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94話 紋章破り(前)

 ランペール王国におけるメシア聖教会第一人者、ヴァルザック教区長の逃亡を阻止してから3日後。


「おはようございます。御館様」

 王都館のメイド長のマーサさんに起こされた。


「おはよう…」 

 応えながら、何気なくベッドの横を探ったが誰もいない。

 先に起きたらしい。


「こちらをご覧下さい」

 ベッドに上半身だけ起き上がった俺に、マーサは紙を渡した。


「これは?」

「スーリアさんが、朝仕入れに市場に行って貰ってきたものです」


 原初的な新聞、しかも号外のようだ。

 昨日、王都総本山のパラス・カテドラル教会に、財務省の査察が入ったと書いてある。 前代未聞とか、大金星!とか書き文字が躍っている。

 その下に大司教様も財務省へ同行。首謀者?逮捕拘禁か?とあった…なかなか分かってるな。


 無論、昨日夕方にはアガサから知らせを受けていた。実際大司教は任意同行では無く逮捕だ。この紙面には書かれていない、王都城外の外縁にある、ヴァルザックのアジトも抑えたことも知っている。


「あまり、驚いてはいらっしゃらないようですね」

「ああ。昨日大方聞いていたからな」

 一瞬マーサの目付きが探るようになったが、再びやさしい面差しに戻る。


「そうでしたか。とんだお目汚しでした」

「いや、そんなことはない。あのな…」

「御館様」


 マーサに遮られた。

「…なんだ」

「メイドにはメイドのぶんという物がございます」

 おお。

 また古風なことを、言い出した。あれ?この世界では違うのか。


「ご主人様は我々に全てを話し戴く必要は有りません。しかし、良きメイドは、それを慮んばかって、お世話に活かします…」


「…はあ、そうですか」

 棒読みになった。


「お嬢様方が食堂で、アガサ様が奥の執務室でお待ちです」

「そうか」

「お召し物は…既にこちらに用意されています」

「うむ」

 ラムダだろう。

 俺は、執務室から回る。


「御館様」

 アガサが東方の流儀で会釈する。

「うむ。クリストフの体調はどうだ?」


「…おさはますます快調になっております。今では、アンジェラ姐も付いておりますし……」

 相変わらず無表情だ。


 無表情と言えば。アンジェラもだ。

 ラムダに謝罪するため、この屋敷に来たが、その時は19歳に見せるための容貌を偽る魔術を解いていたため、まずはそっちに驚いていた。とはいえ、さほど老けた感じはしなかったが。


『ああ、アンジー本当は27歳なんだ…そ、そうよね19歳に出せる妖艶さじゃなかったものね…』

 ラムダは、そう負け惜しみを口にしてた。

 王都に初めて一緒に来たときのことを根に持っていたらしい。

 いやあ、まあ。最近、ラムダも16歳には見えない艶やかさを魅せるが。


「あと、内務省から士爵叙爵の内示が届きました」

「そうか。良かったな」

「はい、長は御館様のお陰でと感激しておりました。それから頂きました王都外縁とドミトリー領の屋敷地に拠点を造るとのことです」


 後者は恩恵のようで、ほぼこちらの都合でもある。ラピス家の組織力は有用だ。より有効に働かせるためにも、できるだけ便宜を図ってやる気でいるからだ。


「うむ。わかった。では、今日来た本題を話せ」

「はっ。内務省・財務省合同チームから、御館様への要請です」


「内容は?」

「大司教の王都外縁にある拠点で、どうしても入れない区画があるようです」

「ほう…」

「ついては、そこへ通じる通路を確保して貰いたいとのことです」


 俺は、それを受けてきたアガサの顔を見返した。

 ふむ。すばらしい美人ではないにしろ、かなり整った顔なんだがな。この無表情が容貌の佳さを半減させている。

 自分でも気が付いてはいるのだろうが。


「俺は便利屋ではないのだがな」

「そう申されるだろうと、ダーレム首席秘書官様は仰っておりました。それで、既に侵入者対抗紋章魔法で、3人の魔術士が重軽傷を負っている。曲げて協力願いたいとのことでした」


