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17話 王立魔術学院(2章開始)

新章突入です。

刻印魔法を手にした主人公が自重知らずで走り出しますので、お楽しみに。

 次の朝。

 小川で、顔を洗っていると、背後から声が掛かった。

「今日も天気が良いのう」

 シャラ湖に陽光が映えて、きらきらと瞬く。

「どうじゃった、ここは」

 カーラさんが並んだ。


 昨晩の荒野での姿、畏れを抱かせる姿とは別人。

 田舎に親戚が俺にも居たなら、こんな感じなのではないか。

 そう思わせる佇まい。

 どちらが本当の彼女なのか…いや、どちらも彼女の本質なのだろう。


「ええ、とても過ごしやすくて、気に入りました」

「儂も、この湖水の穏やかさが好きでのう。それで隠居所にしたわけじゃが」

「そうでしたか…」

「ん?」


「いや、俺はてっきり、魔水晶の鉱脈があるからだと」

「まあ、それもなくは無いが…それだけなら、転移で行けるでのう」

 ああ、そうだな。

 俺は、二度首肯した。


「お主、身体の方はどうじゃ」

「はあ、特に。ああ、そうだ。起きたときに寝汗が…」

「どれ」


 カーラさんが、また額に手を当てた。

「まあ、多少のことは我慢するのじゃな」

 ん?何か有るのか。


「さて、夕べ、シーフの娘が、王立魔術学院アカデミーに行きたいと言っておったが」

 すこし惚けた居たが、我に返る。

「ア、アンジェラですね。叙爵じょしゃくの推挙を頂いた伯爵の希望とのことなので、本日伺う積もりですが」

「ふむ、そうか」

 なんだか歯切れが悪い。


「さっき、お主のことを診たが。隠蔽系魔術も使えたのう」

「はあ」

「王都に入る前に詐容さようを使え。篆刻と、そうだな土属性を隠蔽しておけ」

 詐容は、自らのプロフィールを偽る無属性魔術だ。昨日のやりとりで、必要と感じて会得して置いた。この魔術は、常時行使状態のパッシブスキルで、自分の実力を他人に知らせない、あるいは過小評価させて有利に事を運びたい時に使う。下級魔術だが上級鑑定魔術でなければ見破られないらしい。つまり、俺は魔術のみでは看破することができないことになる。


「粉砕はよろしいですか?」

「ああ、それらの術者はそれなりにおる。教会系じゃがな。どのみちアンジェラとやらにも行使を見られておるしの」


 かなり意味深長な言葉だな。

 メシア聖教会。ランペール王国含め、多くの国で国教になっている宗教の総本山と言える組織だ。ギフトはメシア=救世主の思し召しとの立場を取っている。教えだけで無く、魔水晶や転移結晶などの5割以上を供給している聞く。


「お言葉は守りますが。それは、どういった理由で?アカデミーとは、普通の学校では無いのですか?」

「そうじゃの。アカデミーとは、国家魔術士の養成機関であり、魔術研究機関の最高権威でもある。いずれにしても、只の学校とは言えぬ。が、あまり先入観を持っても良くないでの、自衛手段と心得よ」

 ふむ。何やらきな臭いな。士官学校のように思っては居たが、裏がありそうだ。


「そう心配するな。年寄りの取り越し苦労じゃ」

 頷いておく。

「それはそうと、主もここを気に入ったのなら。いつでも訪ねて来るが良いぞ」

「カーラさん…」

「ああ、ラムダと一緒にの」


「えっ?ボクが何?」

「おお、来たか」


 ラムダとアンジェラが、こちらに歩いてくる。


「お世話になりました」

 揃って頭を下げる。

「おお、珍しく殊勝じゃのう。ラムダよ、昨日の魚の煮物は旨かったぞ」


「うん。じゃあ、また作りに来るよ」

「そうかそうか」

 まったく。相好を崩すその顔は、大賢者とは見えないな。

「忘れ物はないか?ではな、さらばじゃ」

 そう言うと、館に戻って行った。

 俺たちは、見えなくなるまで手を振っていた。


「王都へ」


 シャラ境を後にした俺たちは、黄色い転移結晶で王都の外縁へ跳び、滞りなく南大門から入域した。

 身分証の、士爵が効いているのかも知れない。


「ん、どうしたのシグマ?」

「いや、なんでもない」


 俺は人間のアバター、つまりプレーヤーを示す印、頭上に円錐を浮かべている人を探していた。きょろきょろと辺りを探ったのが、ラムダには気になったようだ。

 それはともかく。プレーヤはどれだけ見回そうと見つけられなかった。


 もう、この世界を認めなければならないか。

 湖の手前で倒れて以降、視界の解像度は大幅に上がっており、瑞々しく綺麗になっている。認めたくは無いが、もうこここそが現実としか思えなくなってきた。

 そうなると、ごみごみしたこの街もいとおしく感じる。


 有り体に言えば。旅立った時、俺にとっては、ここはテーマパークだった。いや、この世界全体が非日常を楽しむ場であったが、今や生きていく世界だ。同じ物を見ても、心の響き方は違って当たり前なのかも知れない。


