32話 魔獣島(4) 化身戦
俺たちは、灌木と岩肌が占める半島を突端に向かう。
躊躇していた障壁魔術をラムダに行使、つまりは付与して戦う。しかも、今までの盾無ではなく、1ランク高位の中級魔術、八龍をだ。耐衝撃から耐刃、耐圧、耐熱、耐光に及ぶオールマイティの効果があり、その水準も盾無より段違いに高い。
それが奏功したのか、ラムダは安定して連撃が使えるようになり、着々と何かしら硬い部位を持つ魔獣を屠った。6回の戦闘をこなしたところで、岬の突端が見えてきた。
感知魔術の慧眼の示すところに拠れば、もうすぐ剛皇の化身たる魔獣と遭遇するはずだ。
突端に開けた広場があった。その中央に山のような物がゆっくり動いてるのが見える。
あれか。
ふむ。あの男が言ったことは、思った通りだった。ならば、対策が必要だな。
「待て、少し戻ろう」
見上げれば、日は既に中天にある。
「何?シグマ。どうしたの?」
「腹拵えしながら、作戦会議だ」
「いいけど。なんで戻るの?」
そう言いながらも数十m程戻る。
俺は虚空庫から、皿に乗った多くの串焼きを出庫した。
「旨っ」
こう言う姿では、豪快に食べるよなあ。
ラムダは、自分をボクと呼ぶことと言い、言葉遣いと言い、清楚な見た目と裏腹にくだけた気性だ。この世界の貴族はもとより、名家の令嬢は、淑やかで可弱いのが相場なのだが。
そう言えば、シスターエレも違っていたか。ふと数日前に別れた女子のことが頭をよぎった。
この世界で、俺の近くにいる女性はみんな勁いな。中でも…。
屈託ない笑顔で食べるラムダを見てると、何となく現代日本女性を思わせるところがあるよな。
「何?ボクの顔に何か付いてる?タレ?」
「何でもない」
そう言いながら、俺も串から食い千切る。確かに脂が乗って旨い。さっき焼き上げたと言われても、疑えぬ食感だ。
食事を終え、お茶を飲む。
「2人とも聞いてくれ。現時点の目標は、剛皇の加護をもらうことだ。しかし、さっき戻っていったパーティーが、既に化身を倒していた」
「えっ?もう倒す魔獣が居ないってこと?」
ラムダがびっくりした顔で訊ねる。
「いや、そうじゃない」
「はあ?」
「既に1ランク高い魔獣に成ってる」
要約しよう。この魔獣島での下賜対象は、剛皇と力皇で、さらに言えばそれらの下級と中級だ。そしてそれぞれ、関門となる化身魔獣が異なる。下級より中級の方が手強いのは言うまでもない。
下位の化身を撃破すれば、上位の魔獣が現れる。ただし、戦闘が中断すれば数時間で、再び下位の魔獣が召喚される。いつまでも上位が居座っては、下級なら斃せる挑戦者が困るからだ。良くできたシステムだ。
そういったわけで、今のうちに俺たちが召喚中の化身を斃せば、下位の化身との戦いを飛ばすことが出来る。
「さっきの平地にいた化身は、巨大亀だ」
「陸亀の古代種?」
「ああ。厄介なことに甲羅は魔紋が浮き出ていて、魔術による直接攻撃がほとんど無効化される」
無効化は火属性を初めとして、四大属性全てが該当する。
厳密に言えば、甲羅に届くときに、魔力が作用していれば魔術の効果が阻害される。
しかし、魔術で発射した物体であっても、甲羅に届く以前に慣性運動に移っていれば、攻撃として作用する。
「それで、ラムダに加護が下賜される条件は、ラムダが化身にパーティーの中で最も多くのダメージを与えることだ。さらに、トドメを刺せればなお良い。だから俺の作戦は…」
「…で、ボクがトドメを刺せばいいんだね」
「そういうことだ」
「ボクもやりたいことがあるんだけど」
「ん?やりたいことって?」
「内緒!」
不敵に笑うと、その場から数歩離れた。
替わりにアンジェラが、身を乗り出してきた。
「魔獣の攻撃は、どのような感じでしょうか?」
「ああ、ボクも訊きたい」
何となく、探るような意図を感じるが、疑いは一旦置く。
「基本は肉弾だ。足で踏みつけ、喰い付く、尻尾で薙払う。あとは、ヘイト値が高くなると飛び上がって大震動を起こす。八龍で、ダメージはかなり緩和できるが、特殊効果の麻痺が来る。ラムダは飛び上がった瞬間に離れた方が良い」
