30話 魔獣島(2) レベリング
30話まで来ました。
魔獣島に上陸してから3時間あまり。
朝の間、空を覆っていた厚い雲が切れ、日が差してきた。
風向きも北西から南西に変わっている。
「上陸の時より、だいぶ暑くなったよね」
言われてみれば、この島は暖流の中にある。暦で秋と言えどもこのぐらいの気温で不思議では無い。
感知魔術に拠れば、今では32℃だ。
爽やかだった朝の風が、今では湿っているので、もっと暑く感じるはずだ。
ラムダは、額に玉の汗を浮かべ、ふうっとつく溜息が如何にも艶っぽい。
「そうだな」
「シグマは、全然汗かいてないね」
俺は、ローブに温度調整の紋章魔法を刻印してあるので、暑くは無いのだが。
ラムダのスケイルアーマにも、同じように刻印してやろうかな。そう思っていると、魔獣が現れ、ラムダが走っていった。
ラムダは、7頭の魔獣を斃していた。昼近くになったので、食事にする。草の背丈がそこそこあるので、どうしようかと思ったが、幸い見つけた平たい岩の上に登る。周囲が見渡しやすい。各自結印魔法の澪で、水を出して手を洗う。
ん?何か、ラムダとアンジェラが小声で話しをしている。なんだ?とは思うが、女子には男に聞いて欲しくない話もあるだろう、気付かないふりをしておくか…。
「ラムダ。何が食べたい?」
「おおう。待ってました。昨日シグマが作っていたやつ。さ、サンドイッチ?だっけ。あれが良い」
ああ、作っている時から、何それ何それと目を輝かせて食べたそうにしていたからな。まあ、この世界にサンドウイッチは無いらしい。物珍しいのだろう。
昼食の食料は屋台で買ったものもあるが、食べやすい手軽さを追求していくと、あまりバリエーションが得られなかったので、俺が作ったものもある。サンドイッチもその一つだ。虚空庫から、3人の一食分が入ったバスケットを出庫する。
残念ながら食パンは見当たらなかったので、ドイツの白パンみたいな種類を使った。薄く切った長円形のパンに蒸し焼き肉とレタスを挟んだ。
ナプキンを外して、ラムダがパクつく。
「おいしい…んん?ああ、パンに塗ってたバターに辛子を混ぜたんだぁ。へえ。なるほどねえ」
「ほう」
視界の外で声が上がる。
「アンジー?」
「お嬢様。バターだけではないですよ」
「そうなの?」
さっき食べ掛けたサンドを左手に持ち替え、別のを探す。鼻に持って行き匂いを嗅いでいる。
「これかな?…むぐ…これは…なんなの。このソース?ちょっと酸っぱいけど、おいしい」
艶やかな唇に付いた白いもの。
「ん?マヨネーズだが」
「マヨ…ネーズ?知ってる?アンジー」
「いいえ。聞いたこともありませんが。口当たりがいいですし、初めての味ですね。シグマ様は料理人も出来ますね」
いやいや、マヨネーズぐらいで大げさな。
「うーーん。これ発明だよね」
ラムダも同調した。
「いや、別に俺が考え出した訳じゃない。卵と塩と酢と油を混ぜただけだ…」
「言う通りなのだろうけど──その材料がこうなるなんて思いもしないし。それにしても、シグマは何でもよく知ってるよね」
「そうですよね。いつも驚かされますね。お嬢様に聞きましたが、何でもシグマ様のご先祖は異国から来られたとか。その所為かも知れませんね」
先祖はともかく、異国は当たっているな。
俺にとっては普通の食事だったが、二人は昼食に満足したようだ。
「頼みが有るんだけど」
「何だ?ラムダ」
「うん。大したことじゃないんだけど。シグマだけ少し先に進んで貰えるかな」
んん?
