第四話 チェアー ~ 失われた価値
「なんだかどんよりしてるわねえ。昔からこうだったってわけじゃないんだろうけど。
いろいろあって大変ね」
ベルさんがそんなことを漏らす。他人事みたいに。
俺達6人――俺、ベルさん、アリシア、プラシ、シノブ、ロイエルト――は無事に要塞都市グラゥディズへと辿り着いていた。
途中で反乱軍に見つかることもなく……である。多少の魔物を相手しただけで。
ロイエルトの案内でこの街のギルドへ行って、話をつけて貰った。
一国の王女からの使者であれば、ギルドの幹部クラスでは荷が重い。即刻議会への連絡がとおり、面談の予約を取り付けた。
まずはマーソンフィールの王女、ファシリアの使いとして話をする。
状況によっては、俺の生い立ちも打ち明ける。それまでは使いたくはないが偽名を名乗る。
ロイエルトの話によると、ルート・ハルバードがトール・ハルバリデュスであることは、一部の人間には既に明らかなことらしい。だが流石に顔までは知れ渡っていない。
それが、ロイエルトがあの廃墟、港町に派遣されていた理由でもあった。俺の顔を知るごく少数の人間のうちの一人。
ロイエルトには口止めしてある。
トール・ハルバリデュスが来ないか見張ってたらたまたまマーソンフィールからの使者がやってきたというシナリオだ。俺は元王子でもなんでもないという設定。
どこまで通用するかわからないが……。
街の中心部付近を歩くと王城が嫌でも目に入る。取り壊しこそされていないが旧権力の象徴。今は利用はされていない。
昨日のうちにも遠巻きに眺めたが、そもそも中で暮らしていたのは数か月。目も碌に見えなかった時期もあった。日中に外から見るのは実は初めて。さして感情も動かなかった。
ギルドからも近い議会本部へと向かって歩く。
ベルさんの言うとおりだ。街には活気が無い。出歩く人も少ない。
冒険者は、街の周囲を固めている。
あまり大人数で尋ねても仕方ないので面談させてもらうのは俺とベルさんの二人だけ。
ロイエルトがこの国のギルドに登録しており身元が確かなので案内役を務めてくれる。
「懐かしい……って顔じゃないわね?」
「ええ、だって街を歩いたことはないんですから」
「そういえばそうだったわね」
「マーソンフィールからの使者をお連れしました」
ロイエルトが、ドアをノックする。
「お入りください」
俺とベルさんは、議長の執務室へと招き入れられた。
室内には、二人の男性。
一人は大きな机の椅子に座ったわりと小柄そうな人。
もう一人は、その脇に立つ、少し背の高い男性。
座っている人のほうが、年少だろうか? それでも、50歳近い年齢だろう。もっと上かも知れない。
「わたしがグラゥディズの連合議会の議長、マクナスです」
椅子に座っていた方の男性が立ち上がりながら言う。
続けて、もうひとりが、
「わたしはギルドの総責任者、ベルギュムです」
あっ、この人が……。俺の逃亡を影から助け、ゴーダを支援してくれてた……。
きちんとお礼を言いたいが……。
「初めまして。
マーソンフィール王国の王女、ファシリア・マーソンフィールより依頼を受けてまいりました。
冒険者のベル・ワイナリーです。
それから、こっちが同じく冒険者のムルツー・ラ……」
「小芝居は結構ですよ」
ベルさんの言葉を遮るように、言い放つマクナスさん。
「あっちゃー。そういうこと? ロイエルトくんが裏切った?」
ベルさんは天を仰いだ。
これはあれなんだろうな。ばれてるんだろうな。俺の事。
だが、そうであるならば、即刻身柄を確保されててもおかしくはない。
そうされていないってことは、対話の可能性がある? 向こうもそれを望んでいる?
