第三話 グラッジ ~ 過ぎ去りし過去
「ロイエルト! お前! どこまで知っている!
何が目的だ! どっちについている! 新政権なのか……。
それともやっぱり……」
ここに来れば俺に会えると思っていた。そういうロイエルトの物言いが気になった。
俺は……少なくとも……元王族、実の父や母にも所在を明らかにしていないし、ギルドへも……。
そのつもりだ。そのつもりではいる。
元々はゴーダが支援を受けていた当時のギルドナンバーツー、現在ではギルド長となっているらしいベルギュムとかいう人とゴーダは連絡をとりあっていたようだが、それも途絶えて久しい。
とはいえ……王族のコネが使えるとはいえ、ファシリアには所在を掴まれていた。
直接の干渉、手出しをされていないだけで、俺の存在や行いは誰に知られているかはわからない。
「御託はいい。ルート・ハルバード。
一個人、ロイエルト・ミットバンクとしてお前に願う。
手合せ願おう。お前が受けるのなら後の者には手出しはさせない。
話はそれからだ!」
強い口調でロイエルトは言う。
俺はベルさんに振り返った。
「そうねえ、三十人ぐらいいるかしらね~。まあ、やってやれないことは無さそうだけど。勝ち目はあるわよ。なんたってあたしがついてるんだし。
だけど……それだと面倒よね? 疲れちゃうよね?」
ベルさんは、周囲で警戒態勢を取るアリシア、シノブ、プラシへと視線を投げかける。
数の上では、30対5。圧倒的不利。ロイエルトがその30人のリーダー格だとして、実力的にもトップなのだとしても。
ロイエルトだってあの頃のロイエルトではないだろう。
他の奴らの全員が全員精鋭揃いではないにしても、それなりの実力者だと考えれば。
ベルさんはともかく俺やシノブでは、数人を相手するのが精々かもしれない。
アリシアやプラシは、魔術師だ。一度に多数を相手にできるのは魔術師の利点ではあるが、既に接近を許してしまっているこの現状では本領を発揮しにくい。
なにより、ロイエルトの真意が見えない。様子見のためにも相手の要求を受けるのが無難か? ベルさんもそっちの展開を望んでいるような口ぶりだった。
決める。決意する。
俺はベルさんに頷くと、自ら一歩踏み出した。
ロイエルトが我が意得たりといった感じに不敵に笑う。
「魔術は使わん! まずはっ!
剣でお前を圧倒する!!」
叫びながら斬りかかってくるロイエルトの剣を俺も自分の剣を抜いて受けとめる。
宣言通り魔術は使わず剣技のみで攻め立ててくるロイエルト。
自信があるのだろう。俺に魔術を唱える隙を与えない。あるいは……唱えられても避けきる自信が。
ならば、俺もあえて魔術を使うような真似はしない。使えば一瞬で片が付くかも知れないが手加減が効かないかもしれないという事情もある。
無駄な陽動のために魔術を使うほどの相手でもないはずだ。
「どうした! 反撃してこないのか!
あの時のように! 俺の力が尽きるまで防ぎきるつもりなのか!」
ロイエルトの言葉に怒気がこもる。
ロイエルトの剣が足を薙ぎにくる。いや、下段を見せ業にした胴薙ぎ。
防ぐ! 防ぐが、攻撃は終わらない。反対側から胴を狙ってくる――躱す。
ふと違和感に襲われる。この剣筋……、まさか……。
「お前……、ジャルツザッハを……?」
ロイエルトの剣が止まる。視線がぶつかる。
「ルート・ハルバード。お前を超える……それだけの念で俺は海を渡り、ジャルツザッハを身に付けた。
お前の剣技、ジャルツザッハの千種の行。既に習得済みだ!
同等の剣技を使えるのであれば! 才能に勝る俺に死角はない!」
どこか頭の固い奴だとは思っていたが……。
俺は剣を鞘に納めて地面に置いた。
ここまで馬鹿だったとは。
「なんのつもりだ!
この俺の挑戦を拒むのか?」
「拒みはしない。ただ……。
お前を組み伏せるのに剣などいらない。
教えてやるよ。 ジャルツザッハの……神髄を」
「わからぬのか! 剣気を纏ったこの剣の威力が。
それを素手でなどと……」
ロイエルトは逡巡している。それに乗じて一気に決着を着けるのもひとつの手だろう。
だが、それではお互いに良い結果を生まない。
「来ないのなら俺から行くぞ!
