93話 月夜の対決
その晩。
先程まで明るかった月が雲に隠れ、俄に闇が広がる。
何も無い道端に僅かに車輪を軋らせながら、4頭立ての馬車は止まった。よく訓練されているのか、嘶くこともない。
草が背程まで生い茂る中で、朱い明かりが右に1度、左に1度回った。
魔道具特有の瞬きのない光。
すると、馬車の扉が開き、明かりが同じように回った。
立っていた草が倒れ、そこから数名の人影が道端に出てきた。
獣道が草で隠されていたのだ。
暗い衣を着た男が、馬車のステップに足を掛けたときだった。
「大司教様。こんな夜更けにどちらにお出かけでしょう?」
10m程離れた道の真ん中に、突如人が現れた。
大司教と呼ばれた人影が振り返ると、尊大に顎をしゃくる。
その後ろの別の一人が、現れた男へ腕を向けると、無詠唱で火球を放った
「むっ!」
思わず唸ったのは、火球が途中で遮られたからだ。
2射3射と続けざまに放たれたが、まるで見えない壁があるように火球がはじけた。
「ちっ」
「ほう。神の代理人とやらは、ずいぶん物騒ですな」
俺は白髪が混ざった口髭の下の口角を、不敵に吊り上げる。
「何者だ爺」
魔術の障壁で防いだのは、言うまでも無く俺だ。
いつものように仮面でも良かったが、芸が無いからな。
聖都で使った老紳士の姿だ。この世界では珍妙に見える衣装、3ピースの背広を身に付けている。
「フォルス君。興奮したからといって、語気を荒げるとは戴けないな」
下級魔術ながら直径10mを焼き尽くす焔弾を、いとも容易く弾かれて激高したが、今にしてフォルスは戦慄していた。魔術は攻めに易く護るに難い。
うぁぁああ。
魔術が盛大に使われた光景を見た御者が、馬車を飛び降り一目散に逃げていく。
「賢者…」
「なんだと」
その背後の大司教と呼ばれた男が問い返す。
王国の賢者以上の魔術士は、12人。
いずれも、大魔術士の生死不明の1人を除き、全てを熟知している。
このような者は居ないはず…が、その実力は中級魔術士では有り得ない。
「何者だ!……まあいい、何者であろうと斃す」
フォルスは肘を曲げ、前腕を顔の前に立てると、腕輪が露出した。それを左右から合わせると、赤と緑に輝いた。
─ 飛繰 ─
フォルスは、輝く腕輪に引っ張られるように、空へと翔び立った。
ほう。
魔道具を絡めた飛行魔術か。やるなあ!フォルス。
感心ばかりしてられない。頭上から、炎弾が雨あられと降って来る。防御魔術の八龍で防げるが、鬱陶しいこと、この上ない。
─ 玄天翔 ─
聖者!
フォルスの声は聞こえなかったが、唇はそう動いた。
上空で対峙した魔術士は、右腕が赤で、左腕が緑。
航空機好きな俺としては、逆にして欲しいが。
何だ?
左右前後に揺らされる。
風魔術か…。
が、分かってしまえば、対抗可能だ。
玄天魔術の空間因果律を上げて、安定させる。少し速度が犠牲になるが。
惜しいな。
魔道具は使っているが、フォルスは余裕で中級魔術士の実力は備えている。
が、俺の敵では無い。
それは、ヤツこそ一番自覚してるだろうに。
詠唱に入った。
火属性と風属性の混合魔術か。
俺の前面が炎に覆われる。
なかなかの火力だが、八龍で防ぎきれる。
飛翔しながら、広大な火塊を突き抜けた。
後手に回り続けてきたが、そろそろ飽きてきた。
玄天翔に魔力を込め機動を上げる。
─ 気弾圧縮×3 ─
─ 天焼猛火×3 ─
威力を減殺しつつ、爆炎魔術を3つ放つ。
フォルスへ直撃をしないように周辺で、小型爆炎魔術を行使!
ドゥウオン…ドガァン…ドゴォォオン
その度に木っ端のように吹き飛ばされている。
─ 紫電 両極 ─
フォルスの両脇に、正負の高電圧点電荷を発生!
バチィ。
コロナ放電した!
その中間にいた彼は、絶縁破壊した電流が通り抜ける。
フォルスは落雷を受けたように背を反らせた!
一瞬で意識を刈り取る。
腕輪の魔石もはじけ飛んだのか光が見えない。
見る間に煙を引きつつ、墜落を始めた。
どうする!
