第八話 リフレイン ~ 二つの魂
「ルートちゃんってば、王子様だったのね……。
まあ、なにかある子だとは思ってたけど。
ってかあたしってここに居ていいのかしら?
なんだったら席を外すけど?
あたしってば間違いなくただの平民だから。
お姫様と王子様のお話についていけるかどうか?」
ベルさんは気負うことなくそんなことを言う。平常運転だ。
ファシリア・マーソンフィール。
名前ぐらいはこの国の国民なら、いや隣国の人間だってほとんど誰だって知っている。この国のお姫様。そして次の女王となる人間。
王冠やティアラはおろか髪飾り一つ付けていないサラッサラのロングヘア。
着ているものもそれほど豪華ではなく、どちらかといえば質素なドレス姿だが。
立ち振る舞いから、表情から、全身の毛孔から気品があふれ出している。
ファーチャとは正反対。
だけど、その顔にはファーチャの面影を感じる。
いや、ファーチャに似ているのではない。フアに似ているんだ。
フアの雰囲気を持つファーチャ。同じくフアの面影を残すファシリア。
フアという存在を通して、初めてファーチャとファシリアの類似性が浮かび上がる。
「いえ、ベルにはムルの代わりとして、これからルートを支えていただくつもりです。
ムルには全てを話しています。
であるならば、あなたにもすべてをお話する必要があるでしょう。
全てを今ここでというわけにはいきませんが」
物静かに語るファシリア。年齢はファーチャと同じ9歳のはずだ。
だが、精神年齢は実年齢をまったく感じさせない。
転生者だからというのもひとつの理由だろうが……。
「やっぱり……お前なのか?」
「ええ。待たせてしまって申し訳ありません。
なにぶん、自由が限られている身分の故。ルートの所在はしばらく前から知っていましたが、あなたにもあなたの考えがあったでしょうし。
さっそくですが、用件に入らせていただきましょう」
ファーチャとの感動の再会も、あれっちゃあれだったが、こっちのフアもちょっと期待? 想像していた展開とは違う。
……というか、何故にフアが二人?
俺の混乱に構わずファシリアは続ける。
「結論から言いますと、クァルクバードで得られた書物は目的のものではありませんでした。
ですので、お二人にはまた新たな地へと向かっていただくことになるでしょう」
「何が書いてあったのか……、差しさわりないなら聞いてもいいかしら?
とある馬鹿野郎がさ、命を賭して手に入れた物なのかもしれないんだわよね。それって……。
あとお姫様が何を探しているのか?
聞けるものなら、聞いときたいんだけど」
「ファシリアで結構です。
ええ、本日はそれくらいの時間はあります。
お話しましょう。まずはおかけください」
ほんとに9歳――来月には10歳になるはずだけど――とは思えない落ち着いた態度。
ファーチャとは大違いだ。
「わたくしが、ルートとともに追い求めているもの。
それは『鍵』。世界を護るために必要な『鍵』。
ですが、形を持った物であるのか力であるのか、概念なのか。今はそれすらわかっておりません。
ですから、大きな力を持ったもの、伝承に残るもの。
そういったものをしらみつぶしに求めているというのが、今の状況です。
クァルクバードで保管されていた書物には、この世界の成り立ちが書かれているとも伝えられていました。
イェルデを愛し、イェルデと繋がり、イェルデ教を立ち上げたと伝えられる始祖の言葉です。
そこに、求める秘密があるかと思いました。
ですが、期待通りではありませんでした。
あれに綴られていたのは教祖の想い。イェルデ教設立の経緯。
それは、今のイェルデ教の信者が見てしまえば信仰を失いかねないほど正直に綴られたものでした。
確かにイェルデ教からすれば、最重要文献でしょう。
その内容が公開されればイェルデ教が崩壊してしまう……」
「なるほど、そのくらいで十分だわ。
結局ハズレだったってことなんだったら」
ベルさんはファシリアに目で続きを促す。
「この世界に眠る大きな力。未知なる力。
これまでの調査でその所在が浮かび上がったもの。
ひとつは、竜族に伝わるという力。
もうひとつは、魔族の力。
今のところ、手掛かりにも乏しく、候補に挙がっているのはその程度です」
「竜って滅んだんじゃないのか?」
と俺は聞いた。伝記で読んだから知っている。それ以前にこの世界の一般常識だ。
俺のご先祖様、ハルバリデュスが竜を撃ち滅ぼしたからこそ今の平和がある。
「魔族ってあの魔族よね?」
俺の後を追ってベルさんもファシリアに問いかける。
ファシリアは、ひとつひとつ丁寧に答えていく。
「確かに、魔竜戦役にて竜は滅んだとされています。
ですが、グラゥディズ大陸のほとんどは未だ未開の地。
どのような状況になっているかはわかりません。
人を遙かに超える力と知恵を持った種族。
わずかでも正気を保った竜が生き残っていないのか?
