第九話 オールド ~ 再会?
ロイエルトの手引きでオフパルシュツンへの侵入は無事に果たすことができた。
やけにあっさり。ロイエルトは運が良かっただけだと言っていた。
オフパルシュツンももう目前だという時に。たまたま出くわした哨戒チームの一員がロイエルトと顔見知りだった。
もちろん、所属は反乱軍だが、その実は正規軍から送り込まれた内通者。
二人で小芝居を繰り広げた後、街へ入るための通行証をこっそり入手する。
反乱軍は反乱軍で未だに戦力増強を目論んでいる。
さまざまな地方から参じる冒険者を受け入れている。
俺達はそういった奴らに成りすますという作戦。
明日になれば、ここにもグラゥディズでのリザード討伐における数々の噂、情報がもたらされることだろう。いや、既に第一報ぐらいはとっくの昔に届いているとみるべきか。
だが、流石に今の段階では警戒が緩い。正規軍は疲弊した。それは事実である。
だからこその、このタイミング。強行軍で夜明けを待たずに乗り込んだのだ。
お互い――正規軍も反乱軍も――に、スパイ、間諜の類の存在は感じながらも、積極的にそれをあぶり出すことはしない。しないというよりもできないというのが実情なようだが。
「なに、冒険者を装っていれば特に怪しまれることは無い」
そんなロイエルトのありがたい忠告に従って、俺は自然に振る舞った。
きょろきょろはしない。ただ帰宅を急ぐ冒険者としてのロールプレイ。
規律が緩いのか、それともただ単に集まった冒険者の意識、質が劣るのか。
深夜だと言うのに、街にはそれなりの往来があった。
そのほとんどが、酒を飲んでいた。
彼らを横目で見ながら、挙動不審にならぬように心がけながら街を歩く。
街の規模も街並みも、つい数時間前まで居たグラゥディズとそう大差はない。
もっといえば、慣れ親しんだマーソンフィールとも。
グヌーヴァのような辺境ともなれば、発展具合も家屋の密集度も目に見えるほどに代ってくるが、さすがはグラゥディズの首都とも隣同士。第二の都市と言われるオフパルシュツンである。
この国での暮らしがそれなりに長く、拠点としていたグラゥディズからも近いとあって、ロイエルトはこの街の地理にも詳しかった。
「ここだな」
辺りを付けた地区で、数件の家を確認し、その後見つけた一軒の家の前で立ち止まる。
街のはずれにある小さな家屋。とりあえずの目的地。
俗にいう、秘密基地。反乱軍の拠点にあって、正規軍の根城となっている幾つかの中の一つ。
深夜なので当然のごとく灯りは落ちている。
ロイエルトは構わずに、何度かノックをするが、応答はない。
「出直した方がよさそうだな」
俺の言葉にロイエルトは黙って頷く。
お互いこの街では顔も売れていないし、それほど警戒する必要もないのだが、さりとてあまり目立つ行動はとるべきではない。
例えばここで乱暴に扉を叩いて中の人間を起こすとか、朝までこの場で座り込んで待つとか。
ならば、出来ることは限られている。寂れたこの場所から離れ、ただただ人の流れに沿って歩くこと。周囲と同化してしまうこと。
酒場にでも入ろうかとも思ったが時刻が時刻だ。そろそろどの店も店じまいの支度をしている。だからこそ、店を追い出された客に混じって、今の俺達が目立つことなく行動できているのだが。
どうにもこの街は、深夜だからと言うのも手伝ってなのか。反乱軍の中心地という雰囲気が感じられない。
悪く言えばごろつきと言ってしまえるような、たちの悪い冒険者の数が多過ぎる。
胸にそこはかとない虚無感を抱きながら、様々なことを心に浮かべる。
この反乱に意味はあるのだろうか? そこに正義は?
