13話 呪文と釣り
GW(?)の最終投稿です。
朝食後。
『まずは、お主が言う本質とやらを自ら探してみよ』
カーラさんは、そう言ってどこかに出かけていった。
その代わり、今まで入ったことのなかった部屋に入っても良いと言われた。
この部屋の存在は無論知っていたが、なぜだか入ろうという発想が浮かばなかった。これが結界らしい。
「すごーーい。本ばっかり!」
「ああ」
個人で持つにはかなりの蔵書量、図書室と言っても良いぐらいだ。端から背表紙を見ていく。
「あった」
虚空庫に入っているであろう、母の蔵書と同じ本。魔法基礎。一際薄いので目立つよな。取り出してみる。
「これ、カーラさんが書いたんだね」
「そうだな」
「それにしても。カーラさんが、ラティス卿だったなんてね。ボクは全然。てっきり人の良い…じゃなかった。親切なおばあちゃんとばかり思ってたよ」
首肯しておく。
この本の内容は記憶しているので、元の棚に戻す。
「ん?」
その横に、魔法応用という本がある。やはり著者はラティス卿だ。
日が差し込む窓辺の机に本を置き、椅子に腰掛けた。
「ああ。俺は、このまま本を探すが、ラムダは別に…」
「んん。いいよ。ボクも読みたい本があったしさあ。ほら、これ。料理の本」
はあ…。
「うん。もっともっと、料理のバリエーションを増やしてさあ。おいしい物作るよ-」
「そうか、楽しみだな」
「任っかせてよ」
どうやら、趣味は料理と裁縫と言っているだけあって、それなり以上にはできる(自称)らしい。
さて、こちらはこちらで集中だ。
ぱらぱら、めくりながら記憶していくが、初めの方は詩編とおとぎ話だ。これは本当に教科書なのか?逆に良く数年も講師として持ったものだ。
「ん」
運印法?
ページをめくると、変な図形が描かれている。
そうか。
結印魔法の印、つまり手指を動かす順序を描いた図だ。
まあ、こうやって憶えるよなあ。
燐火、澪、煽…虚空庫、回収、鑑査。
あれ?虚空庫は魔術じゃないのか?
悩むより先にやるべきことがある。虚空庫の運印を実施してみる。
おお。前に入庫した物が、イメージとして直接意識に浮かぶ。以前のようにウィンドウが開いて表示されるのでは無い。
「UIが違う」
「ん?何?」
「ああ悪い。独り言だ。いや、そうだラムダ」
少女が寄ってきた。
「ラムダは、虚空庫はどうやって使えるようになった?やはり司祭様に…」
「そう。司祭様に祝福頂いて使えるようになったよ」
そうだよな。俺が戦士の時もそうだった。
ここでいう司祭とは、ランペール王国含め多くの国が国境としている宗教団体、メシア聖教会の聖職者のことだ。
頷く俺を、ラムダは訝しそうに見る。
「そりゃあ。ボクは魔術士じゃないから、魔術は使えないからね。ほら」
両手の平を見せると、ぼうと微かに紋章が見えた。
左手が入庫。右手が出庫だな。
「それで、中に入っている物は、どう認識してるんだ」
ますます、眉根を寄せる。
「ん?頭に浮かぶの。それで出庫と念じれば出てくる」
「ウィンドウじゃないんだな」
「へっ?う、ウィンドウって何?」
「い、いや。悪かった。変なこと訊いたな」
「うーん。別に良いけどさあ。倒れたことと関係あるの?」
一転して心配そうな表情を浮かべる。
「まあ、関係なくもない。今は魔術が使えないからな。でもやってみる」
家に有って入庫した魔術書を思い浮かべ、出庫と念じる。
「おっと」
徒手だった右手に、どこからともなく本が現れ、ずしりと重みを感じる。
「あっ。できたね」
「ああ」
次に入庫と念じる。
「入った」
本は、消えてなくなった。重みもなくなった。
虚空庫を念じたら、その本が意識に浮かび、戻っていることがわかった。
「ああ。左手でなくても、入れられるんだね」
「そうだな。紋章魔法じゃないからな」
「そっかあ」
一度、虚空庫を結印魔法で実施すると、30分ぐらいは出庫、入庫できた。が、その後は再度実施する必要があった。また、入庫、出庫ともどちらの手でも可能、さらに言えば、数mの距離ならば直接接触しなくても入庫できた。
なお、部屋の蔵書は、手が弾かれるようにショックが走り入庫できなかった。その瞬間、表紙にいくつかの紋章が現れた。盗難避けと思えわれる保護が掛かっているのだろう。
次は、鑑査を実施。
やはり、ウィンドウは開かず。情報が直接意識に入ってくる。
