第八話 ネクスト
「ほんと、やってられないわよね」
パルシの家にお呼ばれして食事を食べながら。
ありきたりなグラゥディズの家庭料理だが、主にマーソンフィールで暮らしていたみんなには珍しいものが多い。
シンチャ――今はシーファ――の手料理で育てられた俺はともかく、プラシは元々ハルバリデュス生まれだが物心ついた時にはマーソンフィールへと渡っていた。
パルシや俺の解説を交えながらの食事だった。
で、食事もほとんど終わって会話が途切れたところで、ベルさんが思い出したように言ったのだ。
「日和見主義と言ってしまえばそれまでじゃがな……」
とパルシが応じる。
「英雄は民の前に姿を現す必要はない。
その存在が噂になるだけで、士気は上がる。
さらに言えば、一度姿を見せてしまえば、その力が期待に沿うものでなかったときの失望も大きいだろう。
だっけ? ほんと、なんちゅー言いぐさなんだか」
シノブも腹立たしげだ。まあ、こいつは、歓迎パーティみたいなのを期待してたからそれがおじゃんになったことにも怒りを覚えているのだろう。
ちなみに、シノブが引用したのはマクナスさんの台詞だ。だいたい合ってると思う。
「でも……、僕たちを戦力に数えないし、今後の作戦にも参加させないっていうのは……。さすがにね……」
プラシの言葉にアリシアが、
「わたしたちはともかく、パルシ様まで同じような扱いっていうのが信じられないわ」
と、何時になくテンション――怒の方向へ――をあげている。
一応、尊敬する師匠のポーラさん。それより思いっきり格の高いパルシと出会えたこと。そして、共に力を合わせたこと。
アリシアは、パルシを一瞬で崇拝した。ポーラさんそっちのけで。
そんなパルシが軽々しく扱われたことに対する腹立ち。
「儂のことは、別にな。とうに一線を退き、老いた身。
儂自らも望みもしないし、出来ることも多くは無い。
じゃが、トール殿下に対する扱い。
監視は付けておるようじゃが。別に危害を加えるつもりも無さそうなのはよいとして。
まあ、好意的に解釈すると、議会でも持て余しているということなのじゃろうな」
「でも……。どうしましょう。
折角来たんですけどね。正規軍の今後の動きがわからないとなると……」
俺の言葉に皆が黙りかけた。
それを破ったのはベルさん。
「勝手にやればいいんじゃない?
ってか、それ以外に選択肢がないわけだし。
今日みたいに騒ぎが起こってからしゃしゃり出るってのは癪だけど」
「勝手にといっても、僕たちでできることって……」
「まあ、プラシの言うこともわかるよ。
確かに。あんなリザードの大群とか、しばらくは相手するのも嫌だし。
反乱軍の主力だって、そりゃあ大規模だろうから。
あたし達だけでは戦える相手じゃないってのもわかる。
でもね。あたしはベルさんと一緒。
泣き寝入りとか、このまますごすごと引き返すってのはだけは勘弁。
別にルートをさ、英雄として引き立てようとかって考えはないけどさ。
でもねえ……。成り行き任せとはいえ、乗りかかった船だからねえ」
シノブも豪華な食事のことを抜きにしてもいろいろ考えてくれているようだ。
「なにを為すべきか。何ができるか。
それを考えるのがルート殿下とあなたたちの、まずもってやるべきことなのでしょうな」
パルシの言葉に再び一同黙り込む。
考える……。どちらかと言うと、俺達の苦手分野だ。こんなときに……、ファシリアでも居てくれたら、方向性を打ち出してくれるのだろうけど。
今は彼女は遠い海の向こう。頼れない。
いや、そもそも頼るべきじゃない。自分の道は自分たちの力で。
パルシだってそうだろう。パルシにはパルシなりの考えがあるはずだ。
英雄の末裔としての俺の生きる道に対する期待。理想像。
これだけ生きてきたのだから。ずっとハルバリデュスをグラゥディズを見守ってきたのだから。
だが、その考えは俺達には伝えない。
何故? それは、俺達が、俺達自身で行動を、これからを決めるためにだ。
考えを整理する。
正規軍と行動を共にするという考えは捨てたほうがいいのかもしれない。
今後、反乱軍と正規軍が衝突した時に割り込むことは簡単だ。
大規模な争いが起これば、嫌でも耳に入るだろう。
だがしかし。
衝突が起こってからでは遅い。できるだけ人命を――正規軍はもちろん、反乱軍にも――被害を抑えるためには。
そう、反乱軍といったって同じ国に暮らす国民。誰もが誰も私利私欲のために参加しているというわけじゃない。
中には、旧王族をただ生まれた時からの教育によって信奉し、そこにある正義を信じて戦っている者もいるという。
要点を整理する。
大きな目的としては、反乱の鎮圧だ。だがそれに付随するもう一点。ファシリアからの頼まれごと。竜の存在確認。
俺が英雄の末裔だろうが、一介の冒険者だろうが。
王女の使者だろうがただのおせっかいやきだろうが。
やるべきことは決まっている。決まっていた。
道は既にできている。あとはどう歩むかだ。
俺は、自然に口を開いた。想いを伝える。
「俺は、オフパルシュツンに行こうと思う。
それが、それが今必要とされていることだと。
できれば王に、俺の父親に会いに。会ってどうするのかは決めてないけど。
話がしたい。話を聞いてみたい。
それに、リザード達が操られた原因や、不自然な力を持った魔術師達。
そういったものの、背景を知るためには、オフパルシュツンへ行かないと……。
詳しいことはここに居たってわからないから。いつまで経っても」
「まあ、自然な流れよね。ルートちゃんの考えはよくわかるわ。
問題はその方法なんだけど」
「クァルクバードに行ったときみたいに簡単にいかないものなのかな?」
シノブが尋ねるが、それすらも俺達にはわからない。
だが、方向性としては固まった。
オフパルシュツンへ行く。父親に、王に会えるのか? 細かい情報が手に入るのか? それはわからない。
だけど、この場に留まって無為に時を過ごすことよりは、ずいぶんと建設的だと思う。
リスクも大きいが、それは承知の上だ。
みんなもおおむね賛同してくれた。
パルシに、より細かいことを尋ねる。
パルシだって、噂で聞くこと以上のことは知らないが、俺達よりかは状況を把握している。
だが、結局のところ、行ってみるまではわからないという結論に達する。
ならば、策もなく。ただ赴いてみるのも一興か?