 まあ、パリス・カテドラル教会内の捜索では、目欲しい物は出てこなかったようだからな。危機を察して、その拠点へ事前に移したのだろう。

 俺は、ある疑問を持ったが、受けることにした。


「承知した。朝食の後、向かうとしよう。詳細な場所は?」

「はっ……」



「おはよう」

 食堂へ行くと、ラムダとエレが、食べずに待っていた。

「遅いよぅ。ボクはおなかペコペコなんだからね」


 そういったラムダが、薄化粧している。可愛いから麗しいへの脱皮速度が増しているなあ。


「おはようございます、あなた。私も少しお腹が空きました」

「悪かったな、エレ」

「何で、ボクには謝らないのかな!?」

「ミーシャが居ないと、子供に返るなあ、ラムダは」

「もう。憎たらしい」

「憎たらしいついでに、今日は用ができた」


「ええぇ?久しぶりに、買い物につきあってくれるって言ったのに…仕事なの?」

「ああ」

「アガサだ!さっき、挨拶に来たけど。あいつめ、ボク達には何にも言わなかったのに!まあ仕事なら仕方ないけどさぁ」

 オカンムリの後は意気消沈だ。


「まあまあ。ラムダさん。ココちゃんをドメル商会に行かせましょう」

「そこって、今日行く予定だった?」

「はい。旦那様がご一緒されないなら、私達だけで出かける意味はありませんから」

「そうだねぇ…それで?」

「侯爵家出入りの外商部の人に来て貰って。たくさん注文して、私たちより仕事を優先させた旦那様を見返しましょう!」

「それ、乗った!ココちゃーん……」


 ラムダが部屋を出て、洗濯室へ呼びに行った。

 エレを見ると、少し得意そうな顔をしている。ラムダの元気が復活したでしょという面持ちだ。


「お手柔らかに頼むぞ」

「うふふ。大丈夫です。私がやろうとしても、ラムダが絶対許してくれません、無駄遣いなんて!」



 朝食を済ませた俺は、ヴァルザック一味の拠点へ向かった。

 教えて貰った住所の近くで飛行魔術を中断し、光学迷彩も解いて路地裏からやや広めの露地に出た。

 流石に王都城内と違って、舗装が粗雑だな。あちこち凹みができ、水溜まりが出来ている。


 地番を探っていると、7、8人の警備兵が辻に立っている建物があった。地番が合致する。

 そちらに歩いていくと、向こうもこちらを見つけ、あからさまに疑っている。


「内務省の役人に呼ばれたシグマと申す。責任者に取り次いでくれ」

 追い返す勢いで歩み出した兵を、別の兵が止め、そこで待つように言って、中に入っていった。

 普通の商家のようにしか見えない一軒家だ。


─ 天眼てんげん ─


 ほう…地下室がある。

 王都でも、そういう建物は、ままある。

 が、地下が地上の建物の数倍の容積規模となると、ほぼ有り得ない。

 しかも、中が見透せない。

 対抗魔法──中々高度な紋章魔法が施されているようだ。

 余程知られたくない物を、隠し持っているようだ。


 数分待つと、中に招き入れられた。

「ダーレムさん…こんにちは。それにしても首席秘書官、自ら出張ってきますか?」

「ああ、貰った情報だけでも追いつめられるがな。こちらがな」


 横に見知らぬ男が立っている。

「財務省歳入庁査察部部長のカンタスだ。貴公が噂のペリドット士爵だな?」

「はい。初めまして」


 ろくでもない噂だろう。

 ランペール王国のマル査か。


「連絡が行っていると思うが、この建物にどうしても入れない区画がある。シグマに、そこへ通じる手立て講じて貰いたい」

「いやいや。御両所にも腕利きの魔術士がいらっしゃるでしょうに」

 まあ賢者は、軍の管轄だから、動員できないだろうけど。


「謙遜の必要はない。我々は君のことを、少なくとも非戦闘の魔術では超一流だと評価している。ああ戦闘系は未知数で未評価なだけだ」


 はっきり物を言う人だな。カンタスさんか。

「はあ。それはどうも」

「もうすぐ子爵になる人を動員するのは、恐縮だがな」

 嘘付け!と思ったが、口にはしない。


「それに、うちも2人、財務省も2名負傷していてな」

「負傷者は3人と聞きましたが…」

「4人目は、ついさっきだ」


「もう一つ、根本的な質問をしても良いですか?」

「ああ」

「ヴァルザックを連れてきて、開けさせるわけにはいかないのですか?」


「彼は、捕まる前に自ら自分の左手を傷つけてな。彼自身でも開けられなくなったのだ。なぜかは金庫の前に立てば理解できる」


「そうですか……分かりました。微力を尽くしてみます」



 地下に下ると、有り勝ちな煉瓦壁の部屋だ。

 以前は倉庫だったのか、壁に木製の棚があるが、全体としてはガランとしている。右手前の隅に地上へと続くハッチが見えた。その上はうまやだ。ロープを降ろして滑車で、重いものを上げ降ろししていたのだろう。

