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わりとテソプレな異世界転生  作者: ぐらんこ。
五.冒険者の章~クァルクバード編~
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第五話 ブレイブ ~ 目覚めし本能


「えっ!? ムル? ジエッジさん……? きゃあ!」


 竜骸ドラゴンゾンビは、攻撃の手を緩めてはくれない。

 呆ける暇を与えてくれない。

 シノブとベルさんに向って突進していく、前足を振り下ろす。


「ヘリムゾンフレア!!!!」


 詠唱を省略して、放った魔術は一瞬の時間稼ぎにはなってくれた。

 その間に、ベルさんが体制を立て直す。


「あいつは……、

 あいつはあれぐらいで……、

 あれぐらいでくたばるような……、

 くたばっちまうようなタマじゃないわ!

 ルート!! 今は……、今はあたし達だけでコイツを片づけるわよ!!」


 気合十分に叫ぶベルさんだったが、いつもとは様子が違う。

 真実を受け入れようとしていない。かたくなに。そのための虚勢。俺にはそういう風にしか見えなかった。

 だけど……、だからこそベルさんは今自分の出来ることを必死にやろうとしている。

 実行している。




 俺は思い出す。まだこの異世界に来る前のことを。

 一人では無かった。いつも隣にはフアが居た。

 戦いに明け暮れる日々。それは今も変わっていない。

 だけど……、あの頃は俺はもっと真摯に戦いを受け入れていた。

 自分の力で敵を倒し、フアを護る。

 時にはフアに助けられることもあった。だけど……、俺は少なくともフアの陰に隠れて闘うような真似はしなかった。

 常に最前線で。危険を顧みず……。自分にできることを精一杯に。


 これは……、これは俺の心の弱さが招いたことだ。

 俺がもっとしっかりしていれば。俺がもっと強ければ。

 どんな巨大な相手でも……一太刀ひとたちに切り捨てる力があれば……。

 

 ムルさんは強かった。俺など足元にも及ばないぐらいに。

 ベルさんだってそうだ。今の俺よりも数段強い。

 だから、二人に頼る……?

 安全な場所で、二人に護られながら……。

 自分に出来るだけのことをやる?

 自分が出来ることだけを引き受ける?

 自分が出来ると思うことだけを任される?


 いざというときには人の力を当てにする?


 ムルさんは……、ムルさんは……。そうだ。

 あれぐらいで死んでしまうような人じゃない。

 そうであってほしい。

 だからといって……、時間を稼いで……。

 ムルさんが颯爽と助けに来てくれることを願う?

 最後の最後で美味しいところをかっさらっていくのを見てあきれつつも安堵する……。

 俺は……、そんな未来を願うのか?

 自分の力を信じることができないのか?

 成長途中だからと。発展途上だからと。完成された強さに頼るのか?


 頼り続けるのか? 任せ続けるのか?




 違う!! 俺はっ!


 剣を握る手に力を込める。力が剣に伝わる感覚。

 俺の本当の力。

 ついさっき、ほんの数十秒前に発揮するべきだった力。

 出し惜しみなんて考えているべきではなかった……今できる最大限。


風系ウィンド流態カスタム!!」


 風の力。精霊の属性から力を借りる。神速とまではいかない。

 が、竜骸の攻撃を躱し続け、剣撃を加え続けるには充分な速度。


 相変わらず、竜骸の標的はシノブに定められているようだ。


「シノブ! 無理に反撃しようなんて考えるな!

 ベルさん、シノブのサポートを!!

 俺はその間に! こいつの足を止める!!!!」


 まずは竜骸の、竜の巨躯の左足の付け根を狙う。

 俺の感情に呼応するかのように高まっている剣気。

 だが、一撃で切り落とせるだけの威力は無い。


「一撃で駄目なら二撃!! 三撃!!! 四撃!!!! 五撃!!!!!」


 同じ個所を、何度も何度も、斬りつける。

 手ごたえはある。しかし、いくら斬りつけても竜骸の足に刻まれる傷は深くはならない。

 だが、俺の持つ力はこれだけじゃない。

 俺の手にした剣は折れない。何度弾かれても! 跳ね返されても!