なにより、ベルギュムさんが居るってことは……。
「いえ、彼の名誉にかけてご説明しておきますが、彼からの情報ではありません」
とベルギュムさんが否定する。
「そうなの? まあどっちでもいいけど」
「さて、まずは王女、ファシリア様からの言伝をお聞きしましょうか?」
マクナスさんが言う。俺のことは後回し。というか、この人たちにとってそっちが本題なのかもしれない。その前に、片づけるべきことを片づけておく。
「と言ってもね。状況はロイエルトくんから大体聞いたし。
ほんとにご挨拶に伺っただけですわ。
お力になれることがありましたら、力はお貸ししますけど、一国のトップに向ってそんな大それたことは言えませんし。
少人数のあたしたちが霞むくらいの兵力はお持ちでしょう」
「何か策があって、遣わされたということではないのですな?」
「ええ、まあ。お姫様からのお使いはほんとにご挨拶。状況確認を兼ねての……ですね。
ぶっちゃけどうなんですか? 反乱軍は?」
ベルさんはいつも通り。多少の敬語は交えながらだが、偉い人の前でも態度は変えない。見習うべきことなのか、反面教師にすべきなのか。よくわからない。
「見ての通り、言葉は悪いがジリ貧の状況ですよ」
ベルギュムさんが改めて状況を説明してくれた。
「反乱軍の方から大規模な攻勢を仕掛けてくることもないが、こちらから攻め入って落とせるだけの確固たる確証もない。
小競り合いを交えつつのにらみ合いが続いています」
「リザードが街を襲ったのは……、ポートヘールツの一回だけなのよね?」
「ええ。偶然ではないのか? ということでしょうか?
ありえませんね。タイミングが良すぎます。
反乱軍がどのような手段をもってそれを実行させたのかはわかりませんが。
続けてリザードをこのグラゥディズに投入してこない。その理由は、あちらにしかわかりません。が、警戒は必要です。」
「いつまたリザードが攻めてくるかわからない。それに備えるためには街の守りを手薄にはできない?」
「まったくその通りだ」
マクナスさんが答えた。
「それと気になるのは魔術師の集団なんだけど?」
「そのことについても詳しいことはわかっておりません。
ただ、かなりの威力の魔法を使うものが多数敵側に存在するといった程度です」
「反乱軍の指揮を取っているのは、ゾゥワィルム・ハルバリデュス?
じゃないわよね?」
「やつらの組織の体系や規模自体が見えておらぬのですが、それなりの実力を持った冒険者や、元騎士などが小部隊を率いておるようです」
ベルギュムさんの言葉に、マクナスさんが、
「もはや彼らの目的は王政の復活ではなく、現政権を打ち倒すこと。
平穏ではなく、利権を取り戻すこと。
仮に、暗殺などの手段をもってゾゥワィルムを始末できたとしても勢いは止まらない。
残った人間の中から身分の高いものを適当に祀り上げて反乱を継続させる。そんな状況が目に見えている。
反乱を抑えるには、奴らを全滅させるしかない」
「にしたって……、反撃が怖いし奇襲が怖いから攻勢にも出られない。
周辺との連絡も絶たれて孤立させられた」
「孤立はしていない! 各都市には戦力を纏めてこちらへ向かうように連絡はしてある!」
「その到着は? 戦力は? 合流地点は? 連携の手はずは?」
矢継ぎ早に投げかけられたベルさんの言葉にマクナスさんは黙ってしまった。
かわりにベルギュムさんが、
「これは手厳しい。さすが、マーソンフィール王女様が信頼を置いている方だ。
左様、連絡はしたのですが、そもそも、グラゥディズは都市国家群。
それぞれが独立した都市です。
ポートヘールツの一件があってから、自分たちの街を護るのに必死でこちらへ戦力を回してくれるような都市は少ない。
それでも、百人規模で増援が届くこともあるのですが……。
とても、まとまった戦力とは言い難く」
「下手に支援に向えばその途中で個別に撃破されたりもする」
「ええ、おっしゃる通りです」
考え込むベルさん。俺も考えるふりをする。いやふりではなく。とにかく、自分に何ができるのか?
何を考えればよいのかを考える。
ふと、ベルさんが話題を変える。自ら火中に栗を拾いに行くことになりかねないが、タイミングとしてはどちらにせよ先送りはできないのかもしれない。
「すべてを知ったうえで、ルートをここに呼び面談しているんですよね?
今はあえて、ルートだと言わせてもらいますが。
マクナスさんとベルギュムさん?
あなた方は、ルートに何かを望んでいるのかしら?
