15話 転移結晶
記憶力は、外部ソースにいつでも接続できる環境では、重要さが下がると言われますが。まあ、発想のベースになることも有るので侮れませんね。
さらに刻印魔法を得たシグマは、加速度的に強さを増していきます。
川の畔にある町。バルム。
転移で着いたのは、町の門前。小さな構えの割に防御は厳重だ。
旅装の待ち人が、入町の検査に列を作っていたので、その後ろに着こうとして歩き出す。
「シグマ様、ラムダ様」
そこには、居なかったはずの女の声。
「あーー、アンジー」
シーフのアンジェラだった。
「あんた。先行するって言って、どこほっつき歩いていたのよ」
ぷりぷり怒るラムダ。
『俺が倒れたことは言うな』
耳打ちする俺の方をはっとして見たが、目で頷いた。
「申し訳ありません。シャラ境に着いて聞き込みを致しましたが、ラティス卿の情報は得られず。待ってはみましたが、何時までも、お二人も来られなかったので仕方なく、こちらへ」
アンジェラは、頭を下げた。
「しかし、それはそうと。お二人こそ、今までどこにいらっしゃたのですか?お二人で」
なかなかの反撃だな。ラムダが再びむっとしている。
「ああ。もちろんラティス卿の館に居た」
「ええ?見つかったのですか」
自分が見つけられなかった対象を、何故お前達がという顔だな。
「偶然滝の上流で、お会いしてね」
「はあ、それはまた…」
「幸運だったな」
「分かりましたが。では、ここへはなぜ」
「買い出し…かな」
ラムダは結構迷った末、町特産のバルム豚の燻製ハムを買い、再びシャラ境にあるカーラさんの館へ転移した。
秋の日はつるべ落とし。
とっぷりと暮れようとしている。
「こんなところに、館が」
「ああ、結界が張ってあるそうだからな」
シャラ湖に対して、流れ出るメーリル川の右岸に開けた土地に集落があり、左岸に館がある。
それを確信せずに訪れた者は、この地を無意識に避けてしまうようだ。
「カーラさん。ただいまーーー」
ラムダが、玄関へ駆け出す。
「カーラさんとは?」
「ああ、ラティス卿の名前だ」
「女性だったんですか。それにしても、えらく親しそうですね」
「おお、お帰り」
「うん。今日は、一杯食材買ってきたから。夕食はボクが作るね」
そういった会話がされている中、アンジェラが歩み寄って行く。
膝を着いて頭を下げた。
「ラティス卿。初めて御意を得ます。シーフのアンジェラと申します。お二人の連れです」
カーラさんの表情が変わる。
「シーフのう」
カーラさんが俺を見たので、頭を下げておく。
「二人の連れならば致し方有るまい。入るが良い」
夕餉の後。
アンジェラも含め、5人で食卓を囲む。
「これは心ばかりのお礼です」
テーブルに、虚空庫からどーんとでかいハムを出した。豚の後ろ足がまるっと燻製になっている。飴色の艶と胴との断面の小豆色の対比が、食事後にもかかわらず、食欲を喚起する。
「おおう。まるまると肥えておる。これは、バルムハムか。高かったであろう。それで?礼と言うと、ここを去ると申すか?」
「はい。これまで、大変お世話になりました。ありがとうございます」
「そうか。よいのじゃ。最近いささか退屈しておったからのう。それで?もう魔術の方は良いのか」
「ええ、大体呪文は憶えたので。まだ多くは会得はして居ませんが」
「大体のう」
この大体とは、上級以上を除いた、中級までの魔術のことを差す。
「そうか。シグマには、魔術以外のことを教えたかったのじゃがのう」
「ですが、カーラさん、俺もこれ以上は結構です。第一、俺は弟子ではありませんから」
「ふははは。そうじゃった。弟子ではなかったのう。これは一本採られたかの」
カーラさんは、満面の笑みだ。
「それで、シグマに何を教えたかったんですか」
「人生で最も役立つ教えじゃ」
ラムダが身を乗り出す。
「ええ、何です?なんですか、それ?」
「女の賢いあしらい方じゃ」
「ええぇー」
一瞬にしてテンションが下がった。
「大事じゃぞ。既にシグマには女難の相が出て居るからのう」
