第五話 アゲイン ~ 大魔道師
「ちょっと、通して! ごめんなさいね!」
千人近くは居たであろうか。要塞都市グラゥディズの壁の外。
リザードの集団を待ち受ける冒険者の群れ。
ベルさんはただひたすら群衆を掻き分けて最前列を目指す。
「だから、通してってば! 作戦参謀!? 指揮官!?
そんなのに話があるんだって!
ちょっと! 変なとこ触んないでよ!
何者って、ちゃんと議長だっけ? マクナスとかいう人には話を付けてあるから!
マーソンフィールからの援軍よ!
お姫様のお墨付きなのっ!
どいて! どいて! どきなさい!!」
ベルさんの勢いに押されて道が拓ける。俺達はその後を追う。
ようやく人ごみを通り抜けて最前線へ。
リザードたちの姿は見えない。まだしばらくは遭遇までの時間が残されているようだ。
「偉い人~! この中で一番偉い人は誰~!!」
ベルさんの呼びかけに一人の騎士が歩み出た。なにやら複数人集まって相談していたのだが、それをわざわざ投げ出して。
「グラゥディズ愛国騎士団の団長を務めている、ポール・マキューソンだ。
何事か?」
「あんたが、指揮官?」
「いや、指揮官というほどのものでもない。ただ、騎士団と冒険者をまとめあげる任を与えられている」
「じゃあ、やっぱり指揮官じゃない?
それより、状況は?
どこまで来てるの? リザード達は?
連動して反乱軍なんかは動いてないの?」
「反乱軍の動きの情報は入っていない。
リザード達はゆっくりとこちらへ向かっているらしい。速度を速めなければあと二時間ほどで、姿を現すだろう。
ポートヘールツの時もそうであった。反乱軍や他の魔物は襲来せずにただリザードだけが街を蹂躙していたと聞く。
それより、あなたたちは?」
申し遅れましたなどと殊勝なことはベルさんは言わない。
「あたしたちは、マーソンフィール王女の命を受けて、支援にやってきたの。
今後の成長株の新米冒険者を引き連れてね」
「新米とは……」
「あ、あたしは違うけどね。ベテランって歳でもないけど。
見りゃわかるでしょ? この若さあふれる肌のハリ?」
「いや、それにしても王女とは……。
女王ではないのか?」
「女王様は今のところ様子見って感じね。
ほんとにのっぴきならない状況ならちゃんと連絡が来るだろうしって。
まあ、ポートヘールツを見た感じじゃ、救援を申し込もうにも船が手配できないって状況だったんだろうけど。
で、作戦どうなってんの?
相手はリザードでしょ? それも数が多い。
こっちの戦力は? 高ランクの冒険者とかがわんさかいるのかしら?」
「正直……、状況は芳しくない。
我ら騎士団は、命に代えても街を護り通す決意。
さらには、冒険者たちも多数。危険を顧みずこうして集まってくれているが……」
とポールさんは、周囲を見渡す。
確かに、数の上では圧倒している。だが、その口調からは、戦力としてはリザードの大群を相手にするには頼りないという不安が隠しきれていない。
「魔術師ってのはどれくらい混じってる?
要は、前衛のあたしとかがさ。後ろを当てにして戦って大丈夫なのかを聞きたいだけなんだけど?」
ちょっとやる気を見せ始めたシノブが聞く。
「魔術を使えるものも居るには居るが……。
数としては剣を主に使用するものの方が多い。
それに……連携と言う意味では……。
なにぶん大規模な集団での作戦行動などもう何十年、いやそれ以上の間取られていない。
我ら騎士団は、そのような訓練を受けてはいるが、今集まっている者の数としては冒険者の方が多い。
今もそれを話し合っていたところなのだ。
即席で無理に連携を取るよりも、普段戦い慣れたパーティでの戦闘スタイルを優先して挑むべきだという意見が圧倒的でな。
今回の事変がきっかけで組織された冒険者の集団も幾つかあるが、統率を取って戦いに挑むというほどの時間も経験も積めてはいない」
「まあそう悲観することはないさ」
と割り込んできたのはさっきまで騎士団団長のポールさんと話をしていた輪の中の一人。
「うちのパーティなら、リザードの一匹や二匹。
時間はかかるだろうが始末は出来る。
腕に自身の無い奴は、できるだけあいつらを足止めして時間を稼ぐ。
まあ、リザードとの対戦経験があるやつなんか数えるほどしかいないが、壁の役目ぐらいはできるだろうよ」
「ああ、彼は冒険者の……」
言いかけたポールさんをその冒険者が遮る。
「数少ないAランクの冒険者、デバッラ・カターシーだ。
後ろのほうに控えていないとも限らんが……、常識的に考えて、俺ぐらいの力のある奴は、とっくに前に出て名乗りを上げてるだろう。
だが、その中でAランクは俺一人だけ。Bランクにしたって俺のパーティを含めて……」
とデバッラさんが後ろを振り向く。
デバッラさんのパーティのメンバーだろうか? 綺麗なお姉さんが一人こちらに手を振る。もうひとり、にっこりとほほ笑みを浮かべるこれまた可愛らしいお姉さん。あと、つんとそっぽを向いている剣士っぽい女性も仲間だろうか?
