第七話 キープ ~ 混沌の打破
「リザードと言っても、足はまちまちだ。
突出しているやつを最優先で叩くぞ!!」
もはや、指揮官である。
デバッラさんの掛け声に、ベルさんもやれやれといった表情で従う。
「言われなくてもそうするけどねっ!」
などと叫びながら。
確かに。街を襲うという目的は同じようだが、種族も違えば足の速さも違う。リザード達は統率がとれていない。
一群になって来られていたらそれこそ絶対絶命だった。だがその集団はかなりばらけている。光明は見える。
初めに姿を現したのは二本脚で走るタイプのリザード。
それが、7~8匹ほど。
「こいつなら、あたし一人で十分!
シーちゃんとルートちゃんでもう一匹を!」
ベルさんは、ひとりで果敢に立ち向かっていく。
シノブも標的を定めた。
「くらえ! 魔法拳『ニ属性』!!」
シノブの与えた連撃で、リザードの足が止まる。
俺は、動きの止まった巨大な足を踏み台にして蜥蜴の体を駆け上がる。
剣気の消費を必要最小限に抑えつつ、最小労力で仕留めるために。
生物の共通の弱点である脳天を突く。
轟く蜥蜴の断末魔。ベルさんが仕留めた蜥蜴の悲鳴と折り重なり、さらには巨体が崩れ落ちる轟音がそれに続く。
「まずは一匹ぃ!!」
この一瞬のすれ違いで、デバッラさんパーティが一匹。ベルさんが一匹。そして俺とシノブで一匹。
計3匹を仕留めた。さらには前衛に出ているもうひとつのパーティが、一匹を着実に仕留めに掛かっている。
騎士団の精鋭部隊も計2匹を相手取っている。
が、打ち漏らしたうちの2匹が、後方の部隊へと向かっていくのが見える。
「あれは、後ろに任せて! 次が来るわよ!」
ベルさんの言葉通り。
まさしく巨大で豊満な蜥蜴。ドラゴンと呼んでも差支えないような巨躯。それでいて動きは素早い。四つん這いで、駆け寄ってくる。
第二陣。その数は十に満か満たないか。
「難敵だな!」
愚痴をこぼしながらも、デバッラさん達パーティは連携して、一匹の足を止める。
徐々に戦闘力を奪おうと攻撃を繰り出す。だが、苦戦している。
俺達も同様。
「ヘリムゾン・フレア!!」
ベルさんが牽制して、動きを遅らせたところで俺の持つ最高威力の魔術をくれてやる。
だが、蜥蜴の動きは止まらない。
「魔術への抵抗力はかなりのものね。
物理を優先させて!」
「めちゃめちゃ固いんですけど!!」
シノブもヒットアンドアウェイでの攻撃を繰り返しながらである。
「泣き言言わない!」
そうだ。俺達が手こずれば手こずるほど……。後方へ負担を強いることになる。
すでに、立ち蜥蜴、ドラゴンもどき。複数のリザードが本隊へと向かっている。
「シーちゃんの魔法拳なら、表面の硬さなんて関係ないでしょ!」
「そうなんだけど! そうなんだけど!」
言いつつも、攻撃の手を緩めないシノブ。
それを横目で見ながら。
「うりゃああああああ!!」
狙いはやはり頭。全行動を生命を司る脳天だ。
巨大な背中を伝って、頭部へと達する。
こっちの蜥蜴も頭を一突きで沈めようとするが……。
「くそっ!」
固い皮膚に阻まれて、剣は半分も刺さらない。
剣気の消費を抑え過ぎたか。
後方で爆音が響く。
「魔術!? 誰が……」
「あんだけの威力だもの。おじいちゃんぐらいしか使い手はいないわよ!
