27話 鳥料理(退治)
いやあ、戦闘回は難しいですね。
魔獣琥珀。
昔なんかのヒーロー物で見たカプセル怪獣のようだな。カーラさんがトレントを大量に召喚したヤツだ。
光芒の中から現れたのは、コカトリス。巨大な陸棲鳥類の魔獣。
ざっくり言えば、大きな鶏のお化けだ。羽がさらに退化してるとか、尻尾が大蛇になっているとか、細々違うところはたくさんあるが。
一番大きな差は。そう、石化のブレスを吹き出すことだ。
厄介だな。
βの中盤で、こいつに壊滅されたパーティが続出して、社内で補正しようか?と話題になったぐらいだ。
俺自身とラムダには、障壁魔術を施術済みだが。
─ 劫烈火 ─
ちぃぃ。
俺の手から、火焔が噴き出して怪鳥を捉えたが、大したダメージとならなかった。下級魔術でも火力不足なのか。
黒ずくめの男が手に魔石杖を持って、怪鳥に翳す。鈍く光っていた魔石が煌めく。
それに応えたのか、怪鳥は大きく胸を反らした。
ゴガァァァァ。
怪鳥が体勢を戻して前のめりとなると、嘴から灰色のブレスを放った。
俺は、ラムダを振り切り、エレの元へ跳んだ。
蹲ったエレの前で、大の字で立ちはだかる。
とっさに盾無を解除。
─ 玉繭 ─
ゴゥーーーとばかりにブレスが吹き過ぎていく。
風属性下級防御魔術の効果だ。ブレスの射程はおよそ70m。人間と言わず、道ばたの草と言わず、灰色に染まっていく。
くっ。
大部分のブレスは見えない障壁があるようにが避けていったが、玉繭の展開が遅かった。ブレスを若干浴び、魔術士になってから初めて受けた、ダメージらしいダメージか。
HPが2割ほど持って行かれた。
ブレスの直撃を受けだものの、盾無のお蔭で火傷で済んだのは幸運と思うべきだな。
そう、目の前の光景が否応なしに突き付ける。
俺達の前にいた無頼の輩は、灰色の風をまともに浴びた。男達は、石化した表面がみるみる浸食し、あえなく石像と化した。感情移入は全くできないが、哀れだなとは思えた。
「あ、ありがとうございます、私のために」
美しくも弱々しい声に振り返ると、エレが流石に真っ青な顔をしている。
ラムダが、追いついた。
「シグマ、大丈夫なの?顔がすごく紅くなってるよ」
「ああ大したことない」
─ 盾無 ─
「これで、多少ブレスを浴びても大丈夫なはずだ。ラムダとともに離れていて下さい」
「脚が…」
しかし、腰が抜けたのか、彼女は立ってない。
そこへ、第2波の吸い込みが始まる。
─ 岩壁隆(がんへきりゅう) ─
咄嗟に、岩の障壁を隆起させる。
怪鳥がブレスを吐きつつ首を振った。俺たちは岩で免れたが、余波は水で流して無力化した弓兵たちまで届き、石化してしまった。
いや、証拠隠滅のつもりか。
コカトリスも2回の照射で、スタミナを消費したのか、肩で息をしている。そこへ、ようやくサラとセリーヌが駆けつける。
二人にも楯無を行使して、ラムダを含めて4人が避難し始める。
─ 炎礫弩 ─
俺は右に回り込みつつ、焔弾を当てながら、怪鳥の憎悪を上げていく。
ギイーーゥア。
耳障りな悲鳴を上げるものの、ヤツはあまり惑わされない。どうやら、あの男に強く精神操作されているようだ。
慧眼を意識すると、連れの4人は200m離れたことが分かる。さらに周辺にまで巡らすと、前方にも人が居るがブレスの射程外だ。
したがって、時間稼ぎも不要になった。
黒尽くめの男は、こちらを睨んでいる。一つ挑発してみるか。
「しくじったな」
「なんだと」
「暗殺対象には逃げられ、お前の味方は石になったんだからな。それで、お前が黒幕か?」
「だったら、どうする」
「どうして欲しい?」
「舐めるな。怪鳥、あの男をやれ」
男のクリスタルが煌めくと、怪鳥がこちらを向く。
あれで、操っているのだろう。
良く見れば、コカトリスの鶏冠にもピアスのように、魔石が見える。あれで受信しているのか。
ゴガァァァ。
ふん。俺一人になれば、避けるのに造作もない。
何発放っても無駄、無駄。
やはりブレスを2発放つと、インタバールを取る必要があるようだ。
─ 旋風牙 ─
コカトリスが、よろめくものの、ガンと足を踏み出し持ちこたえる。
下級風魔術では、怪鳥がやや体勢崩すに留まるか。知能は高くないが、打たれ強いな。
ふむ、どうやって斃すか。できれば、位階を上げるためにも、火属性でダメージを与えたいところだが。しかし、火力が足らない。
まずは、男の方を。怪鳥が、正確に俺を狙うのは、あの杖に制御よるからだ。
─ 石礫弩 ─
間一髪、怪鳥の背後に隠れられる。
ちっ、その狙いは織り込み済みか。
ん?