人の事は言えないが、綺麗どころに囲まれた羨ましいパーティだ。
「あいつら入れても十人にも満たない。あとはCランクがせいぜい。
騎士団だって、戦力的にはCとDの間ぐらいだろう。ギルドの基準で言えばな。
ところでお姉さん? お名前は?」
「ベルよ。なるほど……。
状況はわかったわ。要は勝手にすればいいってことね」
「いや、決してそのような打ち砕けた態度では……」
とポールさんが慌てて否定するが、
「いやまったくそのとおり。気が合うね。ベル。
どう? うちのパーティに入らない?」
「お断り。それに、いきなり馴れ馴れしくしないでよ。
ちゃんとあたしは頼れるリーダーのルートちゃんに唾つけられてるんだから」
「おっと、そっちの坊やがリーダなのか?
えらく若いが……。ふーん……」
デバッラさんに体中を舐めまわすように見つめられる。
「まあ、いくら話していても埒があかないことは確かだ。
結局まとまったのは、リザードの襲来に合わせて支援魔法を使えるやつはどんどん使う。
犠牲を最小限に。街はもちろんのこと。自分たちの身も含めて。
リザードを仕留める力を持った奴は全力でそれを成し遂げるように努力する。
後の奴は時間稼ぎ。可能な限りリザードの足を止める。
攻撃魔術が使える奴は全力でぶっぱなす。
作戦なんておこがましいが、この面子で出来ることなんてそれぐらいだ」
どことなく他人事のように話すデバッラさんは、生真面目ってタイプでもなく。ムルさんのことを思い出させるが、さすがにデバッラさんの言葉にムルさんほどの安心感は感じられない。
「というわけなのです。
いや、先ほどから話し合っているのですが……」
「いきあたりばったり以上の良い案が浮かばないってことよね?
とどのつまりは?」
ベルさんが手厳しく言ってポールさんとの会話を切り上げた。
ちょっとデバッラさんがうざく感じられたのかも知れない。
「というわけで……。ほんと何が『というわけで……』なんだか。
あたしたちはあたしたちで全力を尽くすしかないみたいね。
ちゃんとした作戦なんかがあったら乗っかろうと思ったんだけど」
ベルさんが俺達を顔を見回す。
「やるしかないよなあ、手当たり次第」
シノブが呟く。
「アリシアと僕で支援魔術を掛けまくりたいところだけど……」
「そうね。長期戦も覚悟しとかないといけないし……」
プラシにアリシアも同意する。
そうだ。デバッラさんは最初から支援魔術を使ってガンガンいこうぜと言っていたがそれは、地力での戦いに不安があるものの作戦。
俺達が決してそうじゃないとはいえたもんじゃないが。
主力である騎士団の精鋭、それにデバッラさん達。もう一組か二組ぐらいはいそうなランクBの冒険者パーティ。
それだけで相手できるリザードは10匹にも満たないだろう。
それ以外の騎士や冒険者では、それこそ足止めするのが精いっぱい。街へと乗り込まれるわけにはいかないが、下手下手に犠牲を増やしたくもない。
「多分だけどね。
シーちゃんの魔法拳は十分通用する。ルートちゃんが本気を出せば、リザードなんて一刀両断。でも……わかってるわよね?」
「ええ。ドラゴンゾンビ戦の時がそうでした。上手く力を制御しないと、剣気を維持し続けることができない。長時間は戦えない」
「そう。それはプラシちゃんの魔術でもそうよ。魔術師の生命線である魔力を尽くさないように節約しなければならない。もちろんアリシアちゃんもね」
「わたしたちや、他の強いパーティが前衛で頑張ったとしても……。
力を使い果たして崩されてしまったら、一気に戦線は瓦解する」
元々魔力の少なかったアリシアは、魔力を使い果たした時の魔術師の無力さを他の誰よりも理解している。