 俺の心が折れない限り! こいつは俺の力になってくれる。


火系ファイア流態カスタム!!!!」


 流態カスタムを切り換えて攻撃特化へ。


「うおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」


 渾身の一撃を振るう。だが、竜骸の骨格はそんな俺の攻撃すらも跳ね返す。


「くっそぉ!」


 俺は叫ぶ。だが、諦めない。

 剣が折れない限り。例え剣が折れたとしても、心が折れない限り。

 何度でも、何度だって。俺は攻撃を続ける。


「ベルさん!! ちょっとゴメン!!」


 シノブが叫ぶ。竜骸の両前足の相手をベルさんに任せ、俺の元へ駆け寄ってくる。


「あいつの弱点は光属性だ!

 魔法拳で内部へ衝撃を伝えることはできたんだ!

 あたしたちに希望があるとすれば光の力だ!

 光系ライト流態カスタムを!!」


 シノブの真意が見えない。

 確かに魔法拳であれば内部へと属性効果を伝えられるのだろう。

 だが、それは魔法拳士にのみ与えられた戦術。

 さらに言えば、光の流態カスタムは、精神力を向上させる術。

 流態カスタムはあくまでも、自分自身へと働きかける力。

 自己の能力を向上させるためのわざ

 弱点属性への効果は期待できない。


 それでもシノブは叫ぶ。


「はやく!」


光系ライト流態カスタム!」


「うまくいくか、一か八かだけど!!」


 シノブが俺の手を、剣を握る俺の手をその上から握りしめてくる。


「魔法拳の効果範囲を広げて、ルートの体に伝えるわ!

 ルートの体にも、光属性の効果を!

 受け止めて! あたしの力を自分の物に!」


 伝わってくる。暖かい力。光の属性。精霊の躍動。

 シノブの手から。俺の体を駆け巡る。

 しかし体を巡った力は、どこかへと流れ出て行ってしまう。


とどめて!! ルートの剣気と一体化させるの!

 きっと出来るからっ!」


 精神を集中させる。

 流態カスタムの力を借りている。

 できないことは無いはずだ。

 体中を駆け巡るシノブがくれた力を肩へ、二の腕へ、肘へ、掌へ……。

 そして剣へと伝える。


 奥底から湧き上がってくる力……。

 これは……、これが魔法拳(剣)……?

 いや……違う……。


 これは……、あの時以来忘れていた感覚。

 己のうちから湧き上がってくる力を制御できない恐怖。

 1歳の時に、感じたあの感触。

 魔力とは違う、まったく別の力。

 

 英雄の力……、霊力。魂の力。


 聖剣フライハイツが輝きを放つ。


 今の俺はあの時とは違う。この力を……、制御して、自分の物にする。

 己の全てをこの剣へ!


