第一話 ブラッド ~ 想い
思い立ったら即行動とはよく言われる言葉だが。
さすがに、そこまで勢いでの行動はできない。手段も無い。
ファーチャや、アリシア、プラシ達に説明も要る。
ファシリアとも話をしておけば……、あいつの情報網ならもっと詳しい事情がわかるかもしれない。
途絶えてしまった交通手段。定期運航船に代る船を手配してくれるかもしれない。
他力本願だが、頼れることは頼ってしまうのもひとつの方策。
ファシリアに連絡を取るべくギルドへ向かうと召喚状が届いていた。てっとり早い。
いつものごとく別室へ案内された。もはや習慣と言ってもいいような慣れた態度で俺は従う。
そこで俺は、キャゼルバさんの狼狽ぶりを見せつけられていた。
「いったい全体どういうことなんですか?
フィデルナー商会の護衛を務めたのは、なりゆきだって聞きましたけどね。
その後の特務でしょ? フィデルナー商会からの口利きなんですか?
わたしのほうは何も聞いていませんがね。
それに、今度は直接の召喚状だなんて。いえ、中身は知りませんよ。相手が誰なのかも。見る権利もないですからね。
ですが、これは……。わざわざ召喚状だなんて。
学園は好成績で卒業されたようですが……。
それにしても、ルーキーといってもいいくらいのキャリアしかないあなたがどうしてまたこんな……」
さっさと用件を済ませてくれたらいいのだけれど、ここ最近の俺の特別扱いぶりを見て、俺との関係を深めておいた方がよいと思ったのだろう。
完全にお得意様扱いである。なんだかおいしいお茶が出てきた。
お得意様に自分の顔を売り込む小さな野心と、与えられた役割をこなす職員としての矜持。
キャゼルバさんも板挟み的に混乱気味なのかもしれない。
「とにかく、召喚状です。例によってわたしは中を見れませんし、差出人すら知りませんが、中身の正確性についてはギルドが保証します。
くれぐれも、ちゃんと従ってくださいね。これほどのレベルの召喚状となると、無視するだけで大事ですから。
あ、そうだ。受け取りのサインをいただいておきましょう。
いや、手続き上のことですから。何もルートさんを信用していないってわけじゃないですからね。みなさんにやってもらっていることですからね」
そんな言葉を聞きながら、手続きを淡々と済ませ。
そっと開封する。
教育がしっかりしているのかキャゼルバさんは覗き込もうともしない。ひたすら目をそらしている。
短い手紙。出来るだけ早く会いに来てくださいとそれだけ。
もう一枚、召喚状の正統性を保証する王家の紋章の入った紙。
城の門兵に見せれば取り次いでくれるという。前にベルさんも見せていたやつだ。
「ちょっと、困ります!」
「いいのいいの! 大丈夫だから! あたしの連れよ!」
部屋の外が騒がしい。原因はわかる。声を聞いただけで。
いきなりドアがばたっと開いた。
「ルートちゃん! なにやら困ったことになってるんだって?
あたしの出番なのよね?」
現れたのはベルさんだ。背後にはギルドの職員がいる。
「ああ、やっぱりあなたですか」
キャゼルバさんの言葉にベルさんは、
「あたしもお邪魔していいわよね?」
キャゼルバさんは、俺の顔を伺う。
どうやら、決定権はキャゼルバさんではなく俺にあるようだ。
俺は黙って頷いた。
それで、諦めたように、キャゼルバさんは、
「ああ、この方なら問題ないそうだ。
入っていただいて。それからお茶の用意を……」
「ギルドというのもね、ある意味では縦割り組織。
上層部は商会連盟や、マーソンフィール王家とも深くつながり、影から表からこの国を支えているのは皆さんご存知のとおりですがね。治安維持だけでなく、望まれればなんだってやる。税の徴収から、商業地域の管理まで。
副支配人なんて役職をやってたって、わたしなんかは一介の職員にすぎません。
ただの連絡係なんです。冒険者相手の仕事よりも、事務的な仕事の方がどちらかというと多い」
お茶が運ばれてくる間、キャゼルバさんはぼやくでもなく……いや愚痴か?
「わたしの知らないところで知らない依頼が片づけられる。
おかげさまで多少は顔は広くなりましたよ。
普通の依頼には見向きもしない方々が沢山おられますからね。
あの仮面をかぶった方のように。
どこからともなく現れて、重要案件――その中身なんて知ったこっちゃないですがね――をさらっていく。
寂しいもんですよ。わたしはそれがどこの誰でどんな依頼を受けているのか知らない、知ることができないことが多い。
でも、わたしのような事務をこなす連絡係も必要なことだと割り切ってやっていますからね。
この国の安全や平和のため、この国の国民が豊かに暮らせるようにするため。
それが、うちのギルドの存在価値であり、信条ですから。
それにしてもベルさん?