まあ、使えるようになったのは良いが、こちらは知りたい対象が変わる度に、運印を実施しなければならない。地味に面倒くさい。この面倒くささが、魔術の生まれた理由かも知れないなあと思い苦笑した。
さて、魔法は試行はひとまず置き、別の本を探していく。
「おっ。これは」
קסם。背表紙にヘブライ文字が刻印されている。
この単語は、魔術と言う意味だ。魔水晶の文字列を調べる中で憶えた。
「うーむ」
「どうしたの?」
「開けない」
この本だけでなく、その一角の書籍のほとんどが開かない。
「閲覧保護が掛かってる」
この辺りの本は、読まれるのすら問題があるようだ。
「喰えないおばさんだな…」
小声で呟いた時。
「誰が喰えないじゃと?」
「あっ。カーラさん。お帰りなさい」
部屋の扉の前に、カーラ・ラティス卿が立っていた。
説曹操、曹操到か。
「ああ、その辺りは。一般人には読ますわけにはいかない本でな」
「魔術士でも?」
「そうだ」
「でも、この本の題目は魔術と書いてありますよね」
「お主、神聖文字が読めるのか?」
ここでは、ヘブライ文字を神聖文字と呼ぶらしい。
「いいえ、少しだけです。神よ、我は求め訴えるとか」
カーラさんは、結構驚いた顔だ。
「そこに書いてみよ」
紙とペンを渡される。
אלוהים אני דורש את זה ומדבר…
「それは、ちょっと待て」
カーラさんは、先程の本を棚から取り出すと、無造作に開いた。
「劫烈火の…」
「ええ」
同じように別の呪文も書いていく。
「旋風牙もか」
深い皺の奥の眼を見開いている。
「お主、何者じゃ。どうして、その呪文を知っておる」
「魔水晶を使った時に、見えたので憶えただけですよ」
「魔石が閃いたときに、憶えたというのか。あの一瞬で」
ラムダも、覗き込んだ。
「ああ。シグマは、そういうの得意だよね」
「そうなのか?」
「ええ。まあ」
「ふむ」
カーラさんは、息を吐いて考え込んだ。
「よかろう。ここの本を、上級魔術以外ならば読ませても良い。だがその前にやってもらうことがある」
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「で、なんで俺は釣りをやっているんだ?」
カーラさんが言った、やってもらうこととは、家の前のシェラ湖で、カブラスという魚を釣って来い!だった。
「文句言わないの。ボクも手伝うからさあ」
成魚で50cmほど鱒のような形態で虹色の魚だそうだ。
ニジマス、ニジマスとラムダは言っているが。
そうなのか?
それにしても…どうして魚種限定なんだろう。
まあいいか、考えても始まらん。
舟は無いので、岸で糸を垂らしている。日は大分傾いたものの、日没まではまだ間がある。気温は高いが、湖水を渡ってくる風が涼やかで、過ごしやすい。
「のどかだよねえ」
俺が訝しむ脇で、ラムダが大あくびする。
「おっ、来た。重い」
何もひねりのない竹竿に糸を括っただけの釣り具では、タイミングを合わせて引き上げるしかできない。が、そこそこ釣れる。
タモで掬い上げた。
「ちっ。また外道か」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
針を外して、鯉っぽい魚をリリースしようとしたら、ラムダから待ったが掛かった。
「何?」
「いやいやいや。さっきからさあ、何で放そうとするの?」
顔の前で手を往復させる姿は、心底不思議そうだ。
「外道…どう見てもカブラスじゃないだろう」
改めて青黒い姿を見せる。
「そうなんだけど。だからって放さなくて良いじゃない。食べられるよ。それ。ちょっと臭みはあるけど…でも、この湖は泥臭くないし、きっとおいしいよ」
たしかに。遡った川と同じで、浅瀬の底は白い砂利だ。泥の堆積ほとんどは見られない。
「じゃあ、ラムダにやる」
彼女が持ってきた魚籠を引き寄せる。
「何も、入ってないな」
そう言いながら、釣った魚を入れた。
「ボクは、大物狙いなんだよ。人生もね…」
最後の方は、良く聞き取れなかったが、どうせ大したことは言っていないに違いない。
その後、俺だけが同じ魚、ブゴヒというらしいが、それを3匹ほど釣った。が、カブラスとやらは掛からない。
ポイントを変えるか。
「俺は、あっちの方へ行ってみる」
「じゃあ、ボクも。あれ?」
「どうした」
「なんか、引っ掛かってるのかな…動かない」
根掛かりか?
