第七話 ブランチ ~ 去る者共に来る者
まずは本来の目的から。わりとありがちな親睦会だ。
プラシ達がよく利用するという店に連れて行ってもらった。
冒険者と言うよりは、近所のおじさん達がたむろっているような雰囲気だが、値段が安くて味が良い、量も多いの三拍子揃っているという。
ニグタは誘っても来なかったらしく、今日のメンバーは、俺とアリシアのグヌーヴァからの遠征組。プラシ、シノブ、ミッツィの王都組。計5名。
そこで、改めて自己紹介。
アリシアとみんなは顔は知ってても素性とかあんまり知らないから。
それと、学園卒業前後の近況報告を互いにし合う。
なんとなくだが、アリシアとみんなは打ち解けてくれた。
ファーチャのあからさまな俺に対する好意に比べたらシノブの言動なんて可愛いもんだからな。
で、話が明日からの予定に変わる。
まずはアリシアが俺達の状況を説明。
「ほんとうに運が良かったの。たまたま助けた旅人がそのまま護衛を依頼してくれて。
それに、何故か窮地になると現れてくれる冒険者が居たから。
だから、明日になったらランクがDになるとは言っても実力はみんなと同じか低いぐらいよ」
多少は謙遜混じりだ。
「でも、初依頼でランクCをなんて、やっぱりルートらしいって思うね」
プラシがごく自然に感想を漏らす。
「いや、初依頼は薬草集め。そっちは千Gちょっとのお仕事だったよ」
と俺が言うと、
「それこそがルートにふさわしい。
なんたって、学園時代も入学試験ではひいひい言ってやっと合格だったからな」
シノブが茶化してくれた。それは自分のことだろうとは心の中でだけ突っ込んでおく。
「じゃあ、僕たちも受けられるランクDの任務を5人で探すっていう方向でいいの?」
プラシが聞いてくる。
そこで、俺は言うべきことを伝える。
「そのことなんだけど……。
特務依頼を受けたんだ。
依頼主も依頼内容も今のところわからない。
報酬額は、ランクB相当以上を保証するとは書かれてた。
旅が必要で結構な長い期間になるらしい」
「特務!? ランクB? マジで!?」
とシノブが乗り出してくる。
「えっ? じゃあルートとはまたしばらく会えなくなるってこと?
かなり危ない依頼じゃないの?」
プラシが聞いてくる。
ミッツィも驚いているようだ。地味に。
とにかく、ざわめいた。既に話をしてあるアリシア以外の3人が。
「いや、危険度は低いらしいんだけど。
それで……、この先も継続して俺を雇うつもりもあるから、見込みのあるメンバーが居れば一緒に参加させてもいいって。
ランクBほどの報酬は払えないけど、必要経費を全部とランクDよりかは多めの日当を出してくれるって」
実は『鋭利な仮面』からの、手紙には具体名が書かれていた。
挙げられていたのは、アリシアとプラシとシノブ。ミッツィの名前は無かった。
どういう情報網を持っているんだかわからないが、俺から見ても実力的に妥当な線だとは思う。
「あたしは行くよ! 連れてって!
旅じゃん! 冒険じゃん! これこそがあたしの望む冒険者の姿じゃん!
その日暮らしの日雇い労働からの解放よ!」
さっそくシノブが名乗りを上げた。
アリシアの意思は既に確認してある。もちろんついて来るという。
あとはプラシだ。
「僕は……、ミッツィはどうするの?」
プラシは自分の意見より先にミッツィの答えを求めた。
「わたしは……、元々お金を溜めてランクを上げたら、旅に出るつもりでは居たけど……。でも一度地元にでも戻って、そこでどんな仕事があるか見てみようかなと思ってたり……。まだまだ力が足りないから、今みたいなことも続けるほうがいいとも思うし……」
「でも、ランクD以上の日当だよ?