慧眼に感有り。
男の背後から、近づくものが──。
俺は大きく頷くと、手で天を突いた。その刹那。
ううぅ。
男は、突然呻き声を上げ、持っていた魔石杖を取り落とした。
「なんだ、何が起こったんだ?」
「はははは」
大声で嗤ってやる。
その直後。
秩序立った動きをしていた怪鳥が、急に凶暴になった。辺り構わず、ブレスを吐きまくる。その所為で呼気の勢いは、先ほどとは比べ物にはならないが。石畳みの街道から逸れて、脇の荒れ地に踏み出していく。
慌てて、杖を拾おうとした男の目前に石礫弩を放つ。大きく避けた男のそばに、ブレスを乱射する怪鳥が近付いた。
「ちっ、憶えておれ」
ヤラレ役のフラグを立てて、黒ずくめの男が遁走を始める。
実際には操作用の魔石杖を取り落とさせたのは、俺の魔術では無い。アンジェラだ。
だが、無意味なポーズと高笑いで、あの男は俺がやったと誤解していることだろう。
うまくやってくれたな。アンジェラ。
それにしても、もっと作用する範囲が絞り込める魔術も会得した方が良いな。
さて、ここまでは予定通りだが、最後まで貫けねば、利得が少ない。
まずは足を止めるか。俺も草叢に降りていく。
─ 炎礫弩 ─
焔を次々当てていく。
俺への敵意が高まったのだろう、ブレスで狙ってくる。
しかし、俺1人なら無問題だ。軽々避けまくる。
「当たるかよ」
さらに。
─ 禹歩 ─
魔術も上乗せし、怪鳥に接近していく
─ 石筍槍 ─
ギィィィィヤァァア。
怪鳥の足元に、地面から剣山のように石の棘が生えったから、堪らない。角質化した足に棘が食い込みその場に縫い付けた。
そして。
─ 版築隆興 ─
流石は中級魔術。辺りが暗くなっていく。精神集中の疑似空間、ガフの間に入った。直径12m程の中空円筒を周方向に3等分で…。
─ 版築隆興・版築隆興 ─
周りが明るくなって、次々と、怪鳥を囲うように土壁が屹立して行く。
ふう。中級魔術3連唱は、若干疲れるね。
まだ、術後硬直は来ないが。
後で聞いたところに拠れば、この時、俺は遠目にも常軌を逸してるように見えたらしい。たしかに、俺は自らの思いつきに嬉々となって、魔術を浪費したからな。
あっという間に、土壁は怪鳥の背丈を超える。そして先細り、巨大なドームを構築した。
「はははは。できた。いい窯だ」
ガシガシガシ…。ははは。内側から、嘴で突いた位では、びくともしない。
ゴーーフ。いやいや石化ブレスを吐いても、窯が強化されるだけだぞ。
そろそろ、とどめを刺すか。
俺は、ドームの下に一部分を刳り抜いた穴の前に立った。
火属性魔術で与ダメージを最大化する。
ならば連唱。それも魔術を圧縮発動する並行励起だ。
並行励起は、結合タイミングを精密にシンクロする必要がある。さらにどこに合わせるかが問題だ。詠唱中にも魔力の込め具合に波があることが感覚で分かっている
俺の分析によれば、魔法処理能力が必要な術式構築部と、発動の呼び水となる魔力を消費する力押しの魔力昇華部分が、呪文の中に別れて組み込まれているという仮説を立てた。
それを念頭に神聖文字列を観察すると、やはり呪文の後半に文字列の繰り返しが有りあった。しかも、いくつかの魔術で共通性があったので、俺は仮説が正しいことを確信した。
劫烈火での共通部分は第6句だ。したがって、その段階に合わせるべきは、次の魔術の呪文の第2句に違いない。つまり、発句を前の第5句に合わせると、2並列励起の効率が最高になるはずだ。
両腕を前に出し、軽く肘を曲げて構える。
集中。
それだけでガフの間が呼べた。詠唱開始。
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
─ 劫烈火 ─
眼の奥で無数の神聖文字が流れ、無音の衝撃が延髄を駆け昇った。