ラムダが頷く。
「あと、あの化身に限った訳ではないが、あの広場の外までは追ってこない」
「そうかあ、それは助かるね」
そう、戦闘力の高い化身撃破の確率が高いのは、そのお陰とも言える。
「それにしても、よくご存じですね、シグマ様。あの魔獣と戦ったことがあるのですか?」
「いや。別のパーティーの戦闘を見たことがある」
LSFのデモプレイで観戦した。嘘は言っていない。
「そ、そうでしたか。なるほど」
「他に質問は?……では、15分後に攻撃開始だ」
それまで、俺はイメージトレーニングをする。
気になるのは、やはり甲羅を破る切り札か。ぶっつけ本番では心許ない。試すべきだな。
「今から、大音量が起こるが気にしないでくれ。二人に遮音魔術を掛ける」
そう宣言して俺とラムダには行使したものの、アンジェラに手を振って辞退され、さらにその魔術の発動を見せてくれないかと頼まれた。見せるが質問には答えないと約束で了承した。
虚空庫から、片側が詰まったミスリル合金製の筒を取り出した。
魔銃だ。
長さにして1m40cm。内径は12mmと結構太い。比重は鉄の6割ほどだが、ここまで長いとずしりと来る。
ミスリルインゴットやその他金属材料をゼノン商会経由で買い、筒状に加工してさらに表面の刻印と金細工は、昨晩に施した。そこに魔力を供給すれば、剛性が跳ね上がる。3分どころに土を固めて作った銃把を付けて、そこを右手で握る。
真鍮のガワに鉛を鋳込んで作った手製の弾丸。それを開いた銃口から滑り込ませ、装填。銃身を肩に担ぐ。発射準備完了だ。
肉眼と天眼を発動しておく。試し撃ちの標的は、20mほど離れた位置に立って居るシュロの木だ。
集中。
辺りが暗くなった。ガフの間に入った。
─ 気弾圧縮 ─
中級風属性魔術で空気を筒底に数百万分の1へ圧縮。筒内は真空だ。
発射──解放。まず弾丸の後ろで気弾を破裂させる。
空気が音速を遙かに超える勢いで広がる。弾丸が傲然と加速を開始。
第2点通過と同時に第2気弾を解放…このようにして第5加速まで神速の適時性を持って連続解放を敢行。弾丸は次々加速され、銃口初速1500m/sを得た。
現実界に戻ると、銃口から轟音が発生する共に尾栓から圧縮気弾が放出される。が、完全な相殺は叶わず凄まじい反動が、俺を襲う。
ダンッ。
鼓膜を痛めるような銃声と共に、弾丸が飛んで行った。魔術による視覚強化によって、弾道が見える。
アンジェラは、俺が指示した、弾道から直角に10m程離れたところで耳を手で塞いで見ていた。
「シグマ様。今のは…」
そう言ったが、俺が睨みつけると、思い出したように口を噤んだ。
それにしても、信じがたい速度が出たな。マッハ5弱か。重機関砲でも精々初速900m/s程でマッハ3弱だから、その速度は1.6倍。仮に減速や弾頭の重さが同じなら破壊力は2.5倍だ。俺が作った弾丸は、薬莢がないし、重いはずだ。きっと5倍くらいだろうな。
ただ、外れては意味がない。
狙ったシュロの木の幹から左に30cmも外した。銃身が破裂することなく発射できたのは収穫だが。課題もできた。見えた弾道は曲線的に逸れていっているので、射撃の技量ではなく、弾丸の直進性が低いことが問題だ。
銃身にライフルリングが切れてない滑腔銃だからなあ。それが出来ていれば軸線上に弾丸が回転し、ジャイロ効果でまっすぐ飛ぶようになるのだが。
ちなみにライフルリングとは、銃身の内壁に刻まれた螺旋状の溝で、弾頭がそこに食い込んで、加速にしたがって弾頭に旋回運動が与えられる。しかし、現状そこまでの精密金属加工は、今のところ無理と判断して、断念した。つまり銃身の中は散弾銃のようなツルツルの円筒でしかない。やっぱり、旋盤や加工機を作った方がいいよなあ…。
ん?ちょっと待て。別に弾丸が旋回すればいいんだよな。ライフルリングに依らなくとも。うーむ。金属加工技術の知識にこだわりすぎか。
次弾装填。
─ 渦状旋 ─
下級風属性魔法で、弾丸に予め旋回運動させておき…。
─ 気弾圧縮 ─
5連解放!
