第六話 サークル ~ 継承する描き手
ちょっ、声が大きいって! とは、しばらく前に俺が心の中で入れたツッコミである。
大変な騒ぎとなった。
そもそも、この戦乱は元王の、俺の親父を主犯とする。今となっては……、正規軍、政党政府からすればただの反乱だ。
そこに正義は欠片も見当たらない。
であれば、その主犯の息子にしたって頼りにならない、もっといえば憎悪の対象なのだが、英雄の再来などと言われてたら、期待値も高まる。
大混乱を招きかけた。
が、簡単な事情を聞いたポールさんが騎士団などを通じて騒ぎを治めた。
確かに元王子がここに居る。だが、それは今は味方である。英雄の再来であると。
簡潔に言うとそういうことなのだが、俺への期待を煽ることで混乱を封じた形である。
今のところの俺は、それほどの力は持っていないのだが……。
竜の大群に対してたった数人のパーティで挑んだと言われるハルバリデュスと比べられるとハードルがめっちゃ上がる。
とにかく、正規軍の士気だけは高まった。
今は、パルシが参加したことによる作戦の変更ができないか、ポールさんやデバッラさん、俺のパーティメンバーで話し合いを始めようとしたところだ。
「まさか、プラシがトール殿下のおそばで働いているとは。
クラスメイトとなり親交を深めていることはポーラから聞いてはおったが……」
そうなのだ。パルシはポーラさんと手紙のやり取りをしていた。薄々なのか、がっつりとなのか、ポーラさんの言うルートという人間が俺すなわちトールであることは気づいていたようだが。
さすがにプラシがこんなところまで着いて来ているとは思ってもいなかったようだ。別に働かせているわけじゃないが。
「ポーラは一緒ではないのですか?」
パルシが尋ねる。
「えっ、ああ。グラゥディズまでは来たんだけど、小さな子供と一緒だったし、そもそもついて来る予定じゃなかったから」
ついつい軽い口調になってしまう。俺の中のパルシは、1歳のころに出会った人の良いおじいちゃんそのままだ。パルシの方からは、敬意と言うかそこはかとない期待とかプレッシャーの元を感じさせられる態度だけれど。
「それは……。ポーラが来ておればリザードを倒すのではなく、無力化する方法が無いわけではなかったのじゃが……」
そんなパルシの言葉を聞いたベルさんが、
「ちょ、何? おじいちゃん、詳しく!」
ほんとにこの人は。俺はともかく大魔道師をおじいちゃん扱いするなんて。
人が出来たパルシはそんなベルさんの態度には嫌な顔をせずに答える。
「儂はもう目が見えん。
じゃが、その分、魔力の流れや邪悪なる気を感じる力がわずかながら伸びておる。
リザードも凶暴な種族じゃが、あえて、それも大挙して街を襲うなどということは普通では考えられん。
しかも魔物払いの結界の中へわざわざ入り込んでまでな」
「だから、それは反乱軍が何らかの力で操ってるってことだよね?」
とプラシが聞く。
「左様。おそらくは邪気。魔竜戦役を起こした竜達が正気を失ったのと同じような状態じゃろう。どのように操って街を襲わせているのかまではわからんがの」
「ポーラならその邪気を払えるっていうのでしょうか?」
今度はアリシアが聞いた。
「ポーラが……というよりも……、儂の知る魔術で邪気払いの魔法陣というのがある。
ひどく厄介で使いづらいものじゃが、この地、ハルバリデュスの精霊たちとは既に契約済みの術式。というよりも初代のハルバリデュスが乱世を治めた際に、もう一度同じようなことが起こった時のために。
ハルバリデュスと共に戦った魔道師が編み出したものだ。
儂も一度や二度は試したことがある」
「魔道師ルシュツ……」
プラシが呟いた。
「その通り。魔術を術ではなく、道と捉え、自らを魔道師を名乗った。
儂もルシュツになぞらえて大魔道師などと呼ばれているが、儂のやっていることはルシュツの通った道を再確認しているだけのことに過ぎない。それも果てしなく長い道のりのまだほんの入り口に立ったばかり。
この国には魔術も碌な使い手がおらんし、魔法陣などという複雑な術式を学んでいるものは少ない。
儂の目が見えればよいのじゃが、この体ではもはや巨大な魔法陣を描くことは罷り通らん。
じゃが、ポーラぐらいの知識と経験があるのなら……」
「ポーラさーん!! そこに居るのはわかってるのよ~。
怒らないから出ていらっしゃい!