剣気はなくとも!」
拳を固め、力を込める。シノブと闘っているうちに身に付いた拳気だ。
だが、剣を弾き返す程の力は無い。
「遠慮はせんぞ!」
ロイエルトが迷いを捨てて、剣を振るう。
俺はその剣筋を見極めながら。ただ躱すのではなく踏み込む。
マーソンフィールの正統剣術だろうが、ジャルツザッハだろうが。
流儀に縛られているうちは、ほんとうの剣士とは呼べない。
踏み込んで自分の間合いへ。ロイエルトの腹に肘を叩き込む。
拳気を纏った俺の肘は、鎧の内部にまで衝撃を伝えたはずだ。
それでもロイエルトは終わらない。剣を逆手に持ち替えて、俺の背中を突きに来る。
だが、そんなかったるい攻撃を食らうような馬鹿な真似はしない。
素早く身をひるがえすと、ロイエルトの腕を蹴りあげる。そして蹴り下ろす。
ロイエルトの手から剣が弾き飛ばされた。
あとは仕上げだ。それでも戦意を失わないロイエルトの足を刈り、動きを止める。そのまま一気に懐に入って――そうしながらも再び肘を叩き込みつつ――、腕を掴んで投げ捨てる。
本来ならば、頭から地面へと叩きつけるのだが、それをするとロイエルトは意識を失ってしまうだろう。
最後の最後で手を抜いた。
「うぐぅ!」
背中から地面に落ちたロイエルトが、声にならない悲鳴を漏らす。
「どうだ? まだやる気ならいくらでも付き合うが?」
俺は、ロイエルトの剣を拾った。立ち上がったロイエルトに差し出す。
本心からの言葉だ。大けがはさせない。決して命を奪わない。
そんな制約を受けながらも、ロイエルトを圧倒し続ける自信はあった。剣の力を借りずとも。
「いや……、少々うぬぼれが過ぎたようだ。
あれだけの努力をしたのだ。もはやお前に後れを取ることはないという自信があったのだが……」
ロイエルトは弱々しく呟いた。
部下を下がらせて、ひとり俺達の輪に加わるロイエルト。
「ルートのことだから、怪我はさせてないと思うけど。
痛みはあるでしょう?」
そういってアリシアが、ロイエルトに回復魔術をかける。
「すまない。俺は君を……」
申し訳なさそうにロイエルトがアリシアに言いかけるが、
「大丈夫。あれも大事な経験だったって今では割り切れてるから」
本心からの言葉ということが口調から伝わる。人間的に大きく成長したアリシアは本当の意味で過去へのこだわりを捨てきれている。
「ほんとは、あそこで地面に頭を叩きつけて。
そこからぼっこぼこにするのが、シノブ流無刀派格闘術の本領なんだけどね」
「俺は、そのシノブ流なんとかを使った覚えはないけどな」
恐ろしいことを口に出したシノブに俺は言った。
「だって、ルートのまわりには投げなんてマイナーな技使う奴はあたししか居ないでしょ?
どう考えたって、あたしの業のパクリじゃない!」
まあ、そういわれてしまうと剣を使わずに剣士を相手取るという格闘技術のほとんどはシノブから盗んだものなんだが……。元の世界でもやってたし。
ちゃんと習ったわけじゃないが柔道とかよく見てたし。
そもそもシノブがオリジナルってわけでもないだろうし。
「そんなことより……」
とプラシが割って入る。
「そうね。話してもらいましょうか?
ロイエルトくん。抵抗はしないでしょうけど。
洗いざらい全部吐きなさい」
とベルさんが優しく? 問い詰める。
「ああ。もちろんそのつもりだ。まず初めに断わっておくが、俺も……そして部下たちも反乱軍ではない。
一応、グラゥディズのギルドに所属し、今回の戦乱において遊撃08部隊という呼称を与えられている。正規軍の末端だ。俺はその隊長を任されている。
今与えられている任務は……。
行方をくらましている王子、トール・ハルバリデュスの動向を監視すること。
つまりはお前……」
ロイエルトは俺を見つめながら……。
「シーッ! シーッ!」
とベルさんが、慌ててロイエルトの口を押える。
今はまだ伝えるべきではない。との判断からみんなには、アリシアにすら伝えていないことだ。俺が王子であることは。それでもみんなはついて来てくれたのだ。
「えっ? えっ?」
「まさか……」
シノブとプラシが、疑問符でいっぱいの表情を見せる。アリシアはどことなく感づいていた感じ。
「というわけで……、そういうことなのよ。ロイエルトくん。そういうことだから、ちょっとそういう話は……」
ベルさんがフォローしようとするが、ロイエルトに空気を読ませようとするが、今さら感が漂った。
「まあ、あなたの任務はいいからさ。この国で今何がどうなってるのか?