 俺たちは、南街区のダウンタウンで一週間ほど前と同じ宿を取った。

「さて、ボクは別行動させてもらうから。夕食の時間にここへ集合で良いよね」

 突然ラムダがそう宣言した。

「構わないが、どうするんだ?」

「いやあ、そんなことを。女子に訊かないでよ」


 俺は何度か首肯して、紺マントの女性へ向き直る

「では、アンジェラ。アカデミーに向かおう」

 彼女に頼み込まれて、”さん”だけは付けずに呼ぶことで妥協した。


「そうですね、ではお嬢様」

 アンジェラは、ラムダに一礼すると、宿の出入り口へ向かう。


「アカデミーは、王都の西街区のさらに西の小高い丘にあります。歩くと時間が掛かりますので、辻馬車を捕まえましょう」

 王都内の移動手段は馬車だが、前に載った路線バス相当の乗合馬車の他に、タクシーに相当する辻馬車がある。


 アンジェラは手際よく、石畳を走る空の辻馬車を止め、先に乗るよう勧める。

 質素ながら、小綺麗なキャビンに入ると進行方向に向けて座る。

 どちらまでと御者の問いに、彼女は王立魔術学院へと告げた。


 王都内の馬車はどこまで乗っても均一料金で、前者は1台3ディール、後者は1人50セルクだ。繰り返しになるが、1ディールは賎銀貨一枚で500円程度、1ディールは100セルクだ。10セルクは銅貨だ。


 こちらへ向き直ったところで、彼女へ乗車賃として賎銀貨3枚を渡す。


「あら、シグマ様。よく乗車賃の金額をご存じで。以前に来られたことが?」

「ああ、少し前にな」

「そうでしたか」

 なんだか詮索する感じがあった。


 かなり整った美形ながら化粧っ気があまりなく、マントで体型が隠れると何ともつかみ所がない女だ。

 笑うと妖艶になるが、今は無表情なので所謂いわゆるできる女に見える。

「それにしても、ラムダお嬢様はどうされたんでしょうね」

「ん?」

「いえ、私とシグマ様を二人で行かせるなんて、どういう風の吹き回しかと」


 再度アンジェラを見返すと、やや伏せた顔から鋭い視線が一瞬だけ見えた。

「そうだな。学校が嫌いだからじゃないか」

「はあ、なるほど。その線は考えませんでした。流石幼馴染みですね」

「いや、只の当てずっぽうだ」


 またまたぁとか言っているところを見ると、若い女性相応なのだが。余り目は笑って居らず、ちらちらと油断できない側面が見て取れる。なかなか気を許すところまでは行かない。表面上和やかな腹の探り合い会話が30分も続いた頃、がくっと減速が掛かり、馬車が止まった。


 目的地に到着したようだ。

 下車して、門の両脇に広く続く柵を見ていると、どこか母校を思わせた。蹄鉄が石畳を叩く、かちかちという金属音が響き、辻馬車が再び走り出すと、アンジェラが近づいてくる。振り返ると、眼下に王都が一望となって、なかなかの壮観だ。


