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26話 旅立ち

長らくお待たせしました?

いよいよ出発です。

 早朝。王都西大門前から、駅馬車に乗った。ルイード侯爵領行きだ。

 ラムダは、ぶすっと黙りこんでいる。館から王都の門までは、機嫌が悪いようには見えなかったが──今は何が気に入らないのか?


 うーむ。ゼノン商会のシーナさんがわざわざ見送りに来たことか?まあ、出発前にガッツリ手を握られたからな。


 それと、この駅馬車の中の問題か?

 アンジェラ含め我ら3人の他は3人だ。

 聖教会の尼僧シスターたち。更なる問題は、彼女たちの何れもが妙齢で、今ボックス席で向かい合っているところか。


 9人乗りのキャビンは横に3人掛け3列だ。席によらず料金は乗車区間で決まるが、前列は足下が広く、3人以内ならば優先席扱いだ。3人を超えれば、6人ボックスとなる中後列だが…。我々は、彼女らが聖職者であるため、気を使って先に後列に座った。しかし、彼女たちは、なぜだが中列に座ったのである。中列は後ろ向きだ。よって気分的にはかなり窮屈に感じる。前列がまるっと開いているにも関わらず。

 ただ、俺も男だからだろうか。それほど不快には感じない。いや、むしろ…。



「そうですか。ペリドット様は、ご出身地に戻られるんですかあ」


 尋ねた真ん中…つまり俺の対面に座るシスターはかなり美しい。蒼く黒目勝ちな双眸は優しそうにやや垂れており、いかにもおっとりしてるような外見だ。

 乗車して外した被物ベイルの下は明るく豊かな金髪が、前世で言えば東欧系の女性に見せていた。


 さらに目を引くのは、相当豊かな胸だ。かなり薄手ではあるが、今の時期まだ暑そうな白く大きな襟の尼僧服が、急峻に持ち上げられている。アンジェラを巨乳とするなら爆乳という呼称が相応しいな。

 それでいて肢体は慎ましやかで、肥えているという感じは無い。その双丘を凝視しないようするのは精神修養だな。かく言う俺は、17歳なのだが…いや17歳だからこそ我慢できるのかな?

 両脇のやや年嵩のシスター達も、かなり顔立ちが整って居るが、精悍という感じの痩せ方で、なんとなく眼光鋭く、随行というか護衛のようにも見える。

 なんだろう。そもそも体型が出にくい僧服なので、両脇の尼さんたちもそれなりなんだろうが。中央峰が高すぎて可哀想なことになっている。いや、聖職者だから関係ないのだろうが。

 

「ええ。まあ」

 無難に応えておく。

 しかし、この馬車。美女密度高いな、ここ。意図しないハレム状態で、世の男性からは恨まれそうだ。


 そして先程から得も言われぬかぐわしさが、キャビンを満たしている。

 乗った直後は、よく知っているものだった。右隣からは甘い香り、ラムダだ。左からは香って来ない。アンジェラの隠密性を損なわぬよう当然の処置かも知れない。


 しかし、今は違う香りが圧倒している。

 薔薇か。

 嗅覚に余り自信のない俺でも分かる。高貴な趣味、おそらくは俺の対面からだろう。


「皆様の行先は、ここからルイード侯爵領までの間なのですよね」


 なるほど。おっとりした見た目に反して、頭の回転は悪くないようだ。

「えっ、外れだけど、なんで…」

 釣り込まれたな。ラムダ。

「あっ、そうか!転移ゲートじゃなくて、馬車だからだ」


 ふむ。うちの姫も聡明だな。

「そうです…えっと…」

「ラムダよ」

「私はエレと申します。ラムダさん。ではどちらへ?」

 シスターエレか。


「ドミトリー伯爵領よ」

「我らが戻るルイード侯爵領よりも遠いですわね。なぜ馬車で?」

 ラムダがこちらを向いたので、シスター達の視線も俺に集まった。


 俺が、これから行きたい先は、ルイード侯爵領内だ。ならば、ゲートで侯爵の城下へ転移するのが効率が良い。しかし、折角長距離転移可能な黄色結晶が手に入ったし、王都とリスィ村の間は、これからも行き来する予定だ。