ほら! ルートちゃん。体の中からだったら、闇属性の魔術も効くわ!」
なるほど。
暴れる大蜥蜴に振り落とされないように、必死でしがみつきながら――幸いにしてというべきか、刺さった剣は簡単に抜けそうにない――、魔術を詠唱する。
剣気を一旦抑えて、剣を沿って魔力を伝わせる。内部からの瓦解を画策する。
生命力を奪って一気に片を付けようかという考えは、蜥蜴の強い抵抗を感じて断念せざるを得なかった。
ならばこっち。即座に詠唱を切り替える。
「生きとし生けるものよ その歩む途よ 今が枝分かれの時
己の信念を賭し 命の輝きを奪う 強さを弱さに
我の願い叶えたまえん
剥奪せし魔力の加護!!」
大蜥蜴の防御力を奪う。
リザードともなれば、体中から発せられる魔力によって物理防御力を高めているのだ。それも極端に。
その魔力の加護を奪い去る。
その瞬間に、突き刺さっていた剣が緩む。俺の体は剣ごと宙に飛ばされる。
「食らえ! 魔法拳『蔭』!!」
シノブがとどめを刺す。蜥蜴の奥深く、心臓へと魔力を叩き込む業だ。
上手く決まれば絶命は免れない。
それを見越したベルさんはもう次の的へと向かっている。
どんどんと押し寄せるリザード達。
巨大な背びれを背負う恐竜のような出で立ちの種族。
長い角を生やしたもの。
虹色に輝く鱗を持ったもの。
手足が退化し、もはや大蛇とした呼びようがないもの。
強さも様々。大きさも様々。
様々な特性。
共通して言えるのが、一匹一匹が異常に強いということだけ。
俺が仕留め、ベルさんが仕留め、シノブが仕留め。
デバッラさんや他のパーティが仕留め。
それでも突破されたものは、後方の騎士団や冒険者たちが数に物を言わせてなんとか撃退する。
さらには、最後方ではパルシが魔術で迎撃する。
いまだそのリザードの集団は半分以上残っている。ここまでの戦いで未だ3割、良くて四割程度しか遭遇していない。
今までの体力や魔力の消費を考えれば……。一匹一匹の駆逐に必要なコストを考えれば……。最後までは持たない。
背後で歓声が沸き起こる。目をやる。
傷つき倒れた者。おそらくは命を失ってしまったであろう騎士、冒険者。そんな姿が目に入る。
だが、まだまだ戦えるものの数は少なくない。魔力を使い果たしたものも多いだろう。
既に剣気を放つことすらできないものも居るだろう。
だけど、護り通した。絶対防衛線。
戦いながら、それでも目には希望の光を浮かぶ。
失いかけた気力が復活する。
聖なる魔法陣が光を放っていた。
「魔法陣を発動させました!
こっちへ! 魔法陣へ誘い込んでください!
邪気を払えば! それ以上街を襲うことはしないはずです!!」
プラシの声だ。
陣営には既に勝利ムードが漂いだした。
「なんとかなったようだな」
「やってみるもんよね」
デバッラさんとベルさんだ。
作戦は極端に難易度を下げた。次のフェーズへと移行する。
発動準備作業を行っている魔法陣までの道を死守し、一匹でも多くのリザードを仕留めることから。
迫りくるリザード達を破邪の魔法陣へと誘導するミッションへ。
大半のリザードは放って置いても巨大な魔法陣へと向かう。回避するだけの知識も冷静さも失っている。
魔法陣へと誘い込まれたリザードは、正気を取り戻す。
我に返って状況を確認する。
結界の存在に気づき引き返す。
あるいは、なし崩し的に周囲の人間たちを襲う。
そもそもにして、生まれながらに凶暴な性質を持ったやつらも多いのだ。
だが、敵の数や戦力を見て本能的に敗北を悟り、そのまま逃げだすものが多数。
時間はかかったが、これだけの人数が居たのだ。
すべてのリザードを追い払い、あるいは駆逐することに成功した。
人間側の被害も相当なものになっているだろうけど……。
「さすがに……疲れたわ。もう魔力空っぽ……」
シノブがべったりと地面に座り込む。
「今回は、大手柄だわね。プラシちゃん」
ベルさんの声掛けにプラシは少し照れたように、
「だけど、僕だけの力じゃないから……」
と、怪我人の治療にあたっているアリシアとパルシを見やる。
「ほんとにそうだ。パルシ様がいてあのアリシアという少女がいて。
そして君が居たからこそ為し得た作戦だ。
騎士団を、いや国を代表して礼を言わせてもらおう」
ポールさんがわざわざやってきてプラシに頭を下げる。
「それにあなたたちも。あなたたちの助けがなかったら、グラゥディズは……」
「ポートヘールツのように滅ぼされてたってか?