「参りましょう」

 広大な敷地に芝が茂り、学生らしき姿がまばらに見える。正面の大きな建物は尖塔がそびえるゴシック様式にも似た佇まいが渋い。好みの建築だ。

 こちらですと案内されたのは、右に逸れたところに立つやや小振りな建物。東第4棟、魔力開発学科と看板に書かれている。


 その建物の玄関ホールに入ると、受付があった。

 アンジェラが事務員とおぼしき女性と話すと、受付を出て廊下を遠ざかっていく。

「こちらで待てとのことでした」

 しばらく時間をつぶして居ると、先ほどの女性が、痩せた男を伴ってきた。


「ドミトリー伯爵麾下の方でしょうか」

 そうですと、アンジェラが近づいていく。

 何事か話していると、彼女と男がこちらを見たので、会釈して近づく。


「こちらは、フォルス准教授です」

「これはこれは、ペリドット士爵様。フォルスです。ようこそ、アカデミーへ」

 右目に付けたモノクルが酷薄そうな表情を増幅している。

「シグマ・ペリドットです。よろしく」

 何だか嫌な予感しかしないが、握手する。ひんやりした手だ。

「ここでは、話もできませんので、参りましょう」


 研究室に通された。

「それで、士爵様の魔術の素養を測るで、よろしかったですな」

「ええ、お願いします」

 アンジェラが同意した。


 やはりな。

「では、こちらへどうぞ」

 テーブルにラシャが張られ、中央に透明な球体と、直方体にプリズムが置かれている。

「簡単に説明しますと、このオーブが被験者のプロフィールに応じた、光を出します。それをこのブロックで受け、さらにプリズムで分光します」


 なかなか興味深い道具立てだ。透明部材の位置が重要なのか、ラシャの下に枠があるようで、間隔が固定されているようだ。

「それで、このシートに、像を結ばせると、各種の特性が分かるというものです。王国でも3台しか無い装置です」

 得意そうなフォルスに、ほうほうと頷くアンジェラは機嫌を取っているようだ。


「では、こちらのオーブに手を当てて下さい」

「こう、手の平で?」

 そうですとフォルスが首肯した。


 まあ、害は無いだろう。

 自ら顧みて、詐容がパッシブで働いていることを確認し、オーブと呼んでいた水晶球に手を当てる。

 10秒ほど当てていると、声が掛かる。

「はい。結構です」


 手を外して、すこし待つと、オーブが発光しだした。

 一瞬だが、光る神聖文字が見えたので、一応記憶しておく。

 すっと、光の筋が伸びた。

 それが、直方体を照らし、5つほど大きさや形の異なるプリズムが分光を始める。

 シートには5つの光の帯が浮かび上がり、それぞれDNAの分析画像のようにも見える。


 フォルスは、白い地に黒い図表が書かれたシートを、分光した光に当てて位置を合わせた。

 そして、ペンで分光帯に現れた黒い筋をなぞって行く。

 手が止まった頃、オーブの発光が止まった。

 フォルスが、シートを自分の方に向け、結果を見ている。


「ほう、なかなかの魔力量ですな。一般人を100としますと600ほどです。これは魔術士の平均の1.5倍ほどと言えます。アカデミーの魔術行使コースの入学基準を達しておりますな」

 いつ出したのか、アンジェラはメモを取っている。


「それから、シグマ様の適性は。火属性が一番強いですな。位階はもうすぐ中級に達するほどです。お若いのに羨ましいですな」

 言葉ほど感銘を受けては居ないような平板な口調でで、話を続ける。

「それから風属性があって、おお水属性もそこそこある。3属性をお持ちですな。無属性もかなりの物と見えます。これはすばらしいです。土属性は流石に無いようですが、ほとんど人が持っておりませんから、落胆する必要はありませんよ」


「そうですか?よく分からないのですが、先生。もう少しわかりやすく仰って頂けませんか」

 アンジェラがいつになく熱心だ。

 フォルスは、頬に手をやって思案顔になった。

「そうですな。魔力量から言えば、10人に1人と言ったところですか。適性に関しては、なかなかの物です」


「はあ」

 先を言えと、アンジェラが眼で語る。

「うむ、適性、つまり3属性の魔術が会得できる魔術士は、千人に1人。当学院の学生でも数人しか居りません」


「それは、すばらしいですね。ちなみにですが、4属性全てが使えるとなったらどうでしょう」

「いや、それはないですよ。私も見たことがありません。それこそ大賢者様でもね。もっとも、あの方達は上級の上の最上級や戦略級魔術を使われますので…適性で全て決まるわけではありませんが」