 ゲートはかなり便利だが、常に監視の目もあれば、時間帯も限られる。これに依存しないようにするためには、その行程の内で、既に行ったことがある場所をいくつか作っておく必要がある。王都とリスィ村の距離だと、黄色結晶を使っても1回では転移できないからだ。

 ならば青色結晶を使えば?ということになるが、実は出来ないのだ。極度に制御が難しいらしく、行き先がばらついてしまう。カーラさんを持ってしても、どこに着くかは神のみぞ知るとのことだ。よって、双方向からの接続、つまり転移ゲートを使わざるを得ないわけだ。

 しかし、転移場所確保のためになどと、本当のところを言う訳にも行かず、適当に応える。


「転移ゲートは便利だが。世情を知るには、道を往く方が良いと思いましてね」

 そう言った途端、シスターエレが身を乗り出した。間隔はいくらもない車中だ。思わず止めようとして差し出した俺の手を、彼女が両の手で捧げるように掴んだ。


 えっ。

 横目にもラムダが驚いている。

「お若いのに立派な心がけですわ。私も同じように思いまして、このサラとセリーヌが大層反対しましたが、駅馬車に乗ることにしましたの」


 すなわち、自身も立派だと言っているようにしか聞こえないが。天然なのか?

 それ以前にお若いって、あなたは何歳なんだ?俺といくらも変わらない気がするが。

 ただ喫緊の課題がある。この手を振りほどかないと、人間関係が修復困難な状況に、つまりは不味い方向に発展しそうだ。

 当然俺としては対策を実施中でなんとか離そうと、やや力込めるのだが。作用を殺される。まるで合気道の達人相手のように。

 それにしても、両脇のシスターズは、我関せずかよ。


「ペリドット殿。お歳は?」

「エレさん。それ聞いてどうするのよ。まずは、その手を離しなさいって」

 ラムダが俺の右腕を掴んで、勢いよく引っ張った。エレの方から離したのだろう、ようやく手が離れる。


「まあ…これは失礼しました。修道院に、4年も居りましたので。いささか取り乱しましたわ」

 シスターエレは、やっと腰を下ろした。

「手は離しましたわ」

 質問に答えろと言うことか?


「仕様がないわね。ボクは16、シグマは17よ」

「へえ、シグマ様とおっしゃるのね」

 個人情報が駄々漏れなんですが。しまったあって顔するな、ラムダ。

「見た感じより、さらにお若いとは。私は先日18歳になりましたわ」

 えっ、ほぼ同い年じゃないか。

 と言うか、自分より年上と思っている相手に、お若いのには無くないか?


「それで、お二人はご夫婦ではないようですが、婚約されていますの?」

「こ、こ、婚約?!してない、してない!ボクらは幼馴染みだよ」

「あら、そうですの」

 シスターエレが、妖艶に笑った。

 アンジェラは目頭を押さえた。徹頭徹尾助けないねえ。


 そんな他愛のない話をしているうちに、車窓には人家が途切れ、早くも田園風景に移っていた。ようやく話の種が尽きたのか。静かになった。馬車は南西に向かって走っている。やはり王都外縁は土地が肥えてるなあ。


 1時間が過ぎ、完全に会話はなくなった。皆目を閉じている。が、なんとなく、ラムダ以外は起きているよう感じる。


「シグマぁ」

「なんだ起きてたのか」

「ごめんね。ぺらぺらしゃべっちゃって」

 俺が頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。


 そのとき。

 前方にプレッシャーを関知。パッシブ魔術スキル慧眼えげんにヒットした結果だ。


─ 楯無 ─


 いつもより多めに魔力を込めて、障壁魔術を馬車全体に行使。


 その刹那だった。

 街道の前方右側から荷車が突き出され、前方を塞がれた。御者はパニックを起こしつつも、手綱を引き絞って急減速を掛けた。彼が思った通りに障害物に衝突する前に止まった。ふうと息を吐きながら、幸運を感謝しつつも、前のめりになるはずの慣性力をほとんど感じなかったことに不思議に思った。そして、背後も同じように塞がれるに至って、賊による襲撃であることを確信した。