「ああ、構わないが。道は分かるな」
「うん。すぐ追いつくから」
何か、ここでやりたいことがあるようだな。分かったと首肯し、岩を降りて1人で先行する。
進むこと15分。ゆっくり歩いたので1kmも進んでいないだろう。
「シグマァー」
追いついかれたな。慧眼で感知していたが…。
先ほどまでと雰囲気が違う。
「どう…かな?」
腕を後ろに回し、腰を捻る。
「えーと…」
先ほどまでのスケイルアーマー姿ではなかった
軽銀製の胸当てと肩当て…だが、鎧というより、ベアトップのトップスだ。水着のようにバストのかたちをなぞりつつ支える。合わせは深く切れ込み、紐で括られては居るが、豊かな胸元が露わで、視線誘導力が半端ない。
「もう。胸ばっかり…」
その言葉で慌てて視線を下げる。
しかし、そこも。
ミドルティーンに似つかわしくない程、括れた胴が色気をいや増している。それにプリーツスカートは、生地が薄くなり、裾も10cmほど上昇した。白く肉感的な太股が、膝上までの編み上げブーツとの対比が蠱惑を…。この辺にしておこう。
「とても似合ってるけど…」
「けど?」
「他の男には見せたくないな」
華のように微笑む。
「えへへ。良かった。いやあ、暑かったからさぁ」
「そうだな、では俺も」
俺の体感がどうあれ、見た目が暑苦しいのは間違いない。
同行者と差があればなおさらだ。
黒貂のローブから濃紺に染めた麻のマントに換装する。
ああん。魔術士ぽくって好きだったのに…と小さく聞こえたが、流しておく。
それと、ラムダには、助言しておいたほうが良いだろう。
「ラムダ。聞いてくれ」
「ん。何?」
「剛皇に通じるこのステージには、皮膚や外骨格が硬い魔獣ばかり現れるはずだ」
「うん。そんな気がしてた」
やや、気落ちした表情だ。
「どう対応するつもりだ?」
「そうだよね。小さい相手には、棘玉棍の打撃が効くのだけど。硬くて大きいのはなあぁ、お手上げかも」
正直だな。
「ラムダも連撃を使えるようにしよう」
「連撃?やったぁ。やるよ。憶えたい」
両拳を胸に持ってくるポーズは、打って変わって、やる気満々のようだ。
「よし、では俺があれを相手にやってみせる」
前方にリザードマンが2頭見えた。
有り体に言えば、トカゲ男だ。鱗状の皮膚がいかにも硬そうだが、問題は無い。警戒すべきは太く勁い尻尾だ。
「ここで見ているんだ」
ラムダはこくっと頷いた。
クリス・ダガーを抜き放つと、ラムダが出せる速力程度で走る。指呼の距離まで迫った。
「おい」
なんだか、こちらに気付いていないようなので、声を掛けると、青い舌を出したリザードマンがこちらに向く。どうやら、俺は影が薄いらしい。
手に持った、立派なロングソードを、俺に振り下ろしてくる。
両者とも、なかなか良い太刀筋だが、それに当たってやる義理は無い。禹歩を使うと見本にならないので、普通に速めのすり足で一方の魔獣の左側面に回り込む。
小さく構え、集中。
リザードマンのがら空きの脇腹に向けて、クリスを突き込む。
動く敵の同じ一点に──。
抉り込んだダガーを引き抜く。
ザアーっと、魔獣は幾つもの星屑として流れる。
そこを突っ切り、もう一頭に肉迫。
袈裟掛けの剣閃を間一髪で避け、左胸に突き込んだ。
「見えたか?ラムダ」
背後で光の粒子が散った。
「見えた。あの位同じ所に、突けば良いんだね」
「ああ、そうだ」
ふうと肩で息を吐く。以前に比べて、VIT値というか体力消費が少なくなったが、それでも反動が大きい。術後硬直が遅れて今来た。
「4連撃に5連撃…あの硬そうなリザードマンを…シ、シグマ様は魔術士ですよね」
「ああ、アンジーは初めて見たのかあ。びびるよね」
「アンジェラ。俺は魔術士だ。こんなに術後硬直が来るからな」
震えてまともに動かない手と腕を見せた。
