第十三話 ベルシノブベル
魔竜戦役……。英雄ハルバリデュス。
魔王……、勇者……。
冥王……。
ハルバリデュスが大きな大剣で竜に立ち向かう。竜はその口から炎を吐き出す。
ハルバリデュスは、その炎にひるむことなく竜の元へと飛びあがる。
炎が割れる。英雄の力ではない。英雄の仲間。信頼をおけるパーティの一員。
魔道師が防御魔術を展開していた。
ハルバリデュスが振るった剣は、竜を引き裂く。
ドラゴンゾンビを両断したルートちゃんの姿がそれに重なる。
竜は、魔王になった。皺くちゃの老人ではない。魔王は少女だった。
魔王は勇者と対峙する。
二人で何かを言い争っている。見たこともない魔王と見たこともない勇者。
やがて、勇者は魔王を討ち滅ぼす。
勇者の振るった剣からすざまじい闘気が放たれる。
魔王の体は四散する。
四散した魔王の体は、再び竜になった。
竜に立ちふさがるのは……、英雄でも勇者でもない。ルートちゃんだ。
竜の奥底では冥王が眠る。
冥王?
冥王って何?
考えている暇もなく、ルートがあたしの元に駆け寄ってくる。
若いくせに、人生のなんたるかなんて全然わかってないくせに。
なに? その真剣すぎる表情は?
(ベルさん。あとはお願いします)
お願いします? なによ? なんで人任せなのよ!
(ちょっと! ルーちゃん! 待ちなさい!!
あなたには!
あるんでしょ? 大事な……)
(それでも俺は……)
(こら! 待ちなさい!!)
「ベルさん! ベルさんってば!」
シーちゃんの声で覚醒する。
「あっ、ごめん、寝てたわ……」
「いや、寝るのはいいんだけど……」
「うなされてたわよねぇ。もしかして恥ずかしいこと言っちゃってた?」
「ルート、ルートって言ってたのは聞かなかったことにするから」
「ほんとに聞こえたのってそれだけ?
ちょっと、恥ずかしいどころの騒ぎじゃないんだけど。
夢の中とはいえ、ルートちゃんがあんなことするなんて……。
ちょっとここんとこ欲求不満で、見る夢見る夢エロさ全開で……」
おどけてみたものの、シーちゃんは顔を赤らめるどころか全然ノって来ない。
「ルートたち、うまくやってるかな?
面倒なことになってないといいんだけど」
シーちゃんが遠い目をする。
「気になるなら様子を見に行ってみる?
それこそ面倒なことが起こるかもしれないけど」
と、そこでさっきの夢のシーンが思い起こされた。
ふと疑問に思ったことをそのまま言葉にする。
「シーちゃんのご先祖様って、魔王とか勇者とかと関わりが深いとこの人だわよね?」
「え? ああ、一応……。
でも、年寄りに聞いてもぼんやりとしたことしかわからないんだ。
最近はみんなあんまり気にしてない。
この平和な世の中でいかにして自分たちの力をお金に変えるか?
そっちのほうが重要だから」
「平和ねえ。平和ってなんなのかしらね……」
「マーソンフィールは平和だったよ。
ここも、まあ王国がつぶれてさ、いろいろあったけどこないだまでは平和だったじゃん」
シーちゃんが、小難しいことを口にするなんてあたしらしくもないといった顔を向けてくる。
シーちゃんはそのまま続けた。
「ジャルペではさ。それこそ定期的に魔王が復活して、勇者が現れて……って恒例行事になっちゃってたみたいでね。
おばあちゃんの話を聞いてても、それこそおとぎ話みたいにしか感じなかった。
魔竜戦役も。あれだって、事実なんだろうけど現実味がないじゃん。
ルートの奴が、あのドラゴンゾンビを倒したでしょ?
あの時ぐらいからかなあ。なんだか、思ってた世界と違うかもって感じ始めたのは。
そりゃあね、あたしの一族は勇者に力を与える役目を背負って生きていたってのは聞いてたよ。
こっちじゃほとんど使い手の居ない剣でも魔力でもない力。ある意味エリートだって自覚はあったし、次に何かあった時はあたしは伝説の一端に加わってやるって思わないでもなかった」
「まあ、シーちゃんの考えそうなことだわ」
「でもねえ。いかんせん現実味が無かったってか。
学園で修行しても、冒険者になっても、結局平和な世の中で小銭をかき集めたり、小銭がそのうち大金に変わったりってぐらいで終わっていくのかな? って考えたり考えなかったり。
実際にドラゴンってのを……まあその死骸だけど……を目にしてね。
圧倒的な力の差ってやつを見せつけられて……。
でも、結局ルートが倒しちゃったじゃん?
あの時思ったんだよ。平和ってこうやって繋がってるのかなあって。
今度のことだってそう。
実際に街が1個潰されちゃってるけどさ。もう1個潰されてどんどんどんどん悪い方に転がっていくのかなって時に、ルートがしゃしゃり出て、そしたら大魔道師が現れて。
プラシもアリシアもなんだか重大な役目を負わされて」
「まあ、あの二人が大役を果たせたのもあたし達前衛が踏ん張ったからなんだけどね。
とくにあたし」
「まあ、そうなんだけどね。この国の冒険者や騎士団たちもそうだし。
もちろんルートだってそうなんだけど。
あの時も……なんか思ったのよね。
語られなかった物語っていっぱいあるんだろうなって。
全部を記録するのって、結局は無理なんだろうなって。
でも、そんな、小さな一人一人の頑張りが世界を影から支えてるんだろうなって……」
「伝説として名を残すのは諦めちゃった? 伝説の英雄の末裔であるルートちゃんを支えた女拳士ってわりと良いポジションじゃない?