「まあ、リザード相手にできるのって、あたしたちだけってわけじゃないからそこまで深刻に考えるものあれだと思うけど。
いらない被害は出したくないでしょ?」
そのとおりだ。怪我人や……死人を最小限に抑えるためには、俺達前線が如何に持ちこたえるかも重要。
それでいて、一匹でも多く、できるだけ時間を掛けずに倒していくという難事。
細かい打ち合わせを行う。といってもやはりある程度はいきあたりばったり。
フォーメーションもへったくれもないが、お互いの安全を確保するためにも俺達は出来るだけ一匹ずつ相手取ることなどを決めた。
パーティー間で離れすぎないこと。
残酷なようだが……他の冒険者や騎士たちに危機が及んでいても無理に手を出さない。手を差し伸べない。それぞれが、それぞれの胸に、それぞれの覚悟をもって臨んでいるのだ。
自分のやるべきことをしっかりすることが、最良の結果に繋がる。それを信じる。
あとは結局臨機応変に。
あと一時間半。多少なりとも陣形を整えつつ、前進してリザードの到来を待ち構える俺達を含む大集団。
その集団の後方からざわめきが伝わってくる。
人垣が割れる。
そこをゆっくりと、若い少年に連れられながら歩いてくるローブ姿の老人。
「まさか、いや……」
「大魔道師……」
「パルシ様が……、パルシ様が来てくださった」
あちこちで歓声が聞こえ始める。同時に、
「でも、パルシはもう目も見えないんじゃあ?」
「ギルドにも所属せず、一線はとうの昔に退いた人だよな?」
とパルシの現状を不安視する声も。
「だが、今でもあの魔術の才は誰よりも上を行っているはず」
「パルシ様の魔術なら、リザードにも通用するぜ」
と、期待を込めた感情も。
少年に寄り添われたパルシを、騎士団長のポールさんが迎え入れる。
「まさか、パルシ様が自らこのような場所へとお越しくださるとは」
「このような場所? このような場所だからこそ来たのじゃ!
体力も落ち、視力も失った。
それでも、魔力は……魔術の腕はそれほど衰えてはおらぬつもりじゃ。
全盛時とは比べるまでもなくともな」
「これは失礼しました。いえ、回復役として参加してくださるだけでも十分です。
パルシ様の回復魔術であれば、多数の命が救えましょう」
「回復? 儂に回復役に徹せというのか?
儂の得意とするのは魔物を打ち破る魔術。
もはや、魔法陣が描けずとも、魔物の気配を感知し、一匹でも多く仕留めることが儂に与えられた最後の定めじゃ!」
俺の記憶に残るパルシとは……だいぶ違う。衰えている。ひどく年を取っている。
それはそうだ。
俺がパルシに会ったのはもう15年近くも前の事。
あの頃から結構な歳だった。だけど、こうして、街の安全を案じて力を使おうとしている。心は強く。大魔道師の威厳は保ったまま。いや、俺の知る限りパルシに偉そうな威厳なんてなかったけど。
光を失い、一人で歩くこともままならないのに、最前線へ。
己の足で立ち、脅威なる魔物を待ち構える。俺の知らないパルシの一面。だがこれこそが本当の姿なのだろう。
危険を顧みず、自分の力を惜しむなく発揮しようと参じたパルシ。圧倒的な存在感。
知らぬ顔はできない。
俺はゆっくりとパルシに向かって歩いて行った。
「お久しぶりです……」
「ん? そなたは?」
「ああ、彼はマーソンフィールから来た冒険者で……」
ポールさんの説明を待たずに、パルシはよろよろと俺に向って歩き手を差し伸べる。
俺はその手を固く握った。
「大きく……大きくなられましたな。目は見えずとも、そのご立派な姿が目に浮かびます。
強く……、気高く……、逞しい。
魔術の才もずいぶんと伸ばされたようだ。
まさか、もう一度出会えるとは……。
これはまさしく、運命。いや天啓か……。
トール殿下……。大英雄ハルバリデュスの再来よ!!」




