第六話 エッジ
ベルさんがシノブに駆け寄り、回復魔術を使う。
流血を止め、死を食い止めることはできても、失われた腕を取り戻すことは叶わないだろう。魔術は万能ではない。
シノブが再度、残された左腕を――あるいは体の全てを捧げて、竜への抵抗を試みなかったのは二つの理由からだ。たった二つ。
固い覚悟をあざ笑うかのように、竜には全くもってダメージの痕跡が見えなかったこと。
そしてただ単純に、それをするだけの体力、魔力が尽きたということ。
デュンケの掌を覆っていた力と同じく、竜の体表にも、そして口内、体内にも、魔力や気による攻撃を防ぐみえざる防壁が張り巡らされている。
だからこその最強生物。そうだからこその絶対種族。かつての世界の覇者。それが竜。
ベルさんやプラシがシノブのように玉砕を覚悟した行動に出なかったのは……。
シノブが行ったこと以上の結果を生みえる手段を方法を持たなかったからだろう。
そして、俺の背中にか細い希望の糸を見出していたから。見ようとしていたから。と信じる。
シノブにはシノブの考えがあって無茶を承知で可能性に賭けてくれた。
ベルさんはプラシはまた自分たちの考えをもって、俺の可能性に賭けてくれている。
シノブの払った代償を受け止め、これ以上の犠牲を払うことを避けるため。
見守ってくれる仲間の期待に応えるため。
俺は竜と戦い続けた。
魔術は効かない。上級魔術も、上級の域を踏み外した極大魔術も。
魔術は無くとも、方法は残っている。
剣さえ届けば。竜の体を守るのと同種の力を宿したフライハイツの刃を竜に触れさせることが出来れば。何かが変わるかもしれない。そう信じて。
ブレスをかいくぐり、鋭い爪を避け、愚直にただ剣を振るう。ひたすらに。
無心となった俺の心に様々な思いがよみがえる。
デュンケと交えた剣。竜骸との死闘。学園での生活。山奥での暮らし。
そして、転生前の一幕。
脳裏に電撃が走った。
映像が、音声がよみがえる。
――さてと、あとはじいさんから聞いた呪文だな……
俺の声だ。
――七つ目の鍵……
芙亜の声だ。
――魔法も魔術も原理は同じです。
――地・水・火・風・光・闇。それに精の精霊。命の精霊とも呼ばれますが、これは特別。
――伝承でのみ語られている力。
――基本的には六属性の精霊に働きかけて、火をおこしたり水を集めたり。
――それは念じるだけで誰でも行うことができます。
――それが魔法と呼ばれているものです。
パルシの声だ。
パズルのピースが順々に、はまっていく感覚。
パルシの声が続く。
――言ってみれば、殿下の中にある魔力だけで魔術と等しい力を持つ……
――『霊魔術』……。
――魔竜戦役終結を担った英雄、ハルバリデュスが使ったとされる精霊の力を借りることのない魔法。
――建国の祖である初代国王ハルバリデュス二世を含め、彼以来は誰も使用することができなかった力ですが……
過去に見聞きした情報が、同時に頭を駆け巡る。
邪気に心を奪われて、狂ったリザード達。
邪気を払う魔術。ハルバリデュスと同行した魔道師が生み出した秘儀。
パルシとアリシアとプラシが力を合わせて構築した秘術。
デュンケの力。フライハイツの力。少女の姿を保っていた時のレンレンが放った力。
六属性の理を超えた、万物の構成要素である精霊の埒外の力。
それは……。繋がる。一本の線に。世界の中心を貫く太い柱に。
七つ目の力は、鍵は、持ち主の意思によってその姿を変える。
が、根幹は一つ。
意志力。信念、魂に宿る力。霊力。
元の世界、地球で暮らしていた時に何度も見た夢がまたフラッシュバックする。
――冥王が笑う。
俺の持たざる力で襲いくる。悪夢。
あの時は……冥王の力の根源がわからず、ただおびえていた。
鍵を集めて封じることだけを考えていた。
邪なる存在。冥王。であるならばそれに対抗するためには、冥王を封じるためには、聖なる――とでも表現すべきな真逆の――力が必要だと信じていた。
信仰にも似た絶対的な価値観が砕け散る。
世界が裏返った。到達した。真理に。すべての謎を解き明かすただひとつの真実に。
俺が英雄より受け継いだ力。この世界で得た新しい力。
俺が使えば、聖なる力を宿すといわれるフライハイツに込めれば世界を救いうる力となり、
デュンケのようなものが使えば、世界を混沌に陥れる力となり、
そして竜は、生まれ持ってその力を自然身に纏い、使いこなす。
その、同じ力は冥王の源ですらある。
これが……それこそが七つ目の鍵なのか……?