王権復古とはわかりやすいストーリーである。
そしてそれがなされたとき、時の為政者は歴史を書き換える。
俺が元居た地球で何度も行われてきたことだ。
明確なベクトルをもって編纂された歴史書は、時の権力中枢の都合のよい記述を繰り返す。
悪政を善とし、善政を悪とする。その時代に生きた者でなければその信ぴょう性は量れない。
街の外に残してきたベルさん達はどうしているだろう。
何かあれば、花火――ポーラさんがやるような本格的で無駄の粋を尽くした高度な魔術ではなくごく普通の魔術を空に向って放つだけのこと――でも打ち上げて知らせるようにと、かなり雑な連絡手段だけを取り決めて、街に入る前に別れたベルさんとシノブ。
俺達と一緒について来ると主張した二人だったが、あの二人を連れていればそれだけで目立つし余計な騒ぎを起こしかねない。俺とロイエルトの意見が一致した。
半ば強引に切り離したのだ。
多少若くはあるが、俺もロイエルトも傍から見ればごく普通の冒険者。目立つところなんて一つもない。
かたやベルさんやシノブは、たとえ地味な格好をしてたって……言わずもがなだ。
プラシやアリシアは今頃ぐっすりと眠っていることだろう。
プラシは魔力の消費が激しく、すぐには戦闘には参加できないのはおろか、体力的にも精神的にも疲弊してしまっている。またアリシアとともに、折角の機会だからパルシから少しでも魔術の技術、技法を吸収するという目的を掲げて自ら残留を決めた。
今回のミッションはあくまで下見であり様子見。無茶はするなと言い含められての出発だった。
俺だって無理も無茶もしたくない。
だが、行動を起こせばそこにトラブルの種が埋まっているというのは……、もはや俺に課された宿命か。
静まりかえりつつあった街の様子がにわかに活気を帯びてくる。
朝日も昇る前のことだ。人々が眠りから覚めて、一日が始まったというのとはまた違った異質なざわつき。ざわめき。その気配。
往来を走りすぎる冒険者。様子がおかしい。
事情を知るもの知らぬ者。両者の間には、その行動にかなりの差が生じているが、やがて情報は伝達される。徐々に。そしてその速度を増しながら。
とおりすがりの中に顔見知りを見つけては、声を掛けて事情を尋ねる人々。同じような光景があちこちで繰り返される。騎士たちの姿も増えた。
この街にとっては異物でしかない俺達は、直接の情報源を持たないが、漏れ聞こえてくる情報から判断するに……。
「かなり重要な案件らしいな。報酬の額がとんでもない」
俺はロイエルトと顔を見合わせた。さて、どうするべきか。
どうするべきかとは、積極的に関わるか、それとも否かということだ。
騒動に巻き込まれないように一旦引き返すという選択肢も当然その中には含まれている。
俺とロイエルトが小耳に挟んだ情報を総合すると。
要点を言えば何者かが逃げ出した。
それを捜索するのは、反乱軍の直属の部隊、騎士団たちである。
おそらくは、反乱軍の中枢本部となっているこの街の元貴族の屋敷から逃げ出したのだろう。これは推測だ。
そして、その何者かには既に報奨金がかけられている。
扱いやすい騎士団に任せて隠密裏に処理するのではなく、その依頼を冒険者たちにも公開した。
かなりの額だ。伝言ゲームの倍々ゲームで、俺達の元に届いた情報、賞金額はまちまちだったが、一番少ない金額を持ち出してみても通常の事案ではありえないことがうかがわれる。事を公にしてまで、カネをかけてまで解決させたい事案。
そして……、その逃げ出した何者かは、少女であるということだ。
こんな明け方に繰り広げられるたった一人の少女の捜索劇。
よりによって何故このタイミングで? と嘆いている暇など与えられない。
少女の年齢や風貌も重要事項として伝えられていた。
そう、ちょうど向こうから走ってきている少女のような。そうそう、あんな感じでシーツか何かの布きれを体に巻いた姿で。
年齢には幅が設けられていたが、およそ十代前半ぐらいだという。年恰好も何もかもがまさに一致する。
少女はスピードを緩めることなく一直線にこちらに向かう。
「おにいちゃん!!」
俺の胸に飛び込んでくる。厄介ごとの気配しかしない。
「まさか? 顔見知りか?」
ロイエルトに問われるが、もちろん、俺はこんな少女と面識はない。妹も当然のことながら存在しない。元の世界にもこの世界にも。
ただ、俺はロイエルトを見返して首を横に数度振る。
少女から事情を聞く暇もなく。瞬く間に大勢の冒険者に囲まれた。
俺達も見た目は、ただの冒険者。この少女の捕獲を請け負っていても不自然ではない立場。
だが、成り行きとはいえ少女を保護してしまった形だ。
俺の胸にしがみつく少女の姿を見て、誰も俺が捕えたとは思わないだろう。
「折角追い詰めたってのに、手柄はあいつらのもんじゃねえか」
「いや、そうとも限らないんじゃないか? 捕まえたというよりは助けたという感じだぞ」
「仲間? か?」
冒険者たちは口々に仲間と相談を行う。
囲まれてしまっては、下手に身動きもとれない。しばらく様子を伺う。
中には俺達を力で、数で押し切って少女を奪い去り、報酬を山分けしようなんていう物騒な話も聞こえてくる。
そして、この騒ぎを聞きつけた騎士が人の群れを掻き分けて姿を現す。
「よくやった。その子を渡してもらおうか?
