閑話 駆け巡るアリシア
「これはこれは、ようこそお越し下さいました、アリシアさん」
カールさんが出迎えてくれた。
「いえ、わざわざご招待いただいて」
「うう……なんでルートが居ないのよ」
ファーチャが、涙ぐみかけながら……わたしを睨んでる? 受け流し、受け流し……。
「ごめんね、ファーチャ。ルートはね、お仕事が忙しくなっちゃって来れなくなったの。
お仕事が終わったら必ず来てくれるからね。
お手紙も書くって言ってたから。待っててあげてね」
「あのお二人とも連絡とれずですか?」
「ああ、ジエッジさんとカクテルさんですね。
あれ以来、ルートも会ったと言う話はしてませんでしたし……」
若干の嘘。ルートは言っていた。特務依頼の発注主は十中八九、ジエッジさんだろうということだ。
飛び出すように旅に出てしまったけど、今頃はルートはシノブとジエッジさんとカクテルさんと共に旅をしているのかな。
カクテルさんの中の人はちょっとあれだから、余計な苦労をしてそうだな。
「ポーラさんもまだこちらには?」
「ええ、そのことなんですけど……」
「ああ、すみません。玄関口で長々と。
まずはお入りください。
ささやかですが、妻に手料理を用意させました。
ハルバリデュス風の料理ですからお口に合うかどうかわかりませんが」
「いえ、ありがとうございます。とっても楽しみです」
貴族生まれのわたしだから、大商会の主の豪邸ぐらいで驚くことはないと思っていたけど……、逆に驚かされた。
外から屋敷を見た時から感じていたけど、驚くほど質素だ。
外装も内装もケチっているとか言うわけではない。
それなりに良い材料、良い職人。お金はかけていると思う。
だけど、傲慢さというか豪華さと言うか、派手さというか。そういったものがほとんど感じられない。
「狭い家だって思ってるんでしょ?」
ファーチャに言われた。ちょっと周りをきょろきょろと見過ぎたかもしれない。
「ううん。そんなことないよ。ただ……、家庭的だなって……」
「ああ、そうでしょう。数年前にマーフィルに移り住んできた時にこの家を手に入れたのですが、居心地も良くて愛着も沸いてしまいましてね。
周囲の者からはもっと大きな家に引っ越すべきだと言われているんですが、なかなか思いきれなくて。使用人のほうがいい家に住んでるぐらいですよ。
ですが、妻も自分の目の届くぐらいのサイズの家が良いって言ってましてね。
クラサスティス伯爵のご令嬢のアリシアさんをご招待するのにはふさわしくないとも思いましたが……」
「いえ、そんなことありません。実家も大きいことは大きいですけど、面倒も多くて。
わたし自身はあまり好きではありませんでした」
「そう言ってくださると助かります。
ああ、こちらです。
シーファ。こちらがアリシアさんだ。
アリシアさん、ご紹介します。妻のシーファです」
ダイニングで食器を並べている女性は驚くほど綺麗な人だった。
ファーチャぐらいの娘がいるんだから、30歳近くにはなってるだろうけど……。
とっても家庭的、それでいて所帯じみていない。
わたしもこんなお母さんになりたいな……。
「はじめまして、アリシアさん。
シーファと申します。
主人とファーチャがお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。それにわざわざお料理まで作っていただいたと聞きました。
ありがとうございます」
「ほんとはルートに食べて貰いたかったんだけどね」
「これ、ファーチャ。アリシアさんにも助けられたでしょう?
そいういう態度を取ってはだめよ。
ルートさんはまた今度ね。
すみませんね。わがままというわけではないんですが、自分の気持ちに素直すぎるところがあって。
でも、ちゃんとアリシアさんにも感謝もしてるし尊敬もしてるんですよ。
この子は、補助系の魔術がからっきしダメみたいで。
アリシアさんのご活躍を語るときなんかも目が輝いてるんだから」
「からっきしじゃないもん! ちゃんと教えて貰ったら使えるようになるんだから!
それに、あたしが一番好きなのはルート。
一番すごいと思うのは、ジエッジとカクテルなの!
アリシアは4番目!」
「まあまあ、とりあえず席につきましょうか?
シーファもご一緒に食事させて貰ってもかまいませんか?」
「ええ、もちろんです」
今日のためにわざわざ呼び寄せたという給仕が食事を運んでくる。
普段は家のことはほとんどすべてをシーファさんがやっているらしくて、シーファさんは、落ち着かない様子で、食事の最中にもキッチンに行ったり戻って来たりと忙しそうだった。でも楽しそうだった。
温かい家庭とはこういうことを言うんだろうなと羨ましく思えるひと時だった。
旅の話、魔物の話。温泉の話。仮面コンビの話。
もちろんルートの話。
沢山の花が咲いた。
仮面コンビの話が一番盛り上がる。ファーチャは同じ話を何度も繰り返しているのか、聞いているカールさんもシーファさんも新鮮味は無いようだったけど娘の熱弁にちゃんと耳を傾けている。
昔のルートの話はファーチャにヤキモチを焼かせないように話すのに苦労する。
自分の知らないルートの話を聞きたいのに、わたしとルートの二人で過ごした話なんかを聞くとイラっとすることもあるという複雑な心境みたい。おこちゃまね。
シーファさんは、優しい表情で聞き入ってくれた。時には涙をうっすらと浮かべながら。まるで自分の子供の成長を喜ぶみたいに。見た目だけじゃなく心も綺麗で純真な人なんだなと思って、わたしはすぐにシーファさんが大好きになった。
数日後。
プラシとミッツィとギルドで待ち合わせ。
普段なら、さあ今日の糧を得るために、どんな依頼を受けようかと掲示板とにらめっこから朝が始まるんだけど。
「プラシ! ミッツィ! 聞いて驚かないでよ!
