第二話 ロスト ~ 大切ななにか
「なんか、陰気なところだねえ」
シノブがそういうのももっともだ。俺も同じような印象を受けた。
「こら、ちゃんと周囲に溶け込んで。
きょろきょろしない。立ち止まらない」
小声でベルさんが俺達を窘める。
俺達は、無事にクァルクバードに侵入していた。
事前に仕入れていた情報から、どこぞの新興宗教が山奥に作った村ぐらいの規模を想像していたが、全然そんなことは無かった。
王都マーフィルなんかとは比べ物にはならないが、広くてしっかりした建物が並ぶ。グヌーヴァの郊外なんかとは似通った雰囲気。
だけど、街に活気は無い。街に人が居ないわけではない。
国としての力が無いのではなくストイックに暮らす国民性の問題なのだろうけど、長く滞在したいと思えるような国ではなかった。
「それにしても寒いですね」
俺は声を潜めながらベルさんに言うが、
「こんなのはまだ序の口よ。だって今は真夏でしょ?
秋口ぐらいから、どんどん気温が下がって雪と氷に閉ざされて、ここはもっと寒くなるの」
ベルさんの話によるとグヌーヴァの冬とは比べ物にならない寒さらしい。
緯度的にはグヌーヴァとそう大きくは変わらないクァルクバードだが、北極圏から吹いてくる風とか山脈とかの地形とかの影響とかで一年を通して暖かい日というのはほとんどないらしい。ちゃんとした説明はベルさんにも出来ないそうだが。
「ここが、最初の目的地に選ばれた理由のひとつでもあるわね。
マーフィルから近かったってのもあるけど、冬が来る前に片付けとかないと、寒くなってから来るなんてとんでもない話だから」
「ベルさんは前にも来たことあるの? 冬に?」
シノブが聞く。ベルさんは答えなかった。
とにかく今の俺達の目的は、街の雰囲気を掴むこと。
目立たず、焦らず、のんびりと。逃げ出すときのことも考えて地形や地理を把握しておく。
寒さ対策でもあり、俺達を街に溶け込ませるためのアイテム。信者が羽織っているローブは、いかんなくその力を発揮してくれている。
フードを深くかぶっていれば、顔は見えない。辛気臭いとはいえ、人通りが無いわけでないこの街で、三人の異端者がうろうろしていても怪しまれている気配は無かった。
それ以上に、街行く人々が他人に無関心というのもあるのだろうけど。
それから、今夜にも侵入を企てている古代図書館を遠くから眺めようと俺達は古代図書館の近辺まで移動した。
できれば近くに行って様子を見たかったのだが、それは許されなかった。
街の外れにある大きな神殿。低層な建造物が並ぶこの街で唯一の高層建築。
これが、クァルクバードの総本山である。
神殿の裏手はすぐに山地へと続いている。古代図書館は、その神殿の裏手。山脈のふもとに存在している。
「こっち側からの侵入は無理そうね」
神殿を通り過ぎながら、俺達は作戦を練る。
「ええ、武装はしてませんが見張りが多いですもんね」
俺もベルさんの意見に賛同。
「あれくらいあたし一人でも相手できるけど?」
「バカねえ、シーちゃん。派手なことをしたら目立っちゃうでしょ?
