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わりとテソプレな異世界転生  作者: ぐらんこ。
五.冒険者の章~クァルクバード編~
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第六話 ブレイク ~ 込められない想い


 二週間の行程を休み休み歩き続けてマーソンフィール北部の村、ツラスゴンまで帰ってきた俺達。

 電話やファクシミリのような便利な遠隔通信技術が存在しないこの世界だ。

 クァルクバードでの事件はまだこの村には伝わっていなかった。

 クァルクバードから馬などで走れば俺達よりも早くこの村に着くこともできただろうが、引き上げてくる道中追手が来たり、俺達を追いぬいていくような存在は無かった。


「まあ、絶対に大丈夫ってことはないだろうけど。

 あっちはあっちで事後処理とかでてんやわんやなのかもしれないわね。

 あたしたちに構っている暇がないくらいに。

 だから、今日ぐらいはゆっくりしましょうか。

 追いかけて来ているのならもっと早くに追いつかれてるはずだし。

 万一、今晩最初の追手が来たとしてもそんときゃそんときに考えましょう。

 どうせ、今からじゃ馬車の手配もできないしね」


 そういうベルさんの提案で、俺達はツラスゴンの小さな宿屋で一泊過ごすことになった。


 ベルさんの精神状態は一見安定しているように見える。普段通りに冗談も飛ばす。エロさも消えていない。


 が、


「ちょっと風に当たってくるわ」


 ベルさんは出て行ってしまった。やはり本調子ではないようだ。


 シノブと二人きり。

 滞在費用は依頼主持ちということで、贅沢にも男女別室。

 女子には女子のプライバシーがそこはかとなく存在するため、とりあえずシノブもベルさんも俺の部屋のほうに居た。

 シノブは自分の部屋に帰る気配はない。


「二人っきりになったからって、襲うなよ?」


「襲うかよ……。お前こそ俺を襲うなよ?」


「まさか、ベルさんじゃあるまいし……」


 無理して軽口を叩こうとするがいまいちテンションが上がらない。


「なあ?」


 ベッドに腰かけながらシノブが言う。


「ムルさんだっけ? あの仮面の中の人。

 ベルさんとはどういう関係なんだ?

 ルートは知ってたんだろ?」


「ああ、ムルさんね。

 初めて会ったのは俺がまだ6歳ぐらいのときかな。

 たまたま薬草の露店をやってたんだけど。

 ムルさんは何かの調査かなんかで聞き込みに来てて……」


 俺は思い出しながら、シノブに語った。ベルさんもムルさんから聞いていることだろう。だから三人で居る時には話に出なかった。


 ムルさんと一緒に冒険に出た話。

 冒険と言っても街のすぐ外だけど。

 馬鹿でかく、礼儀正しいウサギとムルさんの戦い。親玉が現れて結局逃げ出したこと。

 その後の魔法薬づくり。

 冒険者になるための推薦状を貰った事。その時に受けたベルさんからのセクハラ。


 思えばそんなことは学園で出会った仲間には伝えていなかったかもしれない。


 それからつい最近の話。ファーチャを護ってグヌーヴァから王都へ来る際に、しばしば助けられたこと。その時はムルさんではなく仮面の男ジエッジだった。


「古い付き合いなんだな……」


「まあ、でもベルさんとはその後……入学する時にも会ったけど。

 ムルさんとは……。

 あれ以来かな。ちゃんと話はできてない。

 仮面を付けてたし」


「で、あの二人は……、

 そのなんだ、端的に言うと……、

 デキてたのか?」


「いや、そんな感じじゃなかったけど……。

 初めて会った時も冒険者仲間とか言ってたし……」


「でも、あたしみたんだよ。

 ドラゴンゾンビのブレスからあたし達を護るときのあの人の背中。

 まさに愛する人のために盾になってって感じだった……」


 とそんな話になった時に、バタンとドアが開いた。


「あたしを差し置いていちゃいちゃしてなかったのは、感心なことね。

 褒めてあげましょう。

 だからって、人のことを詮索するのはよくないわよね?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべるベルさん。