「散開して! ブレスが来るわっ!」


 ベルさんが叫ぶ! シノブが地面を蹴る。


 俺は飛翔した。翔べると確信した。

 俺の体は宙へと舞う。

 ドラゴンゾンビが大きく口を開ける。

 空中で身動きの取れない俺に向って。

 その喉元の奥底には、暗く濁った光が渦巻いている。

 それが、殺意を持った吐息ブレスとして俺の元へと向かってくるまでにはほんのわずかな時間しかないだろう。


 だが、それで十分だ。

 俺は大きく剣を振りかぶる。自由落下に身を任せながら。

 すべての力を込めて。


 剣を! フライハイツを振り下ろす。


「うぅりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」




 両断される竜骸の巨頭。胴体近くまで二つに割けた首がゆっくりと慣性に従って地面へと崩れ落ちていく。

 相次いで響く二つの轟音。


 切断面からはバチバチと火花が散っている。

 二つに裂かれた頭部のそれぞれの瞳からは光が消えていた。


「やったの?」


「どうやらそうみたいね。

 さすがはルートちゃんって言いたいところだけど……」


「ええ、俺の力だけじゃないです。

 シノブの機転もありました。力を貰いました。

 でも……」


 俺は、ドラゴンゾンビのブレスによって焼けただれ、穿たれた地面の太い筋に残るあの場所を見つめた。

 ムルさんが護り通した領域。


「あっ!」


 とシノブが声を上げた。


 ドラゴンゾンビの巨体がさらさらと崩れ落ちている。

 上部から徐々に風化して、粉上になり、風に飛ばされて消えていく。

 ものの数十秒で、巨大なドラゴンの成れの果ては跡形もなく消えてしまった。


 ベルさんが、つい今まで竜の巨躯が横たわっていた中心部へと向かっていく。

 しゃがみこむとまた立ち上がって戻ってきた。


 感情を押し殺すように、冷静に告げる。


「これだけの騒ぎを起こしたんだもの。

 すぐに誰かが来ると思うわ。

 今は、恐れて近づいて来ないでしょうけど、様子ぐらいは窺っているとみるべきね。

 騒ぎが収まったら、もっと近くで状況を確認しようするはず。

 見つかると面倒だわ。

 引き上げるわよ」


 ベルさんは歩き出した。


「えっ? ちょっ」


 とシノブが声を上げる。

 ベルさんの向かう先は山脈の真っただ中。

 逃げる方向とは全く異なっている。


「ちょっと、遠回りしていいかしら?

 ゾンビとはいえ、竜の息吹ブレス

 あれだけの威力だったんだもの。

 どっかそこらへんに吹き飛ばされて動けなくなってるんだと思うのよね。

 あいつ……」


 ベルさんは、竜骸のブレスが抉り取った地面の筋に沿って淡々と歩き出した。

 徐々に早足になり、そして走りだす。

 時に左右の脇道にそれ、時に足を止めて周囲の物音に耳を傾ける。


 俺達はただそれにつき従った。


「ムル! ムル!

 どこにいるのよ! さっさと出てきなさいよ!

 あんた、こんなものを渡されたって!

 どうすりゃいいのよ!

 あたしは、絶対にこれがあんたの形見だなんて認めないからね!」


 どこまでも気丈なベルさんだ。口調には悲しみは感じられない。

 だけど、声の震えは隠しきれない。


 山の中を、それこそ夜明け近くまで捜索を続けるベルさんの手には小さな指輪が握られていた。

 何度もそれを眺めては、走り回る。


 そんなベルさんの行動は、追っ手の気配を感じて引き上げを止む無くされる時まで続いた。




 結局、ムルさんの手掛かりは何も見つからなかった。

 ムルさん本人どころか、装備品、衣類の欠片すら。

 ベルさんはあっさりと決断した。


「このまま、ここに留まってても仕方ないわね。

 大人しく引き上げましょう」


 平静を装っていたベルさんだったが、その拳が固く握られていたのに気づいてしまった。

 俺もシノブも何も声を掛けられない。


 クァルクバードでの依頼。それ自体は完遂させたと言える。

 俺の手元には、大事に梱包された一冊の書物が残っている。

 ドラゴンゾンビという強敵を始末するというおまけまでついた。


 だけど……失ったものは計り知れない。


「あいつが……、あのふざけた仮面の奴にね、

『俺にもしもの……』」


 そこで、ベルさんは静かに首を振った。言いなおす。


「何かの事情でジエッジの都合がつかなくなってしまったときとか。

 とりあえずギルドへ話を通せばいいって聞いているわ。

 あなたたちも来て。一緒に報告しましょう。

 帰りましょう。

 マーソンフィールへ。

 後のことはそれからね」


 冒険者は振り返ることは許されても立ち止まることは許されない。

 いつか、ベルさんが冗談交じりに教えてくれた教訓だ。


 その時はよく意味がわからなかった。

 前を向いて生きるというよく言われる言葉とは反するような表現。


 ベルさんはそれを自らの身をもって示そうとしている。

 後ろを振り向くことは悪くない。だが、ひたすら前を向いて歩み続ける。

 一歩進むごとに景色は変わる。過去は決して忘れることはできない。

 だが、思い出は次第に小さくなってゆく。ぼやけていく。


 進めば進むほど遠ざかって行く。


 俺の、俺達の前には何が待ち受けているのだろうか。

 それを知るためには歩き続けるしかないのだろう。

 きっとそういうことなんだろう。

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