ご指名入りました!!」
「えっ! 指名依頼? 僕たちに!?」
普通なら、駆け出しでランクも低いわたしたちに指名が来ることなんてまずまずない。
地味な依頼しかこなしてないし。プラシ達はスライム退治は指名され続けて嫌気が差すほどだったというけれど、あれは例外中の例外。
「まあ、コネで取った仕事だけどね。
ファイフポッドまでのお手紙配達」
「宅配ですか? 隣り町ですね。それって……」
ミッツィが訝しそうな視線を向けてくる。3人分の仕事量は無さそうだから。
「えっと、ちゃんとプラシとミッツィとわたしの3人に対する依頼なの。
人探しも兼ねてるから、人手が必要ということで。行くでしょ?」
わたしはプラシとミッツィの顔を交互に眺めた。どうにも反応が鈍い。
仕方なく事情を説明する。
「あのね、フィデルナー商会からの依頼なの。
ある人に手紙を届けてほしいって。
戦闘も無いから歯ごたえは無いと思うけど……。
お世話になってる人だから、一緒に手伝ってくれたら……」
「そういうことなら、もちろん引き受けるよ。
王都ばっかりじゃ退屈だしね。たまには気分転換に王都を出るのも楽しそう。
行くよね? ミッツィも」
ミッツィは黙って頷いた。ちょっと表情が和らいでいるから一安心。
ファイフポッドまでは、馬車で半日ちょっと。
着いたのは夕方前。
「さてと、さっそく手分けして情報収集しましょうか?」
「で、どんな人を探すの?」
「えっと、見た目20代の年齢不詳の魔術師の女性。
メガネをかけてるわ。背は低くて髪はそんなに長くない。
猫背であわてんぼうのおっちょこちょい。
大体いつも黒ローブを着てると思う。
ああ、ちょうどあそこにいる人みたいに……って!
あれかもしれない! プラシ! とっ捕まえてきて!!」
「えっ! えっ!」
「早くして!」
「う、うん」
駆け出すプラシを見送ってミッツィに、
「ちょっとわたしたちはここで待ちましょう」
と声を掛ける。事情は後で説明すればいい。
プラシに声を掛けられた女性の反応。大丈夫だ。間違いない。世界広しといえどもあんな挙動不審っぷりを発揮できる黒いローブの女性は他には居ないだろう。
わたしは、お互いにおっかなびっくりに会話を繋ぐ二人を眺めた。
しばらくして、二人がわたしの元にやってくる。
「もう、アリシア。そうなんだったら初めから言っといてよ。
びっくりしたじゃないか!」
「アリシアさん……お久しゅう……」
「ごめんね、プラシ。でもインパクトあったでしょ?」
「そりゃあね」
「ということで、ポーラ。
あなたにお手紙を届ける依頼なの。
受け取ってね。これにてミッションコンプリート!
今日はゆっくり休んで明日帰りましょう。
ごめんなさいね、ミッツィ。わざわざ付きあわせちゃって。
そうだ、ポーラ? 今日わたしたちを泊めてくれない?」
「それは無理です、アリシアさん……」
「部屋が散らかってるぐらい気にしないわよ?
それとも、宿屋ぐらししてるの?」
「いえ、そういうわけではなく……、家なし宿無しなので……」
何がどういうことなのかを説明すると、実はフィデルナー商会……といってもカールさん個人から頼まれたこと。
ファーチャの魔術の教師を探してくれないかと。初めはわたしが候補に挙がっていたみたいだけどそれはやんわりとお断りさせてもらった。
そもそもファーチャは攻撃魔術のほうが得意みたいだし、それだとわたしの実力が伴ってない。それに、苦手な魔術っていうのは生まれつきの才能に左右される面が大きいからファーチャが本当に魔術師として力を付けたいなら、得意の攻撃魔術を伸ばす方がメリットは大きいと思ったから。
で、適任者には心当たりがあった。無職の腐女子のポーラ。魔術の実力も教師としての経験も十分。
カールさんは部屋付、三食昼寝付の好待遇を約束してくれた。
シーファさんみたいな家庭的でしっかりした女性にポーラの性根を叩きなおしてもらうという目論みもある。
ついでだから、プラシとポーラを会わせてしまおうというのも作戦の一環に加えさせてもらった。ルートから相談受けてた話だし。お父さんも心配してたから。
ちょっと冒険だったけど雨降って地固まるでしょ。
わたしにとってもポーラは、近くに住んでいてくれたほうがありがたい。
一挙両得どころか八方丸く収まる大作戦。
翌日、ほんとに有り金を使い果たして明日からの生活の目途が立っていなかったポーラの馬車代を立て替えて、みんなでマーフィルに帰った。