ルートの為すべきことってあるのかしら?」
「正直なところ……」
まず答えたのはベルギュムさんだ。
「我々にも、これといった考えがあるわけではありません。
戦乱が起こる前であればあるいは。
トール殿下が名乗りを上げて、現政府を支持する旨を伝えてくだされば。
反乱軍などというものは組織すらされずに終わったかも知れません。
ですが今はそれは過ぎたこと。
率直に言わせていただくと、折角来ていただいたはいいが、時既に遅し……」
マクナスさんがさらに辛辣な言葉を投げかけてくる。
「伝説の英雄の末裔なんだ。一騎当千の働きで、敵の主力を打ち破るぐらいの力があるというのならば、役には立とうというものだが。
ただ末裔といってもゾゥワィルムのような例もある。
一介の冒険者にすぎない今の現状で……。
例え身分を明らかにして、交渉人として両者の間に立ってもらったところで解決には繋がらないだろう。
仮に人質としたところで、あやつらは……それで反乱を諦めるような手ぬるい考えなどはない。
間諜として反乱軍に潜入したとして、内部から切り崩すのにはどれだけの時間が……」
と実力以上の期待ではなく、期待外れ感を表明されそうになったその時。
「マクナスさま!」
けたたましく響く足音。そのまま勢いよくドアが開けられる。
「どうした騒々しい! 今は重要な接客中だぞ?」
だが、そんなマクナスさんには構わず、ドアの向こうに立つ兵士が告げる。
「リザードが!! その数は確認できただけで数十。
いえ! 百匹に迫る数のリザードが!! 街に向っております!!」
街は大混乱に陥っていた。
騒ぎを聞きつけて少しでも安全なところに逃げ延びようとする人々。その流れすら二分されている。
ある集団は、この都市の防衛機能を信じて中心部へ。またある集団は街を捨てて遠くへ逃げ延びる覚悟をもって。
今のところ前者が多数だが、状況次第では……。港町ポートヘールツの例もある。さらなる混乱が巻き起こるだろう。
戦う力を持った冒険者ですら、街を護ろうとリザードが襲いくる方向へと向かう流れだけではない。もはや諦めて逃げ出すもの。さすがに逃げだす冒険者は少数派だが。
とにかく、前線へ。人並みを掻き分けて走る俺とベルさん。
「ルート!」
シノブの声。プラシとアリシアも居る。
俺とベルさんは足を止めずに若干速度を緩めるだけで合流を図る。
「リザードが攻めて来たって?」
「そうらしいわね! あたしもよく知らないけど!」
ベルさんが叫ぶ。
「そっちに向ってるってことは!?」
シノブが叫ぶ。
「わかっててこっちに来たんでしょう!?
もちろん、一匹でも二匹でも、街を護るために倒すのよ!」
「そうだな。ドラゴンゾンビと渡り合ったんだ。
結局あたしは役に立たなかったけど。
リザードの一匹や二匹!!」
「百匹ぐらい居るって話だけどな!」
俺の言葉にシノブの足が止まる。
「ま、まじで……?」
「ベ、ベルさん!? あの、ほんとに本気……なんですか?」
つられて立ち止まったベルさんにプラシが問いかける。
「あったり前じゃない!
ドラゴンゾンビと違って魔術だって効くはずよ!
大勢で掛かれば100匹ぐらい!」
ベルさんは再び走りだす。
「魔術って言ったって……」
リザードともなれば、魔術への抵抗力も高い。プラシは戦う前から自信を失っている。
「行きましょう。プラシ。
例え、魔術が通じなくたって。あたしたちにも出来ることはあるはずよ。
サポートでも回復でも。何の役にも立たないということはありえない。
自分を信じてその気になりさえすれば」
アリシアがプラシの背中を押す。
「あたしの新しい魔法拳を、お見まいしてやるんだから!」
シノブも吠える。
プラシも、拳を握り小さく頷く。決心がついたようだ。そして走りだす。
たかが、竜と同等クラスの力を持つという魔物が100匹程度。
俺達の、グラゥディズのみんなの力を合わせれば。敵わないと決まったわけじゃない。
特に……、ファシリアが同行を指示したプラシ。
ファシリアの予感を信じるならば、この脅威を乗り越える鍵はプラシが持っているのかもしれない。
突如として戦いを強いられた強大な敵。
だけど、自分の力を信じて、恐れずに立ち向かう。
アリシアの言った通りだ。
それが、今できるたったひとつのことなのだから。




