ケース1:ギルド会員へのケアケース その1
今日も今日とて冒険者ギルドでのお仕事。朝早くに受付の仕事を始め、人が少なくなり始める頃に、会計や書類整理。紙は粗悪品で羊皮紙が主流。インクも質が悪い世界では、元の世界のボールペンや印刷用紙を懐かしく思う。
万年筆や綺麗な白い紙を作る資金も技術も知識もない。もし知識があって、資金と技術提供してくれるパトロンがいれば、色々と楽なのだろうけど、その時点で手に入るお金で働く必要がなくなるかもしれない事を妄想し、少し不便でも職業を持っていることは良い事だ。と思う様にした。
そして、書類整理が終われば、お昼休みだが、ギルドには、時間問わず色々な相談が舞い込んでくる。
今日も、丁度書類整理が終わる直前に、一人の男がやって来た。
「すまん。ちょっと相談良いか」
「はい。分かりました」
俺は、ペンと粗悪な紙を持ち、男の相談への向かう。書類整理は、後回ししても臍を曲げないが、人間の場合はそうはいかない。深刻に見えない相談でも一分一秒を争うケースだってある。
「それでは、今日は相談ということで。担当のキスケです」
「知ってるよ。お前さんと依頼の受付で顔を合わせてるだろ」
「形式美なんですけどね」
開始のジョークが聞いたのか、少し苦笑いを浮かべる男性。
「一応、お名前と年齢を」
「ああ、ジョルジュ。31だ」
「それで、どうされました?」
相手の目を見ながら、カウンターの見えない位置で相手の情報をメモしていく。後で纏めて、相談事例として補完し、他の職員が対応できるようにマニュアル化している作業だ。既にマニュアルや様々なケースが蓄積された現代とは違い、何もない状態からの援助のマニュアル化は大変だ。プライバシーの法律なんて概念がない世界だからその辺りは緩いがだからと言って、マニュアル化する際は、個人が特定されるような書き方はせずに、『Jさん 職業:冒険者 性別:男性 年齢31歳』という風にぼかして表記する予定だ。
「実は、この前の狩りをしていて、少しパーティー内でのトラブルがあったんだ」
「その……分からねぇんだ。俺はパーティーリーダーを務めているが、パーティー内の雰囲気が悪いんだよ。それと最近加入したポーターの男も様子がおかしい」
ポーターとは、狩りの荷物持ち専門の職業の事だ。
俺は、良くあるケースの中から幾つかの可能性を引っ張り出し、それの確証を得る為に幾つかの言葉を重ねて行く。
「それは、どのように様子がおかしいんですか?」
「そうだな。ポーターの男は、ちょっと身なりが悪くなり始めてるし、疲れも見れるんだ。口では大丈夫って言うんだがな。体は丈夫だし大柄だから多少の無理は問題ないとおもっていたんだ。それとパーティーメンバー。まぁ、正確には、二人だな。魔法使いの女の方は、少しそわそわしているのと、剣士の男の方が苛立ってる感じがするんだ」
「それは何故だと思いますか?」
「何でだろうな。両方とも腕は立つんだが、あんまり地に足が浮かないようなら、一時的にパーティーから外して別の依頼を受けさせるなり、別々のパーティーとの合同依頼を考えていたんだ……が、それじゃあ、直りそうもないだろうな。多分根本的な問題が違うんだろう」
そこまで気がついているのなら、流石にパーティーリーダーだろう。俺は、頷きながら彼の話に耳を傾ける。
彼は、気がついた点をぽつり、ぽつりと話しているのをメモを取り、それにより自分の中の考えに纏まりが出来たのか、席を立った。
「ありがとう。キスケ。一度他のメンバーに話を聞いて見る」
「はい。優秀なパーティーが実力を発揮できるように支援するのが冒険者ギルドです。またのお越しを」
そう言って、見送る俺は、手元のメモに目を落とし、このケースについてを纏めて、保存する。
また、後日、その解決する顛末を聞いて、俺の予想が当たっていた。
パーティー内の恋愛関係の拗れによるイジメ。これが真相の一つだ。
別段、おかしいことじゃない。特に荷物持ちのポーターや新人冒険者は、質の悪い冒険者とパーティーを組むとそのパーティー内のヒエラルキーの最下層に組み込まれ、一方的な搾取が発生する。
ギルドとしても気に掛け、時には悪質なパーティーへの注意勧告などをしているが、中々に難しい。
中には、新人冒険者を獣への囮に使い、安全に狩りをする。や女性冒険者を人気のない女性冒険者を連れ込み、乱暴するなどのケースも珍しくない。そうしたケースを未然に防ぐために、ギルドの除籍と指名手配などの厳罰や新人冒険者やポーターと信頼できるパーティーとの仲介の仕事もあるが、今回は、仲介先のパーティーでおこってしまった。
剣士の男性は、魔法使いの女性に惚れていたが、相手にされず、魔法使いの女性は新人のポーターに惚れていると勘違いしていた。そのために、こっそりポーターの男性の報酬を減らして渡したり、その報酬に集るように酒場に連日繰り出す。そうして、金銭的な搾取をしていたために男性が怯え、また連日の睡眠不足や二日酔いが影響していた様だ。
「何とも、今回は温くて助かった」
終わった時の呟きだが、全ては男性の一人相撲で、魔法使いの女性は、別段行為は抱いておらず、ただ新人で同じ守られる立場の彼を気に掛けていたとの事。最終的には、剣士の男性は搾取していた分のお金の返還としばらくのギルドへの奉仕活動と言うことでパーティー内では決着がついた。
ただ、居辛くなったポーターの彼にはまた別のパーティーを紹介し、そちらでの正式な加入が後日認められた。
それで剣士の男が逃げ出すほど、現代日本ほど感情は優先されず、みなどこかしらで割り切っているのでパーティーの危機は去った。
ただ、後日、ギルドの酒場で管を撒いていたジョルジュは、あれだけ仕事をこなすポーターは珍しいとの事と酔いながら褒めていた。彼は、洗浄の魔法や解体技能、料理技能など多彩なポーターだそうだ。
逃した魚は大きかったようだ。