「それより、この部分を見て下さい」

 上から4番目の帯だ。

「これは、魔力印加加速度、つまり、魔術が速く発動できることにつながるものです。一般的な結果を凌駕しておりますが。シグマ様。何か心当たりがありますかな?」


「いやあ、特に。実感はないですね」

「へえ。結構魔術士平均から離れていますが、そんなものですかねえ。まあ、この辺はあまりデータが揃っておりませんので、断定は致しかねますが」

 笑いを作る。

「何か素養があるのかもし得ないけれど、俺自身生かし切れていないのかと」


「その線かも知れませんな。それを置いても、なかなか興味深い被験者でいらっしゃる。是非精密に分析したいものですな」

 優秀な学者なのだろう。口調は誠実だしな。ただ、どうも表情が好きになれない。

 なんだろう、蛇に近い感じか。

 そんな、失礼な想像をしている間にも、細かい説明が続く。


 それからも若干の批評が有ったが、格別問題は無かった。

 研究室を辞し、玄関に戻る。

 礼を申し述べた。

「折角なので、事務の者に学院内を案内させます。学院本館と大講堂は一見の価値が有ると思いますよ。では私は午後から講義がありますので、失礼」

 そう言い残して、彼は戻っていった。


 ふう。危なかったな。

 カーラさんの言う通り、土属性は隠しておいて良かった。

 事務員の後に付いて歩き出す。


 良い天気だな。やや暑いが、昨日ほどではない。

「シグマ様」

 外に出ると、アンジェラが話しかけて来た。

「ああ」


「なかなか良い結果でしたね。千人に一人の適性ですって」

「ああ」

「なんか、感動が薄くないですか?」

 鋭いね、アンジェラ。


「いや。准教授もおっしゃっていたように適性は可能性に過ぎないよ。人は何ができるかではなく、何を為したかだ。俺は何も成していない」

「へえぇ」

 アンジェラは眼を大きく見開いている。

 こんな顔もできるんだな。佳人だ。


「いやあ。夕べもすごい方とは思いましたが。立派なお考えです。私より年下ですが、ちょっと尊敬しちゃいます」

「ちょっとね」

「あっ。すみません。士爵様に」

「構わない。士爵と言ってもなったばかりだしな。さっきの言葉も受け売りに過ぎん」


 アンジェラは、珍しく笑った。

「いえいえ。そういうお気持ちでいらっしゃれば、いずれ立派な士爵様になって頂けると信じています」

「そうかな」

「そうですとも」


 西洋庭園のような通りに出た。少し進むと門から正面に見えていた、尖塔が乗った建物の前に出る。

「こちらが、学院本館でございます」

 大理石作りの豪奢な建物。ランドマークなのだろう。


 付いて入っていく。

 玄関を入り回廊を横切ると、針葉樹の目の詰まった重厚な扉。そこに人が通れるほどの小扉が設えられいる。そこを開いてくぐり抜けると、大きなホールがあった。

「本館中央広間です。大講堂に比べて狭いものの、学院では第一の格式です」

 調度が何も無い大空間。差し渡し60mほどだろうか。


 ほう。

 アンジェラも息を呑んだ。

 無論、現実世界でこれよりも巨大な建造物空間を見ているが、荘厳さで言えば、俺が観光で行った大聖堂にも負けては居ない。華美な装飾はないが、天井のアーチの連なりが見事だ。

 正面壁上部の大丸窓から楕円の外光が差し込む。大理石が敷かれた暗暖色の床を照らしており、壁や天井の皓さと対比を成している。

 また、よく視れば、床には色味を変えた石で、巨大な幾何学的な図が書かれている。

 美しい。


 アンジェラが横に並ぶ。

「それにしても、学校とは思えないほどの立派さですね」

「そうだねえ」

 俺たちの会話に、あらぬ方向から声が…。


「ええ、初代理事長シュピーゲル大賢者様のご寄贈です」


 左の壁際に、老女が立っていた。

「嘘…」

 アンジェラの呟きは、全く気配すら感じていなかった証左。もちろん俺もだ。

 くっと身を固くして、アンジェラが警戒を露わにする。


「学院長。こちらにお出ででしたか」

 事務員が、大きくお辞儀をする。

 学院長?

「ええ、こちらで瞑想しておりました」


 床にまで付く長いローブで歩みを隠したまま、すうっと滑るように指呼の距離まで来た。

「メイダンさん、こちらのお二人はどなたですか。見たところ学院生ではないようですが」

「はい。ドミトリー伯爵のご紹介で、フォルス先生のところに来られたお客様です」


 俺とアンジェラは、片膝を着いて礼の体勢を取る。

「申し遅れました。私はシグマ・ペリドットと申します」

「ドミトリー伯爵麾下のアンジェラです」


「そうでしたか。学院へようこそ。そんなに堅くならないで。さあ、お立ちなさいな」

 言葉に甘えて立ち上がる。

「学院長をやっております、マリー・ラティスです」


 俺とアンジェラは、顔を見合わせる。

「あらあら、勘違いなさらないで。大賢者トリニティー・ラティスは従姉です」

「そうでしたか」

 カーラさんはやや痩せ気味で、目の前の学院長はややふっくらしているところは違うが、そう言われば、目鼻立ちが似ている。

 それにしても、カーラさんも喰えないな。もちろん自分の従妹がここに居るのは知っているだろうに…。


「それで、メイダンさん。何故こちらへ?」

「ええ、フォルス先生のお言いつけで、学院をご案内せよと」

 優雅に頷く。

「そうでしたか。それでは、もう執務に戻ってよろしいですよ。お二人は私が引き受けます」

「はっ、はい。それでは失礼致します」

 事務員の女性は、一礼すると出て行った。


「シグマさんと、おっしゃいましたか?」

「はい」

「先ほど、瞑想していたときに、大きな光が近づいてきた気がしたのですが。あなたですか?」


 えっ?

