ケース0:ソーシャルワーカー
気分転換に……もちろん、OSOは忘れた訳じゃありません
ソーシャルワーカー……生活する上で困っている人々や、生活に不安を抱えている人々、社会的に疎外されている人々に対して、総合的かつ包括的な援助を提供する専門職の総称であり、また、それらの背景にある、社会や生活環境等を改善する専門職の総称である。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
「キスケさん、実は困ったことがあるんだ」
キスケ。こと、本名、山田・幸助。この世界の人は、ユキスケという名前を言う時、ユの発音が難しく、掠れたようなユになるので、名前をキスケと改名した。
この世界の人――簡単に言えば、ここは異世界だ。魔法があって、魔物がいて、ギルドがあって、中世ヨーロッパ的な文化と言っていい。
そんな世界に召喚されたわけでもなく、転生した訳でもない理由でもない。ホントに理由は分からない。特別な能力を持った訳でもない、レベル制やスキル制でもない。魔法の道具もない。ホントに、何もなくいきなりこの世界に落とされた。
唯一あったのは、服と読み書きの知識だけ。
「それでね。家のかみさんがずっと怒りっ放しなんだよ。そんな家に帰らずに、酒ばっかり飲むなって!」
「そうですか。でもトムさんも仕事仲間と円滑にコミュニケーションを取るために飲んでいるんですよね」
「そうなんだよ! うちのかみさんは、そこが分からねぇんだよ。いや、キスケは話が分かる!」
「いえいえ、仕事は人間関係ですから。でも、家庭も人間関係ですよ」
にっこりと微笑みかければ、町の樵のトムさんが不思議そうに首を傾げる。俺は、新米福祉職員として色々な相談を受けていた。異世界に来て、どうしようかと異世界で迷子中に辿り着いた職種が冒険者ギルドの事務員兼、相談員だ。
「奥さんだって夫婦と言えど、元は他人なんですから。両方のバランスを上手く取ることも必要ですよ」
「って言ってもなぁ。俺は頭が悪いから思いつかねぇぞ」
「こういうのはどうです? 樵職人たちを集めて休日にバーベキューなんて?」
「ばーべ? なんだそれ」
「私の地元の食べ方で、野外でお肉や野菜を焼いて食べんです」
「なんで家に帰ってまで野営なんてしなきゃならねぇんだよ」
「いえいえ、バーベキューは野営ではないんですよ。みんあで持ち寄った食材を自分で好きに焼いてワイワイ楽しんだりする。立食パーティーみたいなものですよ。考えてもみてください。青く晴れた空の下でお肉を焼いたり、互いに会話しながらコミュニケーションを楽しむ。休日の昼間からお酒の飲める贅沢を」
トムさんが想像したのかもしれない。ジュウジュウと焼ける肉や野菜。この世界には焼肉のタレなんて高価な調味料はないし、冷えたビールは無いけれど、自分たちがそれをやる姿を想像出来たのか、にやけた表情になる。
「他にも奥さん同士のコミュニケーションの場の提供とか、子ども同士の顔合わせもあります」
「よし! 一度試してみるわ!」
「それでしたら、ギルドの方で使っていない調理用の鉄板を銅貨5枚で貸し出していますよ。それに奥さんの目が届く範囲なら、お酒も多くは飲まないでしょう?」
俺がウィンクすると、苦笑いを浮かべてすっかり中年太りの酒っ腹を叩くトムさん。男にウィンクとは少々色気が無い様に感じるが、ちょっとしたジョークなんかで場の雰囲気を柔らかくさせて、トムさんを送り出す。
随分と自分のやりたいことが変わってしまっている。
時には、カウンセラーやただの相談者など、社会福祉の概念自体が薄い世界では、これっ! と言った仕事は俺には来ない。
時には、恋愛相談もされたし、夫婦間の仲裁にも入った。ギルドの一員として町での低賃金な塩漬け依頼を無料で熟すなどの激務もある。
時には、子どもに混じって庭の草刈りをしたり、
「はぁ、やれるだけ。やろうか」
それでもなんだかんだで楽しんでいる自分がいるのだ。




