第一話 パイロット ~ 板挟み
「まじで?」
俺達は馬車に揺られていた。
冒頭の台詞はこれから向かうクァルクバードまでの道のりを聞いてのシノブの反応。
ほんとにこいつは何も知らない。
俺もおぼろげにしか知らなかったけど。
ベルさんが言い加える。
「馬車で行けるのは、ツラスゴンっていう小さな村まで。
そこから先は徒歩になるわね。道なんてあってないようなものだし」
「馬車でひと月、徒歩で半月ですか……。結構かかりますね。
それにクァルクバードは、排他的で余所者は受け付けないって聞いたような気がするんですけど?」
俺が聞くと、
「もちろん。中に入るには二つの方法しかないわよん。
無断で侵入するか、入信するか」
ベルさんは軽く言う。
「入信~!? あ、あたし無理だから!
ご先祖代々、信仰してる宗派があって!」
「もちろん、そっちの方法を取るにしてもフリだけよ。入信するフリ。
だけど、それだと行動がかなり制限されるから、今回は闇夜に紛れてさっと入り込むって作戦を取るつもりだけどね」
まさに盗賊の所業だ。
宗教国家クァルクバード。
300年ほど前に建国されたホクタロット大陸の北部にある国。
一応国家としての体裁は保っているようだが、言ってしまえば規模の大きな宗教団体である。
元々、マーソンフィール王国内で生まれたイェルデ教という宗教を崇拝しているのがクァルクバード。
それはマーソンフィールでの歴史観、宗教観と真っ向から対立している。
ざっくりとしたことしか知らないが、マーソンフィール王国とは古より続く精の巫女の血筋を脈々と繋いできた国家だ。
精の巫女とはなんなのか?
歴史は5000年もの昔に遡るという。
人間はその時はまだ無力な存在だった。知恵も無く、魔力も無く。文明度の低い野人でしかなかった。
ある時、気まぐれな竜が一人の人間と交わった。
そして産み落とされたのが竜の巫女。すなわち精の巫女である。
初代の精の巫女は、12人の男子を生み、ひとりの女子を生んだ。
男子は、様々な地方に赴いて自らの子を増やした。
女子は次代の女王、精の巫女として、マーソンフィールに残り今も血脈を繋いでいる。
要は、今の世界の人間ってのは竜との混血であり、そのおかげで知恵や魔力を手に入れたというストーリー。どこまでが寓話でどこからが真実なのか知る者は居ないが、一般常識としてマーソンフィールだけでなくハルバリデュスでも広まっているお話。
今はその姿を見ることはできないが、竜というのは事実として存在していた。
滅んだのはたった2~300年前の出来事だ。俗にいう魔竜戦役。闇に堕ちた竜達と人間との壮絶な戦い。
竜を撃ち滅ぼした英雄ハルバリデュスの冒険譚は様々な書物や伝承で詳しく語られているから、竜の存在自体を疑う者は居ない。
この世界の魔物が竜の形質や能力を備えていることからも、竜と他種族の交わりを否定する声も少ない。
で、先ほど出てきたイェルデ教。
人は人として生まれ、竜の血などとは交わっていないという信念に基づいて誕生した考えだ。竜と人との一切の関係性を認めず、人間を生み出した世界を崇拝する教え。
時代背景を考えてみれば、そうした考えが生まれるのは自然だと言える。
おりしも時代は魔竜戦役の真っただ中。
竜は人間を襲う恐ろしい生き物だ。そんな存在と自分達に接点がある――知恵や魔力を竜によって与えられた――というのが我慢ならなかったんだろう。
初めはマーソンフィール内で細々と活動していたイェルデ教徒たちだったが、やがて信者を増やし、ホクタロット大陸の北部を開拓して宗教国家クァルクバードを建国した。
信者以外の入国をほとんど許さず、自給自足の貧しい暮らしを送る国民。
だが、幸福度は高いとかなんとか。
それぐらいが俺の知っている知識。
「まあ、ほとんどが信仰に厚い熱心な信者なんでしょうけど、歴史を重ねれば例外も出てくるらしくって。
毎年毎年、イェルデ教を捨てて、マーソンフィールに亡命っていうのかしら?
