29話 魔獣島(1) 上陸
俺たちは、領界の宿場フェイエに入った。この宿場は海とフェス湖に挟まれた、大きな地峡に築かれた町だ。高台に王国軍の駐屯地があり、その下には市街地が広がる。汽水湖であるフェス湖と海に面した景観は名勝の誉れ高く、観光地かつ保養地とも成っている。
駅馬車を降りた俺たちは、シスター達とも別れた。
「明後日の朝に、漁港から船が出る。それに乗って魔獣島に行こうと思う」
「マジュートウ?」
ラムダは目を輝かせ、アンジェラは目を伏せた。
「昨日、ラムダを鍛えると言ったろ。魔獣島は、王国にいくつかあるが、そもそも魔獣が多く生息する土地で、さらにリポップ確率が高い」
「リポップ?」
おっと、ついゲームの用語を使ってしまった。
「魔獣が、以前現れた場所の近くで、また現れることだ」
ラムダが、小声でリポップ、リポップと繰り返していた。憶える気だな。そこへ、アンジェラが不満そうに近づく。
「お嬢様が、答える前に申し上げますが。私は反対です」
ラムダは、ピンと来たというように眼を見開いた。
「ああ、そうか。改めて答えるまでもないと思ってた。もちろん、ボクは行くよ。例え危険があったとしてもね」
うんうんと頷く。
「そうおっしゃると、思ってはいましたが」
珍しく、アンジェラが眉を下げた。
「何ならアンジーは、ここで待ってても」
「できもしないことを、おっしゃらないで下さい」
にししと、ラムダが笑う。
決まったようだな。
「ラムダには、魔獣と多く実戦してもらい、技量を上げ、いくつかの闘皇の加護を下賜される事を目指す」
「闘王って?」
えっ?知らないのか?!
「例えば、ラムダが今持っている力皇がそうだ。あとは速皇、剛皇とかだな」
「あー。ボクの力を増幅して貰っている、ありがたいヤツ。他にもあるんだ」
アバウトな理解だな
偉そうに言う俺も、この前まで知らなかったけどな。
前世(β)では実装されていなかったからな。王立図書館で調べた。魔獣島自体は知っていたのだが。
「ああ、全部の闘皇が、行く島に揃っているわけではないがな…あと。力皇自体も今より上位の加護がある。鍛え甲斐があるぞ」
「ふーーん。いいねえ。やるよボク。それで、どうやったら、加護を下賜?というか、もらえるの?魔獣を斃すとか?」
「ああ、加護の下賜を試験する化身と呼ばれる召喚魔獣が居る。加護を受ける者がそいつを斃せば良い」
「ふーん」
納得したようだ。
「お嬢様。それをご存じなかったのに、なぜ力皇の加護をお持ちなんですか?」
アンジェラが訝しむ。
確かに。
「うーん。ウチの一族で、戦士はみんな持ってたからなあ…」
「いつ気が付いた?」
「ああ、戦士の修行を始めたら、直ぐ。いつの間にか持ってたんだよね」
「血統的なものなんでしょうかねえ」
「ああ。それから、島へ船は1週間1回しか着かない。まあ。転移結晶で戻れなくもないが、基本は行った次の船で帰るつもりだ。明日は、それまでの食料を調達しよう」
「分かりました。お止めしても無駄のようなので、出来るだけは協力します。それで、食料と言うぐらいですので、宿などないですよね。私はテントを持ってますが。お二人は?」
「あ、ボクは持ってない。売ってるかな?」
「道具屋で買われるとよろしいでしょう」
「そのことだが。宿舎は、俺が用意しようと思っている」
「宿舎?テントではなく?」
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大量に完成した料理や、肉、野菜を買い込み、虚空庫に入庫した。一部の中級魔術を使えるようになった頃に、なぜだか俺の虚空庫魔術も強化され、入庫時の意識によって、出庫までの時間が経過しないようにもできるようになったからだ。買い込んだものは、入庫した時の状態で、つまり料理なら、何日か経ってもできたての状態で出庫できる。
虚空庫の強化は、容量や最大寸法等も増量にも繋がって居る気がするが、そもそも限界を感じたことがないので、よくわからない。王都に居る頃から、あれも入ったからな。
