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わりとテソプレな異世界転生  作者: ぐらんこ。
七.冒険者の章~グラゥディズ戦乱編 <後>~
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第四話 真刃


 間に合わなかった。時の流れは無情だ。

 大切な人間の命が失われようとしてる。俺にとっても、そして世界にとっても。


 その場には俺を除いて二人の人物がいた。


 ただ、毅然と立ち尽くす者。

 暗黒のオーラを纏いし者。その顔が、誰のものであろうと――たとえ見知った顔であろう――と今はかまわない。


 もう一方の人物に目を向ける。

 動くことすらできずに、ただその身を横たえるもの。

 命の輝きを今まさに失おうとしているもの。英雄の末裔。その末路。


 なんら傷を負わず、無感情に立つ男は俺に一瞥をくれるも、干渉を絶っている。

 残されたわずかな時間をせめて有意義に使えと言わんばかりに。

 おそらくはこの男こそがデュンケ……。諸悪の元凶。その中心部に限りなく近い場所に居る男。


 圧倒的な、人外の力を持つ男の前でひとりの英雄候補が、英雄になり損ねた人間が命を終えようとしている。


 両腕をもがれ、両足すら失い、緩慢な死に迎え入れられつつある英雄の末裔の元で跪く。

 デュンケからの妨害は無かった。

 最後の別れを過ごす時間をあえて与えてくれようとしている。


「俺……、英雄の血を引いているはずなのにさ。

 フライハイツだって、ちゃんと応えてくれるのにさ。

 小さい頃から努力して、じいちゃんに剣術を習って。

 かあさんの作る料理を毎日食べて。

 ちゃんとやってきたはずなのにさ。

 じいちゃんが死んで、かあさんとも別れて。

 英雄の末裔だからさ。

 ハルバリデュスの血を受け継ぐものだからさ。

 出来るって信じてた。

 俺がこの国の窮地を救えるって。

 俺に足りていないのは、ただ一つ。

 そのための武器だったんだろうって。

 フライハイツ……」


 咽ながら、血を吐きながら、人生を振り返るように。

 ハルバリデュスの末裔は語る。


 黙って聞いていた。


「報い……なのかな……。

 俺の手には余ることだったのかな?

 でも……、もういいや。

 後は……、後は任せたよ。

 兄貴……」


 言いたかったことの全てを口に出来たわけではないだろう。

 だが、時間がそれを許さなかった。


「英雄は……、この国を救うのは……、この俺…………、

 ライオット・ハルバリデュスなんかじゃ……なかったんだな……ぐぼぁあ」


 俺は、動かなくなった英雄の末裔の瞳をそっと閉じると、傍らにあった剣を取った。


 聖剣フライハイツ。使用者を選び、ハルバルデュスの、英雄の末裔にしか使えない剣。 俺に託された剣。


 心の中で祈った。謝罪が形を成す。


――ごめんな。ライオ


「真打登場といった顔だな。

 いささか遅すぎたが」


 デュンケが熱の無い言葉を吐く。


「名乗りを上げるか? それとも名もなき冒険者としてその命を散らすか?」


 デュンケの問いに俺は答えた。


「我が名は、トール・ハルバリデュス。

 大英雄、ハルバリデュスの末裔。

 かつての騎士団長ゴダードの意思を受け継ぐもの。

 我が名は、ルート・ハルバード。

 マーソンフィール最強の冒険者」


 心の中で言い添える。そして、志半ばで倒れた、もうひとりの英雄の末裔、ライオット・ハルバリデュスの血を分けた兄であり、その意思をもまた、今現在をもって受け継いだものだ――と。







