幕間 巫女の妄想
─ 上級巫女 ノトゥス視点 ─
運命の日から、5日が過ぎた。
そして今日。
再び、聖者様とお目にかかり、私は幸いであった。。
もうお会いすることは無いだろうが。
ああ。
あの日──今後も何度も思い出すだろう。
上級巫女となって2年が経った。
今日は25回目。
上級巫女の役割として、最も重要な…月1度儀式の日。
夕方になれば、東の空に満月が昇って来るだろう。
先月と同じように、船に乗り、対岸に渡った。岸壁を通り抜け、通路に入る。
さあ、憂鬱な時間の始まりだ。
進むこと15分。
やっと着いた。川神殿だ。
重い扉を押し開ける。
明かりが付いていた。
「ん?明るいわ?」
そう言いながら、中に入ると、巡礼服の人達が居た。
仮面…。
これは。
「……ついに」
お越しになった。
そう思ったが、声にはならなかった。私は25回。たった25回目の礼拝だが、歴代の巫女が、70年余。800回続けてきた礼拝だ。
待ちに待っていたのだ。
───そう。聖者様のお姿を見たのは。それが初めてだった。
「巫女よ。我々が今日ここに来ることを知っていたのか?」
もちろんです…。
ああ、私のことを巫女と呼んで下さったのだったわ。
「外典9に書かれていますので」
努めて冷静を装う。
「それで?毎月満月の日にやって来ているのか?」
「その通りです、聖者様」
「先程から聖者、聖者と言っているが。我々のことか?」
すらりとした体格。やや低い声。
「大結界を越え、竜と対峙して、この川神殿に至った者。それを聖者と」
「メシアと同じか」
「その通りです」
なんだろう。
この中央の聖者様が、何か仰るたびに、どきどきと鼓動が踊る。
どうしてしまったのだろう、私。
───そして、礼拝堂にお連れし、猊下をお呼びしたのだった。
「何ぃぃ。それは誠か?上級巫女!」
「嘘など申し上げるわけがありません」
人払いした教皇執務室で、猊下は色を為した。
「こ、こうしてはおられぬ」
猊下は慌てに慌て、秘密通路を走った。
彼が枢機卿だった頃から存じ上げているが、走っている姿を見るのは初めてだ。
部屋にたどり着いた。
「お待たせ致しました。ロテールと申します」
いやいやいや。教皇と名乗って下さい。
まあ、猊下のことは、この際どうでも良い。
───あの指輪。
「ならば、聖者の右手を検めよとの言葉に従われてはいかがにございますか」
言う前から、私は気付いていた。
紅い指輪を。
聖者様は、指輪を引き抜くとテーブルの上に置かれた。
私は恐る恐る、それを摘んだ。
ああ、うっすらと聖者様の体温が残っている。
指輪の内側を確かめる。
עם אהבה לינאי
ヤナイへ、愛を込めて。
間違いない。メシア様の指輪だ。
分かっては居たが、この方が聖者様と証明された。この指輪は、大結界の中に捨ててきたのだから。
ああ、これを填めたい…。
───そして、聖者様は…
「5日後の最高聖職者会議では、いかがにございましょう」
「それは良い考えだ。上級巫女よ。聖者様5日後に、全て枢機卿の他、主立った者が集まる会合がございます。そちらで、示唆を賜りたく」
ああ。聖者様が考えていらっしゃる。
「我に語らせれば、後悔するやも知れぬぞ」
あの言葉は、どういうことだろう。
ただ、あの時のすごむような笑顔は、今も眼の奥に残っている。
ああ。
儚くも消えられてしまった。
でも、またお会いできる。
5日後だ。
たった。
───忘れてならぬことが。
そうだ。
そのとき両脇に座られていた、他の聖者様もいらしたんだった。
お二人は、どう見ても女性だ。
なんというか、出るところは出ているのに、胴は括れていた。
生まれてこの方、自分の体型に何かを思ったことは無い。
しかし、羨ましい。
あの姿なら、殿方は放って置かないだろう。聖者様も。
どういう関係なのかしら。妻、恋人、愛人。
気になる。
ああ、なんと浅ましい。
幼き頃から、神童と呼ばれ。出家後も誰も寄せ付けなかったというのに。
神よ!お赦し下さい。
───そして、先程…
聖者様はお約束通りお出でになった。
お一人で。
お姿を思い浮かべていたら、ちょうど同じ場所に姿を顕されるものだから。
分かったていたはずなのに、びっくりした。
悲鳴を上げてしまったかも知れない。
醜態をお見せしてしまったわ。
粗忽な女と思われなかっただろうか?
───これで最後なのかしら。
聖者様を、議場にお送りすれば、私の役割は全て終わる。
な、何かな話しかけなければ。
「歩きながらで恐縮ですが、1つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
先日のお二人とはどういうご関係で?などと聞けるわけも無い。
そ、それ以外で質問を!
そして、口を突いたのは…。
「先日、先程の部屋から去られたときには、転移結晶をお使いになったのでしょうか?」
ああぁ。何という意味の無い質問をしてしまったのだろう。。
生まれて以来最大の失策だわぁ。
「……」
ほら。聖者様をあきれさせてしまったじゃない。
それからも、ほぼ無意識に言葉を紡いだはずだ。よく覚えていない。
1つ覚えているのは。
「大賢者でもなければ、聖者でもない。我は、我の他に何者にも非ず」
はっ?
どこかで聞いたような言葉が…まさか?!
「ぷっ、くくくっふふふ…すみません。我の他に何者にも非ず──メシア様のお言葉ですよね!?」
あっ、あれ?
もしかして、真面目に仰られたのでしょうか?
そして気が付いたときには、聖者様が議場に入られ、扉を衛士が閉塞した後だった。
「……巫女様…巫女様!?」
「えっ。何ですか?」
「い、いえ。どうされたのかなと思いまして…」
「戻ります!」
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反芻はここまで。
もう、聖者様とお目に掛かることも無いでしょう。
何を縁に巫女を続ければ良いのか?
バタバタバタ…。
もう!
先程から、騒々しい。私があのお方のこと考えるのも妨害するのでしょうか。
椅子から立ち上がり、廊下に出る。
「如何したのです」
廊下を走る修道女に声を掛ける。
「竜が…竜が。もう終わりです!」
竜?
「竜が如何したのです?」
「空に、空に現たのです…」
竜が空にですって?
窓を開けて空を見上げる。
「ああ!」
「あの大きい鳥のようなものが竜なのですか?」
「そうです」
確かに、もう終わりかも知れません。
竜は自分を見た者を、皆殺しにするそう言われている。
神に仕えるべき巫女が、聖者様をお慕いする余り、現を抜かした。
これがその罰なのでしょうか。
そのときでした。
身体の周りに、紅い輪をいくつも浮かべながら。
飛び立つ人影。
聖者様!
あれは聖者様だ。
私は怖くなくなった。
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