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アウトランド・メモリー  作者: 三日月
1/5

老婆に遭う

プロローグ

 満月の夜にしては、類を見ない暗い夜だった。分厚い雲が月の恩寵を阻んでいた。今にして思えば、それはこれから起こる未来ー過去と言ったほうが正確だろうかーを暗示していたのかもしれない。



1.老婆に遭う

 暗い夜道を歩きながら、わたしは物思いに耽っていた。いつも同じ道を通るから、道に注意を向けずとも体が帰る方法を知っているのだ。

 そうわたしはいつも同じだ。いつもと同じメイクー塗ろうが塗らまいが変わらない、自分の唇と同じ色の口紅をメイクと呼べるならーに、いつもと同じ、一度も染めたことのない腰まである真っ黒な髪を、無造作にうなじで束ねただけの髪型。いつもと同じ、着心地を重視した実用一点張りの服装。

 さあ、鏡を見て。見えるのは何?

 いつもと同じ平凡すぎる私が映るだけ。いつも、いつも、いつも、この言葉には心底うんざりだ。

 わたしを形容しようと思えば、「平凡」この一言で事足りる。わたしだって、一応女子大生なのだから、周りの女の子のように試験だのレポートよりも、恋に現を抜かしたい。一度くらい男の人にちやほやされて、息もつけないほどのすてきな恋をしてみたい。

 そう思ったのもつかの間、自分の理性が大声をあげた。現実的になりなさい。一体誰があんたみたいな良くも悪くもない「ミス平凡」を彼女にしたがるっていうの? 今までに男と名のつくものから言い寄られたことがあった?

 いいえ、ないわ。

 結局わたしは死ぬまでこのままなのだろう。

 「そうだね。あんたほど平凡って言葉が似合う人間も珍しいわな。あんたの名前が平凡じゃないのが不思議なくらいさ」

 ビクッとして足を止めたのと同時に空想の世界を後にした。キョロキョロと辺りを見回すと、ほんの数歩先の街灯の淡い明かりの中に、占い師然とした人物が、これまた占いには付き物の水晶にかがみこんで小さな影になっている。

「あの、占い師の方ですか」

我ながらおかしくなるほど声がかすれている。これじゃ聞こえなかっただろうと、もう一度言おうとしたときには占い師に先を越されていた。

 「今はそうだがね。あんた、そんなことはいいからここにお座り」

 そんなことを言われても後で鑑定料を要求されたり、最近は物騒な世の中だから、一見占い師にしか見えないこの人物も、実際は殺人鬼で獲物がかかるのを待っているのかも。よくよく見ると占い師のイメージにぴったり過ぎるのが怪しい。

 「まあ、疑い深いのもいいがね。あたしゃ忙しいんで、あんたみたいな小娘一人に付き合ってやられないのさ。で、座んのかい、それとも死ぬまで平凡なままでいたいのかい」

 そうだ。平凡でいいの? わたしの人生に何か変わったことを持ち込む、平凡から脱するチャンスだ。今までのわたしなら決して耳を貸さず、一目散に家に帰っていただろう。それこそわたし「ミス平凡」のとるべき行動だ。だが、もう平凡はやめる。平凡から抜け出すチャンスをつかむのだ。覚悟を決めると占い師の前のイスに浅く腰掛けた。

 「やれやれ、ようやくだね」

 明るさの足りないちっぽけな街灯だけでは、占い師の顔はほとんどが闇に沈んでいて若いか年寄りか、はたまた男か女かさえもわからない。

 「おまえさん、何か悩みがあるんだろう。たとえば、男のこととか」

 わたしは驚きに目を見開いた。

 しかしそんな中でも自分の冷静な一部は、この占い師は声からして女の人、それもおばあさんのようだと考えていた。

 「ええ、でもどうしてわかったんですか。わたしだって今、その悩みに気付いたのに」

 老婆はかすれたような、でも深みのある独特な笑い声をもらした。

「あたしゃ占い師だよ」

こう言って、自分だけがわかるジョークのようにクックッと笑った。

「こうやっておまんま食ってんのさ。」

 暗すぎて老婆にだってわたしのことがはっきりとは見えないはずなのに、なぜだか老婆には自分のことを見透かされているような気がして、老婆の射るような視線を感じて、落ちつか無げに居ずまいを正した。

 「あんたみたいな年頃の女は、多かれ少なかれみんな男の問題を抱えてるもんさ。そんなことは、長いこと生きてきたもんにとっちゃ、当たり前のことなのさ」

 今のは占いでもなんでもなく、ただ長年の経験の賜物だと言わんばかりの口調だった。確かに老婆からは先ほどまでの、すべてを見透かすような超然とした雰囲気は消え、今は陽気な余生を楽しむ老人という感じしかしない。

