表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/122

13話 呪文と釣り

GW(?)の最終投稿です。

 朝食後。

『まずは、お主が言う本質とやらを自ら探してみよ』

 カーラさんは、そう言ってどこかに出かけていった。

 その代わり、今まで入ったことのなかった部屋に入っても良いと言われた。

 この部屋の存在は無論知っていたが、なぜだか入ろうという発想が浮かばなかった。これが結界らしい。


「すごーーい。本ばっかり!」

「ああ」

 個人で持つにはかなりの蔵書量、図書室と言っても良いぐらいだ。端から背表紙を見ていく。

「あった」

 虚空庫に入っているであろう、母の蔵書と同じ本。魔法基礎。一際ひときわ薄いので目立つよな。取り出してみる。

「これ、カーラさんが書いたんだね」

「そうだな」


「それにしても。カーラさんが、ラティス卿だったなんてね。ボクは全然。てっきり人の良い…じゃなかった。親切なおばあちゃんとばかり思ってたよ」

 首肯しておく。

 この本の内容は記憶しているので、元の棚に戻す。

「ん?」

 その横に、魔法応用という本がある。やはり著者はラティス卿だ。


 日が差し込む窓辺の机に本を置き、椅子に腰掛けた。

「ああ。俺は、このまま本を探すが、ラムダは別に…」

「んん。いいよ。ボクも読みたい本があったしさあ。ほら、これ。料理の本」

 はあ…。


「うん。もっともっと、料理のバリエーションを増やしてさあ。おいしい物作るよ-」

「そうか、楽しみだな」

「任っかせてよ」

 どうやら、趣味は料理と裁縫と言っているだけあって、それなり以上にはできる(自称)らしい。

 

 さて、こちらはこちらで集中だ。

 ぱらぱら、めくりながら記憶していくが、初めの方は詩編とおとぎ話だ。これは本当に教科書なのか?逆に良く数年も講師として持ったものだ。

「ん」


 運印法?

 ページをめくると、変な図形が描かれている。 

 そうか。

 結印魔法の印、つまり手指を動かす順序を描いた図だ。

 まあ、こうやって憶えるよなあ。


 燐火、澪、煽…虚空庫、回収、鑑査。

 あれ?虚空庫は魔術じゃないのか?

 悩むより先にやるべきことがある。虚空庫の運印を実施してみる。


 おお。前に入庫した物が、イメージとして直接意識に浮かぶ。以前のようにウィンドウが開いて表示されるのでは無い。

UIユーザインターフェイスが違う」


「ん?何?」

「ああ悪い。独り言だ。いや、そうだラムダ」

 少女が寄ってきた。


「ラムダは、虚空庫はどうやって使えるようになった?やはり司祭様に…」

「そう。司祭様に祝福頂いて使えるようになったよ」

 そうだよな。俺が戦士の時もそうだった。

 ここでいう司祭とは、ランペール王国含め多くの国が国境としている宗教団体、メシア聖教会の聖職者のことだ。

 頷く俺を、ラムダは訝しそうに見る。


「そりゃあ。ボクは魔術士じゃないから、魔術は使えないからね。ほら」

 両手の平を見せると、ぼうと微かに紋章が見えた。

 左手が入庫。右手が出庫だな。


「それで、中に入っている物は、どう認識してるんだ」

 ますます、眉根を寄せる。

「ん?頭に浮かぶの。それで出庫と念じれば出てくる」

「ウィンドウじゃないんだな」

「へっ?う、ウィンドウって何?」

「い、いや。悪かった。変なこと訊いたな」

「うーん。別に良いけどさあ。倒れたことと関係あるの?」

 

 一転して心配そうな表情を浮かべる。

「まあ、関係なくもない。今は魔術が使えないからな。でもやってみる」

 家に有って入庫した魔術書を思い浮かべ、出庫と念じる。


「おっと」

 徒手だった右手に、どこからともなく本が現れ、ずしりと重みを感じる。

「あっ。できたね」

「ああ」


 次に入庫と念じる。

「入った」

 本は、消えてなくなった。重みもなくなった。

 虚空庫を念じたら、その本が意識に浮かび、戻っていることがわかった。


「ああ。左手でなくても、入れられるんだね」

「そうだな。紋章魔法じゃないからな」

「そっかあ」


 一度、虚空庫を結印魔法で実施すると、30分ぐらいは出庫、入庫できた。が、その後は再度実施する必要があった。また、入庫、出庫ともどちらの手でも可能、さらに言えば、数mの距離ならば直接接触しなくても入庫できた。

