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わりとテソプレな異世界転生  作者: ぐらんこ。
七.冒険者の章~グラゥディズ戦乱編 <後>~
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第参話 偽刃

 聖剣フライハイツ。これ(・・)さえあればなんだってできる。


 人を魔物化して、グラゥディズ大陸の国家の破滅を目論む勢力と対抗することだって。

 それを統べる強敵、デュンケを討つことだって。


 選ばれたものしかできない。


 英雄の血を引くものにしか。俺は選ばれたんだ。血統に。聖剣に。


 その街は今まさに、魔物化が進行していっている真っ最中だった。


 フライハイツに込めた剣気。


 人を基として魔物化した存在に対抗するには二つの方法がある。


 ひとつは魔石。毒をもって毒を討つという方法。


 怪物に魔石を埋め込み、それが元々持っている魔石と相互作用を起こして爆散さしめる。


 魔石は生きている。魔石によって生み出された怪物は、人を、獣を、時には魔物自体を襲う。

 その際に、相手を殺さずに魔石の破片を植え付ける。

 植えつけられた魔石は、徐々に肥大して新たな魔石となるとともに、その所持者を魔物と変える。

 その繰り返しだ。


 それの連鎖を食い止めるためには。怪物から奪った魔石を集めてそれを怪物化した元人間に埋め込む。そこに魔力を注ぎ、二つの魔石をともに破壊する。


 とある人物から聞いた話であるが、面倒なことだ。


 そしてもう一つ。より簡単な方法。聖なる力を持った武具でただひたすらに切り倒す。

 シンプルだ。俺の性に合う。


 多少遠回りはした気がするが、それは最短へのルートだったはずだ。


 手にはフライハイツ。


 街を埋め尽くすほどの、怪物たちを打ち倒す。


 それを終えるとわずかに生き残った者から感謝が述べられる。


「ありがとうございます」


 あるいは、その惨状に――ほとんどの者は家族や、親しきものが怪物化してその命を失ったのだ――何も発することができないものも多い。


「王族の、英雄の末裔として当然のことをしているだけだ」




 街を立ち去り、新たな地の解放あるいは破滅の凍結を図ろうと新たな一歩を踏み出した時。


 あり得ないほどの殺気を感じた。

 心より体が反応していた。


 振り返り、剣を構える。


「余計なことをしてくれたものだ。

 あちこちでちょこまかと。

 はしくれではあっても、英雄の末裔。あの時殺しておけばよかったな」


「デュンケ!!!!」


 一度目に会った時は名すら知る機会を与えらなかった。

 この国の平和を取り戻すための義務感。そして多少の野心をもって立ち向かったあの時。

 完膚なきままに叩きのめされた相手。その後、街を渡り歩くうちにその者の名を知った。

 一説には人間ではなく魔族ではないかと言われている。圧倒的な力を持つ、反乱軍の影の実力者。いや、表の支配者であった、ゾゥワィルム亡きあと、この男こそが元凶。


「大したものを持っているが、所詮お前には過ぎた物」


 デュンケの視線はフライハイツに向けられている。


 怪物化した人間を討つことができる限られた武具アイテム

 ならば、魔族にだって通用するはずだ。


「かかってこい」


 など発するデュンケではなかった。見下すような目で俺を見る。

 それが俺の心にくすぶる炎に燃焼剤を注ぐ。


「調子にのんな! こらあぁっ!」


 勝算はあった。磨き続けた剣術。それに自信もあった。


 だが……。


 俺のふるうフライハイツをあろうことか素手で受け止める。

 実際には、その腕の周囲には魔力で形成された防御領域が存在しているのであろうが。


 右から剣を振るえば、あえて同じく右手でそれを払う。

 左上から剣を振るえば、それに呼応するかのように左手を上げて、弾く。


 何度繰り返しても、攻撃の手を変えても同じことの繰り返し。


 体が重い。フライハイツは確かにたぐいまれなる威力を俺に与えてくれるが、自分自身の消耗も激しい。

 生半可な攻撃では通じない。あと何撃繰り出せるか。


「たとえ、如何に優れた武器であっても、使うものがそれではな」


 再び、口を開いたデュンケからは、蔑みをとおりこして憐みを感じた。


 デュンケはさらに。


「突いてみるか?」


 自らの心臓を指してなんでもないように言う。


 一遇の好機。

 罠であることを疑う余裕すらない。

 だが、……。一方で罠ではないと告げる本能。


 こいつは、デュンケは侮っているのだ。

 俺の力を。俺の持つ聖剣の力を。


 ならば。


 と俺は駆けた。距離を詰め、デュンケに向かう。