準備万端となった俺たちは、早朝に魔石動力の連絡船に乗った。30人ほど乗れそうな、いわゆるキャラック船で、甲板下に船室もある。本土の港から南下し始めて2時間ほど経ち、外の風でも浴びる積もりで甲板に出ると前方に島影が見えていた。天眼に拠ると魔獣島であるベラミ群島だった。本土からおよそ25km。歩いて行けるほどの浅瀬で繋がる大小10ほどの島々からなり、最外周で直径8km程だ。定住者は無く、主として修行者が上陸する。甲板員の語るところによれば、今は5パーティが上陸してるらしい。
みるみる島影が大きくなり、最も北にある本島に岸辺が見えるようになった。
それから、反時計回りに島を回り込み、南岸にある島の港に向かう。15分して島から200m程の海上で投錨し、小舟で上陸した。
入れ替わりに、小舟に乗る者が居たが、一様に疲れ切った表情だったが、2割くらいは帰ってこないらしいので、まだマシな方かも知れない。船着き場付近にはいくつものテントが見られる。この辺は流石に魔獣が現れにくいようだ。
「さて、どっちに行く?」
余り疲れを見せない、ラムダは張り切って、地図を広げている。
「この本島の北に居る剛皇の化身を狙いたいところだが、まずはラムダに慣れてもらうところからだな」
「ええ?どこに化身がいるか知ってるの?シグマ」
「まあ大体な」
ふうーーんと、ラムダは小刻みに頷く。まあ、デバッグで来たことがあるとは言えないしな。まあ、その時には化身の意味までは知らされてなかったのだが。
パッシブ魔術の慧眼が、人が近付いてきたことを警告した。
「あんたら、この島は初めてか」
40歳代後半ぐらいの男だ。くたびれた革鎧に良く焼けた肌、口元に締まりが無い下卑た感じが、嫌悪感を掻き立てずには居られない。
「あんたは?」
俺の応対に一瞬むっと来たのだろうが、それでも、にやけた表情を浮かべた。
「儂か?儂は、この島の案内人だ」
俺は軽く頷いておく。
「それでだ。さっき、あっちにいるパーティに道案内を頼まれた。儂は、この島のありとあらゆるところを知っているだ」
「ほう」
「あんたらも、化身と戦いに来たんだろう。儂に任せれば、そこまでほとんど戦闘無しで連れてってやる。どうだ、いい話だろう。そこで物は相談だが、あいつ等より、そうだな1日25ディール余分に…」
「必要ない」
「なんだって?」
「必要ない」
ようやく意味を理解したのか、にやけた顔を今度は顰め、馬脚を現した。
「ふん。そうかい。精々苦労して、後悔するんだな。あとお前は年長者を敬え」
俺が表情すら変えなかったのが、余計癪に障ったのか。
「こんな先が見えないやつに付いていてはだめだ。姉ちゃん達は考え直した方が良いぞ、ふははは」
男は、そう言い捨てて、待っているパーティの方に歩み去った。
「何?あの男。むかつくーー。べーーーだ」
ラムダが俺の代わりに怒っていた。
海岸からやや歩き、林に差し掛かると立ち止まる。
「さて、この辺で準備をしよう。鉾槍と棘玉棍を出してくれ」
元気よく歩いていた、ラムダがやや憮然とした表情で止まる。
「え?ボクの武器を?どうするの」
「強化する」
俺の顔をまじまじと見て、アンジェラを縋るように見た。が、無表情ガードで撥ね返されたようだ。
「い、いやあ。シグマは信じてる、信頼してるよ。だけどぅ。そのう、シグマは鍛冶屋さんじゃないよね」
武器を大事にしているからな。心配だよな。
「ああ。これを見てくれ」
俺は、クリス・ダガーを抜くと柄を、ラムダへ向けて差し出した。
えっと言う顔だ。それから、刀身の異変に気付いたようだ。
「隕鉄造りなのに、キラキラしてる。なんで?」
「DLCコーティングだ」
「でぃー…こ、こーてぃんぐ?」
DLC。ダイヤモンドライクカーボン。成分によって差が有るが、ここでは炭化水素ガスを刀身に蒸着させてダイヤモンドとグラファイトの中間とも言える非結晶層を作る処理だ。刃の硬度を上げると共に、摩擦係数を下げ、欠損や摩耗を防ぐ。
「すぐ済ますからさ」
「いや、そう言われても」
「じゃあ、棘球杖から」
う、うん、とラムダも不承不承だ。
虚空庫から土から作った専用箱を2つ取り出す。
渡された杖を分解、杖部分を棘玉を受け取り、虚空庫経由で一つ目の箱内へ。
─ 微砂旋 ─
サンドブラスト加工。
「少し下がってくれ」
2人が2歩下がった。箱の栓を開ける。
─ 滂沱 ─
うわっとラムダがもう一歩避ける。泥水が吹き出たからだ。水を出し切ると栓を閉め。
─ 観音震 ─
超音波洗浄。2つ目の箱に棘球を移し、
─ 劫烈火 ─
