第五話 アイロニー ~ 仮面と仮面
ようやく王都帰還の旅も半分。
ええ、半分来ちゃいました。
残りはまだ半分とはいえ、ここからは街道が整備されているから危険も少ない。
俺とアリシアとポーラさんと、ファーチャとカールさんの5人旅。プラスアルファ?
そのうち戦力になるのは基本的には俺とアリシアのみ。たまにファーチャ。
ここまでの道のりは大変だった。いや、違う意味で。
剣気を身に付けたものの、未だ不安定で自分の物には出来ていない俺の所為で、魔物に襲われることたびたび。
幸いにして、まったく歯が立たないような奴とか、単体で脅威を感じるような魔物に襲われることは無かったけど、相手の数が多いと苦戦もする。
「魔物だ! 魔物が来るぞぉ!」
俺の掛け声で、攻防一体の陣形が張られる。
各員配置に付け! の意。
ポーラさんとカールさんは、そのまま馬車の中で待機。
ポーラさんが戦力になってくれたら、もっと楽なんだけど、彼女の覚醒イベントはもっともっと先のようだ。
「およよ。あわあわ……。
ルートさん、アリシアさん。そしてカールさんにファーチャお嬢たん。
ドジでのろまで、無駄飯食らい。
こういうときに何の役にもたたないわたしを、蔑みください。罵りくだされ……」
ポーラさんは、馬車の中で毛布をかぶって頭を抱えるらしい。どこまでがマジでどこまでがオーバーアクションなのかさっぱりだ。
カールさんは、俺達を信頼してくれている。さすが大商人。肝も据わっている。
魔物の襲来ぐらいでは動じない。
何かあるたびにしゃしゃり出ようとするファーチャを諌める役目も負ってくれている。
だが、ファーチャはそんなこと気にも留めない。
「こら! ファーチャ! 大人しく馬車の中で待ってなさい! 魔物の相手はルートさん達に任せて……」
「任せらんないの! もしもの時はあたしが魔術でやっつけるの!」
ファーチャは、馬車のすぐ外で待機。
「出でよ! 三重火炎結界陣!! act3!!」
アリシアが馬車の周りを駆けずり回って結界陣を描いて発動する。ちなみにact3とかact2とか言うのはその日のお絵かき――魔法陣の描画――の出来によって使い分けているらしい。
最大で『5』まで行ったことがある。
その時は、アリシアがあまりの出来に消すのがもったいない、しばらく眺めていたいとか、わたしもついにこの域にまで達したか……とか言って、陶酔するアリシアを再び馬車に詰め込んで出発させるのに苦労した。
『act1』とか『2』とかだと、魔物の侵入の探知や迎撃の炎の威力が不十分で突破される頻度が上がったり上がらなかったり。
だいたいいつもは『1』~『2』である。
今日の出来は『3』らしいから、まずまずだ。
とにかく、アリシアの結界陣が発動してしまえば、こっちのものだ。
防御はアリシアの結界陣にお任せ。
俺ことルート・ハルバードによって編成された遊撃部隊約一名がモンスターを地道に蹴散らすという安定のコンボ。
だが、たまには窮地に陥ることもある。
今日の相手はグァラスホッパー。クリスタルの彫刻のようなまっ透明のボディをした大きなバッタ。昆虫種だから、わりと強い。しかも何十匹も出現する。
バッタたちはそれぞれ動きが素早く、セミオートで打ち出されるアリシアの結界陣の炎を潜り抜けて、馬車に迫る。
アリシアは結界魔術発動中は他の魔術は使えない。
そういう時に活躍するのがファーチャだ。
中級魔術を使いこなすファーチャ。独学での魔術練習に加えて、最近ではポーラさんから魔法の基礎や、魔術の効率よいイメージトレーニングを教わって、めきめきと力を付けている。成長期と重なっているのか伸び率が凄い。
ファーチャの中級魔術の威力はそこそこ高い。中級が上級になってしまう俺ほどではないが、アリシアなんかよりも強力だろう。
ファーチャの初級魔術の連発なんて、学園を卒業した魔術科生徒達と比べてもそん色がないくらいのレベル。
「来させないんだからっ!
