87話 隠れ里へ(1) 変貌
─ フォルス視点 ─
やっと来たか。
ここは薄暗い部屋。
細い窓から陽が差し込み、細かな塵が照らされて見える。
王都にあるアジトの一つだ。
忌々しい。
あの時、聖者を斃せていれば、ランペールなど、文化程度の低い国に戻ってくることもなかったと思うと、下手を打った自分に自分で腹が立つ。
扉が開き、締まった。
そこには、白い肌の短く黒い髪の女が立っている。
身体の線が出ない黒い装束を纏っている。まるで顔だけ浮かんでいるようだ。
紅く滑光る唇から、顎に掛けては20歳代後半の色気が垣間見える。
「遅いぞ」
「この部屋は埃っぽいわね。あなたの実験室のように掃除したら?」
「ああ、聖者を始末したらな」
「始末…ね」
女は口だけで笑った。
「何が可笑しい?!」
「相手は、竜を斃したヤツよ」
「ふん。竜になりかけの竜変だ。それに斃したのではない…」
「いずれにしても、聖者をあなたがヤレるのかしら?」
「ああ!やり方次第だ」
ふっ。そう聞こえた。
「この間も、結構なやり方をしたのでは無くて。挙げ句に私が助けなければ、ここにも居られたかどうか」
「何が言いたい!」
「そうね。言いたいことは…内務省の狗が、動いているわ」
「ふん。同じ狗がよく言う」
「あなたと、あなたの黒幕も無事で居られるかしら」
「内務省の奴らは、こと教団に対しては無能だ、これまでも手が出せなかっただろう」
「これからが、これまでの延長ならばね」
「ふん。他人の心配より、自分の心配をしたらどうだ。お前の想い人の症状とかもな」
何の反応も無い。
塵がゆっくりと漂う。
「それで、今日の用件は?」
「5日後の夜半、教区長一行を護衛する」
「いよいよ、都落ち…か」
「やかましい。お前は従えば良いんだ、でなければ想い人の命は…もう居ないのか」
忌々しい。
─ 通常視点 ─
王都の館に一泊して、今日は最終目的地に旅立つ。
今はエレの準備待ちだ。玄関ホールのベンチに座っている。
昨晩はメイド長マーサに促されて、多くの書類にサインさせられた。
後は、商売関係の来訪者が多くてと、やんわり抗議された。
まあ、そっちは本来メイドの仕事では無くて、執事とか家宰の仕事だからなあ。ダメ元で家宰をやってみないかと訊いたら、きっぱり断られた。本当にメイド業に誇りを持ってるなあ。
とは言え、家宰役はなかなか人材を選ぶ。よって探すとしても時間が掛かるのだ。
分社して、会社を王都に構えれば、商売目的の客はそちらに行くだろう。それで猶予して貰うしかないなとか考えてた。
「御館様。私に、御当家の家宰に足る人物に、少々心当たりがございます」
「おお、そうか」
「ただし、本人の意思をまず確認したく」
ふむ。結構近しい関係のようだな。
「ああ、それが良い」
夕べ、そのような遣り取りがあった。
「お待たせしました」
エレは、ばっちり化粧をしてきた。素顔も綺麗だが、化粧映えの良い顔だ。
「今日も綺麗だな」
「ふふ。ありがとうございます」
3人のメイド達も、揃っている。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
慌ただしい滞在だったが、エレが渡した聖都土産が功を奏して、全員機嫌が良い。
玄関前のロータリーに待たせた馬車に乗り込む。
エレは、窓からメイド達に手を振っている。
「あなた」
「ん?」
「今日は、珍しく転位ゲートを使うんですね?」
「ああ、待ち合わせしてるからな」
「はい?どなたとですか?」
「着いてみての、お楽しみだ」
「はあ…」
転位ゲートの飛び先は、ルイード侯爵領のサマルードだ。
ゲートの厳重な石造りの建屋を出ると、エレが伸びをした。
「うーーん。この匂いですわ」
俺には分からんが、地元民には分かるのだろう…。
「ほう。ふるさとは格別か」
「まあ、それほどでも無いですが」
微笑む顔は、本当に綺麗だったが。
「セリーヌ…」
あっと言う間に表情が曇った。
「少し・早く来・たのに、もう・居た」
「待ち合わせというのは、セリーヌですの?あなた」
「ああ」
「これから向かうところが、セリーヌに関係があると」
「そうゆ・うこと」
「それにしても、よくあの地下から出てきたわね」
そう言いながら、セリーヌに寄っていく。
「ボーナスもら・えるの」
「ボーナス…って何を?」
「内緒」
俺を睨むな、エレ。
「あら、今日は臭わないわね」
セリーヌの頭に、顔を近づけた。
「城に泊まったら、夕べ、おば・ちゃんに髪・を洗われた」
「まあ、義母様に!」
「うん」
「無駄に面倒見が宜しいのよね、あの方は!それで私のことは?」
「エレと・シグマと、待ち合・わせしてる・って言った」
言ったのか…。
エレと俺が、ここまで来てることが知られたからには。
「城へ行くぞ!」
「申し訳ありません。あなた」
「ええぇ。さっき・も居たのに」
「セリーヌの所為よ!!」
城に転位し、家宰のターガスさんに取り次いでもらい、奥様とお会いした。幸か不幸か、侯爵と元気を取り戻した弟ヨーゼフは巡察に出ているそうで会えなかった。
その分、城を1時間程で辞することができたが。
そして、城内から転位した場所は・・・。
「プロパソス樹海」
サマルードから北西に30kmほど。
平地から同名の山塊に至る広大な森林。
鬱蒼とした原生林は、人間の進入を防ぎ、今でも手付かずの地だ。
「ここからは、セリーヌの指示で行く」
「えっ?セリーヌのですか?」
思い切り、エレが疑っている。
「ああ」
セリーヌは、なんだか得意そうだ。だから無い胸を反り返らせるなって。
「じゃあ、3km程・東へ・歩く」
意気揚々とセリーヌが歩き出す。
「セリーヌ、止まれ」
「はっ?」
少し怒った顔だ。
「急ぐから、飛ぶぞ」
「いい。私も・コテージに泊まり・たい。ミーシャが自慢・してた」
あいつは、休憩しかしてないだろう。
「館に戻ったら、泊まらせてやる」
「今日泊・まりたい」
ガキか!