ダンッ。バシッ。
弾丸は真っ直ぐ跳んで、シュロの木に命中した!
幹の中央が、粉々に弾け飛ぶ。遮音力場を通して発射音と弾着音が一緒に来た。
木っ端とちぎれた枝葉が舞い落ちた。
よしよし。試して良かった。多少は自信が付いた。安心して狙撃できる。
アンジェラもそれを見ていたものの、今度は何も言い出さなかった。眼は訴えていたが。
よし。準備万端だ。まだ、エンシェントタートルは引っ込んでいないだろう。ラムダとアンジェラを促して、剛皇の関門に挑もう。
引き返したところを過ぎ、化身の全貌が見えてきた。
でかい──
体長10m以上はある。
「大きいなあ」
ラムダがぼそっと呟く。確かに初見だとビビるよな。
あのうとアンジェラが手を上げる。日本人か?
「シグマ様。確認ですが、本当に甲羅には魔術は効かないのですか?」
「そだね」
ラムダも半信半疑な顔だ。
「ああ、そう聞いているが…試してみるか?」
「お嬢様を危険に晒す訳ですから、是非」
俺は、右腕を巨大亀の背中に向ける。
─ 煌芒閃 ─
腕の先から、白き輝きが迸った。
狙い通り、ビームが甲羅を捕らえるかと思った瞬間に曲がった。直前で上に逸れていった。
おおう。分かっては居たが実際に目にするとえぐいな。
光学的かどうかはわからないが、何らかの力場が作用しているのは間違いない。確かに甲羅に魔術攻撃は無効のようだ。
「お手数掛けました」
2人とも納得したようだ。
指呼の距離に近づく。巨大亀は庭園にある築山のようだ。流石に圧倒される。
明茶色の甲羅が艶やかに輝き、歪んだ六角形の紋様は、セフィロトにも見える。あの紋様がでたらめに相克し合い、魔力が通じないようにしているのではないか?得意の瞬間記憶で紋様を憶え、仮説証明は別の機会に譲る。
バムバムバム…。
おおう。苛立ってる…。
小刻みに足踏みをしているに過ぎないのだろうが、地面がずしんずしんと揺れる。挑戦者を探しているのだろう。その場で、自転している。尻尾もぶんぶん振り回してる。
もう既に憎悪が高い状態だ。
じっとしていてくれれば、別の手もあったが。仕方ない。
「まずは、足を止める。パターンBだ」
「了解X2」
アンジェラは、いつものように姿を消した。
「手筈通り、しばらくラムダは待機だ!」
うんと頷く。いやあ、何度見ても凛々しくて良いなあ。
俺の右斜め後ろに下がる。
─ 泡影 ─
光学迷彩魔術を行使。姿を消して狙撃開始だ。
初弾装填。
狙いは、甲羅の頂上やや手前。
─ 渦状旋 ─
─ 気弾圧縮 ─
発射、3連解放!
ダッギーーン。
特製弾丸は命中するも、戦車の傾斜装甲に当たったときのように、大きく跳弾となって消えた。甲羅は若干抉れたぐらいで、大きなダメージは与えない。
が、エンシェントタートルは、正体不明の敵に襲撃されたことで狼狽え、頭と脚や尻尾をすばやく甲羅内へ仕舞い込み、地響きを立てて地面に投げ出された。
狙撃失敗ではなく目論見通りだ。巨大亀の脚を止めて静止させた。そしてダメージを与えすぎないように、解放する気弾を3連に留めた。これで精密狙撃が楽になる。では真に狙う所は。
第2弾装填。5連解放で発射──
狙いは、首が入る上の部分の甲羅…違わずそこが弾け飛んだ。
甲羅を構成していた破片や微粉末が、もうもうと舞い上がっている。それが風に流されて、晴れて来た。
前面は腹側の甲羅は覆っているものの、上面の甲羅がなくなり竦めている首が露わとなった。亀の甲羅は脊椎と一体化しているそうだが、吹き飛んだのが端だったので、そこには直結されておらず、エンシェントタートルにそれほど大きなダメージは残っていないようだ。
しかし、ヤツは何が起こったか分かって居ないようで、首を竦めたまま、目だけきょろきょろさせている。
よし!
俺は振り向き、美しくも頼もしい相棒を見る。
「ラムダ!」
「いきまーーす」
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訂正履歴
2015/08/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新
2015/11/28:三点リーダ訂正