「はい、はい。そこ!シグマも残念そうな顔しない」
カーラさんが人相見もするとは思えん。冗談だろうな。
「それはそうと。去るか…娘さん達悪いが、洗い物を頼む」
はいと答えて、二人は立ち上がり、食器を下げていった。
食堂に残るは、俺とカーラさんだけ。
カーラさんは、俺の額に手を翳した。
「ふむ。虚空庫に、旋風牙、地槍、劫烈火、紅蓮、滂沱…なんと6つも使えるようにしたのか」
後半3つは、食事の用意の合間に会得した。
「はい。あとの魔術の呪文は憶えましたが、まだ篆刻はしていないです」
魔水晶に刻むのは、いつでもできるしな。
「それで、平気なのか?」
「と、言いますと?」
「篆刻は、中級魔法の上に、魔水晶に籠める分を含めて相当な魔力を消費する」
俺は頷く。
「6つ憶えるには、それを最低12回は行使したわけじゃが…魔力が枯渇した様子はないのう」
「まあ、確かに少し疲れましたが」
カーラさんは、片頬を上げる。
「少し…のぅ。お主と刻印魔法の相性が良いのかのう」
なんだか、気まずい。
「あっ、そうだ。見て頂きたい物が」
俺は虚空庫から、魔水晶の坑道で見つけた白き塊を取り出した。
「ほう。短い時間でよくみつけたのう」
「これは何なんですか。鑑査で見ても石英粉の固まった物としか」
「転移結晶の素材じゃ」
「転移結晶?素材?」
カーラさんは、塊を手に取った。
「ああ、その内で良いが、無属性の粉砕と土魔術の縮重を憶えよ。まずはこれを粉砕し、その後、縮重を使えば、転移結晶ができる。そうじゃのこれぐらいの素材なら7つか8つ位は取れる」
粉砕と縮重。
粉砕は無属性、縮重は土属性。それぞれ中級と下級だ。
「今、試してみても良いですか」
「魔力は足りるのか?」
「おそらく」
カーラさんは、息を吐いて軽く首を振る。
「お主の気の済むように」
俺は、4つ魔水晶を取り出し、粉砕と縮重を2つずつ篆刻を行使した。
慣れてきたが、流石に息が上がる。
そして、2つを光あれと会得した。
「あとは、できるだけ細かく、そしてなるべく粒が同じ大きさになるように意識するのじゃ」
「やってみます」
─ 粉砕 ─
白き塊がキンと音を立てて、砂の粗さまで砕けた。まだまだだろうと思って続ける。
─ 粉砕 ─
─ 粉砕 ─
─ 粉砕 ─
「待て、何度やるのじゃ」
言われて、4回で止める。
「え?だめですか。できるだけ細かくと言われたので」
「いや、だめでは無いが…余り細かくすると扱いにくくなるのじゃ」
ふむ、何かやり過ぎたと思ったが、そうではないらしい。
「それより、おまえ術後硬直は無いのか」
「いや。特に大丈夫ですが」
「同じ魔術を重ねて発動すると、硬直が倍増していくものじゃが」
カーラさんは首を捻っている。
「ああ。そういえば、前に火魔術と風魔術を併用した時は、何十回目かに頭が痺れた感じがしましたが」
かなり目を見開かれた。
「何十回じゃと…嘘はないようだな。いくら下位の魔術とは言え、そこまでとはな」
「おかしいですか?」
「ああ、でたらめじゃ」
「まあいい。お主のやることに、いちいち驚いては居れぬ」
なんか、あきれられてる。
粉砕で細かくした粉を摘むと指を摺り合わせる。
「なかなか良い感じじゃな。儂もここまでやったことはない」
俺も触って見た。
「熱っ」
70℃くらいか。摩擦で熱くなったのか。
まだまた細かくはできそうな気はするが、これ以上はどうもばらつきが大きくなりそうだ。粉砕以外の手段の方が良い気がする。
「良いか。やり方はな…」
まとめよう。
まず全体をこぶし大の量に分ける。今回の量だとはおおよそ8等分位か
縮重で水平に荷重を掛ける。騒音を出しつつ、温度が上がり、赤熱化してくる。
教えてもらった色になったら、そのままキープ。閃光が発生するのでそれでできあがり。
「固めるときは、一繋がりの結晶と成れと念じるのだ」
要は焼結だな。一昨年大学の講義で材料工学や金属工学を取ったときに、興味深くて書籍を読みあさったのが、ここで生きるとはな。その手の職業に就かなければ役立たないと思った知識だが。意外だ。
