表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/122

1話 危機の始まり

週末に1話ずつ投稿して行く予定です。

 未だ容赦のない陽光は、蝉の声を意識の外に追いやる。

 朝から登ってきた沢は、いくつかの急流を過ぎて、緩やかな蛇行を見せていた。

 それゆえに身を隠す影はない。


 つい先ほど登り切った滝の上から下流を臨みながら、休息を取る。暑さもあるだろうが、連れの疲れ具合に、歩みが速かったかと省みた。

 せせらぎに素足を浸して暑気が緩んだのか、彼女の息遣いが整って来ている。

 

「それにしても暑いよね。もう秋なのに」

 連れ──長い黒髪を背後で束ねた、少女が呟く。

 首筋に浮いた玉のような汗が不快なのか、手ぬぐいで押さえるように拭いている。

「そうだな」

 連れは、一旦こちらを窺って、前に向き直った。

 

 綻ぶ蕾のごとき乙女。

 連れの名前は、ラムダ。

 やや朱が差した顔を改めて眺めてしまう。

 大きな眼とやや太い眉は芯の強さを表に出し、緩やかなカーブを描く頬と小振りな唇が素直な優しさを漂わせている。


 その麗しき娘が先ほどから、こちらをちらっと見ては上気した頬を押さえる。

 落ち着きなく視線が泳ぐ理由が思い浮かばない。


 革生地に白銀の鱗片を多数縫い付けたスケイルアーマーは、上体に馴染み、細身ながら絶妙な曲面を湛えている。

 少女と呼ぶには艶やか。

 淑女と呼ぶには伸びやか。

 花冠を開く風情ながら、未だ初々しさを纏う。


 自らが編んだ化身アバターだとしても、見続けるのはどうかと言う気にもなる。

 所在なく下を見ると、川底にきらっと光るものがあった。

 随分蒼く見える水に手を浸けて、それを拾い上げる。


 石英?水晶か?地は透明だが、細かな傷が入ってやや白く見える。元々は角張っていたのだろうが。流されて来たのだろう、今は丸まっている。

 魔水晶に似ているな。

 ただ全く魔力を感じないので、違うようだが。


「その石が、どうかしたの?」

 俺は首を振ると、元有った辺りに石を戻した。


「早く涼しくなって欲しいよね」

「ああ、秋は旨い物が多いからな」

「相変わらず、シグマは食いしん坊だね」

 シグマとは俺のことだ。


 へっぷし。

 むずむずする。

 意味も無いが、反射で鼻の辺りをこする。

 ラムダに笑われた。


 会話で暑さが紛れたのか、彼女に元気が戻っている。

「さて、まだ先は長い。そろそろ行くぞ」

「りょうかーい」

 また歩き出そうとした矢先。


「あそこ」

 ラムダが、前方を指した。100m程先に獣が居る。

「ウォーグか」

 狼の魔獣だ。牙が大きく凶暴だが、知能もそれなりに高い。2頭か。


 ウォォーーン。

 彼らの縄張りに入ったのだろう。

 遠吠えに応じて、林から仲間が、わらわらと10頭ばかり姿を表した。


「どうやら、只では通してくれないようだな」

「そうだね。仕方ないね」

 そう、この頭数程度のウォーグは敵ではない。しかし、立ちはだるのであれば、逐わねばならない。


 ラムダは、背負っていた鉾槍ハルバートを両手で携え走り出した。

 彼女は戦士。俺は魔術士だ。

 水を蹴立てた派手な猪突。対岸の一頭に絞ったのか。扱くように獲物を繰り出す。

 むん!


 見た目の嫋やかに反して達者なものだ。

 槍一閃の度に、ウォーグが光を上げて屠られていく。

 そう、血飛沫では無く光だ。


 俺も、杖を取り出し、駆けた。

 魔術を…あれを試すか。

 流れに足を落とさず、岩をジグザグに跳び、ウォーグの構えに迫る。


─ 劫烈火 ─


 眼の奥が微かに瞬くと、視野が瞑み、凍るように刻の歩みが転調した。

 杖からわずか離れた空間に微かに生まれた炎は、脈動しながら膨れあがり、渦巻く緋色の火焔となりて迸る。

 視覚が復帰した途端、焔が恐るべき速度で伸びてゆく。

 ラムダに背後から飛びかかろうとしていた個体を、炎の杭が貫き通す。声もなく一気に光粒となって散る。

 あとに残る小さな魔石も鋭い軌跡を描いて、虚空へ消えた。


「油断するな」

「へへ。シグマが何とかしてくれると思ってたけど…熱いよ」

「すまんな。髪は燃えてないから安心しろ」


 軽口を叩いている間に、標的を俺に変えたようだ。

 そうそう。射程リーチの長いやつを早く潰すのがセオリーだ。

 挟み撃ち。左右から飛びかかって来る。

 が、左は陽動。体を捌いてやり過ごし、右へ。


─ 劫烈火 ─


 魔獣がまた1頭燃え尽きる。

 下級魔術ながら『劫烈火』は使えるな。最近憶えて使ったが、初級魔術とは文字通りに火力が違う。

 もっと集束できれば、言うことは無いが。


 やぁぁああ!

