19話 密かに帰郷(前)
今週は、もう一話投稿します。
実家ってのは落ち着くものですよね。なんでなんですかねぇ…。
前夜、宿で夕食を摂った時に、明日は(つまり今日は)、また別行動にすることを、ラムダとアンジェラに宣言した。ラムダはぶつぶつ文句を言っていたが、さらに翌日は一日中つきあうと言う条件で、何とか同意に到った。
俺は早起きして、6時から転移ゲート館に並び、8つあるゲートの一つに進んだ。行き先はドミトリー城下町だ。1時間程待たされて、ようやく転移できた。俺はその足で、町の外に出ると、転移結晶を使った。
ふう。
帰ってきた。リスィ村の自分の館の前だ。
こっちも天気いいな。
天高く、馬肥ゆる秋ってやつか。
玄関の鍵が閉まっている。魔術で解錠できなくも無かったが、目と鼻の先に建つハンスさんの家を訪れる。
「あら、シグマさ…じゃなかった、お館様。お帰りなさいまし」
家の前にアンナさんが居た。
「ただいま。シグマで、いいよ」
「でも、うちの人が、お館様とお呼びしろっとうるさっくって」
「お館様と呼ばれると、なんか調子狂うからさ。それより、ハンスさんは?」
アンナさんが、近寄ってくる。
「朝から出てますわ。日暮れには戻ると思いますが。何かご用でしたか?」
居ないか。
「いや、聞きたいことがあったけど。それより。俺、うちの鍵を持ってなくて入れないんだよね」
アンナさんは、パシッと手を合わせる。
「ああ。これは、とんだことで。すぐ持って参ります」
家に入っていくと、数分で戻ってきた。
「これは、私の鍵です。本当の鍵は、前のお館様の部屋にありますので」
真鍮の鍵を渡された。
「そうか、後で返しに来るよ」
「それより、お腹すいてませんか?」
おっ、鋭い。
「そう言えば、朝起きてから何も食べてないや」
アンナさんが、くすくすっと人の良さそうな笑いを浮かべる。
「わかりました。すぐ拵えて、お館へ持って上がります」
「じゃあ、頼むよ。何でもいいからさ」
そう言って、館へ戻る。
まずは親父さんの部屋だ。さくっと鍵は見つかった。虚空庫へ入庫する。
次は、隣の書斎。この辺りの地図を探す。無いなあ、真剣に物色していると、別のものが見つかった。日記だ。あの親父さんが書くんだねえ。まあ助かるけど。これも入庫。
そう言えば、俺は日記を書いたことないな。無いよな。
「地図、地図」
ふと、部屋の隅に壺に突っ込まれた、巻紙が気になる。
ビンゴ。
紙を広げていくと、結構精密な絵図面、この辺りの地形図だ。
東南に下る緩やかな丘陵、ここがうちの館だな。畑作地と牧畜地、下り終わった所に、街道。逆に西は若干下ったところに、川がある。これがラムダが言っていたやつだな。
さらに進むと、リスィ村の大部分を占める細長い山地。北東から西南へ連なるリスィ山、最高標高300m。この北西面に錫鉱山がある。そこを下った狭い台地が、鉱山の町か。
地図を画像として、記憶して地図を戻す。
シグマ様、シグマ様。
部屋の外で、呼ぶ声が聞こえる。
コンコンコンとノックされて、アンナさんが入ってくる。
「こちらでしたか」
「ああ、鍵を返しておくね」
アンナさんに渡す。
「ああ、はい。もうすぐできますから食堂にいらして下さい」
100平米ほどある、屋敷で最も広い部屋。使い込まれた木のテーブルと椅子が並んでいる。どれも古びてはいるが、清潔だ。床もぴかぴかで気持ちが良い。
「いつも、綺麗にしてくれていてありがとう」
「なんですか。いまさら。わたしがきれい好きなのは、ご存じでしょう」
「そうだったね」
記憶は無かったが、本当にそんな気がした。そこで、生まれ育ったように。
「ここは落ち着くよ」
そう、何だかとても懐かしい香りがする。
「そうですか?どうぞ」
「これは…」
香りの元が来た。
湯気が立ったカップに、注がれた赤茶けたスープ。