 わらわらと街道脇から、革鎧を着崩した無頼の集団が湧いて出た。手に手に槍や剣、それに弓を携えている。


「馬車の中の奴ら、出てこい。グズグズしてると火を掛けるぞ」

 大音声の脅迫が聞こえる。即座にエレの両脇にいたサラとセリーヌが、馬車を降りた。

 ほう、身のこなしが違うな。結構な手練れなことが、それだけで窺えた。

「では、お先に参りますわ」


 俺たちも降りることは、微塵も疑わぬ風情で、エレは降りていった。

「さて。敵は前方に10人、後方に7人。そして、左前方に伏兵が──弓を持っている。数は10、11、12人だな。アンジェラ」

「はい」

「ラムダの護衛役に頼んで悪いが…」


「今さらですわ。シグマ様」

「これを渡しておく」

 俺は、予備の黄色い転移結晶を取り出した。

「よろしいので?」

 頷くと、彼女は、にっと微笑んだ。いつもこの表情ならいいのだが。


「で、頼みたいことだが…前方の一番後ろにいるやつが、黒幕に近いはずだ。そいつが逃げかけたら、泳がせて背後を洗え」

「承知!」

 答えた声が響く間に、姿が見えなくなった。その応答は武士か?


 ラムダが、俺に詰め寄る。その破壊力抜群の上目遣いはやめて。

「ボクは、シグマを守る。いいよね」

「ああ、頼んだぞ」

「まっかせてよ」

 ラムダが満面の笑みに変わる。本当に可愛いなあ。

 

 俺は、ゆっくりと馬車から降りた。ラムダも続く。

 奴らが言っていた通り、火矢をつがえてる者が居るな。


「迷える子羊の皆様。ここを通して頂けませんか?」

 口調は優しいが、言っていることは完全に挑発だ。

「やかましい。お前がエレクトラか?」

「いいえ。シスターエレですわ」


 賊の首領らしい大男が、後方に居る黒尽くめの男と目配せした。

「よーし。その生意気なシスターは、侯爵の娘だ。それ以外は全員殺せ!」

 オーっとあちこちで歓声が上がる。

 ふむ、高貴な身分とは思ったが、選りにも選ってルイード家か。関わりたくはなかったが、そうも行かないよな…。


 さて、どうするか。

 俺達より多い人数が、武器を持って殺せと言った。これで、正当防衛の要件成立なわけだ。俺は、出発までに王立図書館に通い、いくつかの分類の本を読み漁った。その一つがランペール王国の法律書だ。王政だし、俺様がルールブックだ!的な国かと思っていたが、意外っと成文法が多かったのには驚いた。

 それに拠れば、やつらは俺達に皆殺しにされても文句は言えない状況だ。


「仕方ありませんね」

 そう答えたのは、典雅な佇まいのエレだ。

 すうっと流れるように、両腕を天に向かって突き上げる。その手首の数珠のような装身具が、微かに瞬いた。


─ 黄薔薇聲香きばらけいこう ─


 無属性か風属性魔術とまではわかったが、効果が分からない。そう思っていたら、無頼の者共が力なく膝を付いていく。


 どうやら、嗅覚きゅうかくによって精神に作用を及ぼす、情動型魔術らしい、香りを使って過大な疲労感を充満させるとからしい。首領と見える大男は、何とか耐えているが、他は苦しそうに頭を抱えている。そして、動きが鈍ったやつらを、サラとセリーヌが鞘に入った剣で叩き伏せていく。

 やるねえ。エレ。ごろつき共だけなら、それでいいんだろうけどなあ。


 そう思って間もなくだった。エレ達の優勢が覆るときが来た。

 黒尽くめの男が、何やら団扇というか軍扇のようなものを取り出すと一振りした。


 魔導具か。

 するとそこから、強風が巻き起こり、エレの魔術香を霧散させたのだ。予め調べ上げたか熟知していて、備えていたに違いない。

 無頼の男達が回復し、エレと残り2人が分断された。男達は各個撃破しようと、シスター達を囲む。


「ねえ、シグマ。このまま放って置くの」

「前は様子見だがな、後ろから来たぞ、俺から離れるな」

 手に手に剣を振り上げて迫ってくる。凶悪そうな顔のやつばかりだな。


─ 旋風牙せんぷうが ─


 先ほどの風を大幅に上回る風力が渦となって、街道の後ろから来た賊たちを持ち上げる。背後に差し込まれた、バリケードごと、10m以上も吹き飛ばされ、墜ちた時には何度か転がって居たが、今ではぴくとも動かない。


 あれ、死んだか?