うーん。セリーヌのことだ。わざと迷って、宿泊せざるを得なくしかねない。
「セリーヌ」
「ん」
「ボーナス」
あっと言う顔をした。
「エレ、早く早く・手を繋いで」
思いっきり掌を返す。
エレは俺とセリーヌが繋ぐのを嫌そうに見ながら、自らも掴んだ。
ゆっくりと舞い上がる。
「こ。怖い・シグマに抱 き・つきたい」
「駄目。私も我慢しているのよ」
二人なのに姦しい。
「セリーヌ、どっちだ」
「ええーと、2時の・方向に飛んで」
ゆっくり15分程飛んで、魔素が濃い場所を見付けた。
「あそこか?」
顎で指し示す。
「うーーーん。多分・そう」
「多分って」
「私は森の・地面を・抜けたことし・かない」
ゆっくりと上から枝振りの薄い部分から、大地に降りる。
「これか?」
「そうそう」
そこだけ、樹が生えていない壇があった。そこに一抱えもある、岩が三段に積み上げられている。一番高い部分は、俺の顔程も有る。だか四方から木の枝が伸びて、覆い被さり、空は木漏れ日しか見えない。
「これは、山火事でも無いと見つからないな」
「あなた。これは何ですの?」
俺が顎をしゃくると、セリーヌが口を開いた。
「これは、館に・ある転位オーブと同じ」
俺が触ってみたが、反応しない。
「無理」
「そうか」
「どうするんです?」
「エレ・も触って」
最後にセリーヌが触ると、周囲が虹のように輝いた。
また森の中だが、別の場所だ。同じように石積みがあった。
「おっ・と」
「なんで?なんで、セリーヌなの?」
「内緒」
触っていた石が明滅している。
「あなたぁ!」
「まとめて話すよ」
「うーん。わかりました」
セリーヌには気を許しているせいか、エレは抑えが効かないな。あと、俺に害意を向けるものにも容赦ない。注意が必要だ。
「後は頼むぞ。セリーヌ」
「ん、ボーナスボーナス」
セリーヌは、率先して歩き出した。エレを促して付いていく。
転位すること3度。
「ここが・最後」
転位石を触って、飛んだ先は四方を壁に囲まれた場所だった。
木造の厳重な大門は有るが、容易には破れないだろう。
枡形虎口か。物理的な出口は無いが…。
この壁は、土を突き固めた版築か。
空は見えるが、虹色の力場が覆っている。あれで偽装しているのだろう。
当たり前だが、壁の上には見張りが居た。
「なっ、何者だ」
誰何された。
光学迷彩魔術を使っても良かったが、転位石が明滅してバレるしな。
「人間だ!」
その一言でわらわらと、兵が姿を見せ、弓を構え矢を番える。
兵は、軽装の革鎧に、茶髪…そして特徴的な長い耳だった。
「まさか…エルフ?」
エレは、そう呟いた。
「長老のツォハルを呼びなさい!」
セリーヌだ。
声がつっかえないわ…エレは不思議そうな顔で見ている。
しかも、いつもは聞いた事の無い低い声だった。
「何だと、長老の名を知るとは。何者だ」
「我が名は、セリーヌ」
10分後。
重く耳障りな音と共に、大門が開き始める。
開いた門の向こうには、白髪の老エルフが兵を従えて待っていた。
「姫様、お戻りなさいませ」
「うむ。爺もご苦労!」
セリーヌが堂々とした挨拶を返す。
そして。
セリーヌの周りに光の壁が現れた。
数秒で、壁が消えると、長い茶髪の印象的な女性が立っていた。
レースがふんだんに使われた、若葉色の民族衣装姿に着替えている。
「せっ、セリーヌ??」
エレが眼を見開き、弱々しく声を掛けた。
顔のそばかすは消え、蝋のような滑らかな肌が見える。耳も伸びてエルフ美少女へ変貌していた。
相変わらず胸は無いが。
「エレクトラ。長き間欺いて、悪かった。赦せ!」
あっと。立場が逆転してるね。
「セリーヌは、エルフの姫なの?」
「セレネストス・カリュプソ6世殿下である」
老エルフが答えた。
「客人を連れてきた。歓待せよ!」
「「「「はっ!」」」」
威厳を持ったセリーヌの命に、皆が応えた。
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