第十二話 M Alethea
『M Alethea』
「おはよう、今朝も早いねミッツィ!」
ぼうっと、掲示板を眺めていたところ、元気な声をかけてきたのはニグタくんだった。
ここのところ、ずっとパーティに入れて貰っている。パーティといっても二人だけのことが多いのだけれど。
「おはよう、ニグタくん」
「さて、今日も地道な依頼をこなしますか……。
どう? めぼしいのなんかある?」
「う~ん。いつも通りかな。危険度の少ない簡単なお仕事」
プラシくん達が、特務を受けて旅に出てからというもの、極端に仕事がつまらなくなった……というわけではない。それは、ほんとうにそう思っている。
ニグタくんも優しいし、彼が連れてくる他の冒険者さんも気さくで親しみやすい人が多い。みなさん親切だ。
でも、わたしはどちらかというとお荷物で……。ニグタくんだってまだまだこれから実績を積み上げていかなければいけない立場だし。
慎重をきす依頼人が多めのメンバーを募集しているような依頼の数合わせとして参加させて貰っていることがほとんど。もちろん報酬は均等にわけてくれるけど、どこか物足りない。
でも、冒険者として生きていくためには文句を言っていてもしようがない。
シノブちゃんから――シノブちゃんを筆頭にルートくんやアリシアさんからも――教わった大事なこと。前向きに。倒れるなら前のめりに倒れろ。
ちゃんとできてるかな? 少しづつ、進んでいけてるかな?
「まあな。でも、そんな依頼でもそこそこ金になるってのが冒険者のいいところだ。
今日の依頼はミッツィに任せるよ。好きなの適当に選んで。
二人でできそうなやつ」
ニグタくんが笑いかける。
ニグタくんは適当という言葉を良く使う。彼の中ではそれは『手を抜いたいい加減』ではなく、『フィーリングに身を任せつつも最小限の努力で適切さを推し量る』という意味らしい。『いい加減』と『良い加減』。発音は同じでも、意味は全然違う。
わたしは、掲示板に目をやった。
街道周辺の警備。これはほとんどがゴミ拾いだ。
野鳥の卵を取ってくる仕事。これは、お金にはなるけど、鳥が可哀そうなので引き受けない。どうせ、わたしたちがやらなくても誰かが同じことを引き受けるんだろうけど。
他にも何枚か、わたしたち二人でも可能な任務は目に入るけど、いまいちピンと来ない。
ため息が出そうになる。プラシくん達が遠い存在に感じる。
ルートくんはともかくとして、プラシくんもシノブちゃんもどんどん力を付けている。伸ばしている。その速度は目を見張るほどのもの。
わたしは……。だけど、自分で選んだ道だもの。
途中で何度も、諦めそうになったけど。みんなの力もあってなんとか学園を卒業できて冒険者になることが出来たんだもの。
ため息を飲みこむ。
一枚の依頼表に手を伸ばす。報酬は安い。やりがいも無さそう。だけど何かがひっかかった。『海』という言葉に惹かれたのかも知れない。
おそらく、プラシくんたちは海を渡った。混乱の渦中にあるグラウディズへ。
詳しくどころか、依頼内容はちっとも教えてくれなかったけどなんとなくそんな気がしている。彼らは、わたしとは違う。なにか大きな流れに、身を任せている。
わたしは、その海を渡ることはできない。勇気も、力も、信頼も足りない。生まれ持った何かが違う。
だけど、少しでも彼らの傍に行きたいという心が反応したのかもしれない。
「おっ、それにするか?
まあ、たまにはそういうのもいいかもな。お使いクエスト。
シノブが帰って来てたら絶対嫌がるようなタイプの依頼だ。
まあ、俺達はあいつらとは違うんだ。
シノブやプラシはともかく、ルートなんて総合科でありながら、結局なんだかんだと学園一の……」
そこまで言い掛けたニグタくんの言葉が止まる。
肩に小さな白い手がかけられている。
手の先を追う。淡いブルーのシャツを着た、少女。
「おい、なんだよ?」
ニグタくんが振り返る。
「えっ?」
ニグタくんが声を上げた。
「アリシア……さん……」
わたしの口から、思わずそんな声が漏れた。
「ルート……」
少女はそれだけを呟いて、またしばらく黙り込んだ。
「お前、よくそれだけの情報が聞き出せたなぁ」
呆れたようにニグタくんが言った。
確かに。言葉少ないマリシアさんとお話してても、いっこうに会話が進まないように思える。
だけど、なんとなく考えていることがわたしにはわかった。どこかわたしと性格や思考が似ているのかもしれない。
顔はアリシアさんにそっくり。だけど中身は全然違う。一番違うのはショートカットの髪型だけど、同じ髪型をしてても、同じ服装をしていても、一瞬で見分けが付くと思った。それくらい表情が異なる。だけど、目の奥にともる輝きは同じように思える。
マリシアさんは、ルートを追って家を飛び出してきたらしい。家出なのか、家族の了承を取ってのことなのかはいまいちよくわからなかった。
「まあ、とにかく、いい話ではあるよな。
依頼と言う形で俺達を雇ってくれたんだから」
なんだかわからないうちに話がまとまっていた。
マリシアさんはルートくんの消息を追っているという。ルートくん達は、どこか遠いところ――おそらく海の向こう側――に行ったと伝えても、諦めきれないようだった。
小さなきっかけでもいいから、少しでも情報が得たいからと、わたしたちにそれ以上を求めた。それも依頼という形で。
わたしは、マリシアさんに悪いような気がして、報酬とかいらないからとりあえず、ルートくんの知り合いの居場所を幾つか教えてあげようと思ってたら、いつのまにか、マリシアさんの依頼を引き受けるという手続きが終わっていた。
無口なのに、実行力はある人だ。少しアリシアさんと似ているかも知れない。
「といってもなあ。マリシアさん。
俺達もあてがあるわけじゃないんだぜ?
ルートがよく行ってたところって、フィデルナー商会の娘さん……ファーチャだっけ?
あそこぐらいで。そこをはずしたらなあ?」
ニグタくんがわたしに同意を求める。
「うん……。ただの道案内なのに」
こんなに報酬も貰ってもいいのだろうか? という言葉を頭の中で反芻する。
もちろん、マリシアさんがそれで納得したのだから、こっちから文句を言える立場じゃないのだけれど。
マリシアさんはまったく意に介さないという表情で黙ってついて来る。
フィデルナー商会の主の自宅が見えてきた。
大商会なのに、まったくそれを感じさせないどこにでもあるような、少し大きいぐらいの建物だった。
「手紙……」
ポツリとマリシアさんが漏らした。
ルートくんが、もし誰かに手紙を送るとしたら、それはファーチャちゃんだろう。その手紙には詳しいことは書かれていないかも知れない。
だけど、少なくともルートくんの最新の情報を伝えるものではある。
手紙が来てたら来てたで、中身は見せて貰えなくても、それがルートくんの無事の証明になる。そんな風に考えているんだろうな。
と、根拠もなくマリシアさんの考えを想像する。
運が良ければ帰ってくる日ぐらいはわかるかも知れない。
「手紙ねえ……」
ニグタくんが、さっぱりわけがわかんねえというふうに首を傾げた。
「とりあえず、聞くだけ聞いてみるけどさ」
と、ニグタくんは、躊躇なく門を叩く。
しばらくして中から、綺麗な女性が出てきた。
わたしたち三人の突然の訪問に驚くことも無く順に顔を見て行った女性の視線がマリシアさんの顔で止まった。
「もしかして、マリシアさん?」