「いや、別にそんなつもりじゃ。

 単なる興味本位というか……」


「いいわ。話してあげる。

 ムルのこと、あたしのこと……」


 そう言ってベルさんは話し始めた。


「元々はムルは、クァルクバードで育ったってのは言ったわよね?」


「うん」シノブが頷く。


「でもね、生まれはよくわからないの。

 この……ツラスゴンって村はね、見ての通り貧しくて。

 昔は、クァルクバードとも盛んに交易したたし。

 入信する人、信仰を捨てる人、それぞれの通り道としてそれなりに需要はあったらしいんだけどね。

 もはや今さらイェルデ教に入信しようって人間はほとんどいないし。

 退教者も、さっさとこの街から出て他の街へ移り住んでいく。

 クァルクバードも、新たな信者が増えないと寄付金もままならないから自給自足への道を進んでいく。交易も盛んではなくなる。

 そんなわけで、結構貧しい村なのよ。このツラスゴンってところは。

 子供の食い扶持にも困るぐらいにね」


 俺とシノブは息を呑む。ベルさんの悲しそうな表情を見て。


「そんなわけでね、生まれてきたはいいけど育てる自信が無くなったって子供は山に捨てられるのよ。

 それも、クァルクバードからたまに訪れる旅人が帰るその日を狙い撃ちして。

 両者の利害が一致しちゃってね。

 何時の頃からか知らないけど恒例行事になっちゃたらしいわ。

 ツラスゴン側としたら、子供の面倒が見切れない。だから捨てる。

 クァルクバードとしては、子供を拾って帰ってイェルデ教の信者に育てる。

 ムルはそんな風習の中でクァルクバードに拾われていった子供の一人。

 性格が破たんしているから、すぐに国を出て行ったけどね。

 沢山の弟妹を残して……」


「ひょっとしてベルさんも?」


 シノブが単刀直入に聞いた。


 ベルさんは小さく頷く。


「孤児院みたいなとこで育てられたのよ。

 教会に付属したところで。

 優しい義理のお父さんとお母さんに育てられた大家族。

 兄弟も沢山居てみんな仲が良かったわ。

 ただし、クソ退屈な毎日毎日……。

 ムルはあたしにとって、兄であり……。

 遠くて大きい背中だったな」


 なんだか絵が浮かぶ。




 雪深いクァルクバードの郊外。

 大した当てもなくふらふらと歩くムルさん。

 ベルさんはその後を必死で追いかける。


「おい! 何度言ったらわかるんだよ! いちいちついて来るなよな。ベル」


「だって……」


 小さなベルさんはそれでもムルさんの後を追うのを辞めない。


 ムルさんはそれを面倒に思いながらも、ベルさんが離れすぎないように時に立ち止まり時に時間をつぶしながらぶらぶらと歩く。




 まあ、俺の勝手な想像だけど。


 その後、退屈さに耐えかねて国を飛び出したムルさん。

 ベルさんもそれを追って冒険者の道を選んだという。


「この指輪はね……」


 とベルさんは紐を付けて首に掛けていた指輪を俺達に見せてくれた。

 ムルさんが最期の時にベルさんに放ったのがこれなんだろう。


「イェルデ教の風習でね。

 一応は結婚指輪なのよ。ここに精霊石が付いてるでしょ?

 ここに魔力を封じ込めておくの。

 もしもの時があった時に、精霊石に込められた魔力で窮地を凌げるようにって意味があるわ。

 今ではたんに慣例としてちょこっと魔力を込めただけで済ませたり、魔術が使えない人間の場合は、教会の司教なんかが代理でやってくれるんだけどね」


「それって……、プロポーズってこと?

 ムルさんとベルさんって……」


 シノブが聞く。ぼかしているが、聞きたいことはわかる。

 結局恋愛感情はあったのかなかったのか。


「どうなんだろうね。

 ほんとに兄妹として育って来たし、冒険者になってからは仕事仲間って感じだったし。

 あいつの考えだけはあたしにもわからないわ。

 あたしの事を女として見てくれたとしたら、シーちゃんのいうとおりプロポーズなのかもね。いつか必ず迎えに行くっていう宣言?

 でも、ひょっとしたらこれを持って、いい男のところに嫁に行けって意味かも知れないし。兄としてね。

 どっちが贈ってもいいのよ。クァルクバードの結婚指輪って。互いに贈りあうのが今はほとんどね。

 それに……。

 ほんとなら、長い期間をかけて魔力を沢山貯めておくための指輪なんだけど、最近では儀式化してるから、一般庶民とかはそんなにいい精霊石を使うってことは少ないの。

 だから、魔力なんてほんのちょっと、申し訳程度にしか溜めておけないんだけど。

 これは、結構いいものなのよね。そのくせほとんど魔力は溜まってない。

 中途半端だわ。ほんとにあいつらしい。」


「べ、ベルさん的にはどうなの?