 なお、部屋の蔵書は、手が弾かれるようにショックが走り入庫できなかった。その瞬間、表紙にいくつかの紋章が現れた。盗難避けと思えわれる保護が掛かっているのだろう。


 次は、鑑査を実施。

 やはり、ウィンドウは開かず。情報が直接意識に入ってくる。

 まあ、使えるようになったのは良いが、こちらは知りたい対象が変わる度に、運印を実施しなければならない。地味に面倒くさい。この面倒くささが、魔術の生まれた理由かも知れないなあと思い苦笑した。


 さて、魔法は試行はひとまず置き、別の本を探していく。

「おっ。これは」

 קסם。背表紙にヘブライ文字が刻印されている。

 この単語は、魔術と言う意味だ。魔水晶の文字列を調べる中で憶えた。


「うーむ」

「どうしたの?」

「開けない」

 この本だけでなく、その一角の書籍のほとんどが開かない。

「閲覧保護が掛かってる」 

 この辺りの本は、読まれるのすら問題があるようだ。


「喰えないおばさんだな…」

 小声でつぶやいた時。

「誰が喰えないじゃと?」

「あっ。カーラさん。お帰りなさい」

 部屋の扉の前に、カーラ・ラティス卿が立っていた。

 説曹操うわさをすれば曹操到かげか。


「ああ、その辺りは。一般人には読ますわけにはいかない本でな」

「魔術士でも?」

「そうだ」

「でも、この本の題目は魔術と書いてありますよね」


「お主、神聖文字が読めるのか?」

 ここでは、ヘブライ文字を神聖文字と呼ぶらしい。

「いいえ、少しだけです。神よ、我は求め訴えるとか」


 カーラさんは、結構驚いた顔だ。

「そこに書いてみよ」

 紙とペンを渡される。


 אלוהים אני דורש את זה ומדבר…


「それは、ちょっと待て」

 カーラさんは、先程の本を棚から取り出すと、無造作に開いた。

「劫烈火の…」

「ええ」

 同じように別の呪文も書いていく。

「旋風牙もか」

 深い皺の奥の眼を見開いている。


「お主、何者じゃ。どうして、その呪文を知っておる」

「魔水晶を使った時に、見えたので憶えただけですよ」

「魔石が閃いたときに、憶えたというのか。あの一瞬で」


 ラムダも、覗き込んだ。

「ああ。シグマは、そういうの得意だよね」

「そうなのか?」

「ええ。まあ」


「ふむ」

 カーラさんは、息を吐いて考え込んだ。

「よかろう。ここの本を、上級魔術以外ならば読ませても良い。だがその前にやってもらうことがある」


────────────────────


「で、なんで俺は釣りをやっているんだ?」

 カーラさんが言った、やってもらうこととは、家の前のシェラ湖で、カブラスという魚を釣って来い!だった。

「文句言わないの。ボクも手伝うからさあ」


 成魚で50cmほど鱒のような形態で虹色の魚だそうだ。

 ニジマス、ニジマスとラムダは言っているが。

 そうなのか?

 それにしても…どうして魚種限定なんだろう。

 まあいいか、考えても始まらん。


 舟は無いので、岸で糸を垂らしている。日は大分傾いたものの、日没まではまだ間がある。気温は高いが、湖水を渡ってくる風が涼やかで、過ごしやすい。


「のどかだよねえ」

 俺がいぶかしむ脇で、ラムダが大あくびする。


「おっ、来た。重い」

 何もひねりのない竹竿に糸を括っただけの釣り具では、タイミングを合わせて引き上げるしかできない。が、そこそこ釣れる。

 タモで掬い上げた。


「ちっ。また外道か」

「ちょ、ちょ、ちょっと」

 針を外して、鯉っぽい魚をリリースしようとしたら、ラムダから待ったが掛かった。

「何?」

「いやいやいや。さっきからさあ、何で放そうとするの?」

 顔の前で手を往復させる姿は、心底不思議そうだ。


外道げどう…どう見てもカブラスじゃないだろう」

 改めて青黒い姿を見せる。

「そうなんだけど。だからって放さなくて良いじゃない。食べられるよ。それ。ちょっと臭みはあるけど…でも、この湖は泥臭くないし、きっとおいしいよ」

 たしかに。さかのぼった川と同じで、浅瀬の底は白い砂利だ。泥の堆積ほとんどは見られない。


「じゃあ、ラムダにやる」

 彼女が持ってきた魚籠びくを引き寄せる。

「何も、入ってないな」

 そう言いながら、釣った魚を入れた。

「ボクは、大物狙いなんだよ。人生もね…」


 最後の方は、良く聞き取れなかったが、どうせ大したことは言っていないに違いない。

 その後、俺だけが同じ魚、ブゴヒというらしいが、それを3匹ほど釣った。が、カブラスとやらは掛からない。

 ポイントを変えるか。


「俺は、あっちの方へ行ってみる」

「じゃあ、ボクも。あれ?」

「どうした」

「なんか、引っ掛かってるのかな…動かない」

 根掛かりか?


