24話 カラクリ館
洋館。いいですね。特に古いのは、いいです。
住みたいか?と言われると微妙ですけど。
夜10時を回った。
シグマ様、本日はこれにて失礼しますと言って、マーサさんが下がっていった。
突然の入居だったが、寝具は概ね新品に交換して貰うことができた。宿では余り気にしたことが無いが、やはり自宅となると見も知らぬ他人が使った物に、身を包まれて寝るのは回避したかった。感傷でしかない。正直自分でもおかしいとは思うが、長らく病棟で過ごしたからかも知れないなと省みた。
先程までは、この部屋に興味津々だったラムダ達が居たのだが。ようやく1人になれた。マーサさんが立ち去るに十分な時間をおいて、立ち上がる。
俺が気になった場所は、館で2箇所だった。その1箇所がこの部屋にある。煉瓦造りの豪奢なマントルピースへ歩み寄る。
─ 修慧 ─
見えてるマントルピースの情報が入ってくる。材質とかだが。そうだよな。だが、そういうデータが欲しい訳じゃない。最近魔術に頼り過ぎかもな。
直感を信じるか。しゃがんで金網の向こうの焚き口の中を覗き込むが、特に異常を感じない。何だろう、土魔術を使うときに広がる感覚に近いような…。土属性を使い込んでいるから、その知覚が発達したのかも知れない。
地か。
壁にも違和感は感じないでも無いが、やはり地面というか、床か?
マントルピースは、建物の構造体への熱伝達を遮断するために、耐火煉瓦で囲まれ、床も磨き抜かれた石材を抉って一部煉瓦が敷き詰められている。
床をあちこち蹴ってみた。
違和感が増した。ここら辺りが床が薄いような。床の煉瓦と石材の際から、さらに右の箇所だ。
地下か?
2時間ほど前、ラムダの提案で、館中隅々(すみずみ)探検だ!ツアーを実施した。地下も行った。主として倉庫しかなかったが。食料庫、備品庫、書庫そしてワインセラーと酒蔵。
行っては見たものの、湿っぽいからもういい!と、あっと言う間に撤収!となった。
地下のワインセラーの奥の壁も同じように何だか違和感を感じたが。考えてみれば平面位置はごく近いことに気付く。
しかし、ここまでか。俺は探偵じゃないしな。魔術士ができることをやるか。
修慧も万能でないとは以前から思っていた。分析やそこにある物の実相を把握するには重宝する無属性鑑定魔術だが。その辺りの技能を強化しようと思い立つ。後回しにしていた無属性感知中級魔術を3つ会得した。
ふう。結構慣れて来たが、刻印魔法6連発は流石に疲れる。一息吐いて、新たな魔術を行使。
─ 天眼 ─
目に見えないものを視る能力が一時的に付与される魔術だ。上を向くと、天井を通して階上に人影がぼんやり3つ見える。2人は動いていないが、一番小さい影は歩いているように見える。
効果を確認できたところで、気になったマントルピース付近の床を視ると、この部屋の壁までは地下室があるが、そこから先は地面であることが分かった。
うーん。なんだかこの壁と壁の間が狭いな。階段か?先ほどの床薄いと思えた部分から下に階段があるように見える。
抜け穴?
貴族の別邸ならば、そういうものがあっても不思議では無い。ただ今のところ、どうやれば、そこが使えるようになるのか分からない。
天眼は、アクティブな魔術だ。意図的に中断しなければ、一定時間使える。気になった壁の部分をみると、壁の中に床に繋がる不自然な線が見えた。
その線の先には、古めかしい鏡が掛かって居た。
この鏡に何か有るのか?
修慧を行使し、じっくり観察はしてみたが、鏡はどうやら石英ガラスでできている、あと枠の上端に暗黄色の魔石が填まっている。そこに集中だ。
魔石。土属性。屑結晶の魔石化刻印する時点で色相変化を施した物…。
魔術石相移を使ったものか。
ひとまず魔石の作り方はおこう。今はこの部屋の秘密に対する推理だ。
この鏡が、何らかのセンサーとなっていて、鍵信号を床に伝えて抜け道への扉を明けるのであろう事は分かる。あとは、その鍵が何か分かればいいのだが。
「ん?」
綺麗に磨かれた鏡の下端にシミのようなものが、付着していることに気が付いた。
微妙に魔力を感じる。
─ 肉眼 ─
視覚を強化し、遠くの物や極微の世界を視るためのもの。その魔術をもって、鏡の下端を注視した。さらに、視覚の一部分をクローズアップしていく。ぐんぐん倍率が上がった。
これは。芥子粒にも満たない、しみのような斑点は文字、それも神聖文字だ。だが、たった7文字しか書かれていない。
何だろう魔術ではないよな。7文字なのでもちろん発句などなく、不明文字列部だけだとしても、文字数が少なすぎる。初級魔法ですら、文字数で7倍から8倍は有る。
分からないものを、そのまま残すのは性に合わないが。魔術の分野では、そうも言ってられない。とにかく刻んでみるか。
─ 篆刻 ─
─ 篆刻 ─
そして。
「消えた…か」
魔水晶が、一つ残った。誰かのギフトのために、一つは消えた。
すなわち、先ほどの7文字は、魔術として成り立つということを示している。
果たして。消えた魔水晶がどこかで役立つことがあるのか?