何時の間にか、周囲が明るくなっていて、両手の先から明橙色の火焔が途切れなく迸っていく。
連唱は、単純に魔術をつなげるだけだが、並行励起は先行魔術が終わる前に発動させ、全体が一つの魔術として解け合わさねばならない。それには精密に繋ぐ呪文を絞り込むため、タイミング同調のために集中が連唱の比では無い。
しかし、今は自分の身体で起こっていることが、他人事のように推移していく。
気が付くと、7連並行励起が終わっていた。
焚き口の中では、眩い炎色が絶え間なく揺らめき、窯上端の空気抜きからは、鞴を使ったでように焔が恐るべき勢いで吹き出し続ける。
修慧(感知魔術)に拠れば窯内温度は、およそ1000℃。
もっと行けたか。
7連で終わったのは、同調が外れた訳ではなく、単純に詠唱を用意していなかっただけだ。そう言えるのは術後硬直が思いの外に軽かった所為で、結果論に過ぎないのだが。
大型魔獣コカトリスといえども、この高温に堪えきれるはずもなく、間もなく魔獣結晶となって、窯外に彗星となって現れ、一瞬で散った。
ドボゥゥゥウ。
濁ったと言うか、篭った汽笛のような大音量が窯から発生した。間抜けな音だが、耳が痛い。山々に木霊してる。
おっ。火属性と風属性の位階が中級に上がった。
狙い通りだ。よしよし。まあ、結構ぎりぎりまで来ていたからな。
下級と中級は大きく違う。それも複数の属性が中級になれば。
流石にくたびれた。我空を意識すると。それでも魔力(MP)はまだ7割方残っている。
うーん、感知系魔術を複数使い分けているが、流石に分かりづらいから整理すると。
我空は、自分の身体の状態をモニター。パッシブ。
慧眼は、索敵など自分の周りの状況をモニター。パッシブ。
天眼は、遮蔽物の向こうの感知。アクティブ。
肉眼は、視力強化、ミクロ、ズーム、マクロの調整。アクティブ。
修慧は、鑑定魔法で物の情報、状態を取得。アクティブ。
うーん。センサー系は充実したね。
そんなことを考えていると、身近に弱い魔力を感じた。そちらを向くと、あの男の魔石杖が落ちていた。拾ってみると魔石は光を失っている。
柄を握って少し魔力を込めてみたが、光らない。
ふむ。
修慧を行使すると、魔導具としか分からないが、神聖文字が見えた。
短いな。
קין
ん、カインかな。
名前?真名か。なるほど。
この真名を持つ者で無ければ反応しないのか。
面白いな。後で分析してみるか。虚空庫に入庫しておく。
窯鳴りが止んでしばらく経った後、ラムダとエレたちが戻って来た。
若干憔悴したエレと向き合う。
「先程は、危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」
はあっと答えた瞬間、エレに抱きつかれた。
そうか、そうだよな。
感謝の表現はお辞儀じゃないよな。この世界は。
何やら柔らかな肉塊が押し付けられて、なかなかの気持ち良さだ。もっと味わってみたい気もするが…いやいや浸ってはいかん、両方の上腕を持って引き剥がした。
「いえ。お気になさらずに」
「まあ」
「お嬢様」
随行のサラがエレを押し留めた。もう身分を隠さないんだな。
「もう」
ラムダが俺を引っ張る。
「それでシグマ殿。あの鳥のような魔獣は、どうなったのでしょうか?まだこの中に?」
サラが、訊ねてくる。
「この中は、もう何も無い。コカトリスは斃した」
サラは、やや憮然とした表情だ。
「お嬢様が何者なのか知ったはずだ。ならば、その態度は、いささか不遜ではありませんか」
「サラ。失礼よ。あのときシグマ殿が身を挺してくれなければ、あのように私も石像になっていたことでしょう。そうなれば、あなたの首と胴は父の手の者が離して居たことでしょうねえ。ならば、シグマ殿は私の命の恩人でもあるけれども。サラ達の恩人であることを忘れてはならないわ」
