第壱話 序
「話があるわ。わかってるでしょう」
歯に衣を着せぬ性格のベルさんが単刀直入に切り出してきた。
「そろそろいいんじゃないの?」
言外に俺への批判が見え隠れする。だけど、それが批難ではないことはわかっている。
優しさの裏返しと言うか、ただの後押し。
ベルさんの言うそろそろ。頃合いを見計らっていたのは確かだ。
そして、足りていないのは決心だけだった。
「これからの……ことですよね……」
「もちろんよ。このままここに留まっていても何も始まらない。
みつからない。そんでもって終わらない」
その通り。確かにその通り。気持ちを整理するためにある程度の時間は必要だっただろう。
整理すべき材料、その他もろもろを、俺の意見をベルさんが代弁する。
「アリシアちゃんの無事が確認できたわけじゃない。
パルシのおじいちゃんやプラシ達はなおのこと。
確かに、この街の人たちも困ってるわ。
あたし達が居ないと、すぐにでも制圧される、あるいは降伏しかねない」
「……ええ」
手の届く範囲の人々をせめて救う。救うなんて大げさな言葉はいらない。
護る。少しでも。
だけど、そうしている間にもあちこちでもっと凄惨な事態が引き起こっているのも事実。
「怖いんでしょう?」
これもベルさんなりの慈愛か。俺に言わせずに俺の気持ちを代弁する。
「確かに、ルートちゃんはあの時……、グラゥディズであたし達を守れなかった。
運が悪ければ命だってなかったはず。
だけど……、あの時とは……」
ベルさんだから取れるのだろう。そんな態度を。
さらりと言ってのけられるのだろう。
本来であれば劣等感や屈辱が入り混じってしまいそうになるその一言をさらりと。
「違うわよね。変わった。明らかに、そんでもって極端に強くなっちゃったじゃない」
シノブはともかくベルさんには隠し通せないことだとは思っていた。
あの日……、超長距離魔術攻撃を防いだこと、グラゥディズ王城前で、謎の男と戦ったこと。どちらが作用しているのかわからないが、俺は力の使い方を得た。
それまでとは何段階も異なる高みへと。
強くなった。俺以外の何者をも超える次元へ。
「でも……だからこそ……」
葛藤が口を突いて出る。
だからこそ『怖い』。力におぼれる自分が。いつかもてあまし取り込まれかねない恐怖。
だが、「甘えんじゃないわよ!」などと叱咤するベルさんではない。今日のところは。
「この街のことなんて心配しないでよ。
シーちゃんとあたしでなんとかするから。
それに、ルートちゃんが反乱軍の拠点に攻め入ったら、こんな辺鄙な街を攻撃する余裕もなくなるでしょう」
俺の決心を固めるためにベルさんは、いろいろと纏めてくれた。
アリシア達の所在。必ず生きているはずだ。
ひょっとすると反乱軍の手の中に。なぜなら人質として彼女らほど有意な人材はいない。
別のところに居るのかもしれない。だけどそれを知るための方法は今は無い。
ならば、初志貫徹で、反乱制圧を優先すべき。おのずと別の事象を埋めるパズルも見つかるはずだ。
そんな話。
実のところ、アリシアの居所にはある程度の予測は付いている。
ただ、それはまだ伝えていない。
もう少し時間をくださいなんて言うつもりはなかった。
ベルさんが、最後の一押しをしてくれる。
「護るべきものがあれば人は強くなれる。
でもね、護るってことはなにも近くで目を離さずに居るって方法がひとつじゃないのよ」
そのとおりだろう。仲間を信じて、そのそばを離れるのも勇気。それもひとつの護るべきものがとる道。
しばらく滞在した街、エルヨーグを出てオフパルシュツンへと向かう。
「これ……、ガラじゃないけどさ」
と、照れを隠すようにシノブから渡された弁当は、ひどい味がした。
それは自覚していたようで、「次はもっとマシなの作るから」とも別れ際に。
次もある。再会できる。それを具現化するための一種の手続きだ。
だからといって、わざわざまずい料理を作ったわけではないだろうけど。
グラゥディズの現在が気にはなったが、迂回せず最短経路を取る。
そうすることで、オフパルシュツンからエルヨーグへと攻め入ろうとする反乱軍と遭遇し少しでも減らすことが出来るだろう。
それはベルさんやシノブの負担を少しでも軽くすることになる。
もくろみは結実した。
探索魔術で、数十人規模の冒険者らしき集団を発見する。
迷わず、接触を図る。
「なんだお前?」
相手の問いを無視する形で、己の目的だけを遂行する。
「所属、目的は?」
簡潔に最小限で問う。
「なんでお前にそんなことを話さなきゃならん!?」
既に、相手は殺気立っている。
身をひるがえし、突入する。集団のトップと思われる男の背後へ。
首筋に剣を突き付けた。
二度は問わない。答えないのなら命を奪うまでだ。
口を開き、問いに答えるのはなにもこの男がやらなくともよい。
「ま、待て! 話す!