迷いが、螺旋を描き、ひとつの答えへと達する。
冥王を封じるために必要な力。それは、自然界すべての力。六つの属性。
そして、欠けていたのは――七つ目の鍵は冥王の力と相反する力ではなかったのだ。
冥王の持つ力そのもの。
六つの属性を融合さしめる中心線。
『邪悪なる気』『霊魔力』
一見して相反する力。
使うものが異なる、使うものの意図が違うというただそれだけをもって性質を変える。
名称が変わる。正義の力、邪悪の力。
相反する二つの目的のために使われる力は、見る角度によって違う側面を表現するだけで、突き詰めていけば同種。
口が自然と動いていた。何度となく繰り返し唱え、覚えた冥王を封ずるための呪文。
漏れ出す詠唱が、世界に満ち溢れる精霊ではなく、世界自身に拡散していく。
心なしか竜の双眸から狂気が薄れていく。
火・水・風・土・光・闇。
それぞれの属性の魔力を凝縮し、宙に放つ。
竜を囲う六芒星が描かれる。
六芒陣の中で竜は動きを止めた。
揺蕩っている。世界は未来を決めかねている。破滅か、希望か。
その縮図が今目の前にあることを確信する。
竜の正気を失わせている邪気。
それは、封印が解けようとしている冥王の縮小同況。
俺が描いた魔法陣。
それこそが、冥王の封印に欠かせない六つの台座と同じ役割を果たす。
そして、ただ一つ欠けていた七つ目の力。
それは、俺の血が、英雄が繋いでくれた魂。
竜を邪気から解放するためには……。
七つ目の力、魂に宿る強い意思で、残り六つの力を統括する。
すべての力を一つにする。
詠唱が、終盤に差し掛かる。
ただ、感じた。
すべての力を束ねるためには、魔法陣の外からでは為し得ない。
迷わず魔法陣の中へと飛び込む。
時の流れが穏やかになる。
竜が、慈しみの視線を向けてくる。
竜は口づけをするように。大きな顔を俺へと近づける。
俺の目前で竜の口が開く。
まるで抱擁をするかのように。竜が俺を咥えこむ。
俺は竜の口内に、体内へと迎え入れられた。
不安は無かった。痛みすらも。
シノブが教えてくれたことだ。
犠牲なくしては為し得ないことがあると。
犠牲を恐れていては到達できない場所があると。
その身をもって伝えてくれたことだ。
竜の巨大な口に収まった俺は、詠唱の最期のワードを発する。
『冥より出でしもの……冥へと還りたもう』
この広い異世界で。
この広い異世界の中に描かれた小さな魔法陣の中で。
魔法陣の中にただひとつ存在する最強種族の体内で。
俺の体が、魂が、世界と調和していく様を漠然と感じていた。
俺の魂が精霊となり、精霊が俺の魂となり、竜に宿る邪気を中和していく。
俺の体を構成していた精霊たちが、俺という存在を形作る役目から解放され、世界へと溶け込んでいく。一体化する。融和する。
俺の想いは芙亜へと――ファーチャへとファシリアへと届くだろう。
俺は世界とひとつになったのだから。
七つ目の鍵は見つかった。
それは、どこにでもあるものだった。世界中に溢れているものだった。
ただ、その力を具現化する方法をみんな知らないだけだった。
どこにでもあるからこそ見えない、気づかないもの。
個にして全。全にして個。
時を巻き戻せるのなら。現時点での記憶をもって、あの日のあの場……冥王を封印しようとしていたその時に戻れるのなら。
冥王の封印は、簡単に為せただろう。
七つ目の鍵は、冥王の存在そのものでもあったのだから。
芙亜なら気づいてくれるだろう。
俺の居なくなった世界……いや、俺が世界の一部となった世界だから。
竜の口内に囚われているはずの俺に……。
ベルさんが見える。シノブが見える。プラシが見える。パルシも、マリシアも。
ムルさん、ミッツィ、アリシア、ファシリア、ファーチャ、シーファさん。
この世で生を繋いでいる仲間たち。
ゴーダ。
この世から離れ、また世界と一つとなっている恩人。
それぞれの魂が、想いが俺の中に注ぎ込まれる。
レンレンの意識がひときわ大きな輝きとなって現れる。
『おにいちゃん。ハルおにいちゃん。
まだ。まだだよ。まだ終わらない』
少女の姿が剣に変わる。聖剣フライハイツへと。
そして、剣の姿から竜の姿へと変貌する。
竜はまた少女の姿を取り戻す。
『でも……しばらくは、ゆっくり休もう。
あたしも一緒に居てあげるから……。
ずっと……ずっと。
おにいちゃんが望んでくれる限り……』
眠ろう。今は。レンレンの優しさに包まれて。
仲間たちの優しさに包まれて。
――おやすみ…………
『わりとテソプレな異世界転生』(七鍵守護者の英雄譚)
~ 第一部完 ~
長い間お付き合いくださりありがとうございました。
土下座はしてませんが、腰関節を90°に、感謝の意を表明しております。
第二部の構想や予定は今のところ白紙です。
ですが、いつかまた。
拙作に期待や、応援、をしてくださった全ての読者様。
本作を多少の暇つぶしとしてご利用していただいたすべての読者様。
付き合い切れないと見限ってくださった読者様に。
感謝の意を込めて。
2014 バレンタインのチョコレート代わりに。(1日フライング)
五輪開催地ソチという遠く離れた異国から(嘘)
ありがとうございました。
<成り行き任せの駆け出し物書き>ぐらんこ。