このまま行けば、墜落死だが。
自業自得…それはそうだが。
逃げる気配は毛程も無く、異常な情熱を持って俺を斃そうとする。
つい最近も同じようなことが…
癪だがヤツに頼んでみるか。
─ 涅槃蔵 ─
俺は無属性魔術を行使、一瞬で眠りに落ちた。
───聖者よ!
応えた!
竜よ!頼みがある
───なんだ!
墜ちているヤツの……
──────承知!
フォルスの躯が一瞬、何処からか飛来した金色の光に包まれた。
俺は目覚めた。
─ 逆玄天黒界 ─
俺は反重力を、墜ちゆくフォルスに行使。
減速!!!。
ドーーン。
フォルスは2階から落ちた程度の速度で、地に落ちた。
俺も、音も無く道に降り立った。
「フォルス!!……我々をどうするつもりだぁ?」
馬車から降りたヴァルザックが尋ねた。
月が雲間に出てたのだろう。顔が見える仄かな明るさとなった。
その時、背後の空間が歪んだ。
俺の首に、短刀が突きつけられた。
それを見た、大司教が失笑した。
「くくくっ。切り札とは最後まで取っておく物なのだよ!何が聖者だ、馬鹿め!」
「切り札?」
「そうだ。アンジェラ!聖者の喉笛を掻き切ってやれ!」
そう。聖者の死生を握るは、シグマ達と旅をした女シーフ、アンジェラだった。
今は、この者達の一味になっているのか?
そして、いかなる訳か──
アンジェラは、突きつけたダガーを1mmたりとも動かそうとしない。
「どうした!なぜ殺さぬ?」
それでも変わらぬ女に劫を煮やす。
「裏切るつもりか!」
問われた女は黙秘だ!
「あやつがどうなっても良いのか?助けたくば、聖者を斬れ!アンジェラ!一思いに斬るのだ!」
「その、あやつとは、私のことですかな」
背後の闇が濃くなり、新たな男が露わとなった。
大司教ヴァルザックがその声に振り返ると、幽霊でも見るような驚愕を見せた。
「なっ、ラ、ラピス!」
「ほほう、名高き大司教様に知られているとは、望外の喜びですな」
「どっ、どうしてここに来られるんだ!?貴様は死病に取り付かれたはず」
「死病?何のことですかな」
クリストフ、ラピス。一族の長だ。
彼は、ナンバ──手足同じ動かし方──で、信じられない程の速度で歩き、驚く大司教に迫った。
「何なら、舞ってみましょうか?」
「馬鹿な!」
そう。彼は、原因不明の衰弱状態に陥っていたのでは無かったか?
明日をも知れぬ状態では無かったのか?
しかし、今や働き盛りの男振りだ。
「アンジェラ。永きに亘り内偵ご苦労だった」
「はっ!」
アンジェラは、ダガーを降ろすと、数歩下がって跪いた。
「なっ、内偵?…だと。ありえん!…ありえん…アンジェラ、お前は我らを騙していたのか…?」
「ふふふ……」
彼女は能面のような顔で笑った。
「さて!」
一際響く声を出した。
「大司教とやら、狢は狢らしく巣穴に帰って貰おうか!」
「なぜ殺さぬ!」
「殺す?おのが罪を購う前に死を与えられるなど、狢には不釣り合いだ!」
「ちっ」
大司教ヴァルザックは、吐き捨てると、先程来た獣道を戻っていった。
「シグマ様、彼は如何致しましょう。生きてはいるようですが…」
「殺しても飽き足らないだろうが、夜の内に王立魔術学院の周りの目に付くところに、放置してくれ」
「はっ。シグマ様がよろしいのであれば」
「頼むぞ」
「承知!」
クリストフは、姿を煙のように消した。
入れ替わりに俺の傍らに、アンジェラがやって来た。
膝を屈した。
「あの人…クリストフを癒やして戴き、ありがとうございます」
そう。確かにクリストフ・ラピスは病んでいた。
俺が、エルフの隠れ里に行ったのは。
そして、カナートスの泉で水を汲んだのは。
それらの真の理由は、彼の病を治すためだった。
「それを理由に、ヴァルザック一味に脅されたとはいえ、シグマ様に刃を向けたこと、如何様な罰でも受けるつもりです」
無論。内偵と言うのも嘘だ。
脅迫を受け、クリストフを癒やす特効薬と引き替えに、悪事を引き受けさせられたのだ。
「ほう。殊勝だな。では、ラムダに謝ってくれ」
「はっ?」
「あいつは、俺と違って怒っていたからな…なぜ、自分に相談しなかったのかとな」
「ふふふふ、あははは…そのようなことでよろしければ、喜んで」
「ああ」
「ラピス家門弟として、シグマ様、そしてペリドット家に忠誠を誓います」
「心強いな」
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