集中しよう。光あれ…。
辺りが暗い。
この集中が格段に上がる状態へ意図的に入った。
魔水晶が光った。いつもより少ない回数だ。ただ、それだけだ。これまでの魔術と変わりない。そして、魔術の名が脳裏に浮かぶ。
─ 刎木 ─
眼の奥に瞬く光。
見えた。見えたぞ。
ガフの間から、現実に戻る。
ギギギ…
床が割れた。階下へおりる段が露わとなった。
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…グマ
シグ……。
うぐうぅぅ。胸が…胸が締め付け…。
「シグマ様!」
はあ、はあ…。
「シグマ様。大丈夫ですか?」
「…ああ」
目が開いた。館のメイド。マーサさんだ。
「すみません。シグマ様を起こしに参ったのですが、余りにうなされて居られましたので」
寝汗が酷い。ここ数日間、起きたらこんな感じが続いていたが。俺はいつもうなされていたのか。1人で起きていたから、分からなかったが。
「こんなに、汗を掻かれて」
マーサさんは、手ぬぐいを出して顔を拭いてくれる。
「ああ、後は自分でやります」
「はい」
俺に手ぬぐいを渡して、ベッドから離れる。
「お嬢様方は食堂でお待ちですが」
「ああ、すぐ行くと、伝えて下さい」
「畏まりました」
マントルピースの前を見た。床は閉まっている。
マーサさんが居るときに、ちりちりして気になった胸をはだけて鏡で見た。随分痣が赤い。ん?なんだか変だ。
カーラさんの家で見たときの痣の形とは微妙に変わっている。まあ手の形ではあるのだが…。まあ気にしても仕方ないのだろうなあ。
俺は、素早く着替えると食堂へ移動した。
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朝食後。軽い頭痛がすると言って、自室に引き込んだ。
付き添ってきてきたマーサさんに、たぶん風邪を引いたと言って、水差しだけを貰い、昼まで休むと言って、下がらせた。
扉から音が響く。
「シグマ、入るわよ」
どうやら、通じたか。
ラムダは、部屋に入りドアを閉める。
俺が座っているソファーセットに近付く。
「あの目配せは何?本当に頭痛なの?」
「いや、嘘だ」
「やっぱり。2人には、ボクが看病するからって言ってきたけど…で、本当は何?」
「今から結印魔法を教えるから憶えてくれれば分かる」
「はあ?うーーん。まあいいけど」
俺は、7工程の簡単な運印を教えた。
「こう?…何も起こらないけど…」
「憶えたようだな。それを、あの鏡の前でやってくれ」
マントルピースの右の壁を指差す。
「もう、訳分からない」
「運印が終わると、あることが起こるが、大丈夫だ。騒がないでくれ」
「う、うん」
ラムダが、印を結び動かし始めると、鏡にその軌跡が紅く描かれた。
「何?、何?」
耳障りな擦過音と共に、軋むような重低音を発して、床の一部が割れた。
「!」
ラムダが口を押さえて、目を見開いている。
「なにこれ?階段?」
「抜け穴だ」
「抜け穴って…シ、シグマが作ったの?」
「いや、以前から有った」
へえーと近くまで歩み寄る。
「で、どこへ通じてるの?」
「一緒に行こう。案内する」
俺は、燐火を行使して、先に階段を降りていく。
「あれ?行き止まり?」
一階層分下がり、平らになった床が10mのところで袋小路となった。
俺は天眼を行使した。大丈夫のようだ。
そのとき再び頭上で、再び重低音が。
「シグマ、閉まっちゃうよ」
「大丈夫だ。問題ない」
「そ、そうなの?ああ、びっくりした。ボク達、閉じ込められたかと思ったよ」
燐火でほの明るく浮かび上がった、可愛い顔が強ばっている。
「悪かった。先に言っておくべきだったな。ここを見てみろ」
「何か刻まれている。ん、ん?あ、さっきの結印魔法の」
行き止まりに向かって左の壁に、ラムダが行使した結印魔法の軌跡を、装飾した紋章が描かれている。