 それでもわたしには、老婆がわざとただの老人のように振舞っているように感じられた。

 「それじゃあ、おばあさん。長年の経験から教えてください。わたしにはどうして恋人ができないの?」

老婆の視線を感じて付け加える。

 「もちろん見た目以外の理由で」

老婆の目が光ったような気がした。でも一瞬のことだったし、光の加減でそう見えたのかもしれない。

 「それはね、あたしの長年の経験から言うと、あんたの男運のなさは前世に関係があるように思うんだがね」

 ははあ、そう来ましたか。そうやって何かわけのわからないブレスレットやら何やらを売りつけられるのだ。

「おばあさん、言っときますけど何も買いませんからね」

 老婆の口から苛立たしげな音が漏れた。

「人の話は最後までお聞き。特に目上の人間の話はね。あたしがあんたに何かを売ろうとしたかい、え?」

 一気にまくし立てられて、少し気勢をそがれたが、ぼうっとしていたのも一瞬だった。

「いいえ。でもこれから売りつけようとしていたのかもしれないですから。わたしは何も買いませんよ、なんと言われようと」

 老婆の口調には苦笑がにじんでいる。

「まったく。相変わらず見た目は華奢な女そのものなのに、どんな屈強な男も逃げ出すような気性だね。まあいいさ、それで話は聞く気になったのかい?」

わたしが頷くのを見て、続ける。

 「よし。あんたに男ができないのは、確かにあんたの見た目のせいもあるが、それは少し変えればいいだけだ、問題ないさ。それよりもあんたの前世の女が、恋に奥手すぎたせいさ。あんたにも影響が出るほどに」

 ありえない話すぎて、ばかばかしく思っても当然なのに、なぜかその話に引き込まれていた。まるで前世の女性が、わたしに助けを求めて必死にすがり付いているように感じた。

「そうだとしても、一体わたしにどうしろというんですか。わたしに前世の女性の恋のキューピッド役を演じろとでも」

 「そうさ」

 冗談のつもりだったから、老婆の返事に一瞬言葉に詰まった。だが次の瞬間には自分を取り戻していた。

「この世にいない女性の恋のキューピッド役なんていつもやってるから、たとえ自分に恋人がいないわたしにだって朝飯前ですよ」

眉を吊り上げ言いながら、相手には見えないのだと思ったが、皮肉な口調は伝わっただろう。

 滴り落ちないのが不思議なほど、一言一言にたっぷりとこめたのだから。

 老婆は皮肉に気づかなかったのか、気づいたとしても意にも介さなかったのかー恐らく後者だろうーあっけらかんとした口調で続けた。

「怪しむのも無理はないがね、いい加減うんざりしてきたよ。信じないもんにはいくら言っても埒が明かないからね。そういうときは実際にやって見せるのが一番さ。いいかいよくお聞き、一度しか言わないからね」

そこまで言うと腰につけた、いかにも年代ものの袋から、がさがさと指輪と怪しげな液体の入った小瓶を取り出した。

「まずは右手の人差し指にこの指輪をはめる。決してはずしちゃいけないよ。どんなときも身に着けておくこと。そして唇に指輪をあてて、行きたい場所を思い浮かべる。そうすりゃ、あっという間にその場所にいけるって寸法さ」

 老婆に差し出された指輪を手に取り、少ない明かりの中でためつすがめつしてみたが、網目模様のあるただの銀のリングだ。

 それほど期待したわけでもないのに、普通過ぎるリングに少しがっかりした。

 「こっちの液体は、時代を越えるときに必要になる」

 小瓶を受け取り、中身を見た。液体は赤い色をしていて一見、血のように見えなくもない。恐る恐る栓を開け、匂いを嗅ぐと鉄くさくはないものの、なんとも言いようのないにおいがした。急いで顔を背け栓をする。確かに期待通り普通ではないけれど、これは・・・怪しすぎる。こんなものを飲んで無事でいられるはずがない。 わたしのいぶかしむ様子も気にせず、続ける。

「それじゃあ、あんたが手伝うことになる娘のことを説明するとしようかね。まず娘の名前はプルーデンス、年はあんたと同じ十九だ。これだけ知ってりゃ十分だ。あとはあの娘が自分で話すだろうさ」

 老婆の話がひと段落付いたところでやっと口を挟むことができた。

「待って。名前と年しか教えてくれてないし、それにプルーデンスって絶対日本人じゃないでしょう」

 「そのビンの液体をお飲み」

老婆はわたしの質問を無視した。そうしてくり返した。

「そのビンの液体をお飲み」

 わたしは無視されたことも、命令されていることも気に食わなかったが、もうどうとでもなれという気になっていた。

 いつも通りも、平凡なことにもおさらばだ。わたしはいつもと違う何かを求めていた。運命に身をゆだねてみよう。覚悟を決め、小瓶の栓をはずすとゆっくりと口に運ぶ。息を止めて、瓶が空になるまで傾けた。




小説を書くのは初めてなので、わたしのイメージが皆さんに伝わるか心配ですが、マイペースにがんばります。皆さんどうか温かく見守ってください。

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