「魚だぁ、初めて掛かった。大きい?」

 竿を動かしたのに反応したのか、糸が右左に走るところを見ると、本当に掛かったらしい。

「無理に引っ張るな、糸が切れるぞ。ゆっくり、ゆっくり竿を立てるんだ」

「こ、こう?」

「そのまま、そのまま」

 すうと寄ってきたところを、タモですくい取った。


 鼻面が尖ったますというかさけのような形。尾を掴んで持ち上げる。外観は白っぽいが、日が当たると全体的に七色に反射した。

「これだよね?」

「おそらくな」

「ボク、偉い?」

「ああ。よくやった」

 やったぁぁぁあ。

 大音声が木霊こだましまくった。


 カーラの館に戻ると、程なく日暮れになった。

「これで、合ってますか?」

 ラムダが魚を見せる。

「そうじゃの。まさしくカブラスじゃ、これでシグマの魔術が使えるようになるかも知れぬの」


「ええ。本当ですかあ?」

「儂の見立てが正しければじゃが。まずは夕食の準備じゃの」

 そう言って、釣ってきたブゴヒの調理を始める。

 カブラスはいいのか?


 夕食が終わって片付くと、カーラさんはテーブルにまな板ごとカブラスを持ってきた。

「まずは、シグマよ」

「はい」

 初めて、カーラさんに名前で呼ばれた。


「お主、自分のマナを憶えておらぬじゃろ」

「マナ?」

 しまった。反射的にラムダを見てしまった。

「シグマ、マナだよマナ。憶えてないの」

 ちょっとびっくり。知ってるらしい。魔力マナのことではなさそうだが

 マナって何だと言う疑問を飲み込み、首を振っておく。


「えええ。本当に?本当に憶えてないの?本当の名前だよ」

 ああ、真名か。

 なんか馬鹿の子みたく言われるので、かちんときた。


「お前は言えるのか?真名」

「い、言えるわけないじゃん。ばっかじゃないの?真名は結婚する人にしか教えちゃダメなんだよ」

 ラムダは。真っ赤になって怒ってる。

 そうだったのか。すげー風習だな。それはともかく悪かった。済まん。

 手を挙げて宥めておく。

 

「真名は、むべき名前、いみなとも申してな。魔術士ともなると、真名を使って害される恐れもある。よって他人には知らせぬものじゃ」

「では、真名を忘れたら、いや、知らねば、どうなりますか?」

「真名を使わねば、魔術は発動しないと言っても良い」

 そうなのか?

「しかし、以前は使えておったのじゃろ。不思議だな」

 ラムダが、代わりにうんうんと頷いている。

 いやいや、俺の方が知りたいわ。まあゲームだからだろうけどね。


「お主。神よ。我は求め訴えたりと言ったな」

「はい」

「それが、お主の呪文ならば、我と言う部分は本来真名が入るべきところじゃ。それで、なぜ魔術が使えておったか儂も分からぬ」

 はあ…。


「おそらく、シグマは真名を忘れたのでは無く、生まれてから知らされていなかったのか、そもそも名付けられていなかったかじゃの」

「でも、そんなことってあるんでしょうか?シグマは士爵家の生まれですし」

「まあ、普通では考えにくいのう。農民でも真名はほとんど持っておるようだし…無難に考えれば知らされて居なかったということかのう」


 ふむ。

「真名を当人が知らぬような例は儂も聞いたことがないのじゃが、その場合はもしかしたら、真名ではなく”我”でも魔術が発動するのかも知れぬな。確認の仕様がないが」

 まあ。LSF(リスタ)では真名なんて、キャラ設定していないからなあ。


「そして、倒れた後は魔術が使えなくなったわけじゃが、これもなぜかはわからぬ」

 えっ。そうなの。

「よって、本来の形に戻す。まずは真名を思い出せ」

 いや、思い出せと言われてもなあ。


「そこで、このカブラスじゃ」

 カーラさんは、えらのところに手を翳すと、うろこを剥いだ。

「これを、食べるのじゃ」

 渡された鱗は、虹色に輝く。ハート型だった。


「こ、これを?」

「ああ、そうじゃ。噛まずに丸呑みした方が良いがの」

 俺は、きっと嫌そうな顔をしていたに違いない。

皆様のご感想をお寄せ下さい。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


訂正履歴

2015/7/26:魚の名前をカブラスに変更。

2015/8/10:誤って11話を貼り付けたのを元に戻した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