それを聞かせてちょうだいよ?」
俺としては……、アリシアとしても……、プラシやシノブにしたって、学園を辞めたロイエルトがどういう経緯でこの地に来て、どんな生活を送って過ごしてきたか多少の興味はあったが、ベルさんはそんなことには構わずに。
ただ、グラゥディズの近況だけを、本当に必要な情報だけを求めた。
ロイエルトは事細かに説明してくれた。
王族の奪還とほぼ同時に各地の港で大型船の破壊工作が行われたらしい。
いうなれば一斉テロ。同時多発と言ってもいいかもしれない。
各地で混乱が沸き起こる中。グラゥディズの隣町、オフパルシュツンで声明が発表された。
自分達こそがこの国の正統な権力者であると。俺の親父、ゾゥワィルムが今の議会を国賊だと宣言した。
そして各地で戦乱が巻き起こった。ほとんどは正規軍によって鎮圧されたが、反乱軍の主力部隊は、オフパルシュツンを拠点にグラウディズへと何度も進行する。
グラゥディズを護る騎士団や冒険者に何度となく退けられる。
小競り合いが続くかと思ったが、実はそれは陽動であった。
港町ポートヘールツ、つまり今俺達が居るこの場所が、攻め入られた。
人間ではなく魔物の手によって。リザードの集団の襲来に、どうすることもできなかった人々は街を捨てて、グラゥディズに避難した。
リザードというのは、魔物の中でも爬虫類種の一種。古代種と並ぶ、竜にもっとも近く、強大な種族だ。
Aランクの冒険者のパーティでも一匹相手するのが精々と言う。
ドラゴンゾンビと同等近い強さを持っているかもしれない。
そのリザードが集団で襲い掛かる。確かに街はひとたまりもないだろう。
それが、戦乱の起こりからひと月半ぐらいの間の出来事。
それ以来、反乱軍も取り立てて大きな作戦行動はとっていないが、嫌がらせのようにグラゥディズを攻め込んでは街を取り囲む壁の破壊を試みたり、田畑を焼いているのだという。
そのころから、高火力を持つ魔術師部隊が表に現れた。ファシリアの言う竜魔術師のことだろう。
元々は魔物の侵入を防ぐ魔術結界など無かった時代に、要塞都市として作られたグラゥディズだ。その守りは堅牢。周囲を高く厚い壁で覆われている。だが、人口の増加に従って壁の外で暮らすものも増えていた。
今は、壁の中だけが安全地帯と言う前世代の状況に似た環境を強いられている。
さらに言えば、グラゥディズの近隣都市のひとつであるオフパルシュツンは反乱軍の拠点とされてしまった。
反対側にある交通の要所でもあったポートヘールツはあっけなく滅ぼされて、グラゥディズは孤立してしまっているらしい。
「そういうわけで、どうして反乱軍がリザードの大群を指揮出来たのか?
反乱軍に所属する魔術師たちが、高威力の魔法を使えるのは何故なのか?
その辺りの事がわからない状況では、仮に大軍を率いてオフパルシュツンへと攻め入っても返り討ちに合う可能性が高い。
反乱軍は、グラゥディズを孤立させた。
徐々に蓄えを消費して弱体化していくのを待つという戦略もとれる。
ここ何日かは、お互い大規模な行動は起こしていない」
「竜がどうこうって話を小耳に挟んだんだけど?
リザードの集団に竜は居なかったの?
反乱軍の魔術師たちが竜の力を使っているって噂は?」
ベルさんがロイエルトにストレートに聞く。
「そういう話は漏れ聞こえては来ているが……。
ポートヘールツを襲ったのはあくまでもリザードであって竜ではない。
また、反乱軍の魔術師たちは後方からの支援に専念していて、未だ一人も倒すどころか捕虜にすることすらできていない。
確かに、噂は広がっている。
反乱軍は……、ゾゥワィルム・ハルバリデュスは滅んだはずの竜を味方に付けていると。
だが、それは真実なのか、反乱軍があえてばら蒔いた流言なのか……」
ロイエルトがちゃんとした正規軍の一員で、正直に状況を語ってくれているようなので俺は、というかベルさんは自分たちの手の内も晒す。
「えっと、詳しい事情は省くとして。
実はマーソンフィールのお姫様から、グラゥディズのトップ? マクナスさんあたりにちゃんと説明受けて、力になれるんならそうするように言われてるのよね~。
これが、その紹介状」
プラシ達にはそのことすら伝えてない。
初めて、出てきた王女の名前にみな目を丸くする。
「えっ? 今度はファシリア様……」
プラシはようやくそれだけを口にした。
シノブはあんぐりと口を開けている。
もう、プラシやアリシア達には転生以後の出来事は洗いざらい話してしまったほうがよいだろう。そろそろ潮時ってやつだ。近々、旅の道すがらにでも。
船に戻って、キャプテンたちにはマーソンフィールへ引き返すように伝える。
もちろん、ファーチャとポーラさんも一緒に送還してもらう。
二度と出てこないように、ある程度の期間は閉じ込めて貰っておいた方が良いかもしれない。
俺達は、装備を整えて要塞都市グラゥディズへと向かう。
ロイエルトが単身で案内を買って出てくれた。
部下たちは、引き続きポートヘールツで待機させるという。
なんとなく、元王子の俺が注目を集めるのを配慮してくれた感じ。
要塞都市国家群グラゥディズのトップへ面談し、俺はなにをどう伝えるべきか。
思案を練るのだった。