俺は、カップを両手で持つと、持ち上げて口を付けた。
「なんですか、行儀の悪い。ちゃんとスプーンを使って下さい」
アンナさんは、叱っているのに、何だか笑っている。
「ん?」
「先代の御館様もそのようにされて思い出しまして」
「そうか…で、この材料はどうしたの?」
「ああ、うちの人が、先月の初めに伯爵様のところに行った時に、お見舞いとして出入りの商人に貰ったと言ってました。味噌だそうです。これもどうぞ」
でっかいおにぎりが、3つ皿に乗っていた。
「こんな簡単な物で済みませんねえ。昼はちゃんと作りますので」
「いや、前触れなしに戻ってきたしな。これ好きだし」
「おや。前におにぎりを作ったことがありましたっけ?」
「ん、ううん。見た目がな…」
何だか、しどろもどろになる。
「はあ。これは、手づかみで食べて良いそうです」
言われるまでも無い。
俺は、一つ摘むと頬張り、味噌汁で流し込んだ。
「旨い」
塩が薄い気はするけど、何だかそれ以外の味もして、そこそこの味だ。
「そうでしょう。シグマ様のおじい様の国の食べ物だそうで」
ふむ。俺の家は、移民ということになってるわけだな。
昼は戻らないからといって、おにぎりを握って貰い、俺は館を出た。
─ 禹歩 ─
館を西に、丘陵を降りていく。落ち葉が積み重なった木立の間を、滑るように進む。勾配が緩み、せせらぎが聞こえてくる。
幅5m程の小さい川だ。
歩みを止め、林を抜けると川原に出た。ごろごろと白く丸い石が堆積した、川岸。ラムダの言った通りだったな。川の水が蒼い。
水が青いという事は、川底が白いと。まあ川に入る前に川原で分かっていたが。
石を一つ拾い上げる。
─ 粉砕 ─
解除。
一瞬で、魔術を止めると、石が4つになっていた。
やはり石英だ。
─ 修慧 ─
錫石(SnO2)が微妙に含まれている。鉱石フォーメーション。金属の原石は単体ではなく比較的数種類の成分が混ざって存在している。錫は石英と混ざる場合が多いと読んだが…。
うっすらと魔力を感じるな。近くに魔水晶の鉱脈があるはずだ。探してみたい気もするが、虚空庫に売る程あるし、また今度にしよう。
対岸へ渡ると、再び禹歩を行使して、急勾配の山を登る。
鬱蒼とした針葉樹林を10分足らずで、尾根筋を登り切り、低い山ながら頂上に到った。やや開けた場所に出て止まる。
すごいな。禹歩。平地と変わらず移動できるんだが。しかも疲れない。もちろんMPを消費しているはずだが、余り実感が無い。
修慧…ああ、もう面倒くさい。虚空庫から、魔水晶を2つ取り出す。
─ 篆刻 ─
─ 篆刻 ─
無属性下級感知魔術を刻印、会得そして行使。
─ 我空 ─
眼の奥に、神聖文字が瞬き、身体が一瞬熱くなった。
……。
あれ?それだけ?常時発動のはずだが、特に。
あっ、そうだ。集中するんだった。慣れるまでは眼を瞑ると良いともあったな。やってみる。
うわっ。
気持ち悪い黒と赤の闇が渦巻いてるイメージが見える。
これって、もしかして呪い?間違いないな。意識を逸らねば持ってかれそうになるが、何とか慣れてきた。
ようやく自分の身体の状態が、事細かに意識できる。
VITもMPも95%位残っているが、何となく篆刻で減った気がする。
しばらく、MPを気にしていよう。
しかし、この山の林。しっかり営林してるな、下刈りしてあって、風通しが良いし。何しろ歩きやすい。でも余り伐採はして居ないようだな。
尾根を乗り越えて緩斜面に出る。
地形図を思い出して、崖になりそうな所を意識して、そこに向けて進むと、林が切れた。展望が開ける。
町がある。閉山になる前に、鉱夫達が住んでいたのだろう。山に近い部分にはやや立派な建物もあるな。地図上の地形と照らし合わせても、あそこが鉱山跡で間違いない。
ん、不自然な丘も2つ有るが、あれは?