悪く言えば逃げ出す人が居るのね。
今向かっているツラスゴンって村がそういった人たちの受け皿ね。
そこに定着する人もいるし、さっさと他の街へ移住する人もいるけど、とにかく情報提供者には事欠かないわ。
イェルデ教の信者、つまりクァルクバード国民が身に付けているローブなんかも手に入る。
それさえ身に付けちゃえば、中を歩いてても見とがめられることはないらしいから」
俺は、ベルさんに気になっていることを尋ねた。
「あの、目的は書物なんですよね?
内容とか、在り処とかはわかってるんですか?」
「一応、元信者を捕まえて聞いてみるつもりだけど。
既に聞いている情報以上のものは得られないかもね。
そもそも、場所はなんとなくわかってるのよ。
古代図書館ってのがあるらしいの。
重要な書物は全部そこに納められている。
クァルクバードのトップは教祖代っていう役職が与えられてるんだけどね。
その教祖代ですら、特別な理由が無いと中に入ることを許されない閉ざされた図書館らしいわ。
そんなに大きな建物じゃないらしいけど、重要な物だから場所はすぐにわかるでしょうって。
入りさえすれば、あとは簡単。一番大切に保管されているものを幾つか見繕ってトンズラよ」
「完っ全に、ドロボーだな」
シノブが言うが、
「そうよ~。だからはじめっからそう言ってるじゃない」
退屈な馬車旅だった。いや、退屈はしない。
少なくとも刺激に溢れていた。毎夜毎夜繰り広げられるベルさんによる夜這い。
何故かいつもそれを止めてくれるシノブ。深夜にまで及ぶ攻防。襲いくる寝不足。
全人類ストライクゾーンのベルさんが、シノブに魔手を伸ばそうと考えるまでそうは時間がかからなかった。
「ベルさん! いい加減にルートの寝込みを襲うのはやめろよな!」
「あれ? シーちゃん、ひょっとしてヤキモチ?
やっぱり、シーちゃんもルートちゃんのことが好きなのね。
一緒に襲いましょうか? 二人で?」
「ちがわい! ただ……まあそのなんだ。
ルートにだって考えはあるだろう!?
本人の意思を尊重せずに、無理やり事を為そうというのは……、
間違ってると思っただけで……」
「あらまあ、大きな体して頭の中はおこちゃまね。
純真なのね。
じゅるり……。
それはそれで可愛いかも……」
「あ、あほか! あたしをいやらしい目で見るな!
女同士だろうが!」
「こういう言葉知ってる?
恋愛には国境も、年齢も、そして性別すら関係ないのよ」
「性別ぐらいは、絞り込め! 対象範囲が広すぎだぞ?
とにかく、あたしには手を出すな! ルートにもだ!
あんたの言ってるのは恋愛じゃないって!
単なる欲望だって!」
「欲望……。良い響きね。
あたしにぴったりの言葉だわ。
欲望に正直に生きることこそ、後悔しない最善の生き方よ」
「おい! ルート、お前もなんとか言えよ!
そもそも襲われてたのはルートだろう!」
俺は、毛布を頭からかぶって現実逃避だ。
羊が一匹、羊が二匹。ベルさんが一匹、欲望の権化が二匹。
俺の恋愛対象大本命――だが、若干年齢が足りず行動や性格に難ありで今後が危ぶまれる――ファーチャと、幼馴染であり、健気な一面が愛おしくもある対抗のアリシア。
この二人を置いて来てすらこの始末。
その日を境にベルさんの襲撃は隔日になった。二日に一回は安眠。
私生活や生活態度はお世辞にも立派だとは言い難いベルさんだけど、いざ戦闘になるとやはり頼りになる。
本人は未だにDランクだと言っているが、実力的にはもっと上だろう。俺の目には未だベルさんの底は見えない。
馬車で行けるツラスゴンに到着して、ひととおりの情報収集を終えて、補給も済ませていざ出発という時である。
「さてと。こっからは歩いていくしかないわけだけど。
クァルクバードとの距離も徐々に近づいていくわ。
派手な魔術は厳禁ね。
魔物が出たら、森の奥に誘い込む。そこで近接格闘。出来れば一撃で仕留める。
このあたりの魔物はそんなに強いのはいないから。
できるだけ道沿いに戦闘の痕跡を残さないようにしましょう。
ほとんど人は通らないとは思うけど念のためね。
ああ、一種類だけ面倒なのが居たわね。
スノゥベアー。通称シロクマ」
「あっ、あたし聞いたことある。
体の表面を氷で覆ってるんでしょ?