それ以前に、一撃目は撥ね返され、三撃目でようやく穴を開け、やっとその後突き込める程度では、話にならない。時間の無駄だ。まあ、前世の戦士の時を基準にしても詮無いが。
「そのようですが──いえいえ、誤魔化されませんよ。戦士だって、あそこまでやれば硬直が来るに決まってます。魔術行使の後に何事もないシグマ様が異常なだけです」
「そうか?」
「そうです」
─ 麝香 ─
下級回復魔術を自分に行使して、息を整える。中級も使えるが、疲労しているだけでダメージが有るだけではないので、下級で十分だ。
「さて、ラムダにもやって貰う。まずは1頭の魔獣相手だ。連撃の周波数はそれほど高くなくて良い、なるべく正確に突け」
「しゅうはすう?」
「ああ、一定時間内に何回突けるかだ。1秒間に最低2回突かねばならないが、まずは気にするな。正確でなければ何回突いても回数倍のダメージしか与えられない」
「うん。わかった」
それから、バジリスク、リザードマン、ガーゴイル。出てくるのは鱗状の皮膚を持った魔獣ばかりだ。最初のバジリスクでは、なかなか出来なかった連撃も、リザードマンでは2連撃が出だし、ガーゴイルでは安定して出来るようになった上、3度に1回程度は3連撃が出来るようになった。
俺がクリス・ダガーで繰り出す連撃は、ざっくり言えば軽い。したがって回数を重ねないと、硬い皮膚は穿てない。しかし、ラムダと鉾槍の組み合わせは、一撃が重い。2連撃でもそこそこ穴を開けられる。が、しっかりダメージを与えるならば、3連撃を確実に決められるようになって欲しい。おそらく剛皇の加護を与えてくれる相手には、もっと硬いはずだからだ。
後は慣れということで、魔獣の2頭残しを試した、最初はまあまあだったが、疲れからか2連撃すら確実性が落ちてきた。
今は、ロックリザードマン。上位種だ。1頭にはマグレ気味に3連撃が決まり、早々斃した。だが、槍を持った個体に苦戦している。近付くと岩石状の鱗を飛ばしてくるので集中が持たない。
最初から連撃を決めようと狙いすぎだ。槍筋を読まれている。
だぁぁああ。
雑になって気合いだけで押そうとしている。
不味いか。
ザザザ。
うぐっ。
飛来した鱗をまともに肩に喰らった。
あぁぁああ。
ロックリザードマンの槍が、ラムダの脚に当たる。が、浅い。
「お嬢様ーー。え?どうして」
アンジェラが駆け寄ろうとするのを留める。
「もう少し待て」
あまり甘やかすと、ラムダの経験値稼ぎに支障が出る。
ラムダは、脚を引きずりながら、突進。
肩からぶつかって、魔獣の体勢を崩し、渾身の3連撃を放った。
鉾槍はロックリザードマンの胸を深々と抉り、どくどくと紅き血潮が吹き出した直後に、星屑と消えた。
「ふうぅ、ふう…やったよ」
ラムダが、親指を立てた。その後、痛、いたたたと脚を押さえる。
─ 竜涎 ─
中級回復魔術。一瞬で血が止まり、傷口がなかったようにふさがっていく。
息も整った。
「あ、ありがとう。シグマ」
「どうだ、脚は」
「う、うん。なんてことないよ」
地面を蹴っている。痛くはないようだ。
「シグマ様」
振り返ると、アンジェラが空を見ている。
「どうした」
「既に3時を回ったと思いますので、そろそろ野営の準備をされた方がよろしいかと」
たしかに。まあ初日の進行としては、なかなか上出来な方だろう。
「そうだな。明日はあの岬の突端に行くことになるが、今日の修行はこれくらいしておくか」
「では、テントを出して貰えますか?」
「ああ、あの辺で良いだろう」
やや踏み分け道から外れるが、比較的でこぼこの少ない地盤があった。
─ 版築隆興 ─
土属性中級魔法。本来は強固な城壁など土壁を作る魔術だが、作り上げる平面寸法や高さは自由自在なので、今回は高さ30cm、直径15m程の円形舞台のような土台を作り上げた。