兵は隠密を尊ぶものよ。
臨機応変、適材適所。
戦略を練り、戦術を立てる。
いきあたりばったりな計画じゃあ、上手くいくものも上手くいかないものなのよ」
偉そうなことを言うベルさんだったが、じゃあ今回の作戦はどのような崇高なものなのかと問うてみると、
「こっちからは難しそうだから、夜になったら山の方から回り込みましょう。
あとは、サクッと侵入して、サクッと目的のものをいただいてとんずらよ」
と、行き当たりばったり以外の何物でもない答え。
辺りが闇に包まれるのを見計らって俺達はこっそりと街を出た。隠しておいた装備を身に付ける。フードは着たままにしておいた。
街の周囲を大きく回って、古代図書館のある山のふもとへ到着した頃には既に夜更けに近い時間。
「結構時間かかったね。この辺に拠点を構えておいた方がよかったんじゃない?」
とシノブが言うと、ベルさんが、
「次があったらそうするわよ。とにかく行くわよ。ここからは慎重にね」
と、草むらを切り開いて歩を進める。
古代図書館の周囲にはいくつか灯りが見えた。
「やっぱり見張りはいますね? どうします?」
「どうするも何も……。
みんなでそれぞれアイデアを出して……。
多数決で決めましょうか?」
たった三人では良い知恵も出ず。文殊の知恵とかいうのは嘘だ。
そもそも俺達みたいな不届き物の侵入者が来ることを想定していないのか、警備は手薄だ。
それでも、四角い建物の角々には、松明を持った見張りが立っていて周囲一帯を見張っている。
そのうちの一人にでも何か異常があった場合は、他の人間にも伝わるだろう。
四人を同時に倒したとしても、どうせすぐ近くの神殿あたりで見張っている奴に異変が察知される。
手詰まりだ。シノブではないが、力ずくで押し入る以外の選択肢が見えてこない。
「ここはあたしの色仕掛けで……」
と、躍り出そうになったベルさんを俺とシノブで押しとどめた。
結局、その日の夜は、何もできないまま。獲物はすぐに目の前にあるのに指をくわえて見ているだけで終わってしまった。
それから数日後の夜。
今夜の俺達はこのあいだの俺達とは違う。秘策があった。
今晩の見張りを二人ばかり買収したのだ。金の力で万事解決だ。世の中はやっぱり金次第。
といっても自分たちでお膳立てをしたわけではない。
街の外れに作っていた臨時の拠点。荷物置き場として、野営地として活用していたその場所に、一通の手紙が置かれていた。
差出人は、『鋭利な仮面』。
今夜、裏側の見張りにつく人間に見て見ぬふりをするように依頼をしたからそっち側から侵入せよとの指令。
「なによ! あの人結局来てんじゃないの!?
馬鹿にしてるとしか思えない!」
シノブの怒りはもっともだ。俺は大して腹を立てない。腹は立たないが……やるせなさには襲われる。
カールさんとファーチャを護衛して王都へ来る際に何度も何度も経験したやるせなさ。
それでいったらベルさんはその時は加害者側に立っていたが、今は単なる被害者だ。
「あいつは……、そういう奴だから……」
と、力なくシノブを宥める。
「それにしても……、よく買収なんてできましたよね?
たまに逃げ出す人は居ても、ほとんどが敬虔な信者なんでしょ?」
「この国の人間も……思ったほど一枚岩でもないのかもね。
それに、あいつのことだからもうずいぶんと前からこの日のために陰で糸を引いて、見張りのシフト表を操作しているぐらいはやりかねないわよ」
「それはさすがに……、人脈も無いでしょうし……」
「人脈やコネならあるわよ。あいつは元々この国の生まれだからね」
と吐き出されたベルさんの言葉に俺は、ちょっとびっくりした。
「えっ? そうなんですか? 全然……それっぽくないなあ」
「だから、合わなくって国を出て冒険者になったんでしょ。
生まれがどうとか関係ないの。持って生まれた性格の問題なのよ」
と俺とベルさんが話していると、
「やっぱりあなたたち、あの仮面の男の正体を知ってるのよね?