「魚だぁ、初めて掛かった。大きい?」
竿を動かしたのに反応したのか、糸が右左に走るところを見ると、本当に掛かったらしい。
「無理に引っ張るな、糸が切れるぞ。ゆっくり、ゆっくり竿を立てるんだ」
「こ、こう?」
「そのまま、そのまま」
すうと寄ってきたところを、タモで掬い取った。
鼻面が尖った鱒というか鮭のような形。尾を掴んで持ち上げる。外観は白っぽいが、日が当たると全体的に七色に反射した。
「これだよね?」
「おそらくな」
「ボク、偉い?」
「ああ。よくやった」
やったぁぁぁあ。
大音声が木霊しまくった。
カーラの館に戻ると、程なく日暮れになった。
「これで、合ってますか?」
ラムダが魚を見せる。
「そうじゃの。まさしくカブラスじゃ、これでシグマの魔術が使えるようになるかも知れぬの」
「ええ。本当ですかあ?」
「儂の見立てが正しければじゃが。まずは夕食の準備じゃの」
そう言って、釣ってきたブゴヒの調理を始める。
カブラスはいいのか?
夕食が終わって片付くと、カーラさんはテーブルにまな板ごとカブラスを持ってきた。
「まずは、シグマよ」
「はい」
初めて、カーラさんに名前で呼ばれた。
「お主、自分のマナを憶えておらぬじゃろ」
「マナ?」
しまった。反射的にラムダを見てしまった。
「シグマ、マナだよマナ。憶えてないの」
ちょっとびっくり。知ってるらしい。魔力のことではなさそうだが
マナって何だと言う疑問を飲み込み、首を振っておく。
「えええ。本当に?本当に憶えてないの?本当の名前だよ」
ああ、真名か。
なんか馬鹿の子みたく言われるので、かちんときた。
「お前は言えるのか?真名」
「い、言えるわけないじゃん。ばっかじゃないの?真名は結婚する人にしか教えちゃダメなんだよ」
ラムダは。真っ赤になって怒ってる。
そうだったのか。すげー風習だな。それはともかく悪かった。済まん。
手を挙げて宥めておく。
「真名は、忌むべき名前、諱とも申してな。魔術士ともなると、真名を使って害される恐れもある。よって他人には知らせぬものじゃ」
「では、真名を忘れたら、いや、知らねば、どうなりますか?」
「真名を使わねば、魔術は発動しないと言っても良い」
そうなのか?
「しかし、以前は使えておったのじゃろ。不思議だな」
ラムダが、代わりにうんうんと頷いている。
いやいや、俺の方が知りたいわ。まあゲームだからだろうけどね。
「お主。神よ。我は求め訴えたりと言ったな」
「はい」
「それが、お主の呪文ならば、我と言う部分は本来真名が入るべきところじゃ。それで、なぜ魔術が使えておったか儂も分からぬ」
はあ…。
「おそらく、シグマは真名を忘れたのでは無く、生まれてから知らされていなかったのか、そもそも名付けられていなかったかじゃの」
「でも、そんなことってあるんでしょうか?シグマは士爵家の生まれですし」
「まあ、普通では考えにくいのう。農民でも真名はほとんど持っておるようだし…無難に考えれば知らされて居なかったということかのう」
ふむ。
「真名を当人が知らぬような例は儂も聞いたことがないのじゃが、その場合はもしかしたら、真名ではなく”我”でも魔術が発動するのかも知れぬな。確認の仕様がないが」
まあ。LSFでは真名なんて、キャラ設定していないからなあ。
「そして、倒れた後は魔術が使えなくなったわけじゃが、これもなぜかはわからぬ」
えっ。そうなの。
「よって、本来の形に戻す。まずは真名を思い出せ」
いや、思い出せと言われてもなあ。
「そこで、このカブラスじゃ」
カーラさんは、鰓のところに手を翳すと、鱗を剥いだ。
「これを、食べるのじゃ」
渡された鱗は、虹色に輝く。ハート型だった。
「こ、これを?」
「ああ、そうじゃ。噛まずに丸呑みした方が良いがの」
俺は、きっと嫌そうな顔をしていたに違いない。
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訂正履歴
2015/7/26:魚の名前をカブラスに変更。
2015/8/10:誤って11話を貼り付けたのを元に戻した。