「その中央の黄色い、丸い部分を触って見ろ」
「ここ?」
紋章が、うっすら光り壁が割れる。こちらは、ほぼ無音だ。
「おおー。開いた…ここは、どこ?…ああ、昨日来た地下室かあ」
天眼で視たように、地下室には誰も居ない。
「戻っておいで」
数歩倉庫に出たラムダを呼び戻す。
「この部分から、手を放すと10秒程で扉が閉まる」
完全に閉じきった。
「ふーん…まあ、驚いたけど。仮病まで使って、これが見せたかったの?」
「ああ。だが、それは半分だ」
俺は数歩、行き止まりの壁に向かって歩くと、右の壁を押した。
「こっちにも?」
「ああ、こっちは夕べ、俺が作った」
壁に紛れた扉を押すと、明かりが点いた。
天井に描かれた紋章が光っている。
人感センサー付きだ。紋章に埋め込まれた紅黒い魔石を糧として、発光するのだ。
俺が入った部屋に、首だけ突っ込み見回す。
「何にも無いね、入っても?」
「ああ、それで、閉めてくれ」
最後に軽く、がんと音がして、締め切られた。
差し渡し20m、正方形の殺風景な部屋。
「この壁は」
「土魔術、魔術で掘って、魔術で硬化させた」
がん。
ラムダが、とつぜん壁を殴りつけた。
「ふーん。大丈夫そうね…それにしても隠し部屋か」
「ははは。ああ、好きなところに座っていてくれ」
壁の周りに高さ50cmの段が囲んでいる。俺はそこに座る。
「うん」
ラムダも頷いて、手近なところに腰掛けた。傍らにかなり古びた本がある。
「これは?」
「紋章魔法の解説書だ」
「へえ…ところで、この部屋は何に使うの?」
「作業部屋だ」
「作業部屋?
「ああ、あまり人には見られたくない作業だな」
「ボクは、良いんだ?」
「特別だ」
「ふふん。で、でもなんだか息苦しくないわね…外に居るみたい。なんだか風が」
「それも、あの紋章魔法で空気を出し入れして、取り替えてる」
その紋章には暗緑色の、つまり風属性の魔石が埋まっている。
本来、紋章魔法には魔石は必要ないはずだが、あの本にあったのは、低位と言うか、かなり古いの紋章しか載っていなかった。効果を継続させるのに魔石を使う。まあそうすれば、術者の魔力補給は必要ない。ほとんど、魔力のない人でも使える。もちろん、その代わり定期的に魔石の交換が必要だが。
「ふーん。そうだ。話が逸れたわ。具体的にどんな作業なの?」
俺は、再度立ち上がる
「見せたかった物の残りは、これだ」
俺は、部屋の隅から若干離れたところに、リスィ村の鉱山跡で作り上げた、ジェットミル装置を出庫して設置した。
「な、何?これ」
「ああ、青い転移結晶を作るための道具立てだ。ああ、触っても良いが、壁みたいに殴らないでくれよ」
ラムダが、装置の表面を撫でる。
「へえ。これでねえ。これも土魔術なの?何でも作れるわね」
俺は右の口角を吊り上げた。
「それでだ。これがうちの鉱山で拾った鉱石。それを、これで細かく砕いて固めたのが、黄色い転移結晶だ」
「すごーい。この石から、黄色いのが?信じられない」
─ 修慧 ─
よし、装置の中は不活性ガスで満たされているな。
「さらに、この黄色い結晶を3つ入れて…砕く」
「ええぇ。折角の黄色を?」
─ 粉砕・粉砕・粉砕 ─
ふう。
「そして」
─ 起動旋 ─
─ 起動旋 ─
「これで、微粉末になった」
─ 縮重 ─
「これで、できあがりだ」
チャンバーから虚空庫に一旦入れて、出庫した。
「青い転移結晶。本当にシグマが作ったんだ。まあ、信じてはいたけど、この目で見るとねえ…それにしても、青色の材料は黄色なんだ…」
「ああ」
俺はラムダを帰すと、黄色の結晶を作っては、さらに青色を結晶を作り、商会との約束通り、残り9個を用意した。
そして、俺の土属性の位階が中級に達した。
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