結晶と言うぐらいなので、石英ガラスかな。ならば温度はたしか1200℃以下。
それで?一繋がり?単結晶という意味かな。良く分からんがその線で行ってみよう
それから、温度を測りつつやろう。
「中級鑑定魔術を憶えたいのですが」
カーラさんは訝しそう表情となった。
「好きにせよ」
粉の小山を1つを残し、他は紙に包んで、虚空庫に入れる。
中級鑑定魔術を、篆刻で2つ刻印し、残った1つで習得した。
それを行使する。
─ 修慧 ─
おお、発動した。温度に集中。
残った粉に右手を翳す。
─ 縮重 ─
砂が宙に舞い上がり、発光しながら渦を巻く。一繋がりに固まれと念ずるとまとまってくる。
そこで言われた通り水平に荷重を掛ける。
100℃、200℃、500℃、800℃…。
みるみる温度が上がり、塊が縮んでいく。
ぎぎぎと耳障りな大音声が発生する。手元で発した不快感が下瞼を引き攣らせるが、カーラさんの方は表情一つ動かない。
赤熱してきた。
900℃、1000℃、なんとなく白っぽくなってくる。
何の音?と言いながら、ラムダとアンジェラが戻ってきたが、部屋に入ろうとしたところ…。
「そこで、控えておれ」
カーラさんに一喝されて固まる。
「シグマよ、もう少しじゃ気を抜くな」
1050℃、1100℃、1150℃。
「そこじゃ」
1150℃か。低いな。不純物が入っているんだろう。
うーむ。何か若干疲れが来る。
「もう少しの辛抱じゃ」
単結晶、単結晶、単結晶…。
電子顕微鏡で見た、粒界のないイメージを強く念じる。
再び、嫌な音と、今回は黄色い閃光。
キィーーーン。
先ほどよりも甲高い響き。きゃあと悲鳴が上がる。
光が収まると、空中にあった塊がテーブルの上に落ちた。
「あっ、割れた」
失敗した?
「大丈夫じゃ」
はあ。
良く視ると、両端が尖った6角柱のやや褐色がかった黄色い大きな塊と、残りはいくつもの屑石だった。確かに、大きな塊はひびなど入って居らず、完品、水晶だ。長辺は7cmほど。指で触ると、温度は室温になってる。
─ 修慧 ─
水晶を見る。高級転移水晶。数十km程度の転移が可能か…。
ふふふ。単結晶であってたようだ。
細かく割れた方も見てみる。不純物が多い屑水晶、魔導具の動力源として使用可か。まあ取っておこう。
「もう良いぞ」
カーラさんが声を掛けると、強ばりが解けたようで、ラムダとアンジェラが部屋に入って来る。
「黄色い転移結晶…これ作ったの?シグマが?」
「すごい。すごいです。シグマ様」
俺は、黄色いやつを掴むと、カーラさんに差し出した。
「なんじゃ、くれるのか?」
俺は首肯する。
えーと不満の合唱が上がったが無視だ。
カーラさんは、灯火に黄色い結晶を透かした。
「初回から、黄色を作るとはな。透明、良くて赤と思って居ったが…ふむ。なかなかの出来じゃの。かなり良い物と言わざるを得ぬ。王都で売れば5万ディールは堅い…いや、そう言えば、最近相場が上がってると聞いたわい」
ラムダとアンジェラが、ワォ-って表情を浮かべる。
「じゃが、儂には不要じゃ。気持ちだけもらっておく。お主が使うなり、売るなりすれば良い」
俺は頑として首を横に振った。
「ふむ」
カーラさんの表情が変わった。俺の拒否が伝わった?
「そうか。では、これは儂がもらおう。そして、改めて、これは餞別じゃ。持って行け」
「ですが」
「儂の餞別が受け取れぬとは…申さぬよな」
目が真剣だ。
むちゃくちゃな詭弁だが、逆らってはいけないようだ。
「はっ。ありがとうございます」
「礼はよい、お主が作った物じゃ。それから遠慮するな。農家でも無ければ、今や金が無ければ生きてはゆけぬ」
「はあ」
「魔術を使った結果で、稼ぐことができるであれば、それでお主やお主の周りの者を助けるのじゃ。引け目を感じる必要は無い」
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訂正履歴
2015.5.16 コピーミスでの乱れを修正