 ライオは、貧しい家で育った。ライオの母は元々王宮に仕えていた。

 といっても、数多くいる雑用係のうちの一人でしかなかったが。

 それなりの美貌を持つライオの母は、好色で知られる王の目に留まり、拒むことを許されず、夜伽の相手をさせられた。

 そうして身ごもったのがライオである。


 既に生まれていた第一王子――トール・ハルバリデュス――が正当後継者である。

 嫉妬心ではなく、我が身の権力と地位の保身を図り続けていた王妃は、自分以外に王の子を産む存在を許さなかった。

 国の制度としても、王に王妃以外の女性やそれが生んだ子を匿う場所は存在しえなかった。

 だが、王はそれでも目に付く女性に手を付けた。

 そのうちの幾人かは、実際に王の子を産んだであろう。その数は定かではない。

 ただ言えるのは、それらの女性に金品や制度上も含めてなんら国、そして王から保障の類が与えられなかったということ。

 王妃の目に留まることを恐れて、王宮で仕える仕事を辞めなければいかなかったこと。 王自身が、自らの種が生んだ子たちに何ら関心を示さなかったこと。


 それはライオの母についても、ライオについても同様だった。


 ライオは、貧しい暮らしを余儀なくされた。

 ライオに与えられたのは、ライオットという身分不相応の真なる名。

 名乗ることが許されなかった名。

 母は、自分を愛してくれたと信じていたが、同時にひとつの思惑が見え隠れしていた。

 既にハルバリデュスは王国としての形を失っていた。

 だが、平和が続くわけでもないだろう。

 その時に、ライオが受け継いだ英雄の血が、必要とされる時が来る。

 ライオット・ハルバリデュスとして歴史の表舞台に立つ時が。


 ライオは、きっかけを待ち続けて、さらにはそれを手にするための努力を怠らなかった。

 母の願いを叶えるために。自身の出自を呪うのではなく、栄光への足掛かりとするために。


 そして、グラゥディズで戦乱が起こる。

 ライオは、自らの素性を隠し、反乱軍と戦った。自分の名を知らしめるためにあえて戦場の只中ではなく、辺境で頭角を現すことを選んだ。

 そんな中で、正統王子、トール・ハルバリデュスの到来や、グラゥディズの崩壊を知る。


 これが機だと、オフパルシュツンの西方の戦場へ身を投じた。真なる英雄が、東方でくすぶっているのなら。

 自分がそれにとってかわるのは容易に思えた。

 そして一度、デュンケと戦い、己の力の限界を知った。

 命を奪われなかったのは、単にライオの力が相手にとって脅威でもなんでもなかったからだ。


 では、自分に何が足りていないのか。ライオにとって答えは明らかだった。

 トール・ハルバリデュスの持つ聖剣。それさえあれば、自分にも英雄の末裔としての役割がまっとうできる。

 実力に差があるわけがない。差が生じているとすればそれは単に英雄の末裔たるものが手にすべきものを、持つか持たないか。それだけの差だと信じた。


 トール・ハルバリデュスがエルヨーグに身を寄せていることを知り接触を図った。

 その道中でまさにトール・ハルバリデュスその者と出会う。


 手にしている聖剣。確かに、自分の持つ剣などとは比べ物にならない風格。

 共に反乱軍を討ち、二三の会話をした。


「こういうものを探している」


 ライオは言った。


「精霊石か?」


 トールが聞く。


「正確に言うと少し違う。これは魔石ってもんさ。

 反乱軍の拠り所」


 それは、老魔術師から聞いた話だった。フライハイツが手に入らなかったときの保険ともなる知識。


「魔石?」


「ああ、例えば……。

 そうだな、その剣、ちょっと貸してくれるか?」


 ごく自然に口に出せた。だがライオの脈は高まる。


 相手の信頼を勝ち取るために、幾つかの重要な情報を提供した。


 トールは、疑問にも思わずにフライハイツを差し出した。


 それを手にした瞬間、魔石に魔力を注ぎ、相手の目をくらます。


 一瞬の出来事だった。ライオはフライハイツを、聖剣を手に入れた。


 トールから逃げつつも、反乱軍の拠点、オフパルシュツンを目指す。

 そこに、父、ゾゥワィルムが居ることは知っていた。

 怪物化したことには驚いたが、フライハイツの前では敵ではなかった。


 そして、デュンケと再会合を果たす。

 そして敗れた。

 そして悟った。真なる英雄の役割を自分が果たすことは叶わなかったということを。

 そしてその命を散らせた。






 フライハイツには、ライオの思念の残滓がこびりついていた。

 ライオは力を欲した。フライハイツはそれに応えた。

 なぜならば、また彼も英雄の血をひくものだったから。そしてある意味では正義を全うしようとする意思があったから。

 たったそれだけのことだ。

 だが、ライオは剣の力におぼれたことも事実だっただろう。


 同じ過ちは繰り返さない。

 刀身の外側にではなく、内側にその全ての力を込める。そうすることで意思が凝縮し、ライオには引き出せなかった真の力が宿る。

 剣に、己の肉体に。


 デュンケの表情に変化が生じる。


「ふむ。

 なるほど。それがその剣の真の力と言うわけか。

 あくまでも現時点でのお前にとってのことだが」


 デュンケの言葉の続きを待たずに、俺は駆けた。

 剣を振り下ろす。

 デュンケは、考えられないほどの速度で後ろへと飛びのく。

 いけるはずだ。避けたということは。

 当たれば、通じるということ。


 再度踏み込もうとするも、その試みは行き場を失った。


 デュンケは宙に浮いていた。俺の跳躍力の埒外へと。

 魔術を放つも、デュンケに届く前に消滅する。


「まだまだ、拙い力。

 だが、それを振るい続けることで得るものもあるだろう。

 一人で何かが為せると思わぬことだ」


 剣先が届かないのであれば。

 ライオが教えてくれたフライハイツの力。

 刀身に剣気を込め、それを拡張する。

 数メートルの見えない刃が形成される。

 それをもって、デュンケを討つことは叶わないだろう。

 だが、相手を目の前に引きずる下ろすことぐらいはできるはずだ。

 剣を振りあげ、そこから伸びる透明の刃をデュンケに打ち据える。

 フライハイツは応えた。


 デュンケが、両腕を掲げ、受け止める。

 それに呼応するように、俺の背後から、極大の魔術がデュンケに向かう。


 フライハイツから放たれた気を受けて止めているデュンケにとっては避けがたい攻撃だったはずだ。

 だが、わずかなダメージすら与えられた気配はない。

 にも関わらずデュンケはゆっくりと降下した。


「ルート!」


 俺の元に駆け寄ってくる、ベルさん、シノブ、そしてプラシ。


「あいつは……」


 ベルさんがデュンケの顔を見て驚愕する。息を呑む。


「ええ。あいつの顔……」


「ムルじゃないの!」


「顔はそうでも、あいつがムルさんであるわけがない」


 俺達の会話を、聞いているのか興味もないのか。

 デュンケは無表情に言い放つ。


「なるほど。一人ではないということか」


 デュンケは、魔石を幾つも放った。


 地面に落着した魔石は、小さく爆ぜると中から魔物が現れる。

 モ〇スターボールじゃあるまいし。


 数の上でこちらの不利になったことは明らかだ。


 だが、数的不利が戦力的不利には繋がらない。


「雑魚は任せなさい。ルートはあのバッタモンを!」


 ベルさんの号令を機に、シノブとプラシが魔物に向う。


 俺はただ、デュンケを。尊敬し、敬愛した偉大なる冒険者の顔を持ちながら、暗黒の魂を併せ持つ、悪意の権化を打ち倒すべく、大地を蹴った。

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