ハルバルディス王国の正規の討伐隊だ。エ、エルヨーグへ……」
それだけ聞けば十分だ。剣に力を込めようとしたその時。
「殺すな!」と誰かの叫びを聞いた。
この状況で、俺に益をもたらすものが現れる可能性は低い。
構わず、捕えていた男の首を薙ぎ、声のした方へと注意を向ける。
声の主は、その場にとどまることなく、既に反乱軍の群れに飛び込んでいた。
荒削りだが、その高い戦闘力は、圧倒多数の反撃に屈することなく一人、また一人と確実に始末していく。
助太刀を買って出る必要もなければ、その意思もなかったが、敵を同じくする者同士。
俺も、フライハイツを駆り反乱軍を蹴散らす。
ただ、多数の死体と二人だけが残った。
「俺は、ライオ」
ライオは俺の顔も見ずに言いながら、既に息を引き取ってしばらくになる反乱軍のリーダー格だった――俺が最初に命を奪った男――の死体へと赴き何やら物色している。
「やっぱり、消えちまったか。それとも元々無かったか。
気配はしたんだけどなあ……。
俺、殺すなっていったよな?」
「ああ……いや……」
確かにこの男を殺したのは俺だが、その後こいつも無慈悲に殺戮を始めたはずだ。
咎められる意味がわからない。
「で、あんたは?」
ようやく俺の顔を見据えたライオ。
身分を明かすことに逡巡する。出た言葉は、
「名乗る必要があるのか?」
「まあ、言いたくないならそれでもいいけど。
想像は付くな。俺ほどじゃないにしろ、これだけ強い奴がごろごろいるわけもないし。
デュンケって名を持っていなかったらそれでいい」
「デュンケ?」
「違うだろ? そのうち出会うよ。
その時は俺も居るかもしれない。
敵の敵は味方。そんときゃよろしくな」
「あっ! おい!?」
ライオはそのまま立ち去ろうとする。
「何をしてたんだ?」
去り際にかけた問いに、
「こういうものを探している」
と、懐から取り出した。青く輝く宝石。
「精霊石か?」
「正確に言うと少し違う。これは魔石ってもんさ。
反乱軍の拠り所」
それからしばらく。誰とも――敵にも味方にも、どちらか測りがたい相手にも――出会うでもなくオフパルシュツンの近郊へとたどり着いた。
予想に反せず見張りは居る。既に哨戒の任にあたっていた冒険者は幾人も倒してきた。
時が経てば、彼らが帰らない不審に気付き警戒が強まるだろう。
無策にて、浅思慮。だが、無謀、無勝算ではない。
俺は、反乱軍の拠点、オフパルシュツンのその入口へと駆け出した。
所属や、目的をあらためるまでも無かっただろう。
俺の手には剣が握られている。攻撃の意図は明らかだ。それが駆けてくるのだ。
殺気を隠すことなく。
だが、俺が単身で飛び込んでくるという異様さに反応が遅れた。
一人、二人と、袈裟懸けに、横薙ぎに切り倒す。
聖剣フライハイツが俺の意思に応える。
この感覚。剣術の範疇を超えた剣閃。剣気を凌駕する力を宿した聖剣は、光り輝いた。
甲冑や盾はもはや障害ではない。
それに触れて、鳴らされるべき音が響かない。
フライハイツはその刀身を遙かに超えた殺傷範囲を持った。不可視で長大なエネルギーの刃。
一振りで、5人、6人がなぎ倒される。
物理的な距離すら霧散させる。
水平に払われたフライハイツはその剣先はそれが存在している場所のみが攻撃範囲ではなかった。剣先から伸びる数メートルもの目に見えぬ刃がある。そして触れるものの全てを切り裂く。
見えぬ刀身の延長。剣という道具の本来の限界を超えた殺傷力。
洗練された剣気がフライハイツの真の力を引き出したのか。
聖剣の持つ特別な力を。あるいは、それを使う俺の力を。
俺がその意思をもって振るえば、フライハイツの射程は無限にも広がる感覚。
それに身を委ねてしまえば自分自身さえ破壊されかねない過ぎた力でもある。
力を使い果たす覚悟で臨めば、街ごと薙ぎ払えそうな。
だが、自省のために、自戒のために。
その力を目に届く範囲にのみ限定する。自らの行為がいくつもの命を奪っているということから目をそむけないために。
驚愕を浮かべながら、あるいは何が起こったのかわからないという表情で、また幾人も倒れ行く。
そうしながらも俺は走った。行く手を阻む者があれば斬る。
俺の到来、混乱が伝わるよりも速く。走る。
反乱軍の拠点へと。その中心部へと。




