恐れなくラムダが突っ込む。右前足に斬り掛かっていった。
磨かれた半球の岩ごとき鱗が連なる皮膚に、一合二合と鉾槍を打ち込む。甲羅程では無いにしても、皮膚も硬く強い。鱗には弾かれるが、その間隙には刃が食い込む。
ラムダの気息が膨れあがり、丹田から迸る。
天眼が発動中だと、こんな風に見えるのか…。
やぁぁぁぁああ。
斬撃から突きに替え、4連撃が炸裂した。
キィシャァアア。
渾身の気合に見合う威力だ。
しかし、化身のダメージ耐性が強すぎる。皮膚を貫いた位ではほとんど気にもならないようだ。
うーむ。エンシェントタートルと戦士の相性は最悪だな。ん、ラムダ近付きすぎだ。巨大亀が四肢で踏ん張った。
「ラムダ、そこから離れろ!」
「え?」
─ 煌芒閃 ─
俺が放ったパルス状のビームが、の左前足を捉え貫通した。
だが、それも意に介さず、ヤツの甲羅が鈍く光ると手脚に凄まじい力が籠もり、巨体が2m程跳上がった。
ラムダは、術後硬直で身動きが止まり、呆然と見上げている。
ゴォォォオン──
大震動。
轟音と共に墜ちて、周囲の地面が波打った。
麻痺の波動がラムダを襲った。至近距離で直撃。
八龍の防御壁を素通りし、ラムダが硬直し、受け身も取らず倒れ伏した。
まずい!
巨大亀が踏みつけでラムダを仕留めようと、電柱のような足を振り上げる。あれを受ければ、如何な防御魔術が働いていても結構なダメージを受けるだろう。
俺は禹歩でダッシュ。
しかし、あと数メートルというところで、何かにぶつかったようにはじき飛ばされた。
ヤツの防御力場が広がった?禹歩を使っていたのが災いした…。
俺は、転がりながら──
─ 岩壁隆(がんぺきりゅう) ─
ラムダの向こうに、岩の壁を隆起させる。巨体が斜めのまま止まった。しかし長くは持たない。
ガシガシとあっと言う間に踏みつぶされ、再び踏みつけの体勢に入る。
むっ。計画を破棄して、ヤツを瞬殺するか?
そんな考えがよぎった瞬間、ラムダの傍らが霞み、アンジェラの影が見えた。
ドゥゥム──
重低音と共に無為に大地を踏みしめた。
間一髪。
「アンジェラ。助かる」
「いえ。時間を稼いでもらったお陰で間に合いました」
俺の横に現れた彼女は、肩に担いだラムダを渡すと、また姿を消した。
ううぅ。
ラムダが麻痺から抜ける。自分で立ち上がった。
「ご、ごめん」
「いや、次から気を付ければ良い。後でアンジェラに礼を言うんだな」
「うん」
にこやかに微笑んだ。
「いけるか?」
「もちろん」
ふむ。戦術変更だ。
ある程度、俺がダメージを与えるのはやむを得ない。ただ、どう効果を最大化するかを考える必要がある。
ん?
気の所為か甲羅の光が、暗くなってきた。
─ 天眼 ─
再度、感知魔術行使して巨大亀を見ると、ヤツの耐魔術力場が見える。甲羅の光の弱まりにしたがって、力場が小さくなっていく。
なるほどな。力場を気合でを大きくしていたが、何時までも大きくはしていられないと言うことか。
今なら。
「ラムダ。ヤツの皮膚を剥ぐ。そこを狙え」
「わかった!」
─ 煌芒閃 ─
ビームを数秒持続し、光軸を振って左前足の皮膚を抉った。骨まで行くと俺の与えるダメージが大きくなり過ぎて、ラムダ分を超えないとも限らないからな。
ビームはその場で組織を焼き、血も出ない。
ギィィイイシャァアア。
今度は、効いたようだ。俺はラムダを見て軽く頷いた。
彼女は、わかってると手を振って、再び突進。
大きくハルバートをぶち当てた。鱗化した皮膚と違い、筋肉には深く食い込む。魔獣の血が吹き出た。
意を強くしたか、ラムダは裂帛の気合を発して、ハルバートを構える。
やぁぁぁぁああ。
4連撃が見事に決まり、盛大に血飛沫を上げた。
エンシェントタートルは、堪らず前足を持ち上げる。
いいぞ!ラムダ。
「次は!」
むっ。
周りに放っていた気が消えた…いや、外に出さないだけか。
まるで体内で循環しているように見えるが…。
右胸前の上に垂直にハルバートと持ち上げる。
八相の構え。
そこから右脚を引いた。
何をやる気だ。
そこから袈裟懸け斬った…
ん。残心に入らず、振り切ったまま鉾が回っていき、石突きが来る。
いや、左爪先を芯にして、回る回る、止まらない、止まらない。