その格好はなんです? 潜入調査でもしてらしたんですか?」
キャゼルバさんが尋ねずにいられないのも無理はない。
ベルさんは、メイド服にエプロン姿。いつものラフな冒険者スタイルとは似ても似つかない。
「聞きたい? 聞いて後悔しない自信があるなら教えてあげるけど?」
にやついた表情のベルさん。
俺は、
「いや、やめときます。でも、ここを出たらすぐに着替えてくださいね。
召喚主と会う前には」
とキャゼルバさんの代わりに答えた。釘を差すってやつだ。
ベルさんのことだからこのまま城へと行きかねない。
ベルさんが普通の服に着替えてくるのを待って、王城へと向かう。
この間と同じ人が、同じ手順で、同じように迎えてくれる。
「お待ちしておりました」
と、前と同じ部屋で同じように待っていたファシリア。
「用件はおわかりでしょう。
グラウディズでの戦乱です」
「ああ、見て見ぬふりはできない……」
そうだ。知ってしまった以上は。
そんな俺の言葉にファシリアは、
「いえ、ただの戦乱であれば、元王族や貴族たちのの反乱であれば介入する必要はないのです。
グラゥディズまでは、船でひと月はかかります。
マーソンフィールとしても、支援の手を差し伸べようかという声も上がっていますが、時間的にも、大量の人員を送り込むという輸送手段の面からも、実行に踏み切るまでの決断が下せずにいます」
「で、あたしたちが乗り込んで、戦乱を沈めて来いってこと?
さすがに無茶じゃない? そりゃ、ちょっとは腕に自信はあるけどね。
ルートちゃんだって、ドラゴンゾンビを仕留めちゃうくらいだから、徐々に超人化は進んでるけど。それこそ末は大英雄ハルバリデュス……何世になるのかしら?」
ベルさんの言葉を、あまり深く受け止めず、ファシリアは淡々と言う。
「これが、ただの戦乱、元王族や貴族が集めた私兵による反乱なのであれば、これから出発したとして、到着した時には既に鎮められている可能性が高いとわたくしは思います」
「なら、わざわざのこのこと出かける意味もない?」
俺は聞く。
当事者といっても過言ではない俺と比べてファシリアは……言ってしまえばドライ。あくまでよその国の出来事。
人は人。自分は自分。自国は自国。他国は他国。
話を聞き居ても立っても居られなくなった俺とは別の異なった考え。
価値観の違い……とまで大層に考えることは無いのかも知れないが、そこはかとなく違和感……、ずれを感じる。
フアであったら、俺の気持ちを慮って、真っ先に協力してくれていたかもしれない。
「ええ、ただの戦乱であるならば……です」
ファシリアの言い方にはそれ以外の何か。
ファシリアにしか感じることのできない重大な何かが含まれているような口ぶりが想起される。
「もしそうじゃなかったとしたら?
ただの戦乱と只者ではない戦乱? その違いってなんなのかしら?」
ベルさんの問いにファシリアが答える。
「わたくしの元へと入ってきた情報によると……」
と、ファシリアは事の成り行きを説明してくれた。
「王族への恩赦を行うこと自体は既にほぼ確定していたようです。
その時期はまだはっきりと決まっていたわけではありませんが。
現在のグラウディズを支配しているのは、各都市の代表者を集めた連合議会。
その議長としてトップに立つのは、元々ハルバリディスのギルドのトップに居たマクナスという人間です。
圧政に苦しんでいた市民も多く、未だに王族への嫌悪は薄れていません。
新政権が、民のことを考えた良策を敷いていることもひとつの原因でしょう。
その新政権の判断だったとしても、王族の恩赦は反発を買う公算が高い。
ですので、恩赦は緩やかに、市民への情報公開を後回しにひっそりと行われる予定だったと聞いています」
ファシリアさん凄い。お隣の事情とか詳しい。役に立つなあ。
と感心している場合ではない。しっかりと耳を傾けて続きを聞く。
「が、恩赦もほぼ決まり、警戒が緩んだところで何者かが元国王と王妃を連れ出したらしいのです。
現在の国名にもなっているグラウディズとそう離れていない近隣の都市。
オフパルシュツン。そこが反乱軍の拠点です。
ギルドによる大商会への課税や流通への干渉をよしとしない一部の富裕層がバックについているとも言われています。
元々、ハルバリデュスの冒険者たちは、国のためではなく、個人の利、金銭で動くものも多かった。不安定な国の状況を追い風に名を挙げようと、反乱軍に参加をするものが多数現れても不自然ではありません」
「んっとに。冒険者の風上にも置けないわね。
せっかく、暴君を追い落として、新しい国づくりを進めてるんだから、素直に開拓にでも励んどきゃいいのに」
「新体制になってから、開拓事業は徐々に縮小されています。今は新たな領土を増やすよりも、今ある都市の地盤を固めることが重要だとして。
それはもっともな政策ですが、そのせいで冒険者の需要が減ってしまい、仕事にあぶれた冒険者が少なからずいることもまた事実。
ルートの父親、ゾゥワィルム・ハルバリデュスが、どこまで自分の意思で兵を集めているのか。それは知る由はありません。
自らの意思で、復権を目指しているのか、それとも単に担がれているだけなのか」
「背景はわかったわよ。でさあ、なんだかんだいっても、現議長のマクナスだって元々はギルドの出身でしょ?