もちろん、ファーチャも一緒でしょ~。
ファーチャも別に怒らないから~。
後で、飴でも買ってあげるから~」
ベルさんが突然叫びだした。
周囲を見渡す。
まさかと思うが、ポーラさんなら。いやファーチャならやりかねない。船を逃げ出してひっそりと俺の後を追う。
さらに言えば、ベルさんならそれを知って、知らん顔するぐらいのことは……想像できる。
だが、そんな後先考えないファーチャ達の行動は……今は緊急事態だ。ありがたい。
窮地を打破するために降って沸いたような役割。それを果たしうる人材。
ポーラさんの覚醒の時。地味で、あくまでも家庭教師と言う役割を演じ続けてきたポーラさんに脚光が、スポットライトが当たり、華々しい輝きが宿る時。
それは……今?
……だが、ポーラさんは出てこなかった。
「ええっと、ベル……さん?」
シノブがベルさんの顔を見る。
「呼んで出てこなかったところでなんにも損はしないからね。
まさかとは、あたしも思うけど、現れてくれたらありがたいかなって」
ベルさんはチロっと舌を出した。そういう人なのである。
「その魔法陣! その魔法陣は、わたしじゃあ描けないでしょうか!?
ポーラから基本的なことは習っています。
それに、プラシだって」
アリシアに振られてプラシはぎょっとした顔をした。
確かに、プラシもポーラさんから魔術を、特に魔法陣の基礎を習い始めたところだが……。
「アリシアさんか。ポーラからその才能の非凡さは聞いておる。
じゃが、破邪の魔法陣は使い手を選ぶ。この地の精霊に訴えかけるには儂が描き、儂が唱えるのが一番いいのじゃ。
ポーラであれば儂と魔力の系統も似ておるから……」
そういうことらしい。魔法陣を発動させるには精霊にその術式を理解させておく必要がある。小さな、簡易な魔法陣ならそれは省略できることも多いが、複雑な術になると精霊との相性などの問題から、本人以外には使えないことも多いと言う。
「だったらプラシなら!?」
アリシアが食い下がる。
「パルシ様から陣の文様と呪文を聞き、それをプラシに描かせます。
その上で発動をプラシが行うのであれば!?」
期待がプラシに向かう。
パルシは少し考え込んだ。
「果たして可能かどうか……。時間は足りておるじゃろう。
まずはアリシアさんの知識を試させてもらおうか」
パルシは、アリシアに指示を出した。魔法陣なんて描いたことのない俺達にとってはまったく意味不明の言葉の羅列。
プラシですら、ほとんどついていけていないという表情だ。
だが、アリシアは理解しているようだった。
言われるがまま、パルシの一言一言に応じるように、地面に文様を描き出す。
最後にアリシアが短く詠唱すると、魔法陣は小さな輝きを放った。
「なるほど。思っていた以上の腕前。これならば問題はあるまい。
あとは……、プラシがアリシアさんの指示通りに描けるかどうか」
「ここが男の見せ所だな! いっちょやってきな!」
シノブに激を飛ばされて、プラシは小さく頷いた。
大勢に見守られる中で、プラシ達の魔法陣作りが始まった。
パルシがその手順をアリシアに伝え、アリシアの指示通りにプラシが魔力を込めながら、一筆一筆丁寧に描く。
全盛時のパルシであれば10分ほどで描き終えられたという魔法陣だが、流石に初めての、しかも共同作業である。パルシ、アリシア、プラシと伝言ゲームのように伝えていく必要があるために、余計に時間がかかる。
「あとどれくらいですかな?」
溜まりかねたポールさんが尋ねると、
「八割がたは終わった」
と短くパルシが返す。
「残念ながら、リミットオーバー。どうやら作戦は決まったようだな」
デバッラさんが呟いた。
「どうやらそのようね。残念ながら」
茶化すようにベルさんが言う。
ベルさんが俺に耳打ち。全部は覚えきれないが……。
そんなことを言うのは正気では難しいが……、士気を高めるためなら仕方ない。
「いっちょかましてやりな! 王子様!!」
ひそひそ話を耳を澄まして聞いていたシノブが俺の尻を叩く。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「全軍に告ぐ!!