加熱。そして中級火属性魔術を劣化させた魔術を行使する。
─ <劣化>天焼猛火 ─
天焼猛火は、分析によれば炭化水素ガスを酸素を吹き出し、魔力で燃やして超高温を得る巨大なガスバーナーのような魔術だ。
劣化と言っているのは、それら呪文から酸素供給と着火を抜いたからだ。紅蓮の術式には酸素供給が無かったので、それと比較しつつ、数回の刻印魔法の試行錯誤で作り上げた。もちろん、黒魔術としては何の効果も無いが、俺が名付けた工芸魔術としては使える。
さて。修慧に拠れば、棘球にグラファイトのアモルファス層が沈着して行っている。
「よし。これでいいだろう」
虚空庫経由で、棘球を取り出して杖に結合させる。
DLCモルゲンステルンのできあがりだ。
所要時間5分。魔術はいいよね。
ほいっとラムダに渡す。
「おっ、おおう」
まじまじと棘を見る美少女。まるで絵にはならないが、ラムダが萌えていることだけは分かる。
「いいね。いいよ。気に入りました。シグマ親方、これもお願いします」
誰が親方だ。まあいい。もじもじと渡してきた鉾槍を受け取る。
同じように2つの箱を使って、DLCコーティングを実施した。
「ふぉわーーー。かっちょいいよお。すべすべ」
正眼に構えると、やぁーーと袈裟懸けに振り下ろす。すぱすぱっと太めの灌木が斬れてその場に落ちた。切断摩擦がかなり小さくなっている証左だろう。引掛かると離れたところに落ちるからな。
「切れ味抜群!惚れ直したよ、キミ!」
槍に頬ずりするな、ラムダ。まあ気に入ってくれて、俺も嬉しいが。
「ありがとう。シグマ」
「ああ」
がすっと地面に刺すと、がっちり抱きつかれた。うーむ、良い匂いだ。若くて甘い。思わず俺もぎゅっと抱き返す。いやあ、気持ちいいねえ。華奢なのに柔らかだ。スケイルメイル越しなのに…。
「おっほん、おっほん」
アンジェラのわざとらしい咳払いで、ようやくラムダが離れた。
「アンジーのダガーもやってもらったら?」
ちらっとこちらを見た。
「いえ。私のは結構です。シグマ様…信じがたいですが。これだけ魔術を使ったのに、あまりお疲れでもないようなので、早速参りましょう」
ラムダの槍術スキルは上級だ。つまり、結構強い部類だ。しかし、実戦経験が足りてない上に、思い込みやすい性格のためか、一つのことが気になって隙を見せやすい。ならば対策は経験の蓄積しかない。
しばらく進むと草むらに出た。慧眼に反応があった通り魔獣がいる。人よりは大きく、赤黒い肌に茶色いタテガミ。そして大きな大きなサソリのような尾。
マンティコアだ。
いきなり、強そうなのが来たが。一頭だ。
俺とアンジェラは止まり、ラムダが前に出る。
幸い、こちらが風下。
ラムダは、音もなく駆け出し、鉾槍を水平に構え糸を引くように一閃した。
ザッ。短く振り抜いた音がして、凶悪な尾が切り飛ばされた。
ギゴォォォ。
たまらず吠えたマンティコアは、数歩前進の後、踵を返して襲いかからんと駆け来るが、半身に構えたラムダは、槍で捌きつつ肩口から胴にかけて刃を喰いこませた。
それでも魔獣はダメージを物ともせず、大きく弧を描いてUターン。血を吹き流しつつも、勢いを殺さずラムダに迫る。
指呼の距離で右左と、フェイント。
巨体を捻って、ラムダにその太い前脚の爪を繰り出す。
その刹那。
鉾槍を手の中で滑り落として握り直し、石突きをガツと地を突く──。
おお。宙へ躯を翻した。
マンティコアの腕を軽々と躱し、裂帛の気合いで、鉾を魔獣の脇に突き込んだ。
魔獣は斜めに足踏んだ後、どうと倒れた。
荒い呼吸のあと、息絶え、すうっと光粒子となった。
ラムダは、こちらを振り返り拳を掲げて寄ってきた。
格好良かったが、まあこれぐらいはやってくれないとな。
「シグマ。これ切れ味がすごくなったよ。すうっと軽く肉に喰い込むよ」
うん。だけど、可愛い満面の笑みで、言うセリフじゃないよね。
「そうか。しばらく使い込んだら、またDLCを施そう」
ラムダはふふんと鼻歌を歌いながら、踏み分けられた道沿いに進んで行く。前方に中型魔獣が3頭の感あり。
「ラムダ。前に、やや大きめの魔獣が3頭だ」
「えっ?」
「もうすぐ見えてくる。それで、俺とアンジェラは姿を消す。だから、敵は集中して襲ってくるはずだ。1頭はこちらで屠るので、2頭を斃せ」
「了解」
短く答えて前進を始める。
だぁぁぁああ!