左踵と右脚を上げ下げしながら、連続ターンだ。
凄まじい角速度達した。
そのまま、巨大亀の脚に鉾先が当たる。
ガガガガガ…
股から下は上下動しながらも、鉾槍は同じ高さでキープされつつ旋回が──
グギィゥィウーーーー。
エンシェントタートルが脚を折り、巨体が傾いた。
そして、ラムダは止まった。
9連撃──
連撃は、繰り返し数の幾何級数でダメージが増す。1回1回は威力が少ない鉾撃も9回に及んで空恐ろしいダメージを与えたに違えない。
大技を決めた後の、彼女のポーズは例えようもなく美しかった。
俺は、なぜだか軽い頭痛を覚えながらも、ラムダに走り寄る。
術後硬直で倒れかかった彼女を抱き留め、10mほど離れる。
「バレエをやってたのか。あの連続ターン」
「フェッテって言うんだよ」
動けないのに軽口を言う。
フェッテ…。
どこかで、聞いた言葉だ。
ただ、それが思い出せず、頭痛が強まった。
触っているからか、パッシブに発動してる感知魔術の我空で、ラムダの情報が流れ込んでくる。
もうすぐ、術後硬直から抜ける。
よしっ。ラムダが気合を入れた。診るとさっきまで彼女の周り蟠っていた暗い霧がもう存在しない。
まだ巨大亀は痙攣しつつ、身動きが取れない。
「ラムダ!トドメを刺せ」
俺はラムダを離すと、エンシェントタートルの数m前で振り返る。片膝立ちで腰だめに手を重ねた。
「うん」
ラムダはふらつく脚を叱咤しながら、こちらへ駆ける。
俺はラムダの右脚を手で受け止め、後方に投げ上げた。人馬術だ。
「いっけーー」
彼女は高く舞い上がった。鉾槍を突き出す。
そして流れ星のように墜ちて、エンシェントタートルの首に突き刺さった。
ギギギシャァァアーーーーーーー。
辺りに響き渡る断末魔が途絶えると、今まで見たこともない多くの光粒子が瞬き。そして嘘のように消えた。
はあはあはあ…。
ラムダは地面に膝を付き、鉾槍で躯を支えた。
鱗粉が陽を照り返すように、一瞬彼女の身体がほのかに輝き、そして平静に戻った
「大丈夫か、ラムダ」
「うん。でも疲れたよ」
そう言うと、握力が切れたのか、ハルバートを手放し、後ろへ倒れかける。
思わず、俺は抱きしめた。
─ 修慧 ─
感知魔術で、ラムダに向けてステータスと念じる。
身体に異常はないが、体力(VIT)が空っぽ寸前だ。
「すぐ、回復させてやる」
─ 竜涎 ─
「…ぅうん。楽になった。シグマ…」
「ん?」
「…好きだよ」
「現金なヤツだな…」
「ははは…」
さらに詳しく彼女を診ていく。
次はスキルだ。
槍術(上級)
体術(中級)
剛皇の加護(中級)
力皇の加護…。
よし。剛皇の加護が得られた。第一目標達成だ。
体術の項目が得られたのは、あの連撃の成果だろう。
そして、防御力(DEF)も、大幅に伸びている!
数値化はされていないので、大凡だが3倍以上になっている。
あと、加護の特殊効果は…耐衝撃・耐熱・耐刃ダメージ中度軽減、石化中度軽減、毒軽度軽減、麻痺大幅軽減、膂力軽度上昇か。
膂力は、力皇の加護によるものだろう。
防御魔術八龍に効果が拮抗している。
これは良い。流石に第2の化身を斃しただけのことはある。
「ラムダ、よくやったな。剛皇の加護が下賜されたぞ」
「うん。わかるよ。さっきから身体が熱くなってるもん」
「お嬢様」
とこからともなくアンジェラが現れた。
「あ、アンジー。さっきは助けてくれて、ありがとうね」
「…当然のことです」
「シグマ。もうボク、立てるよ」
懸命に身を起こすと、アンジェラの方へ。数歩進んだところで、ふらついた。
アンジェラがラムダの脇を支える。
「ねえ。伯爵領に帰った後も、この3人でまた旅に出ない?」
「お嬢様…」
「ラムダ」
ラムダは、俺を振り返る。
「戻るまでに考えてね。2人とも」
「ああ。だか、この島でまだやることがある。考えるのはそれからだ。とりあえず、今日は帰るとするか」
「賛成!」
ラムダとアンジェラと腕を組みつつ、転移結晶を使った。
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訂正履歴
2015/8/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新