 そちらに目を向けると、発動中の慧眼えげんが全身打撲(軽度)かつ行動不能と伝えてくる。まあ一応防具も着けてるしな、そう簡単には死なないよな。

 ラムダが、おうって顔をしている。まあ痛そうだしな。

 これで後ろは片付いた。


「御者さん。今のうちに避難して下さい」


 あ、ああと頷くと。駅馬車をUターンさせていく。

 さて。前方の戦闘は、囲んで居たはずの賊側があっという間に不利な体勢となっている。

 サラとセリーヌが、思った通り活躍してる。


「強いね、シスター達」

「だな」

 しかし、問題は。


 後方にいた黒尽くめの男が左手を横に振った。

 左前方に殺気が急速に沸き上がる。

 伏兵達が、一斉に立ち上がった。


 持ってるのは、弓。魔石で強化された弓か。

 ん?この入り乱れた状態で?味方の賊もろともに撃ち殺すつもりか。

「姫様」

 サラの悲痛な声が響く。


 黒尽くめが手を振り下ろす。

 弓兵達が、引き絞った弦を離す。

 無数の矢がやや上に向けて放たれた。

 ひゅんひゅんと空気を切り裂く音。

 このまま行くと、エレの頭上に降り注ぐ。


─ 旋風牙 ─


 弓矢の天敵は、強風。渦となった突風が矢の弾幕をあらぬ方向に逸らせた。

 こちらに振り返ったエレは、優雅にお辞儀した。

「助かりましたわ。シグマ様」

 にこやかな表情に、ラムダがうーと唸る。

 まだ、安心する状況では無いのだが。


 魔法弓の一斉射撃は、脅威だが、それを防がれたときの無防備さが頂けないよな。慌ててつがえ始めるが、それを座視してくれるとでも思っているのだろうか。


─ 奔流錘ほんりゅうすい ─


 眼の奥で神聖文字が瞬き、時間の歩みが…いや今回は余り遅れなかった。

 水属性下級魔術。

 俺は、右の腕を伏兵達の頭上に向けると、そこから白鶺鴒しろせきれい色の激流が迸り出た。

 数mほどの水塊が途切れなく、弓兵達の上に降り注ぐ。瀑布のような水勢に堪えることなど適わず、押し流されていく。


「ほほほ。風の次は水ですか。容赦ないですね」

 あくまで、エレは余裕の表情を崩さない。


「この野郎、裏切りやがって」

 賊達は、こちらへの敵意を喪ったようだが、戦意は別の方向に向かう。

「ゆるせねえ。野郎共、あの黒尽くめをヤルぞ」

 仲間割れを始めたやつらを、冷めた嗤いで見送るエレ。


「あらあら。惑う子羊の方々になってしまわれましたわ」

 顔の前で、お手上げポーズだ。美人がやると様になるね。


 いきり立ったごろつき達が黒尽くめ男に詰め寄る。

 男は、黒いマントを翻すと、褐色の塊を足下に叩き付けた。

 その刹那、地面から、幾条もの閃光が溢れる。その光芒の中に何かが立ち上がった。

 

「何、あれ。でかい」


 ラムダが怯えた顔を見せる。影は体長4mを超える魔獣を映していたからだ。

 とんだ隠し玉を持っていたものだ。


─ 盾無 ─


「ボクに加護を?」

「ああ」


 光が収まった所に立っていたのは…。


 コカトリスだった。

皆様のご感想をお寄せ下さい。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


訂正履歴

2015/8/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新

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