自分のとこのギルドぐらいは掌握できてんじゃないの? いわば直結、元の職場なんだもの。
そりゃあ、寝返るというか、元々あった国の王様だもの。味方に付こうって奴が居ないとも言い切れないけどさ? それもわかるわよ?
でも、普通に考えたら、反乱軍なんて……そりゃあ卑劣な手段を取ったら多少は手こずるかもしれないけど、抑えきれないってことはないんじゃない?
正規軍のほうが圧倒的に優位でしょ?
すぐに出発したとして、ひと月ぐらいはかかるわよね?
着いた時には、なにもかも終わってましたってのが、オチって気がするんだけど?
ファシリアちゃんは、何を心配しているわけなの?」
「ひとつは、裏で糸を引いているのが何者なのか?
単に、王族貴族が考えなしに起こした戦乱であるとは思えないのです。
何年も前から入念に練られた計画であり、背後には何か、もっと大きな陰謀が渦巻いているような気がしてなりません。
それとこれはまだ噂で聞こえただけで信頼できる情報ではないのですが」
と前置きしてファシリアが続けた。
「反乱軍側の冒険者たちは、強力な魔術を使用しているらしいということです。元々魔術は盛んな国ではなかったのに、上級魔術に匹敵する威力の攻撃魔術を扱う冒険者が反乱軍には多数参加していると。
彼らは自らを竜魔術師と呼んでいるらしいのです。竜と契約を交し、失われし竜の魔術を継承する者だと……」
「竜の……魔術……」
「ええ。どこまでが本当なのかは、ここからではわかりません。
ですが、もしそれが本当なら……。
竜の生き残りが存在するのであれば……。
彼らの力は反乱軍にではなく、わたくしたちにこそ必要なもの。
放置すべきではない力。使い方を誤るととんでもない悲劇を生みかねない」
なるほど……。
俺の役割を頭の中で整理して、纏めようとした矢先。
ベルさんが、
「そういうわけね。
ギルド……というか、そうね。
議会のトップへの紹介状ぐらいは書いてくれるんでしょ? 王女、ファシリア・マーソンフィールとして。
じゃあ、あたしたちはそれもってちょっくら、挨拶してくるわ。
そんで、反乱軍の親玉をとっちめて白状させたらいいわけね。
竜の生き残りなんてのが、ほんとに反乱軍の味方をしているんなら、そいつも改心させてルートちゃんの協力者に仕立て上げる。
そんな感じのクエストってことでいいかしらん?」
と軽い感じでまとめあげた。言っていることは間違っていないが……。
それだけ聞くと、とっても簡単なお仕事のようにも聞こえてくるが……。
議会のトップへのご挨拶以降のミッションってなんだかめちゃめちゃハードル高いような気もするんですが?
「ええ。人選はそちらにお任せします。
ですが……、魔術師プラシ。彼は今回の件で大きな役割を担うべき存在。
予感としか言いようがありませんが、可能であれば彼はあなたがたと共に行動していただくように……」
「了解! 本人が嫌がっても無理にでも連れてくわ!」
軽い調子でベルさんが応じた。ベルさんならほんとに首に縄を付けてでも引っ張っていきかねない。
あとは細かい打ち合わせ。現地までの交通手段をどうするだとか。
グラゥディズの議会やギルドの組織図が今はどうなっているだとか。
ベルさんとファシリアの間でさくさくと話が進む。俺は二人の会話についていくので精一杯。
そんなわけで俺は早くも船の上に居る。
引率はベルさん。随員は、アリシア、プラシ、シノブ。
結構な大所帯だ。とはいえ反乱を鎮めるにはあまりにも小さな力ではある。
だけど、裏の事情を話さずとも、喜んで着いて来てくれる俺の本当の仲間たち。
俺達は大海原を渡ってグラゥディズへ向かう。
俺の生まれ故郷の大陸。懐かしい土地。ほとんどのメンバーにとっては初めての土地。
かつてないほどの重要な役割を背負って……。
いざ……、出港だ!!