ABCD包囲網
はじめまして、私は日出 照子。
突然だが皆さんはイケメンが大好きだろうか。
ああ、うん。女性だろうと男性だろうと美しいものを見るのはいいよね。
美しい人。イケてる人たち。心身ともにスペックが馬鹿みたいに高い人たちは憧れだ。
顔がよけりゃそれだけ苦労もあるだろうがメリットもあるはずだ。
まずは私のスペックを明記しよう。
性別オンナ。26歳独身。OL歴そこそこ。容姿は下の中くらいかな。
積極的に嫌悪される顔ではないと思うが客観的に好かれる顔でもない。
女子力を測るスカウターがあったらゴミめと吐き捨てられる感じ。
たとえ顔面偏差値が低かろうと、生活していく分には蛇蝎のごとく嫌われなければいいやと思っている恋愛世捨て人。それが私。
ネット環境が完備されてて三食昼寝付だったら多分体壊して幸せにとっととくたばっていると思う。
分かりやすく言うと、私はデブでブスでものぐさで女捨ててる生命体だ。
そんな私にはほかにも欠点がある。
一つは、人の顔を覚えたり名前を覚えるのが苦手なこと。
二つ目に、空気読めないこと。
そして、イケメンが分からないところだ。
小説とかで美貌の~とか眼もくらむような~とか絶世の~とか美男美女をたたえる言葉は多い。
二次元の美男美女はそういうタグだったりレッテルが貼られてたり現実にはないバランスだったり花を背負ってたりするからそういうもんとして理解できる。
しかし三次元はだめなのだ。
誰かがその人をイケメンとかいい女とか評しているのを聞いて初めて、あ、あの人イケメンだったんだと、イイ女と評価される人なのかと理解する。
私としては今までたとえアイドルでも俳優でもイケメンだと思ったことがない。
だから時々どんな顔がタイプとか聞かれても全然わからない。
女の子は自分以外はたいてい可愛いと思っているし、男は区別つく程度に覚えとけばいいか、みたいな。
どうしてこんなことを長々としゃべっているかというと、だ。
これで目の前にいる男性(周りからは密かにプリンス(笑)と呼ばれている)からの接触を減らせたらと思ったのだ。
「つまり、照子さんは俺のことをイケメンとは思ってなくて、でも周囲から俺はイケメンで照子さんがブスに見えるから、環境に配慮して俺の食事の誘いを断る、と?」
「はい。おおむねその通りです」
お昼休み直前で、会議室と給湯室の間でばったりプリンス(笑)と遭遇してしまった。だからといって彼のお食事に付き合う義理はない。
「何で照子さんは俺じゃなくて周囲を気遣うんだ」
「私が気遣うのはかわいらしいお嬢さん方であって、男性の優先順位は低いのですよ」
「三日会ってないだけで丁寧語に戻ってるし...」
「男性に馴れ馴れしくはできませんからね」
ましてやプリンス(笑)は別の課のリーダー様だ。平事務としては恐れ多い。
ちなみにプリンス(本名はたしか英川さん)を周りが評価するには、「サラサラと光りを跳ね返す明るい茶髪に鼻筋の通った顔立ち、そして切れ長の濃い茶色の瞳。仕事中の厳しい鬼リーダーが一転、休憩時間になると柔らかい表情を垣間見せるギャップがたまらない」だったっけ?
その彼が何かを目線で訴えているように見えても、私は空気が読めないから具体的に言ってもらわないとわからない。
本を読んで感受性は育ったが、それと現実に使いこなすかどうかは本人の気持ち次第だと思う。仕事中ならともかく、それ以外で気なんて回せねーよ。
「照子さん俺のこと嫌いなのか?」
「貴方のことは好きでも嫌いでもありません。職場で話す人だという認識です」
「食堂では話してくれただろう?」
「話しかけられましたから」
挨拶には挨拶を。好意には敬意を。悪意には無関心を、が私のモットーだ。
そういえば彼に話しかけられた後、職場の女性陣が私に話しかけてくれた。
たとえ頭が軽くても態度が悪くても脅かそうとしていても私に被害を与えようとしていても。
お嬢さんやお姉さん方と話せるのはうれしい。
ああ、うん。私のもう一つのモットーは女(自分除く)に優しく、男には雑に、だな。
ああ、女の子可愛いな。先日のお姉さん方はちょっとファンデーション控えたほうがいいと思う。
きれいな頬の形しているのに化粧で影が変な所についているせいで顔色が悪く見えた。
女の子可愛いと頭の中でつぶやき続けていたらちょっと現実に対処するのが遅れた。
「話しかけられたら.........にも挨拶するのかよ」
「は?」
聞きのがした。悪いとは思うが、だんだん面倒になってきたなあ。
「蘭山とか中道に話しかけられても挨拶するのか」