遺跡や石碑のようなものが残っていないのか。
それを調査することは、無意味ではないと思っています」
そしてベルさんに対する答え。
「もちろん、魔族と言えばその意味するところはひとつ。
魔王を頂点とする一群のことです。
今はなりを潜め活動の気配すらありませんが、伝承の伝えるところによると……。
いつかまた魔王の復活に合わせて表舞台に出て来るために力を蓄えていることでしょう。
遙か上空に浮かぶと言われる浮遊大陸で受け継がれる禁じられた種族の持つ力。
彼らもまた竜と同じく、我々人間の理解を超えた大いなる力を持っている可能性があります」
「ざっくりいうと、なんか、伝説的なすんごい力みたいなのを欲しているわけね」
とベルさんが乱暴にまとめた。
「そういうことになります」
「ちょっと、聞きたいんだけど?
お姫様とルートちゃんってどういう関係なのかしら?
初対面っぽくないんだけど?
王族同士ったって、ルートちゃんは小さい頃に逃げ出したんでしょ?
マーソンフィールがかくまってたってことなのかしら?
さっき、ちらっと言ってたけどその力ってルートちゃんにも関係あるってことよね?
それって、ハルバリデュスと繋がってる?
王家の復興とかそんなのなの?」
「王家の復興とかは関係ありませんよ。
俺は王子だったけど、今はただの冒険者だし。
この国に来たんだって、他に行くところが無かったからだったし。
王子じゃなくなったことも別に身軽になってよかったとか思ってるくらいだし。
この国として俺の身柄を保護してたとかってことは……無いよな?」
俺はファシリアに聞いた。
「ええ。わたくしがルートの所在を確認してからも、特に干渉はしていません。
元々母上、現女王の考えとしては、今は新政権の行く末を見守る時。
例えば流浪の王子、トール・ハルバリデュスの行方を追うなどの積極的な介入は行わないようにギルドにも言い含めていたそうですから、まったく無関心だったというわけではありませんが」
「そう」
ベルさんはあっさり納得してくれた。
「ルートとわたくしはいうなれば同士。
同じ運命を背負ってこの世界に生まれました。
目的は、既に話した通り。
力を『鍵』を手に入れること。
そのための手段、能力を得ること。
わたくしも、王女であるという立場は利用できるのなら利用する。
足枷になるのなら自らその地位を退く。そのような覚悟です」
「なんか……、それこそルートちゃんのご先祖のハルバリデュスじゃあないけど。
世界を救いかねない壮大な計画だわねぇ。
そんなことにあたしも巻き込まれちゃっていいのかしら?
不真面目さではムルとどっこいどっこいなんだけど?」
「そのムルからの強い推薦です。
ベルには自分の代わりを務めるだけの力があると。
いずれ……、時が来れば、国を挙げ、もっと大規模な捜索をすることも考えていますが、今はまだその時ではないと考えています。
わたくしとルートの二人でひっそりと。それにお力添えをいただければ幸いです」
「まあ……、乗りかかった船だしね。
ルートちゃんのためならば」
「感謝いたします」
「ベルさん……ありがとう」
「で、次は何時? どこへ?
竜のほうはとりあえずグラゥディズ大陸へ行けばいいだろうとは想像つくけど?
魔族の方は? 浮遊大陸なんて、どっからどうやって行けばいいのかわからないんじゃない?」
「まずは、おっしゃるとおり、グラゥディズ大陸の探索。
そこで目的のものが見つからなかった場合は、魔族の潜むという浮遊大陸への手掛かりを求めて、マーカスス諸島の迷宮を探検してもらうことになるでしょう。
いずれはわたくしも共に行くつもりです。
ですが今はまだ力も足りていません。それはルートにも言えること。
グラゥディズ大陸の内陸部やマーカスス諸島を旅して巡るだけの力量はないでしょう。
そう焦る必要はありません。時の流れは穏やかです。
しばらくは、力を蓄えて、時が満ちるのを待つ。
目的のためには信頼できる仲間も必要です」
「地道にレベルアップしつつ、パーティーメンバーとの信頼関係を築くってことだな」
「ええ」
俺の言葉に、ファシリアが頷く。
「じゃあ、今日のところはそんなもんね。
いつでも連絡取れるようにはしとくから。しばらくはルートちゃんはルートちゃんで。
あたしはあたしで別々に行動しましょうか?
なんだか事が大きくなったから、あたしもいろいろ準備とか仕入れとか必要っぽいし。ついでに魔族の事とか、竜族のこととかも調べられるものは調べておいたらいいんでしょ」
「はい」
「じゃあ、あたしはこれで。
先に失礼させてもらってもいいかしら?