誰なの? 教えてよ」
とシノブが聞いてくる。
「悪いけど……契約上、言えないことになってるから。
それに、どうせシーちゃんは会った事無い人だから聞いても無駄だわよ」
ベルさんの台詞には俺が仮面の男の正体を知っているということが存分に含まれていた。せめてものあてつけなのかも知れない。
ということで、古代図書館への侵入は難なく成功した。やけにあっけなかった。
「大きな物音を立てたりしない限りは、不審に思われることはないと思うわ。
鎧戸は降りているけど、灯りが外に漏れるとばれちゃうから照らすのは最小限でね」
捜索は手分けして行うことになった。
ベルさんは一人で。
光魔法の微妙なさじ加減が苦手なシノブは俺とコンビで。
そう広くもない図書館の中を捜索し終わるのにそれほど時間はかからなかった。
「結局、あたしたちって何を探してるんだっけ?」
この期に及んでシノブが言うが、俺もはっきりした答えは返せない。
ベルさんに聞いても答えは同じ。
「なんか、一番大事にされてそうな本とか、特別扱いされてそうなやつが今回のターゲットよ」
かといって、特別な一冊だけを奉っているいるような祭壇的なものも見当たらない。
俺とシノブが、本棚の二周目に突入しかけたころ、
「あ、アタリを引いちゃったかもしれない……」
ベルさんの声に俺とシノブは捜索の手を休めた。
「あたしの頭脳の勝利ね。
こうやって見渡したところで、特別な一冊ってのが無さそうなのは入ってきた時から気づいてたわ」
なら、なんで地道な捜索をさせたのかとは言えない。ただベルさんの言葉の続きを待った。
「だから、探索魔術を使ってみたのよ。隠し部屋とか隠し通路とかを探すのに使うんだけどね。風の流れが教えてくれたところによると、あそこの棚の裏に風の通り道があるわ」
ベルさんの誘導に従って、俺達は場所を移す。なんの変哲もない本棚。
だけど……。
「その下の2段分ぐらいの本を全部どけてみて」
言われたとおりにすると、本棚の奥に隠し通路が見つかった。
場所と角度から考えると下に降りている階段かなにかに繋がっているようだった。
だが、扉は固く閉ざされている。
ベルさんがしばらく扉と格闘していたが、
「だめね。魔術で封印されている。
そんじょそこらの開封呪文じゃ歯が立たない。キーワードに反応するタイプのようだわ。
これを開けて中に入るには方法は二つ」
「なるほど、力づくでぶっとばすわけだな」
シノブが言った。
「おいおい、折角ここまで静かにやってきたのに最後はそれかよ?」
俺が言うと、ベルさんも、
「そうね。それは最期の手段だわ。
キーワードがわかりさえすれば、問題ないわけだし……。
知ってそうなのといえば、この国のトップ。
教祖代ぐらいかしら?
本人でないと反応しない場合もありうるから、なんとかして教祖代を踏ん捕まえて連れてくるのが手っ取り早いわね」
「きょ、教祖代って! それってこの国の王様みたいなもんだよね?
簡単に言うけど、捕まえて連れて来るって結構面倒なんじゃない?
それだったら扉をぶっ飛ばして壊した方が早いんじゃないの?」
シノブの意見ももっともなような、でもやっぱり過激すぎるような。
「この奥には、結構広い空間があるとは思うんだけど……。
中の様子がわからない以上、むやみに力づくでこじ開けるのは得策じゃないわ。
開いたはいいけど、目的である大事な書物もぼろぼろになってましたってなったら意味ないじゃない」
ベルさんの意見ももっともなような。
「そうですね。方法を考えましょうか?
なんとかして教祖代をここに連れてくる方法を」
ここは一旦引き上げた方が良いかもしれない。そう思って俺は言った。
ジエッジさんが手引きしてくれるのだから、チャンスは今回だけしかないってこともないだろう。
今日のところは諦めて、作戦を練り直す。
勇気ある退却だ。
だけど、そんな撤退はご無用。ふと俺達の背後から投げかけられた言葉。
「で、わざわざお越しいただいた教祖代様がこちらにいらっしゃいます。
こんなこともあろうかと……ね?」
振り返ると、仮面の男、ジエッジさんが居た。
小脇には寝間着姿の小柄な老人を抱えている。
計画は順調に進んでいるのだが、進んではいるのだが……。
掌の上で遊ばされている感が半端ない。
この人の相手はやっぱり疲れる……。