俺たちを襲った賊達と伏兵達は、揃ってコカトリスのブレスを浴び、彫像となっていた。
自業自得だし、同情はしないが。
「お嬢様は、シグマ殿を随分買っていらっしゃるようですが──確かに、手練れの魔術士ではあるのでしょうが、あの黒尽くめの男をむざむざ逃すとはいかがなものかと」
ラムダが、前に出ようとするのを、手で押さえる。
「そうですね。まだまだ力不足で」
「ふん」
俺が素直に同調するとは思っていなかったのか、不満を持て余すようにはき出し、エレの後ろに下がった。直情径行なのだろう。その不満は彼女自身にも向かっているらしく、しきりに自分の掌を別の拳で殴っている。
ラムダが、その背中に向かって、しかめ面をした。
代わって、もう1人のセリーヌが、近寄ってきた。
「少し。聞き…たい。さっきの…大きい音は、何?」
銀髪の細い眼の若い娘だ。初めてしゃべるところ聞いたな。
「それは私も知りたいですわね」
エレが同調し、ラムダも頷いた。
「ああ、大きな怪鳥が、一瞬のうちに魔獣結晶となったので、窯の内部が負圧となり。空気を吸い上げて音がしたのですよ」
「窯。なる…ほど」
「ほほほ。窯で、鶏を灼いたのですね。そういえば。何でも東洋では、土の窯で鶏を焼くそうですわ。そこから発想されたのかしら」
頷いておく。
そう、タンドリーチキンからヒントは得た。まあタンドール窯よりは登り窯に近いが。空気の流路を作ると共に、土壁で輻射熱を撥ね返し集中させる、反射炉。
「ほほほ、魔術がすごいだけでは無く。面白い方ですのね」
「本当…に…すごい…4…大属性…魔術を全て…使えるとは」
「全て?」
「矢を逸ら…せた風、伏兵を…流した水、窯を作っ…た土、そして焼いた火」
「セリーヌ。それは、そんなにすごいことなのかしら?」
「大賢…者様でも、3つ。だ、だから、ト、トリニティ」
へえ。そうだったのか。それは知らなかった。トリニティ=三位一体か。
「ふーーん」
「ふーーん」
エレと、ラムダも感心したようだ。
「それ…と。も、もうひとり、いない」
「そう言えば、シーフのアンジェラさんでしたか?姿が見えませんね…ん?シーフ?確かにシグマ殿の力を持ってすれば…」
エレが、何かぶつぶつ言い始めた。やがて大きく目を見開いた。
「もしかして、アンジェラさんは、あの黒尽くめの男を?」
ばれたか。本当に賢いな。
「そうよ、アンジーは、あの男を追ってるわ。わざと逃がしてね。どうよ」
ぐっとエレの後ろから、サラが身を乗り出す。
「まさか。そ、それは本当か?」
「ああ。あの手の輩は、捕まるぐらいなら死を選ぶ可能性が高い。そうなれば、なぜエレ殿を襲ったのか、誰に頼まれたかは、藪の中になってしまうからな」
「シグマ殿、先ほどは取り乱して、本当に済まなかった。お嬢様の言う通り、私は本当に失礼なやつだ」
俺は、前に成功した手順をなぞる。右手を差し出すだ。
「ああ」
サラと俺はがっちりと手を握り合った。
「でも、困りましたわね、馬車が」
エレの顔色が戻ってきた。
天眼の探知範囲を広げると…音が届いたのだろう。あの馬車は、林の向こう、300m程の所をこちらに戻ってきているのが分かる。
「馬車は、もうすぐ戻ってきますよ」
「見えるのですか」
まあ、いいか。
「ええ。見えますよ」
エレは、何がなんだか分からないと言う表情で、首を振った。
さて、それまでに、俺はあの窯を後始末しておくか。
皆様のご感想をお寄せ下さい。
誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。。
訂正履歴
2015/7/18:誤字:”その所為で呼気の勢いは”
2015/8/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新