二人で話したいこともないわけじゃないだろうしね」
ファシリアの了解を得て、ベルさんは部屋を出て行った。
真相追及タイムだ。
まずは基本的な確認。
「やっぱりフアなんだよな?
ファーチャって言うのが居るんだけど……」
「ファーチャのことは知っています。ムルから聞きました」
「ムルさんって俺達のことをどこまで知ってたんだ?」
「すべてを話しています。
そもそもわたくしは、この世界で王女として生まれ、その地位と力を使ってあなたの捜索を始めました。
ある時ひとつの可能性を思いつきました。身元がわからなくなったハルバリデュスの王子。
わたくしが王女であるならば、年齢的にもその王子があなたである可能性は少なくない。
信頼できるものに頼み、浮かび上がったのがルート・ハルバードと言う少年。
その少年の手掛かりを求めるうちに出会ったのがムルでした」
なんか、俺とは違って……、ファーチャとも勿論違って。
権力があるってのは、そりゃそうなんだろうけど。ファシリアは小さいうちからいろいろしっかりとやることをやってるな。
だらだら生きてきた――とまではいわないが――自分を情けなく感じてしまいそうだ。
「同時にもうひとつの探し物。
わたくしには、フアとしての記憶があります。使命があります。
ですが、なにか欠けているのです。
感情というのでしょうか? 熱意というのでしょうか? 漠然としていてわかりませんでした。
ですが、ルート・ハルバリデュスの周辺を調査しているうちに、ファーチャという存在を知りました。
ルートを育てた女性が、ルートと別れた後に生んだ子。
奇しくもわたくしと同じ誕生日。
ここからは想像でしかありませんが、転生をする際にわたくしの魂はふたつに別れてしまったのかも知れません」
「ファーチャと……ファシリア……」
「ええ。幸いわたくしにも強い魔力があります。
ですが、攻撃魔術の才はそれほど無いようです。
ファーチャには、それがある。
性格も、わたくしとは異なる」
「なあ、ファシリア?
俺と再会できて嬉しかったか?」
何気なく聞いた。帰ってきた答えはなんとなく想像通りだった。
「嬉しさ……というのは正直なところそれほど感じませんでした。
ただ、目的のためのひとつの足掛かりを得たという感覚です。
元々、ルートという存在や無事については、聞いていたというのもあるのかも知れませんが……」
「ファーチャはアホみたいに喜んだよ。
そうだな。言っていることはわかる。
確かに……、ファーチャとお前……ファシリアを足して割ったらフアになりそうな気がしなくもない」
「ええ、彼女の力もいずれ必要になるでしょう。
残念ながら今のわたくしには冥界への干渉を行うだけの力がありません。
この世界の肉体がそうさせるのか、年齢的な問題なのか。
思い悩んでいましたが、ファーチャの力と合わせることで、本来の役割が果たせるのかも知れないと思うようになりました」
「ファーチャにはさ、冒険者の養成学園に入って卒業したら一緒に旅をしようっていってあるんだ。
保護者の……シーファさんの了解も取り付けてる。
ファシリアもそれぐらいの歳になったら……」
「ええ、それぐらいの時期がちょうどよいのかも知れません。
焦りは禁物です」
城を抜け出す覚悟だけはある。強い意思。だが、情熱よりは義務感が優先している印象を受ける。
「えっと……、ファシリアにはちょくちょく会いに来れるのかな?」
「定期的に連絡を取ることは必要なことでしょう。
こちらからギルドへと召喚状を送ります。
ルートから連絡が必要なときは、ギルドを通してくだされば」
なるほど。事務的だ。
俺は、しばらくアットホームなファーチャのところと、ここを行ったり来たりしながら、レベルアップに勤しめばよいわけだな。
ファシリアとファーチャが出会う光景って今はまだ想像もつかないが……。
数年たてばファーチャも変わるだろう。それこそ焦る必要はない。
「では、他になければ本日のところはこれで」
ファシリアはやっぱり事務的だ。ちょっとさみしい。
調査結果の報告を受けて、俺がどこで何をしてどう生きてきたとかは知ってるんだろうけど。さすがに、王族の情報網。俺の出生から、シーファの居所までなにからなにまで知ってたみたいだし。
なら、早めに教えてくれよとも思うが。
「ああ。また来るよ」
言い残して俺は、王城を後にした。
ファシリアの言い方からも、しばらくは平穏な日々が続くかと思われた。
だが、それは驚くほど短い期間で終わることになる。
俺が、俺達が焦らずとも、世界……時代の流れがそれを阻む。
激動の時代を駆け抜けるように生きたハルバリデュスの血がそうさせるのだろうか?
この世界の異端児である俺に課せられた宿命なのだろうか……。