生半可な炎も、冷気も、それどころか風も土も光も効かないって。
さらには、その氷を打ち砕くことが出来ても硬い筋肉で覆われた体は並みの剣士じゃ歯が立たない。
一度ぶんなぐってみたかったんだよね。
あたしの魔法拳『焔』がどこまで通用するか」
「多分……というか、絶対なんだけどね。
今のシーちゃんの攻撃じゃあ通用しないわよ」
「なんでわかるのよ! やってみないとわかんないじゃない」
「その魔法拳とやらであたしをぶん殴ってみなさいな?」
「えっ? 良いの? シロクマ相手に試そうと思ってるぐらいの業だよ?」
「顔はだめよ。万一の事があったら大変だから。
お腹よ、お腹」
「えっと、全力でいいんだよな?」
「もちろん! どんとこーい!」
「いくぜ! 魔法拳『焔』!!」
魔法拳というのはビジュアル的には地味である。拳が燃えたりなんだという効果は無い。
ただ、相手に接した時に、炎の魔力が威力を上乗せするのである。属性攻撃が発動するのである。それも外部ではなく内部に作用する。
だから二人の図はただ、腹パンを繰り出す格闘家とそれを喜んで腹に食らうマゾの絵巻である。
「ぐはぁ!!」
ベルさんの体が『く』の字に折れ曲がる。そりゃそうだ。シノブのパンチの威力は半端ない。
戦闘の流れの中で繰り出されるパンチですら下手をすれば嘔吐ものだった。
両足でしっかりと地面を掴んで放たれるパンチであれば威力はそれ以上。
「ほら、ごらんなさい。
あたしごときの、か弱き乙女をピクリとも動かせないんだから。
あんたの攻撃なんてシロクマには通用しないってのがわかった?」
腹を押さえて屈みこみながらベルさんが言う。
脂汗を流している。
「いやいや、ピクリどころか壮絶にのた打ち回ってるんですけど!?」
「これは痛みに震えてるんじゃない。快楽におぼれているのよ!」
「いや、だけど……、あたしの全力の魔法拳をくらってその程度で済むなんて……。
どういうこと? そもそも魔力が伝わってない?
手ごたえは確かに有ったのに?」
「それはこれよ!」
ベルさんは立ち上がってお腹から一冊の本を取り出した。
「えっ? なにそれ?」
表紙を見て一目でわかる。若い男の裸体が描かれた画集である。
週刊少年漫画みたいな、これのおかげでナイフが貫通せずに済んだぜ! 的な分厚さではない。せいぜい数十ページの薄い本だ。
「この本に込められたあたしの熱い情熱が、魔法拳の威力を相殺したのよ!」
「うそだ! 絶対にうそだ!
なあ、教えろよ! なんか秘密があるんだろ?
ほんとのところはどうやったんだ?」
「秘密なんてないってば! この画集の過激度が増すごとに、防御力が高まる仕組みなのよ!」
「うそだ! 絶対に認めない! あたしの渾身の魔法拳がエロ本なんかに敗れるなんて!」
「ふふっ、まだまだ甘いわね。世界は広いわ。
今のあたしは一冊分の裸体像が必要だけど、極めればたった一枚の性的興奮をもよおす画像で、一切の魔力を受け付けず、金剛石よりも硬い防御力を生み出すことすらできるという。
さらに悟りの境地に達すると、もはや想像力だけでその力を発揮できるのよ」
「うそだ! 認めない!」
「いずれわかるときが来るでしょう。その時には是非シーちゃんにも伝授してあげるわ。
あたしの最強の闘法。煩悩七変化を!」
「いらない、いらない。絶対にいらない!!」
とにかく本人が言っている事の真偽はともかくとして、シノブの全力攻撃ですら簡単に? いなしてしまうベルさんだ。戦闘ではほんとうに頼りになる。
結局、ほとんど出会うことは無いだろうと言われていたスノゥベアーだが、道中で3匹ぐらいに遭遇した。
試しに俺もシノブも攻撃させてもらったが、かすり傷を負わせるのがやっとだった。
1匹目はベルさんが剣で両断し、2匹目はベルさんが闇魔術で命を奪った。
3匹目は俺の闇魔術の練習台にさせてもらった。ちょっと苦労した。
シノブはいいとこなしであった。
ここの所、シノブのベルさんを見つめる眼つきが変わってきている。
常時呆れ顔、あるいはやるせない怒りだったのが、徐々に憧れへ?
性格面では見習っちゃダメだからなと俺は心の中で願うのだった。




