始まり
『勝手だといわれたよ』
白い部屋の片隅で、影はつぶやいた。
「俺は無責任ともいわれたな」
アスフェルがこたえて、それから顔を見合わせる。
長い、長い間、何をやってきたのだろう。
選択をはねつけられる可能性など、考えもしなかった。
『どうしようか、アス=フェル』
「どうするかな」
アスフェルは、窓から身を乗り出し、静まりかえっている町を見た。
本当は、もう、心は決まっている。
『わたしはここから動くことはできないが、気にすることはないよ』
アスフェルは笑った。振り返るようにして影を見る。
「じゃ、行くわ」
再び、白い町へと。
見届けるために。
*
少女は目を開けた。わけがわからずに――わけがわからないということも、わからずに、自分の手を持ち上げて、見た。
動いている。
動いていることは、当たり前のことなのか、不思議なことなのか、わからない。
会うべきひとがいないような気がして、少女は足を踏み出した。
家から出ると、幅の広い道があった。道の向こう側に見えるのは、似たような形をした白い家ばかり。右も左もわからずに、ただ立っていると、双子の少女が現れた。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
少女は少し驚いたが、笑ってあいさつを返す。
「初めまして!」
「初めまして! お姉さん、お名前は?」
少女は、名を答えようとして、少し考えた。
名前なら、ある。
しかし、ずっと呼びかけてくれていた名は、他にある。
彼女は微笑んで、こう答えた。
「ディアナ」
「ディアナお姉さん! 綺麗な名前ですね」
「ねー!」
ふと、片方の少女の首もとにある飾りに、目が止まった。
「とても、綺麗ね」
「これ? えへへー、拾ったの!」
「もうずーっと前! この町に探険にきたらねえ、落ちたての!」
「そうだ! ディアナお姉さん、お近づきのしるしに、どうぞ」
「うん! どうぞ!」
双子の少女は、首から下げていた飾りを外し、手渡した。受け取ってみると、それはペンダントではなく、腕輪だった。月をモチーフにしたデザインの、古めかしいその腕輪は、一生懸命研いたのだろう、銀色に輝いている。
「ありがとう」
少女は腕輪をはめて、微笑んだ。
「ディアナお姉さんはここで、何をしてるの?」
その問いに、少女は自分に答えるように、つぶやく。
「私は……ひとを、待っているの。私を、強く想ってくれたひとを」
「約束しているの?」
少女は、柔らかく、笑った。
一つだけ、覚えていることがある。
「私は、そのひとのために、目覚めたの」
ミーシャの願いは聞き届けられた。
願いがかなったその日から、月日は流れ、かつてミーシャがかよっていた白い家の、ミーシャが座っていた場所に、ロゼがいた。
ロゼが、優しく見守るのは、獣の耳と尻尾をもつ、少女の姿をしたドール。
強い想いを抱いて、彼は、そこにいる。
「君がいなければ、ぼくはいなかったんだ」
ロゼは静かに、冷たい頬に触れた。
「ねえ、君が教えてくれた世界は、とても優しいよ」
暖かい陽の光が差し込み、部屋のなかの空気を揺らしていた。
昔、彼女がそうしてくれたように、彼女に話しかける。
そうして、彼女が目覚めたら、彼女がしてくれたように、その手をひいて、旅に出よう。
それは、そんなに、遠い未来の話ではないはずだ。
「だから、いまは少し、お休み、ミーシャ」
ロゼは、大好きなドールの髪を撫でると、その額に優しく口づけをした。
そのときこそ、世界の綺麗なところを、たくさん――
読んでいただき、ありがとうございました。
心から、感謝いたします。