 ラムダの槍も次々魔獣を屠っていく。

 大きい振り回しと鋭い突きを取り混ぜ、トリッキーな軌跡で鉾に狼を掛けていく。

 近くに寄ってみれば、肉を切り裂き、骨を断つ音が聞こえる。

 悪くない。このまま突き破れる。


 ウォォオン…ググ。

 どこかやや距離のあるところからの吠え声。

 ウォーグ達は、一様にびくっと反応すると、それまでの無秩序な動きが変わった。

 俺たちを丸く取り囲み動き出す。右回りと左回りの二重の包囲だ。


 こちらが攻撃の態勢を取れば、後背から飛びかかる手筈だろう。

 ラムダにも、それが分かるのか、うかつには手が出せないでいる。

 しかし、間合いを測る、足捌きのテンポが速まっていく。

 

 はあぁぁぁっっ。

 じれたのか、ラムダが吶喊を掛ける。

 裂帛の気合いと共に、ハルバートが繰り出される。

 突きと共に狙いの1頭の首が飛ぶ。

 悪手だ。


 やはり。

 囮だ。

 後背から別の2頭が、ラムダに迫る。


─ 旋風牙 ─


 下級風属性魔術。

 渦巻く風が、瞬く間に伸びる。

 一拍後れて、腹に響くうなり音。

 ラムダに先に跳んだ個体が捻れ、吹き飛ぶ。

 しかし、もう1頭は大気の壁にはね飛ばされたのみ。


 旋風牙は領域魔術では無い。

 渦に捕らえれば凄惨な威力を発揮するが、2頭を一度に屠るには到らなかった。

 振り返りざま。


─ 劫烈火 ─

 

 ぎゃん。

 光に消えるまでに、肉の焦げる臭気が鼻をつく。

 予想通り、俺の背後からも飛んできていた。

 二重三重の陽動。

 ウォーグにしては周到だな。これは…先導者が居るのか。

 

「落ち着け、ラムダ」

 再び魔獣達は、輪を描く。しかし、囲むは俺のみ。

 ぐるる、ぐるると唸りを上げつつ回る。


 間合いを測っているな。

 数頭が意を決したのか、地を蹴った。

 獣の鋭い呼気が、鬼気を催す。

 そして俺を食いちぎらんと、同時に飛びかかってきた。


─ 劫烈火 ─

─ 劫烈火 ─


 魔術士を葬るには、速度。

 その理を知ってか知らずか。初撃に隠れた必殺の一頭が、顎を開いて魔術の発動に先んじる。

 ローブを翻して閃く光条。

 グァーーー。

 

 右手に握ったクリス・ダガーで刺し貫いた。

 三頭が一気に光と消える。


 奴らにとって絶対の戦術だったのか。通用しないと分かったウォーグは、低く唸りながらも俺たちから距離を取った。

「もう分かったろ、散りな」

 ブンっと、ラムダがハルバートを大振りする。

 が、効果は無い。


 ウォーーォオン。

 またも遠吠えだ。

 魔獣達はその声に従うかのように、近くの個体が入れ替わるように遠ざかる。そして次は、輪の内側となったやつらがさらに下がる。

 憎らしい程の連動。

 そして最後に四方へ散り去った。


「奴か」

 離れた崖の突端に、何かが居る。

 逆光に狼のシルエット。

 しかし、遠目にも先ほどのやつらよりは大きい。

 こっちを睨んでいるようだ。視線が交錯したように感じた時。

 悠然ときびすを返して姿を消した。


 それにしても下級魔術にして、あの威力。

 級…位階が上がれば、段違いに強く、規模も大きくできる。

 魔術士も悪くない。

 それも上級4大魔術が使える賢者。目指すべきはそこだろう。



 杖とダガーを仕舞い、ラムダに歩み寄る。

 気が抜けたのか、表情が冴えない。

「どうした」

 こちらを仰ぎ、そして先を見た。

「ん…ううん。何でもない」

 そうは見えないが、口を突くのは別。

「なら、いいが」


 再び歩き出す。

 昼時を過ぎた頃、蛇行していた沢が真っ直ぐに流れるようになった。

 岩が姿を隠し、ずいぶん歩きやすくなった。

 川底は一層白くなり、水が本当に蒼い。


 ついに林が開けた。

「湖だ」

 それほど大きくはないが、青々とした水沢。対岸もはっきり見える。


 ここが目的地、シャラ境か。

 そう思ったとき異変は起こった。

 周りが紅く偏移して視界が歪む。


 何だ。

 突然、腰から下の感覚が消える。

 まずい。

 がくっと視線が下がる。


「シグマぁぁぁ」

 ラムダの悲鳴が、ずいぶん遠くに聞こえる。

 システムエラーか、バグか。

 しかし。

 猛烈な頭痛が俺を襲う。今時のゲームではあり得ない。

 完全に地べたに倒れたことを、俺は顔の感触で知る。上体で藻掻くも視界が渦巻き始め、空が視界を占めた時、俺は意識を失った。

手探りで進めておりますので、不備があるかとは思いますが、よろしくお願いします。


皆様のご感想をお寄せ下さい。

出来ますれば、ご評価頂ければ嬉しく存じます。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。



訂正履歴

2015/4/26:タガー→ダガー

2015/7/20:賢者を目指すべきの記述を追加,低級→下級

2015/8/2:挿絵を追加

2015/8/6:挿絵を削除

2015/08/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