50m進んで気合いの雄叫びを上げる。
グゥゥゥゥ…。
ラムダの声に呼応するように、低く唸りながらアルマジロドラゴンが3頭現れた。
ドラゴンと名はあるが、竜属では無い。ヨロイオオトカゲの亜種だ。皮膚がとげとげの鎧のような装甲で、いかにも硬そうだ。剛皇の眷属というわけだ。
いきなりこれか。結構苦労するだろうなあ。鋼の剣でもなかなか傷を入れるのが難しい上にすばしっこい。まあ弱点はあるのだが。
たぁぁぁぁああ。
ラムダが、手近な一頭に鉾槍で斬りつける。
ガガガガッシュ。
おお、弾かれずに振り切った。滑らすようにしていくらか食い込んだようだ。やるなあ、ラムダ。
ガシッ。
腕はいいんだが戦術が間違ってるな。
アルマジロドラゴンは、知能が高いようにには見えないがなかなかどうして。一頭が草を隠れ蓑にして、ラムダの後ろに回り込む。こいつにするか。
─ 煌芒閃 ─
辺りが暗くなった。初めて使う魔術だしな。
眼の奥が瞬き、神聖文字が流れ、その後に刹那の煌めき。
紋章?
いままで眼にも留まらなかった、瞬きが僅かに見えた。
周りが明るくなったときには、何も無いところから突然紅いビームが迸り、魔獣の眉間を打ち抜いていた。撃たれた魔獣は、ぶるぶるっと四肢を痙攣させた後に、星屑と消えた。
これが光魔術か。中級火属性魔術の一種なだけあって、威力が凄まじい。工業用レーザーを遙かに超える。数cmの金属も貫きそうだ。これなら暗殺者になれるよな、俺。
「シグマ様、何時から姿が消せるようになったのですか?」
げっ。アンジェラの声が聞こえた。つまり、俺は看破されているわけで。まだまだですな、俺の隠蔽能力。
「つい最近だ」
「そうですか。アカデミーでの計測は無意味でしたね」
声がした方を見てみたが、それっきり途絶えた。
さて魔獣の方はと見直すと、ラムダと闘っている1頭と、やはり、後ろに回り込もうとする1頭が居る。さっきは殺したが、今度は様子見だ。ラムダがやられたら、すぐ快復できるように準備しておくか。
1撃、2撃。ラムダの攻撃が撥ね返されたとき、後方に居た魔獣が、大きな顎で囓り付こうとラムダに跳びかかった。けっこう俊敏だ。これはやばいかなと思ったとき、ラムダの槍の石突きがそいつをはたき落とした。
おお、ちゃんと見えていた。よしよし、眼の配りはまあまあ出来てる。
ラムダは、すうぅーとバックステップを踏んで、魔獣をV字の範囲に絞り込ませる。これは、やはり。ラムダの不安定要素の第一は俺の存在か。
ザッシュ。
おっ。かなりくいこんだ音がした。偶然なのか狙い通りかまではわからないが、アルマジロドラゴンの関節に鉾が入り血が飛び散る。そうそう、それで良い。
ラムダも、なるほどという表情で、理解したようだ。
2頭の攻撃をいなしつつ、片方の魔獣にダメージを集中させて前脚を痛めつけ、動きが止まったところで、頸の関節に連撃を当て斃した。残り1頭になれば、まるでルーチンワークのように手慣れた順序であっと言う間に屠った。
「お疲れ」
「あっ!シグマ。最初はちょっと心細かったけど斃せた」
「ああ。上達したな。どうだ疲れてないか?」
「うん。まだまだいけるよ!」
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訂正履歴
2015/08/06:ディーン→ディール
2015/08/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新
2015/11/28:三点リーダ訂正