…………。で、何の話してたんだっけ?」
「いや、ベルさんが言いだした平和についてだけどね。
ルートってさ。やっぱどこか違うじゃん。
違いすぎるっていうか。
英雄の末裔だったってのもそうだけど、なんかそれ以上の……」
「それって、ルートちゃんを過度に美化してない?
シーちゃんがルートちゃんのことを好きなのはわかるけどね」
シーちゃんはそんな軽口に付き合うことも無く、茶化されたことすら気づいていないように、
「学園時代のルートって、どちらかというと目立ちたくないって感じだったんだ。
でも胸に秘めた決意っての? なんかそんなのはめちゃくちゃでかくって。
なのに、本人はそれを隠せてるつもりでいるみたいで」
「思いっきり目立ち始めてるけどね。
王女様からご指名は受けるわ、大魔道師から身元をバラされるわで」
「でも、ベルさんも気づいてるでしょ?
それだけじゃないって?」
シーちゃんはことさらに真剣な目を向けてくる。
「まあ、あたし達に言ってないことはまだまだ沢山ありそうよね」
「いつか……、全部教えてくれるのかなあって思うのよ。
アリシアが一番でもいいし、お姫様がもう全部知ってたっていいし。
ファーチャだって、あたしよりかはずっとルートの近くにいるはず。
プラシだって……」
「シーちゃんってさ、見かけによらず奥手なのね」
「それを言うならベルさんだって!
その……」
言いにくくなったのか、迷いが生じたのか、シーちゃんはそこで言葉を切った。
流れ出した沈黙の中で、あたしは彼に思いをはせる。
ムル……。
彼はどこかルートちゃんと似ていた。
共通点は沢山あった。
秘密主義。
気が付いたら大事に巻き込まれている。
なんだかんだ言いながら、全てを乗り越える。
乗り越える? クァルクバードでの一件は乗り越えられたのかしら?
あいつのことなんだから、絶対にそのうちひょこっと姿を現すということをいまだに信じ続けているあたしが居る。
シーちゃんの言う平和。あたしたちの世界の平和。
それが護られているうちは、誰も伝説になんてならない。英雄なんて現れない。
英雄は時代が暗黒に堕ちる時に、闇を払う存在として初めてその輝きを生じる。
そう言った意味では、英雄足りえる力を持ったムルという存在は、英雄には不向きな男だわよね。
「お互い、変な男を好きになっちゃったわよね」
「変? 大変?」
「まあそうとも言うけど……」
起こしていた体を投げ出しながらシーちゃんが言う。
「もしね……。
今ね、時代がね、英雄を求めてるんだったら、それはやっぱりルートなんだろうなって思う。
でも、ルートが居なかったらムルさんがそれをやってたかもしれない」
「あいつにそんな甲斐性は無いけどね……」
「うん、それはあたしもほとんど同意。おっさんだし。悪ふざけが好きだし」
「シーちゃん。その言葉忘れないでよ。次にあったらチクってやるから」
相変わらずシーちゃんは軽口には付き合ってくれない。
ただ淡々と語り始める。
「もしかして……。もしかしてルートの人生が英雄譚になるんだったら。
ターニングポイントは今なのかも知れない。
素質も実績も十分だし。
だから……逆に怖くなる。
あたしはどこまでついていけるかってのもあるけど……。
ルート自身が、物語に取り込まれちゃわないかって」
「物語?」
「そう、ハッピーエンドだったらいいんだけどね。
トール・ハルバリデュスの英雄譚。
普通はさ、王様になったりして終わるじゃん。初代のハルバリデュスみたいに。
それか、魔王を倒すために現れる勇者なんかは、どこから来たのかもわからないし、魔王を倒すところまでが物語なんだよ。それ以外の事は語られない。語れないんだ」
「ルートちゃんは王様にはならないでしょうね」
「そう、なのにあたしは、ルートの人生を最後まで見つめ続ける可能性がある。
あいつが、誰と結婚するかなんて考えたくもないけど」
「シーちゃんだって候補には入ってるわよ」
「あたしはまだ若いからね! 誰かさんと違って!」
シーちゃんに、致命傷にならない程度のツッコミを入れつつ……。
ガラにもなくあたしは思う。
ムルは……、平和の裏方を辞めたわけじゃないだろう。
まして、ルートちゃんにバトンを渡したわけでもない。
ルートちゃんだって、ただ、平和のためにできることをやっているだけのはず。
それが英雄譚になるのか、ただの個人の自叙伝にしかならないのか。
今の段階でわかるはずもない。
あたしはあたしにできることをやるだけだ。ひたむきに。
確かに、平和というのは揺らいでいる。
竜の気配……。竜といえば魔竜。魔竜と言えば魔族。魔族と言えば魔王。
連想ゲームのように繋がっていく。
だけど……、あの夢で感じた『冥王』……。別の箱から紛れ込んだパズルのピースのように……。どこにも嵌らない異物。
じゃあ、何故あたしはそんな言葉を知ってるの?
どこで聞いたの?
問い詰めてみても答えは出ない。なのに確実にその存在は知っている。
「め・い・お・う……」
口に出すと悪寒が走った。シーちゃんは怪訝な視線を向けたが何も言わなかった。