 電波な人?

 とか、疑うところだが、ここは魔力による感知だろう。


「さあ、自分では分かりかねますが」

 アンジェラ、顔を背けるな。苦笑しているのが丸わかりだ。

「そうよね。失礼ついでに、お腰の物を見せて頂いても良いですか」


 ん。どういうことだ?

 しかし、笑顔の要望にはなぜか抗しがたく、黒貂のローブを開き、クリス・ダガーを鞘ごと外して、胸の前に捧げ持つ。

「あらあら。まあまあ。やはり、この装飾。間違いないわ」


 俺の顔をじっと見つめる。

「あなた、サードニックスさんゆかりの人ね」

「はあ。確かに母の旧名は、アイーシャ・サードニックスです」

 さらに、にこっと笑う。

「じゃあ、ここでは話もしにくいから。私の部屋に参りましょう」


 誰も居なくなった中央広間に、人影が差す。

「くっくく、あははは…」

 影が笑っていた。実体はなく暗がりだけが。やがてそれも靄のように掻き消え。

 低い声だけが残響していた。


────────────────────


「さあさ。お茶をどうぞ」

 あの中央広間から数十歩で、このほのぼのした部屋か。

 ソファを勧められた俺たちは、学院長のラティス女史に紅茶を淹れて頂いていた。


「あら、おいしい」

 いやいや、アンジェラ。この場合、”あら”はダメだ。

「そうでしょう。娘も主人もね、これだけはおいしいって言ってくれるのよ。

 天然か。


 そう思いながら、薄く白いカップを摘み上げ、1口喫する。

 旨い。

 香りも良い。

「おいしいですよね。シグマ様」

「ああ」

 

「シグマ様か…あなたは貴族なの?」

「いえ、士爵です」

 ラティス女史は膝を進めた。

「そうか。サードニックスさんは、士爵の方へお嫁入りしたのね」

 

「ええ、そうです。先ほど、このクリスのことを」

「そう。その鞘の拵えは、私がデザインしたのよ」

「これを?」

「そうよ。あなたのお婆様に頼まれてね」


「おばあさん?」

「あなたのお母様のお母様よ」

 いや、それは分かってるって。

 そうじゃなくて、そういう人が存在したんだなあという感慨であって。まあ、現実でおばあさんが、存在しなければ、子孫が居る訳は無いのだが。


「ところで、お母様はお元気なの」

「ああ、母は5年前に亡くなりました」

 本当は知らないけど。

「あらぁ。私の最初の生徒なのに残念だわ。でも私も歳を取るわけよね…」

 この人、天然決定。


「それで、サードニックス家って、今も」

「もちろん、子爵様のお宅はありますよ。北街区に」

 王都北街区は、いわゆる貴族の屋敷地が多いところだ。

 アンジェラの表情が、動いた気がする。


「それにしても、あなた…」

 ラティス女史が、俺をまじまじと見た。

「…お母様に似たのかしら?黒魔術の筋が良いようね。適性が4つも、いえ、3つかしらね。うーん。何だかよく分からないことになってるけど。とにかく素養が有りそうだわ。この学園に入学希望なのかしら?」


 いきなり背筋に汗が吹き出す。

 この女、只者ただものでは無い。

「あらあら、そんなに緊張しないで」

「いえ。入学する気はありません」


「あら、残念。優秀な生徒さんに成ると思ったのだけど」

「高名なアカデミーの学園長様にそう言って頂くと、光栄です」

「そうね、お年も良さそうだし、また気が変わったらおいでなさい。私が推薦するわ」


「はあ。機会がありましたら。そうだ、ここに図書館はありますか?」

「うーーん。有るのだけど…」

 ラティス女史の眉尻が下がる。

「…ごめんなさい。ここの図書館は学院の教員か生徒じゃないと利用できないの」

 そうだよな。まあ、魔術系の図書は機密も多い。ガードが堅くて当然だ。

「いえ」

「そうだわ。中央街区にも大きな図書館があるの。まあ魔術の本はこちらの方が揃っているとは思うけれど。なかなかのものよ」


「わかりました。どうも。それから紅茶ありがとうございました。我々はそろそろ」

 俺が立ち上がると、アンジェラも続く。

「あらあら。そうね、あんまり引き留めても申し訳ないわね。また会える気がするし」

 ん?フラグ?