我が名は、トール・ハルバリデュス!! 大英雄ハルバリデュスの末裔なり!
リザードの集団はすぐそこまで迫ってきている。
だが、邪気を払う魔法陣の完成は間近だ!
全身全霊をもってこれを死守せよ!!
魔法陣が完成次第、一匹でも多くの魔物を魔法陣へと誘い込むのだ!!
邪気が払われた魔物は、正気を取り戻し、我らの攻勢によって退けることが可能となるであろう!」
おおーと呼応するように雄叫びが上がる。
一度静まるのを待って。
「お前たちの命!
我に預けよ!
己の力で、皆の力で道を拓くのだ!!
約束しよう。英雄の力は必ずこの困難を打ち砕くということを!
……。
それには……皆さんの協力が必要です。
力を……、力を貸してください!!
お願いします!!!!」
「珍しいタイプの英雄ね。深々と頭下げるだなんて。
そんなことやってもどうせ前の方の人間にしか見えないのに。
それにあたしが言ったのってそんな台詞じゃなかったと思うけど?」
「でも、それがルートっぽいっちゃルートっぽいよな」
「おしゃべりしている暇は、あとわずかだ。
どうせそこまで来ているんだ。
少しでも時間を稼ぎたい。前に出て迎え撃つぞ」
なんだかんだで偉そうに指示を出すデバッラさん。
「はい、そこでルートちゃんの出番ね」
いや、またもう無茶ぶりが。酷くないですか?
「えっと、次はどのように言えば……?」
「全軍突撃でも、皆の者出会え! でもいいんじゃない?
お好きにしたら?」
「おっと、ベルさん。そこで突き放すの?
ルートが可哀そう」
シノブもフォローしてくれているようで目は笑っている。
「さっさとしてくれよ。
あまり街から離れるのは得策じゃないが、こっちはデッドラインは決まってしまったんだ。
戦闘区域を少しでも前で維持するのが最重要課題だぜ?」
「あっ、はい。
では。
皆さん! 俺達に続いてください!!
敵を! リザードを! 魔物を迎え撃ちます!!」
叫び終えてから既に走りだしたベルさん達を追う。
「ルートちゃん、シーちゃん。
あいにくと我が家の魔術師たちは超重要任務に駆りだされちゃったわ。
近接メインのあたしたちだけじゃあ、支援も無くって辛いかもしれないけど」
「大丈夫! 行けます!!」
「もちのろん!!」
それぞれが、それぞれの役割。護るべきもの。護りたいもの。理由なんて無くたっていい。
ただ、真摯に今できることを果たすために全力を尽くす。
その積み重ねがやがて大きな力となるのだ。
俺一人の力なんてちっぽけだ。だが、今は一人じゃない。
心を許せる仲間がいる。支えてくれる仲間がいる。
目的を同じくする同士が沢山いる。
俺の、俺達の伝説はまだ始まったばかり、いや、今からの俺達の一挙手一投足を……。
これから俺達の歩む道を……それこそを……。
伝説にするだなどと大きなことは言えない。
だけど、精一杯に。今を駆け抜けよう。