なかなかそんな依頼受けるチャンスはないよ?」
シノブがミッツィの背中を押すが、俺ははっきりと言い放つ。いや適度にぼかしを入れつつだ。
「パーティの編成の問題もあるんだ。
シノブは間違いなく前衛。敵を引き付ける。回避能力も高い。
俺も前衛向きだと思う。魔術は使えるけど、どちらかというと俺達のパーティだと前衛が足りてないしね。
で、プラシは攻撃魔法で後方からの支援……」
そこまで言うとミッツィが自分から言いだした。
「わたしとアリシアさんの役割が重複するってことですね」
「サポート係は何人居たっていいじゃない!
回復役が複数居た方が心強いよ」
シノブはそういってミッツィをあくまで連れて行こうとするが、ミッツィが自分から一歩退く。
「いえ、わかってます。自分の実力ぐらい。
みんなのおかげでランクEには上がれましたけど、それ以上の力はまだないです。
きっと……足手まといになると思います」
なんとなく気まずい雰囲気。こうなることは予想していたけど。
シノブがアリシアを逆恨みしないでおいてくれることだけを祈る。
「僕は……残るよ。折角の誘いだけど。
できたら付いていきたいけど……。
僕にもまだ自信が無い。
もうちょっとコツコツと簡単な依頼をやってたいんだ」
プラシが言う。ちょっと雲行きが怪しくなってきた。
とどめはアリシア。
「じゃあ、わたしも残ろうかな。
プラシとミッツィ二人だけじゃあ寂しいでしょ?
お邪魔だっていうのなら、無理にとは言わないけど。
今日も組んでたニグタくんなんかに入ってもらえたらそれなりにバランスとれたパーティになるんじゃない?」
アリシアの真意はわからない。わからないけど……。
「そうなの? でもあたしは行くよ?
いいの? 来ないの? アリシアは?」
いろんな意味を含めてシノブがアリシアに尋ねる。
「うん。シノブ、ルートのことよろしくね」
そんなこんなで翌日を迎える。
まずはアリシアと共にギルドへ。
カールさんの護衛依頼の報酬を受け取って完了報告。予想通り俺もアリシアもギルドでの冒険者ランクが上がった。ともにDランク。
上位20%しかいないといういっぱしの冒険者である。
その背景にはカールさんからの後押しと、『鋭利な仮面』の所属する組織からの根回しがあったとか無かったとか。
で、アリシアに別れを告げて、シノブと待ち合わせ。
郊外にある一軒の古い屋敷を訪れる。
想像通りというかなんというか。
『鋭利な仮面』の正体はミスター・ジエッジさんでした。ミス・カクテルまで居る始末。 そのお二人の真の正体はというと未だ謎に包まれている。括弧笑。
「ルート・ハルバードと、シノブ・ミツルギだな。
他の連中はどうしたんだ?
アリシア・クラサスティスとプラシ・ジャクスマンにも声を掛けるように言ったはずだが?
「二人は残るようです。
コツコツやるのも冒険者として必要な修行だからって。
それに、もうひとり、仲間が残ってたんで」
「そうか。それは悪いことをしたな。
残りの連中にも、適度に歩合がいい依頼が届くように配慮させよう」
配慮させようって、なんだかすごい実力者風の口を利くなあ。まあ戦闘技術は凄いけど……。
「まあ、それはそれで都合が良かった。あまり大人数でやるべき依頼でもないんでね。
最終的には少数精鋭になっただろうから。
早速だが依頼の話をしようか。
そちらのお嬢さんは始めましてだね。
俺の名はジエッジ、それ以上でもそれ以下でもない」
「で、あたしはカクテル。それ以上でもそれ以下でもないって言いたいところだけど。
別にあたしは正体隠す必要ないのよね。
仮面取っちゃっていいかしら?