 この部屋には、男が2人いたが、片方は内務省の顔見知りだ。隠し扉を指し示してくれた。

 そちらに向かうとすると、気を付けろと言ってくれた。

 壁にしか見えない壊された扉の向こうは、通路だ。幅2m程もある。部屋と同じように煉瓦の壁。そして、突き当たりまで斜面だ。


 床面には、車輪の汚れが轍のように残っている。さっきの部屋には無かったが。

 この通路を使って下の金庫と行き来したのだろう。


 つきあたると、右に折れ、さらに右に折れ…それを6度繰り返し、6mも下った先にやや広い部屋があった。

 そこに1人の魔術士が居た。

「あなたは」

「やあ、久しぶりだな」


 ペレス鉱山の瘴気を吹き出す紋章を、内務省の一角で見せた時に居合わせた魔術士だ。

 椅子に座っていた。どうやら俺を待っていたようだ。

 こんにちはと言って会釈を返す。


 右腕を、肩から吊っている。

 ここを開けようとして負傷したらしい。


「その矢傷を治しましょうか」

「あ、ああ。気持ちだけ貰っておく。君ほどの効き目ははないだろうが、自分で回復魔術は施した」

「そうですか。お大事に」


「ああ、今回の件もな。初めから君に任せたら良かったのだろうが。ウチにも面子ってのがあってな。宮仕えの辛いところだ。ああ、金庫の扉はそこにある」


 大きく厳重そうな扉だが、紋章魔法の錠前のようだ。


「そうですか。俺は仕えたことがなくて、よくわかりませんが…」

「知らんで良いことかもな…だが、知っていて欲しいことがある」

「何でしょうか?」


「あの扉の紋章だが、簡単そうに見えて飛んだ食わせ物だということだ。私はそれでな…まあ君にそれ以上は必要ないだろう。先入観を与えるのも不味いしな。ああ、安心してくれ。私はこれで退散する」


 俺のやることを見物するつもりかとも思った…が。

 万一のために、通路の角を曲がったところに兵を配置してくれると言い残して、彼は去っていった。

 査察官魔術士のため、名前も聞かなかったし、感知魔術も行使しなかったが。


 部屋の中央まで歩いていく。


 ほう。

 人が立って歩いて通れる扉だ。左に巨大な蝶番ちょうつがいが填まっており、右から手前に開くのだろう、床に四半円のレールが敷かれている。


 そして。

 この世界らしく扉の中央に、大きな紋章が描かれている。6弁の蓮華にも見える。


 紋章に、何らかの刺激を正しい手順で与えることで、開く仕組みだろう。

 あと金庫の壁全体にも、幾重にも紋章が彫り込まれている。あれだ、魔獣島の巨大亀エンシェントタートルの甲羅と同じだ。多重に魔紋を描き、互いに干渉させることで魔法・魔術を弾く。

 巨大亀は力尽くで良かったが、この壁はそうはいかない。中の物を吹っ飛ばすわけには行かないからだ。


 まずは正攻法で……。

 床に線があったので、扉に正対しつつ、そこに立つと、何もない空間に左手の輪郭を象った光の線画が表示された。

 ここに手を合わせろ、つまり掌紋もしくは指紋照合か。興味深い趣向だ。


 なるほど。これなら魔術や魔法に精通していないヴァルザックでも開けられれる。

 これがここへ来れば分かる、ヴァルザックに開けさせることができない理由か。

 

 彼の左手が傷付いた今となっては、正規の方法では誰も開けられないということらしい。


 線の位置から一歩前に出ようとすると、斥力場が働くらしく、押し戻された。

 なかなか魔力コストが掛かる仕掛けだな。

 内部に魔石が多く仕込まれているに違いない。

 斥力場を多用させて、魔力大量消費の兵糧責めに…という案も浮かんだが。終わりが見えないので最後の手段とした。


 紋章の分析を始める。

 魔術の効能部分と魔力供給部分に、頭の中で瞬時に魔紋を分割した。


「ん?」

 どこかで…。これは、ペルル銅山、我がペリドット鉱山…同一人物が仕掛けられた紋章だ。

 俺はそう確信した。


 まずは、魔力供給部分の魔紋が酷似している。

 次に、メシア教会が紋章魔法に秀出ているとは言え、裏の専門者が多くはないだろう。特にここまで見事な物を描けるのは。


 俄然やる気が湧いてきた。


─ 多重 八竜 ─


 防御魔術を幾重にも張り巡らし…


─ 篆刻てんこく ─


 刻印魔法を発動、花弁に延びる魔力回路を切断!


 バシュッ!

 俺目掛けて、虚空から石弓のごとく短矢が放たれた。


 むっ! 

 矢は最外層で阻んたが、問題はそこではない。

 先程斬ったはずの回路が、つながっている。


 自己修復…か。

 花弁へ向かう回路1系統を切っても、残りの5弁が修復する。


 ふむ。並の魔術士ならばお手上げだ!

 ならば!


─ 篆刻 6連 ─


 俺は全ての花弁に続く回路へ、切断の魔刃を放った!


皆様のご感想をお寄せ下さい。

ご評価も頂けると、とても嬉しいです。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


訂正履歴

2016/03/20 聖メシア教会→メシア聖教会

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