 ムルさんのこと。どう思ってたのよ?」


 シノブがしつこく食い下がる。


「どうかしらね……。

 自分でもよくわからない。あいつ次第……かな?」






 ツラスゴンを出た俺達は、馬車を乗り継いでマーフィルへと戻ってきた。

 夏が終わり秋が訪れていた。

 仲間との再会、そして怒り狂っているかもしれないファーチャへのご機嫌伺いは後回し。

 まずはやるべきこと。冒険者としてのけじめをつけるためにギルドへ向かった。


「ちょっと待っててね。どうせ別室で扱われる案件だから」


 とベルさんは受付に行って、二言三言話をする。

 予想通り、別室へと案内された。

 しばらく待っていると、懐かしい顔。と言っても一度しか話をしたことはないが。

 ギルドの偉い人が来た。


「お待たせしました。

 そちらの女性は初めてですね。当ギルドの副支配人キャゼルバです。

 ご連絡は依頼主様とジエッジ様で直接お取り合うということになっていたはずですが?」


「そのジエッジなんだけどね。

 消息不明なのよ。下手すると二度と会えないかも」


 ベルさんは他人事のように軽く言う。


「まさか? 本当に?」


 とキャゼルバさんは驚愕の表情を浮かべた。


「嘘であったら面倒が減ってくれるからありがたいんだけど、ほんとのことなのよね」


「少々お待ちください」


 そう言うと、キャゼルバさんは部屋を出る。


「そう言えば、あの人には依頼の内容を細かく伝えちゃだめだって?」


 俺が聞くと、ベルさんが、


「だから面倒なのよね。ほんとの依頼主が誰なのか、ギルドのトップぐらいは知っているんでしょうけど。

 副支配人ぐらいじゃ、上に取り次ぐのが精々ね」


「ってことは、完了報告には時間がかかるってこと?」


 シノブが聞く。


「どうだろう? でも、お金ならあるわよ。

 シーちゃんの依頼分を立て替えるぐらいなら」


「いや、お金はいいんだけど。

 ランクがね。どれだけ上がるかなって思ってたから」


「ああ、でも特務だからねえ。

 それにシーちゃんはオマケのメンバーだし。

 依頼人の考え方次第っちゃそうなんだけど、特務って結構人知れず頼むことが多いから。

 お金は出てもランクは上がらないってことが多いんだって。

 言ってなかったっけ? ムルなんか未だにDランクだったはずよ」


「えっ? そうなんですか?」


「ずいぶん前のことだけど、お得意様が出来たから、しばらくはその仕事メインでやる。ランクなんて関係ないとか言ってたわね。

 その前も、飛び込み営業とかで仕事を取ってくるほうが多かったし。

 結構、ランクとか気にしない奴だわね。

 まあ、あたしも人の事は言えないけど」


 そんなことを話しているとキャゼルバさんが戻ってきた。


「確認してきました。

 封書を預かっています。今回の依頼に置いて不測の事態が起こった時に備えて。

 ギルドのメンツにかけて、ジエッジ様ご本人からの預かりものだということを保証させていただきます」


「これってあたし宛だけど、他にもあるの?」


「ええ、もう一通、ルート様に向けてはご用意されていました」


「あたしには無いのかよ!」


「ベル様とルート様、ともに連絡が付かなかった場合には依頼主へ向けてのメッセージが送られる手はずとなっておりまして。

 とにかく、ベル様と連絡が取れたのなら、こちらをお渡しするようにというご指示です」


 ベルさんはびりびりと封書の封を開ける。

 中の手紙に目を落として、


「こんなこともあろうかと……じゃないわよ!」


 と叫ぶ。


「あの、ベル様!?

 くれぐれもお手紙の内容はご内密に……。

 書かれている指示に従われますように……」


「はいはい! わかってるわよ。

 内密にね!!

 ばらしゃしないわよ!

 従えばいいんでしょ?

 はいはい。仰せの通りに致します!」


 ベルさんの視線は、キャゼルバさんへと向けられているが、これは完全なる八つ当たりで、書かれていた中身に腹を立てているのだろう。

 だが、その内容、ベルさんの怒りに火をつけたのがどういうものだったのか。何が書かれていたのかは決して教えてはくれなかった。


 俺達はギルドを出た。


「えっとね、シーちゃんはここでお疲れ様。

 後日、ギルドから報酬が支払われるから。

 しばらくかかりそうだから気長に待っててね。

 お金ないならほんとに建て替えるけど大丈夫?」


「ああ、それは別にいいんだけど……」


「心配しなくてもランクなら上がらないわ」


「ああ、そうなんだ……、がっくり……」


「で、ルートちゃんは、しばらくはあたしと連絡が付くようにしてて。

 いつになるのかわからないけど。

 まずはあたしが依頼主と連絡を付けるわ。

 最終的にどういう手はずになるかわからないけどね」


「あっ、はい。

 この街に居たら、普通に依頼とかは受けていてもいいんですよね?」


「それは構わないわ。

 じゃあ、あたしはこれで。

 ほんと、面倒事押し付けやがって!

 なんであたしがわざわざ……」


 ぐちぐちと文句を言いながら、ベルさんは去って行った。


「さて、どうしよっか?」


 シノブが聞く。


「とりあえず……飯でも食って、プラシ達と合流……かな?」


 アリシアも一緒に居てくれるだろう。

 そこでまた今後のことを話し合おう。

 俺はしばらくは王都を離れらないとはいえ、みんなここで地道に活動しているんだったら別に問題ない。明日からでも合流させて貰おう。


 特務だから土産話のひとつも出来ないのが残念と言えば残念だけど。


「そうだな。金はある! ここはひとつパァっと打ち上げでも開くか!」


 シノブは気前よく言ったが、俺の懐を当てにしていたらしいというのは後でわかった話。

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