やぶれかぶれではなく。行き当たりばったりに近いが。
食堂のドアがノックされる。
「パルシ様、ルートさんにご来客が見えてますが?」
パルシの付添をしていた少年が入ってくる。俺よりもう少し小さいぐらいの男の子。
名前は何と言ったか。身寄りが無く、パルシに引き取られ、パルシの目となって生活の介助をしながらも魔術を学んでいるという。
「トール殿下に?」
パルシは俺の方を向いた。もちろん目は見えていないのだが、長年の習慣がそうさせるのだろう。
「えっと、誰だか名前は聞いた?」
「ロイエルトという方のようです。そう伝えればわかると……」
「パルシ。ちょっとした知り合いなんだけど。
入ってもらってもいいかな?」
俺の問いにパルシは黙って頷いた。
それをみて少年が、引き返す。
ほどなくしてロイエルトが姿を現した。
「パルシ様。お初にお目にかかります。
突然の来訪で失礼いたしました。
ロイエルト・ミットバンク。この国の冒険者でございます」
「名前は聞いておる。トール殿下のご学友であったということもな」
さすがのパルシの情報網だ。ベルギュムさん達――現在のギルド――とも今なお繋がっているということがわかる。
「で? 何の用なの?
あたしたちも別に暇しているってわけじゃないんだけど?」
ベルさんは優雅にお茶をすすりながらロイエルトに聞く。
ちょっと、ベルさんはロイエルトに対しての言い方がきつい。
まあ、アリシアを擁護してという面もあるのだろうけど、単に相性の問題もありそう。
「いえ、詳しい事情までは聞けていないのですが……」
とロイエルトは一応年長者でもあり、態度的には――実力もそうだけど――この中で一番偉そうなベルさんに対してかしこまった応対を心掛けているようだ。
もちろんパルシにも最大限の敬意を表している。大人の対応だ。こいつはこいつで成長している。
「リザードの襲来の報を聞いて駆けつけてきたのがついさっき。
街には……、冒険者の間ですら様々な情報が入り乱れていますが。
パルシ様が一気に敵を葬り去ったという声もあり。
そして、ハルバリデュスの末裔……つまりはルートたちがその一翼を担ったという噂も聞こえ。
真相を尋ねるべくギルドに赴いてみましたが、正式には元王子であるルートの情報は入っておらず。
伝手を頼って、調べたところ、こちらでお世話になっているという話を耳にしたということで」
「なんか、いろいろ苦労はしたみたいだけどさ。
結局はなに? 顔を見に来たの? それともひやかし?
ただ、パルシ様のファンだったり?」
シノブもロイエルトはどちらかというと苦手なタイプのようで。
それでも、言いたいことは言ってしまおうというごく自然体。平常運転のシノブ。
話は聞かせて貰った! 俺に考えがある的な登場ではないロイエルトは心底居心地が悪そうだ。
だけど、挫けずに、
「正直……、今の政府、そしてギルドの考えは良くわからない、です。
元々俺はマーソンフィールの生まれ。
ここにやって来たときにはすでにハルバリデュス王国は無く、新政権によって運営されていました。
冒険者としては、確かに居心地は悪くなかった。
悪い国ではないとも思います。
だが、今回のルートへの扱い。
以前から燻ぶっていたギルドへの、この国の本質への不信感を煽られた形。
ルートと旧知だからと取り立てられた隊長という職務も蓋を開けてみれば、単なる監視要員。
ルートの所在が明らかになったからとて新たな役割が与えられるわけでもなく」
「なるほど。愚痴を言いに来たってわけね。
まあ、座りなさいよ。長くなりそうだったら先に寝るけど……。
誰か一人ぐらいは付き合ってくれるんじゃない?」
ベルさんにそんなことを言われるが、ロイエルトは座りもしないし、話もやめない。
ゴーイングマイペースだ。
「いえ、正直なところ……、この国にはグラゥディズにはそれほど恩も感じていないし、愛着も無い。
だが、こうして見知った顔の人たちが、ルートやアリシアが。
あなたたちが、何かしようとしているのなら、見過ごせない。
上手くは言えないですが。
何か力になれることはないかと……」
最後のほうは自身無さげに少し弱々しく。
で、俺達はロイエルトを暖かく? 迎え入れることになった。
もちろんロイエルトの正式な所属はグラゥディズのギルド。
だが、特に任務を受けているわけでもなくなったようだし元々が遊撃部隊の所属。
部隊は存続するらしいが、すぐに新たな役割を担わされることでもないようで。
リザード討伐に参加できなかった負い目なのか、それとも一旗揚げてやろうという野心があるのか。
裏に抱いた感情までは読み取れなかったが。
折角来てくれたんなら力になってもらおう。
ロイエルトはカードを持っていた。反乱軍に放たれた内通者への連絡経路。
利用できるものは利用すべきだ。例えそれが罠ではないと完全に否定できなかったとしても。