 デュンケは防御の姿勢をとることすらしない。


 突く。胸を。


 そう見せかけて、剣の軌跡を変化させる。

 突きからの上段切り。ジャルツザッハの初歩。

 だが、心臓への攻撃を予測しているはずのデュンケには効果があるはずだ。


「舐めんな!」


 俺の力を侮るな。聖剣の力を見くびるな。俺の血を、ハルバリデュスを貶めるな。

 俺の人生を。俺の……俺の……。

 数々の想いをその一言に。


 振り下ろされたフライハイツは、デュンケの頭を捕えた。


 が……。

 わずかなりとも傷つけることさえできなかった。


 弾かれすらしない。

 ただ、フライハイツはデュンケの頭に触れた時点からはほんの僅かにでもその軌跡を下方へと伸ばすことはできなかった。

 デュンケからの反撃が無いことを、さらなる勝機を繋ぐ一縷の希望と、言われたとおりに胸を突くも。


 やはり届かない。剣先がデュンケの纏う衣服に小さな穴を穿つのみ。皮膚を切り裂く感触は皆無だった。


 最後の、終結のために残しておいた力を、一歩も動かずに霧散させられた。


 もはや、剣を。戦うためのただ一つの希望を握り続けることすら叶わなかった。


 フライハイツを取り落として呆然と立ち尽くす俺を、デュンケが見据えた。


「やれるだけのことはやった。

 だが、その全てが無為に終わった。

 そうだろう」


 俺への疑問なのだろうか? 正鵠を得ている。


 だが……。まだ望みはある。

 少なからず集めた魔石。

 怪物化した人間からそれを採取することは困難だ。また怪物の手によって人間に埋め込まれた魔石はまだ生成途中であり、それほど力を持たない。

 だが、人間を意図的に怪物に変えようと、おそらくはデュンケの手をもって埋められた魔石は、埋め込まれた人間を怪物化するまでに幾ばくかの時間を要する。

 その途中であれば、魔石を取りだすことができる。

 怪物化前の魔石を埋め込まれた人間の命を奪い、体を切り刻み。

 そうして集めた魔石。


 それを起爆させれば。

 その爆発の渦中にデュンケを置けば。


 魔石の入った袋に手を伸ばしかけた時。


 デュンケが腕を振り上げた。


 肩が焼ける。右からだったのか左からだったのか。それすら感知できない。


 ぼとりという、味気ない音が遅れて聞こえる。

 地面には、俺の両腕が横たわっていた。


 力を込めたとも思えない無造作な一撃で俺は両腕を失った。

 首をはねることも容易だっただろう。

 それをしなかったのは、慈悲ではない。この男は俺の絶望を愉しんでいる。


「勘違いはしないでもらおう。

 お前の考えはわかっている。

 自爆を図ろうとしたのだろう。魔石をもって。

 それが通用する保証がどこにある?」


「自爆なんて崇高な志なんてねーよ!

 ただ、お前に一矢報いたかっただけだ。

 それにっ!」


 事実だった。数瞬前迄は。

 自爆は俺の性に合わない。

 魔石を投げつけ、そこに魔術を注いで爆発させるつもりだった。


 だが、投げるための腕を失ってしまった。

 魔石を取り出す手段を失ってしまった。


 報いなのか。安易な力に頼ろうとした。


 ならば……。

 英雄の末裔として生まれ、王族になり損ねた男。

 新たな英雄として崇められる野心。

 それは無かったとは言えない。


 だが、国を救うという目的も合わせてもっていたのは事実。

 それを全うする。


 未だ命が繋がっている限り。

 デュンケの元へ駆ける。両足がある限り。

 少しでも近くへ。デュンケの懐へ。

 そこで、魔石を。自らの体と共に。


 爆発させればあるいは……。

 

「ふっ」デュンケから小さな吐息が漏れる音を聞いた。


 直後、視界が横倒しになる。

 頬が地面と接する。


 両足の膝から下が無くなっていた。


 腕は無い。右も左も。そして足すらも。

 動かせるのは首と腰と、膝から上に残った両足のみ。


 もはや、心は折れた。

 無様に、動く限りの体を関節を動かして、デュンケとの距離を近づけようとしたとしても。


 それを許す相手ではないだろう。

 あるいは、それが為されたとして。魔石の爆発に巻き込まれたとして。

 なお無傷でいられるだけの自信があるのだろうか? デュンケの表情からはその可能性が垣間見える。

 いたぶられている。弄ばれている。


 圧倒的な実力差。

 聖剣の力をもってしても埋まらなかった。

 自らの命を懸けても為し得なかった。


 救国……。


 俺の人生ってなんだったんだろうな……。


 多量の出血が意識を奪っていく。


 俺の生きた意味とは……。

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