まあ、面目ないがまったくそのとおりだな。
面目ないのは騎士団も同じだが。
俺も、折角だから国を代表して礼を言わせてもらおうか」
この国の冒険者を代表してデバッラさんも俺達を称えた。
「あんたたち勝手に国を代表してるけど?
ちゃんと上の人間に話を通しているの?」
ベルさんがからかうように言った。
「さて、ルート殿下。
わたしはこれより、リザード討伐の報告をしに議会へと赴かねばならん。
まずはゆっくり休みたいところではあると思うが……」
「いえ、わかってます。
先ほども……。議長たちとは話の途中でしたし。
出来たら……。みんなでもう一度。
マクナスさんやベルギュムさんと話がしたいです」
「そうであるな。それはわたしからもお願いしたいことだ。
パルシ様の力を受け継いだ、魔術師プラシ殿。それにアリシア殿。
もちろんベル殿もシノブ殿も。
英雄のお仲間としてふさわしいお力をお持ちになっておられるようだ。
あなた方のご助力があれば、きっとこの戦乱は鎮められるはず」
俺達は街へと引き返す。
多数の騎士や冒険者たちの喝采を浴びながら。
「やっぱあれかしら?
高待遇? 宴会なんかに誘われるかしらね?」
ベルさんが呟く。
「なあ、ルート!? ここって何が名物だ!?
マーソンフィールよりも美味いか?」
はやくもシノブは夕食の献立に頭を巡らせている。
「グラゥディズのちゃんとした料理って食べたことないからなあ」
俺は言った。
まだまだやることは多いけれど。とりあえず一区切り。
宴会の有無はともかくとして。
明日は町中で英雄の到来を喜び、大騒ぎになるかも知れないけれど。
今日はとにかく疲れた。ゆっくりしたい。
だけどやるべきことをやってから、責任は果たす。
英雄の末裔として。反乱軍の頭の息子として。
「ちょっと! それってどういうことよ!」
ベルさんの怒号。怒りの発露。そりゃあそうだろう。
マクナスさんとベルギュムさんを交互に睨みつける。
俺はともかく……。
シノブは完全に同意の眼差し。
プラシや、アリシアだって表情からはわからないがほとんど同じ想いだろう。
パルシは黙って聞いていた。
ベルさんは俺達の心を代弁してくれている。だからみんなも何も言わない。言えない。
さらに言えば、ここでベルさんを窘めると――まったくそんな気分にはなれないのだが――いらぬ火の粉が降りかかる恐れすらある。
だから、潔くベルさんに代弁をお任せする。
下手に賛同の意を示したところで、ベルさんの怒りがヒートアップして話がこじれるほうへと転ぶことも大いに考えられる。
だから、相手の反応を待つベルさんをただ見つめるだけ。
ベルギュムさんが――言うべきことだけを伝えて黙り込んだマクナスさんに代って――、淡々と語りだす。
「申し訳ないのですが、そういうことです。
いえ、あなたがたは客人ですから。滞在する場所や費用などはこちらが負担いたします。
ただ、情勢が情勢であるために、報酬などは時間を置いて後日ということに……」
「お金の話をしてんじゃないの!
まずは、反乱の鎮静でしょ!?」
「ですからそれも……」
言葉に詰まるベルギュムさん。
変わってパルシが重い口を開いた。
「なるほど。新政権には英雄は必要ないと。
それに殿下の素性は公式に確認できたものではないということじゃな。儂が認めたにも関わらず。
そちらの言い分は理解した。この方々の宿の手配は結構。
いきますぞ、ルート殿下。皆様も。
今晩からは、儂の家にお泊り願おう」
どこまでも平行線をたどりそうな会話の気配を悟ったパルシは、話し合いを打ち切ることを決めたようだ。
ベルさんもやってられないという表情で、即座に部屋を出る。
マクナスさんの主張。英雄は必要ない。その論理はわからないでもないが……。
ただただ申し訳なさそうに俺達を見つめるポールさんに見送られながら。
俺達は議長の執務室を、議会を後にした。