「はあ。それでは失礼します」

「はい。さようなら」

 学園長室を辞して廊下に出た。


「シグマ様、いかがしました?」

「いやあ、ラティス学園長か。怖い人だなと思ってな」

 アンジェラの口角が上がる。

「やはり、そう思われましたか」


 まあ、ただでは学園長には成れないよな。

「そう言えば、講堂もすごいらしいが、見たいか?」

「いえ。そういう趣味は持ち合わせて居りませんので」


 俺と、アンジェラはアカデミーを出た。

「シグマ様。今日は伯爵様のご要望を叶えて頂き、ありがとうございました。私、この後行きたいところがあるのですが」

「そうか、では、ここで別れよう」

「では失礼します」

 紺のマントを翻して、駆けていった。


 ふう。歩き出して、丘を下る。

 ラティス女史か。かなりやり手だな。

 上級鑑定魔法相当が使えるのか、俺の詐容を見破ったと見るべきだな。敵か味方なのか、どちらでもない線が強いが。気を許すのは禁物だ。

 さて、西街区だ。脚を伸ばして馴染みの店にでも行ってみるか。


 ──再び学園の研究室──


「小職は、本当に午後からの講義の準備をしなければならないのですが…」

 そう言ったフォルス以外に、この部屋に人影は無い。

 しかし、扉の横に人影が浮かび上がった。


「そう簡単に見つけられると、自信が無くなるわ」

 ふっ。

「意外に早かったですね」

「ええ。講堂とやらは、結局見学しませんでしたからね」

「そうですか。あれは良い物ですよ」

「そんなことより…」

「ええ、私も忙しいので、手短に済ませましょう」


 フォルスは手を止めると、椅子に背をもたれかけた。

「率直に訊きます。シグマ様は、いかがでしたか。技量は?将来性は?」

 ふむ。

「ええ、先ほども嘘は申しておりませんよ。適性はなかなかですが。まあそれだけと言えばそれだけ。技量は、大したこと有りませんでしたな」


 フォルスは、右手でモノクルを触る。

「それで?」

「まあ、技量の方は、当学院へ入学されれば、良いところまで鍛える事ができますが」

 アンジェラは、壁から離れて2歩3歩と近づく。


「私は、ドミトリー伯爵様に、きちんと報告しなければなりません。したがって、あなたから、きちんとした評価結果をお聞きしたいですわ」

「ほう、伯爵様にね」

「何か?」

「いえ。他意はありませんよ。他意は。何事も知らない方が幸せという事は、少ない真理の1つですから」


「准教授殿。私はあなたの講義を聴き来たのではありませんよ」

「これは失礼」


「一言で評して貰えますか」

「はいはい。一言というならば、上の末、並の上というところでしょう。特段の将来性は。ここに居る普通の生徒と余り代わりません。あると言えばあるが、何とも言いがたい」


「でも、それが偽装された結果だとしたら」

「何?」

 フォルスは、身を乗り出す。

「何か、確証があるのか」

 口調に声音まで一変した。


 アンジェラの口角が吊り上がる。

「シグマ様は、おそらく土属性も使えるはずです」

「確かか?」

「ええ」


 フォルスは、眼窩から滑り落ちたモノクルの鎖を手繰り、再び装着した。

「あの男が4属性全ての魔術を使えるなどあり得ない。それに土属性はそもそも使い手が少ない…が、まあ何事にも例外はある。本当ならばかなりの物とは言える…が」

「が?」

「賢者の域に達するには、シグマ殿では魔力量が不足ですな。あと3倍ほどは欲しいところです」

 口調が戻った。


「それも偽装という事は?」

「オーブ分光法に対して、魔力量を偽るのはかなり難しいと言えますよ」

 アンジェラは眼を細めて、フォルスを睨む。


「…わかりました。そのように報告しましょう」

「ええ。伯爵様には、よしなに」

 アンジェラは無言で振り向くと、姿を消した。


「ふん。雌狐めぎつねが」


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訂正履歴

2015/7/29:用語訂正:陛爵→叙爵

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