まあいい。行ってみれば分かるだろう。
─ 禹歩 ─
崖を飛び降りつつ、斜面を駆け下った。
集落に入った。当たり前だが、人っ子1人いない。ゴーストタウンだ。
余り質の良くない、巣が目立つ煉瓦を積み上げただけの粗末な家が立ち並ぶ。壁ごと崩れた家も見受けられる。多くは、壁はほとんど残っているものの、木で葺いたであろう屋根が落ちている。
時が止まった感じだな。
もちろん閉山となってから20年足らず。かなりの痛みは見えるが、町は町。広い道路の突き当たりに、山がある。その前に所々ひび割れてはいるが、まだまだしっかりした壁がある。
退色した立て看板がある。
何々、これよりペリドット家私有地につき、関係者以外は立ち入り禁止。
うちの土地だ。
問題有るまい、助走をとって、壁を飛び越える。
うーむ。時々手入れをしていたのだろう。町と違って余り荒れていない。
まだ使えそうな石造りの建物がいくつもある。その脇を通り抜け、山に近付く。坑道入り口が見えた。
ん。
まともに看板が掛かって居る建物がある。
ペリドット鉱山管理事務所か。当たり前だがうちの家の名前だな。坑道のマップはあるかな?
扉を引っ張るが、鍵が掛かっている。あたりまえだね。
─ 開敷 ─
無属性下級機械式解錠魔術。これはカーラさんの家で憶えてた。
中に入ると、受付。応接室が2つあって、その奥が事務所。
がらんとした広い部屋。片側の壁に机と椅子が積み上げられている。窓から差し込んだ陽光が埃っぽい空気をきらきらと見せる。
反対の壁には、大きな図が貼ってある。坑道の絵地図だな。基幹部。北坑道、南坑道、東第1坑道、東第2坑道。坑道毎に色分けされて、枝分かれが分かりやすいな。
東第2坑道が一番新しいようだな。
行ってみるか。
坑道入り口でも、開敷を使って中に入る。
─ 盾無 ─
─ 燐火 ─
防御と灯り魔術を使って、進んでいく。基幹部、東第1坑道までは、壁もしっかりしたもんだ。
絵地図はかなり正確だな。危なげなく、本道と枝道を選択できている。
もうすぐ、東第2坑道にと思ったが、先が鉄格子で塞がれていた。
うわ。怪しすぎる。
そう思った時だった。
ふがっ。へっぶし、へぶし、…。
くしゃみが止まらん。
うーむ、戦略的撤退だ。慌てて50m程戻ると、くしゃみが収まった。
アレルギー性鼻炎がぶり返したか?
いや違う。
この身体の鼻がむずむずしてる。
我空を意識すると、やはり鼻に異常を来している。
坑道の空気に、何かアレルゲンが漂ってるのか?
─ 修慧 ─
うーーむ、大気に鑑定魔法を掛けてみた。
微量だが石英の微粒子が、混じってる。深いところは、もっと濃度が高いのだろう。
やばい、やばい。
ただちに問題にはならないのかも知れないが。何とか避けたいものだ。
うーん。防塵マスクか酸素マスクが欲しいな…そんなものはないが…。
有った。
魔水晶を2つ出庫して、篆刻を実施して会得。
そして。
─ 玉繭 ─
風属性下級防御魔術。
頭頂と足下から、同時に風が渦巻いて連なった瞬間、俺の周りに繭状の隔離空間ができる。本来は、水中で息をしたい時に使うようだが。魔力の加え具合で繭の大きさが変わるようだ。俺は頭から膝が隠れる程の大きさをイメージして、術を継続する。
怖々、坑道を進む。
マスクは無いが、魔法で代替できた。今日の俺は冴えてるな。
先程の所まで来たが、特に鼻は反応しない。大丈夫な様だ。
鉄格子を開けて、最深部へ潜っていく。
所々、崩れそうな所があるように感じられたので、縮合を使って強化しておく。
ここが最深部か。
─ 石筍槍 ─
─ 粉砕 ─
やっぱり石の突起を造り、それを崩すのは効率がいいね。
石の地色は茶褐色あるいは白く、所々に黒い石部分が有る。
─ 修慧 ─
花崗岩、錫石、石英からなる、鉱石。錫品位2分から1割3分か。
修慧を何度か使った結果、この黒い部分が、いわゆる錫石である酸化錫(SnO2)の結晶であることが分かった。
なんだか、そんなに錫の含有率つまり品位が低いような気がしないんだが。たぶんここは鉱脈なのだろうから、他よりは高いのだろうけど。平均しても数%以上はあるはずだ。
転がっている鉱石を、いくつか虚空庫に入れ、坑道を戻る。
鉄格子を通り抜け、100m程進んで玉繭を解除。
ふうー。坑道の空気よりも玉繭で出した空気の方が新鮮だが、気分的な問題だ。
東第1坑道でも同じように採取してみた。素人でも分かるが、黒い錫石の割合が明らかに低い。変だな。
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