「やっぱり、すごいよねえ。アンジー」
回復魔術は掛けたが、テンション低いな。ラムダは。
「確かに。まあ本来このようなことに使う魔法では無いのでしょうが…」
アンジェラは近付いて触る。
「砂岩のような硬さですが、ここまでやる必要があるのですか?」
「ああ。水平を出さないと気持ち悪いだろう!?」
ん?何か間違えたか?アンジェラが一層不可解という顔をする。それにしても、徐々に振り幅の小さい表情が分かるようになってきたなあ。
「さて、そこに出すから、念のために離れてくれ」
アンジェラは、何事か訊きたそうだったが、今は無視だ。
出庫。
先ほど作った土台の上に、赤味が掛かった黄土色の丸いドームが現れた。
直径13mほどだ。壁はほぼ垂直に立ち上がり、高さ3m程から丸くすぼまっていく。
「ちょ、ちょっと。何?これ」
「い、家ですか?シグマ様」
「ああ。コテージだ。狭くて悪いがな」
2人は互いを見て、ドームを見て、首を振っていた。
「それにしても、こんな大きさの物が、虚空庫に入るんですね」
「まあな」
俺も作ってからどうかなと思ったが、問題なく入庫出来たので、そのときは笑った。
「ああ!この形に、この大きさ。王都の館の庭が丸く枯れたのって」
確かに庭で作ったけど。おかしいな。芝が剥げた跡地には活性化魔術を掛けたはずだが。
「そう言えば、ちょうど、これぐらいの大きさでしたね。ただ、土がむき出しになったと言うよりは、育ちすぎて枯れた感じでしたが…」
げっ。魔術が効き過ぎたか。
「まあ、あの館は、シグマ様の物ですから、どうされようとご自由ですが」
頷くラムダとアンジェラの目が厳しいのだが。無視しておく。
「さて、中に入ろう」
やや重い観音開きの玄関扉を開けると、灯りが点いた。人感センサー付き紋章魔術照明を施してある。
「わあ。すごい。思ったより綺麗」
「何ですか?この壁の厚さ」
30cm程ある。土蔵を意識して作ったからな。
入ると、まずは廊下だ。
「この扉は?」
「玄関に近い方がトイレ、こちら側が脱衣所と風呂だ」
「風呂?お風呂があるの?」
「ああ、後で見てくれ」
女子は何はなくとも、水回りをしっかりしとかないとな。
廊下を進んだ先が、リビングダイニングだ。
「広ーーい」
直径6m程の空間だ。真ん中はダイニングテーブルに椅子のセット、奥は島型のキッチンもある。壁には合計4つあり、扉のない壁にはソファが並んで居る。
「もう、なんていうか…開いた口が塞がりません。シグマ様…それに、灯りも驚きましたが、窓がなくて密閉されているのに、この清々しさはなんですか」
珍しく興奮してる。
「アンジー、それはねえ。ほら、そこの紋章で換気してるからよ」
キッチンに行ったラムダが答えた。
「へえ…」
ラムダ、余りしゃべるとボロが出るぞ。しかし、アンジェラは、驚きが大きいようで余り気にしている様子は無い。
「あと個室は、左に2つ、右に2つだ。俺は左手前を使うから。右の2つを使うと良いだろう」
ラムダは、先ほどまで見せていた疲れが嘘のようには、部屋を見に行く。
おおーーぅと言う声が聞こえてくる。
「ちゃんとしたベッドがあるし、街道に戻っても宿に泊まらなくても良いよ。これに泊まろうよ」
首だけ出して、そんなこと言う。まあ、それも悪くはないが目立つぞ。
このようにして、部屋割りを決め、予め調理済みの食物を出庫して食べ、就寝となった。
俺は、ベッドに潜り込むと、戦闘の光景を思い出していた。煌芒閃を発動したときに微かに見えた図形だ。
「やはり、あれは・・・セフィロト」
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訂正履歴
2015/8/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新