「そんなん食べないでくださいってお願いするのが先でしょう」
もしくは死んだ振りだろうか。大型肉食獣にとってしっかり肉がついてる私は見た目的にいい餌だろうからな火を見るより明らかだろ。何言ってんだこいつ。
あ、うそうそ。謝るから近付くのやめてくンないかな。これ以上近寄られると突発性男性恐怖症が発病しそうだ。
「ああ、照子さん珍しい味がしそうだからな」
「フォアグラを期待されてるのでしょうか」
「食べさせてくれるってこと?」
「お腹がすいているなら百円あげるから豆でも買ってかじるといいですよ」
めったに食べられない高級食材をなんでくれてやらにゃならん。
お嬢さん方の視線がびしばし彼に集まっている。そろそろ潮時だね。
「ではそういうことで。これからちょっと約束があるので失礼します」
「え、ちょっと」
食事のお誘いから逃れ、彼から離れると近寄ってくるお姉さま方。わーい。抱きついてもいいですか。ダメですかそうですか。
でも一応聞いてみよう。
「お姉さま方、抱きついてもいいですか」
「!?」
「だ、だめに決まってるでしょ」
「ダメですか、やっぱり...」
残念だ。そういう顔をしていると、向こうは疲れたように溜息をついている。
「お疲れですかでしたらこれよかったらどうぞ」
ポケットに突っこんだアメがちょうど人数分。
「いえ、いらないわ」
「私も」
残念だ。空気を読んだつもりだがやっぱり甘いか。
そしてさらに疲れた顔でお姉さま方は散っていってしまった。本当に残念だ。
女にやさしく男に厳しい照子さんはなぜか男女平等の人として知られている。
それは自他共に認めるイケメン達をめんどくさそうにあしらい、イケメンではない他の男性にも分け隔てなく接し、イケメンとの関係に嫉妬して攻撃を仕掛けようとする女性たちにも穏やかに接し、イケメンに興味がない女性とも和やかに茶をしばく。
年齢にかかわらず話を聞く姿勢を保ち、会社に入ってから悪口を一切言わない人格者。
遠目で見るとパッとしないが話してみると必ずリアクションを返す律儀な人。
そんな評価を知ったかのイケメン達は周囲を威嚇するようにアプローチを続ける
「え、何その評価」
「え、そこはループ怖い、だろ」
昼食後のわずかな休憩時間を静かな司書室で過ごす。社内図書室は強制静寂モードだが、付属の司書室は飲食オーケーなのが素敵だ。まあ、ツテが無いと入れないんだが。
そのツテである蘭山さんとのんびり話していたらこの評価である。
「大体イケメンって誰」
「ああそりゃ、米沢・英川・中道あたりだろ」
「あ。あの人たちもイケメンなんだー。知らなかったわー」
「ちなみに俺入れてABCD包囲網な」
ABCD包囲網...えっと亜米利加がA、英吉利がB、中国がC、阿蘭陀がDだっけか。
「何その世界大戦。...あれ?君もイケメンだったのか」
「らしいよ」
ずずずっとお茶をすする音が響く。
「でもすごいね、その話だけ聞くと照子さんって乙女ゲーの主人公みたいだ」
「自分のことなのによく言うよ」
「私じゃないショーコさんなんでしょ」
「でも実際照子はイケメンに興味がないというか男の見分けがつかないだけだもんな」
「アーまあそうですねー」
「漫画のキャラクターならある程度顔覚えるのに三次元だと、誰?だもんな」
「女の子だったら最近は見分けられるんですけどねえ」
「いっそ女装させてみるとか」
「女の子を演じられない女装ならお断りですよ」
男全開で女装するなんて公害だろ。
私は歌舞伎は好きだが文化祭によくあるおカマカフェのノリは嫌いだ。
男が女を演じるから女より美しいのであって、男が女の劣化版晒してどうする。
「照子が男女平等なんて大ウソなのにね」
「そうですね」
「博愛とかそういうのじゃなく、たんに女の子のほうが好きなだけだもんね」
「そうですね」
「んで、男はなるべくこっちくんなと思ってるだけだもんね」
「そうですね」
「実際俺たち相当うっとうしいんでしょ」
「そりゃもう」
「でも女の子が寄ってくるからほっといてるんだよね」
「さて、それはどうでしょうね」
アーお茶上手い。味も香りもほとんど飛んでるけど。
「誰かのものにはならないの?」
にやにやと弄ぶような声で蘭山さんは聞いてくる。
「包囲網の話でいくと米沢さんになってしまいますかね」
「植民地にならなかったくせに」
「これでも独立国ですからねえ」
「侵略してえー」
「ごめんこうむる。っつーかもっといい国いるからそっち襲って分け前ちょうだい」
「ひっでえの」
照子さんにとっては自分以外の女性は親愛・尊敬・愛玩の対象。
他の包囲網の面々との絡みは需要があったら考えます。