ルートちゃんとは顔なじみ。
そっちのシノブさんも顔はみたことあるわね。
シーちゃんって呼んでいい?」
仮面の下から現れたのは……、びっくりすることに? ベルさんだった。
知ってたけどね。
「彼の正体……ルートちゃんなら百も承知だろうけど、黙って置いてあげてね。
ちょっと、ここのところの激務とかいろんなストレスで頭おかしくなりかけてるから。
ああでもしてないと、平常心を保てないのよ」
「ごほん!」
とジエッジが咳払い。話を続けた。
「本当の依頼主が誰かは明かせない。
今の段階ではね。
だけど、近いうちに顔を合わせることになるだろう。
もちろん、君たちの仕事ぶり如何の話にもなるが。
とにかく、依頼主からの指名だ。
ルート・ハルバード。
君はこれから、依頼主の手となり足となり、目となり耳となって世界を飛び回ってもらうことになるだろう」
「え? 今回の依頼だけじゃないんですか?
で、なんでわざわざ俺を指名して?」
「依頼主は探し物をしている。
手掛かりさえまだおぼろげだという。
今のところの捜索対象は既に3か所ほどが挙がっている。
今回の件以外についてはまた時を改めて伝えることになるが……。
とりあえず、さしあたっての目標はクァルクバードだ。
一番近いし手ごろだからというだけで選ばれた。
もちろんそこがアタリである可能性もあるし、ハズレだったら他へ赴く必要がある。
あと、どうしてルートが選ばれたのかは言えない。今は言えない。決して言えない」
「その探し物ってなんなのよ?」
シノブが聞くが、
「今の段階ではやっぱり言えない。
秘密を守ること、余計な詮索をしないことも依頼の範疇に含まれることだと考えて欲しい」
話が大きくなってきたな……。
俺にも壮大な目的ってのがあるんだけど……。ファーチャが大きくなるまでに片付くんだったら……。その依頼主の目的を叶えるのも修行と割り切ればよいかも知れない。
お金もいいし、旅の費用も負担してくれるんだし。
それにベルさんとジエッジさんと旅をするのって勉強になるだろう。
「じゃあ、聞くけど?
クァルクバードに行って何をすればいいの?
それぐらいは教えてくれたっていいでしょ?」
「うん、それは簡単だ。
一冊の書物があるという。
それを盗み出すだけの簡単なお仕事だ」
はい、来ました。盗賊ミッション。
「げげっ? それって犯罪よね?」
「そうとも言う」
「そうとも言うって……」
「まあ、依頼主の力でね。それに他所の国のものだから。
ちゃんとギルドの承認を受けた任務だよ。
クァルクバードでは犯罪になっても、ここマーソンフィールでは犯罪にはならない。
なんだっけ? 治外法権?
まあ、あっちでとっつかまらない限りは大丈夫なわけさ。
しばらくは、あるいは一生の間クァルクバードには入国できなくなるってぐらいのリスクしかない。
というわけで行ってらっしゃい!」
「えっ! ム……ジエッジさんは?」
「俺は、影となり日向となり依頼主からの連絡を受ける身だ。
一緒には行けない。
だが、真の窮地が訪れた時。
君たちが、俺の助けを望むなら……」
「ほら、さっさと行くわよ。
詳しい話はあたしがちゃんと聞いてるから。
馬鹿に付き合ってると時間がどれだけあっても足りないわ」
ベルさんの両脇に抱えられた俺とシノブは早速王都を後にすべく馬車乗り場へと急ぐのだった。
いろいろ置き去りだ。こういうこともあろうかとアリシア達にはちゃんと別れを告げてきたけど。
ファーチャは……。怒るだろうな。折角会ったのに放置プレイだから。
だけど俺はこの二度目の人生で学んだことがある。
流れに身を任せるのもひとつの処世術。
運命ってのは自分で切り拓くものだとも言うけれど。
めぐり合わせというものも大事にしないといけない……らしい。
言い訳としてはちょっと弱い。ちょっとどころかかなり弱い。
ファーチャは絶対納得してくれないだろう。
だけど、踏み出すんだ。踏み出せば道はきっと拓けるだろうから。
迷わず行こう!! いざ! クァルクバードへ!!!!
ファーチャには……手紙を書こう。それで、帰って来てから頑張ってフォローしよう。