お前達、名前は?」
ロイエルトがとりあえず用意していた偽名を名乗る。
俺もそれに倣う。
「夜が明けてから、本部を訪ねてくるといい。
報酬はその時に」
方針が打ち出せないでいた。
素直に従うべきなのか。
俺の腕の中で震えている? 少女を引き渡す。この場は丸く収まる。
だが、それぐらいで反乱軍の中枢へとコネクションが確立されるわけでもない。
メリットはといえば、それこそ無難にこの場を凌げるぐらいなもの。
少女を護って一緒に逃げる? 不可能ではないだろう。
それによって得られるものは? 未知数だ。
騎士が部下を引き連れて、歩み寄ってくる。
「おい……」
ロイエルトが小さく呟く。
「仮にお前が迷っているのならばの話だが。
こういう時は自分の心に正直であるべきだ」
なるほど。言われるまでもない。
迷っていたのは事実だが。結論なんてはなっから決まっていたようなものだ。
「その忠告、感謝はしないぜ?」
「面倒なことにしかならないようだな」
「なにをごちゃごちゃ言っている!
さっさと引き渡さんか!」
騎士の怒号に少女の震えが止まる。
少女は顔を上げた。
騎士を見据える。
「嫌なんだってば!!」
少女が叫ぶ。と同時に、騎士たちが吹き飛ぶ。
その後ろに居た冒険者たちも同様に。巻沿いを食う形で。
何が起きた? 魔術? いや、魔力の気配は感じなかった。
剣気の放出でもない。それならば、俺やロイヤルトは感じることが出来ただろう。
まだ見ぬ、なにがしかの力。
少女が放ったと思われる力。
とにかく。道は出来た。人垣にぱっくり開いた空白地帯。
「走るぞ!」
ロイエルトへ向けて、少女へ向けて、最小限の伝達事項。
俺は少女の手を取って走った。
少女はそのか弱そうな、小さな見た目に関わらず、俺の速度についてくる。
ほぼ全速力の俺に比べて彼女の方がまだいくらかの余力を残しているようでもある。
当然追われる。さらに言えば、前方からも。
事情が分からずに、ただ俺達が通り過ぎるのを見送る者も居れば、立ちふさがってくるものも居る。
無益な殺生は望むところではない。が、あえて前に出て来るのであれば、排除するしかない。
魔術で牽制し、必要があれば剣を交える。
ロイエルトもそこらの冒険者が相手なら後れを取ることは無いようだ。
どうせこんな時間まで飲み歩いていた奴らがほとんどだろう。実力のほどが知れている。
時に殿を務め、時には露払いを買って出てくれる。
そうして街の中をひた走り、ロイエルトに先導されて気が付いた時には街の入り口。
まあ、妥当な線だ。街に留まるよりかは、脱出してしまったほうが。
ここまで騒ぎが起きたのなら、少しでも遠くへ。
が、考えることは相手も同じ。
本来であれば、街の外からの侵入を防ぐために役割についている衛兵たちが、この時のために――俺達のためにわざわざと――数を増やし、内部からの脱出者――俺達三人を阻むべく立ちふさがる。
「黙ってすんなり通してくれそうな雰囲気ではないな……」
当たり前のことを当たり前のように口に出すロイエルト。
数は減らしたとはいえ、後ろからは追手が迫っている。引き返したって事態は好転しない。待ち受けるのは袋小路か。
行く手を塞ぐ衛兵たちを高威力の魔術で蹴散らすのは簡単だが……。
ふと少女が、
「あそこ通りたいの?」
と聞いてくる。
いや、逃げているのはそもそもお前なんじゃないのか? と聞き返す暇もなく。
再び少女から放たれる正体不明の衝撃。
「無茶苦茶だ……」
思わす声に出してしまったが。
少女から放たれた力は、門を壊すでもなく壁を壊すでもなく。
焼くことも凍らせることもしない。もちろん風圧の類でもないだろう。
ただ、人を、人間を吹き飛ばす。
衛兵の陣形が瓦解する。未知の力を、その衝撃を、その威力を目の当たりにした衛兵たちは怯む。
その隙に俺達は駆け抜けた。門を破り街の外へ。とりあえずベルさん達の居る合流地点を目指す。
それまでに追手を振り切れれば十全。
そうでなければ……、その時はその時だ。