ノティジ・ナニク! ノティジ・ナニク! ノティジ・ナニク~!」
瞬く間に三匹の水晶飛蝗を粉々に砕く。
だが、相手の数に圧倒される。
ファーチャの死角、背後からも5匹、6匹とバッタが、馬車に襲い掛かろうとする。
俺も魔術で遠隔攻撃を試みるが、こっちだって四方八方をバッタに囲まれていて4~5匹を撃ち落すので精一杯だ。
まあ、いざとなったら、アリシアが結界を解いて迎撃するなり、俺が覚醒して神風よろしく結界周囲をひとまわりして、一気に蹴散らすというシーンが来るのだろうが……。
「また会ったな! 少年よ!」
そうなんです。ちょっとやそっとのピンチになると颯爽と現れる人がいるんです。
いえ、人達です。増えました。
「ミスター・ジエッジ! ミス・カクテル!! キャァッ!!!!」
ファーチャから、黄色い声が上がる。
ファーチャにとっての絶対恋愛対象は俺なんだが、アイドル的存在はこのユニット。
何度も何度も助けられているうちにその戦いっぷりのかっこよさ、そしてハチャメチャさにメロメロになってしまっている。
「お嬢さん下がっていなさい」
ジエッジがファーチャに言う。
「はい! ミスター・ジエッジ様!!」
ファーチャはうっとりとしながらそれに従う。
仮面をかぶった男女の二人組。この二人は強い。俺なんか足元にも及ばないぐらい。
そして……、ちょっとうざい。芝居がかった台詞や態度が。
ふざけているとしか思えない物腰が。
「背中は預けたぜ! カクテル!!」
「ええ!! 思う存分暴れて頂戴よ!!」
言いながらも、続々とグァラスホッパーを片づけていく、助っ人さん。
全然背中合わせになんかなっちゃいないんだよ。
「なに! 俺のライオネルスラッシュを潜り抜けるだとっ!」
「まさか! ジエッジのライオネルスラッシュが通用しないなんて!!」
ジエッジさんとカクテルさんは、そんな小芝居を挟みながら戦っているが、別に攻撃を躱されたり、技が通用しなかったりとかそんなことは一切ない。
やることは淡々とやっている。そもそもライオネルスラッシュなんて技は実在しない。
言葉と行動があからさまな不一致を見せているだけだ。
とにかく、わりとピンチだったり、そうでもなかったり。まあピンチっぽい時に来てくれる分には助かるのだけれど、最近はそうでない時でも結構な頻度で現れてくださる、影の助っ人。
みんなの力――後半は仮面コンビの力がほとんど――で魔物の大群を撃退した。
「たまたま通りがかっただけだ。
礼などいいさ。
では先を急ぐんでな。さらばだ!」
「お暇させて貰うわね!! ごきげんよう!」
「ありがとう~! 仮面のお方たち~!!
また来てね~!!」
ファーチャの声援を受けながらそそくさと退場する助っ人コンビ。
感謝の念が一割。どうせいつも出て来るなら一緒に旅をすればいいじゃん。先を急ぐとか絶対嘘じゃんという、怒りにも似た感情が若干。
あとは言葉では表せないもやもやっとした様々な感情。
それらを俺に、そしてアリシアに植えつけて、いつものように仮面コンビは姿を消した。
「ほんっとに、なんなのよあの二人……」
アリシアがため息を漏らす。
「まあ、今日は結構ピンチだったし……。助けてくれたんだし……」
「そうだけど……、そうだから余計に……。
自分の無力さが恥ずかしくなるわ!」
俺は口調に力を込めてアリシアに言う。
「大丈夫だ、アリシア。それは……俺も一緒だから……」
いろんな意味で戦闘後には力が抜けてがっくりとうなだれる俺とアリシアだった。
「ありがとうございます。お蔭で無事にナルソスまでたどり着くことができました」
旅のほぼ中間地点。ナルソスの村に到着した。
区切りがついたということでカールさんが俺達を労ってくれる。
「今日は、一日こちらでゆっくりとして旅の疲れをお取りください。
明日の朝一番の特急馬車を手配しますので」
「えっと、俺達は……?」
ここから王都までの道のりは平坦だ。街道も安全だし、特急馬車を乗り継げばひと月もかからない。
だから普通は護衛はこの村までというのが本来なのだが。
「ルートたちもずっと一緒よ!
あったりまえでしょ!」
いや、ファーチャの意見じゃなくって。と俺はカールさんを見る。
「もちろんですよ。
おかげさまで、無事に旅を続けることができました。
皆さんも王都へと行かれるんでしたら、是非ともご一緒に。
もちろん、馬車の料金なんかはこちらでもたせていただきますから」
それはありがたい。
俺とアリシアとポーラさんの三人分の旅費。乗合馬車に乗り換えたとしても食費やらなんやらで結構な額になる。
とりたてて急ぐ旅でもないのだが、魔物も出ないのであれば、戦闘経験値を積むことも叶わず。
かといってあちこちのギルドで依頼を受けながらのんびりという気分でもない。
「では、遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます」
アリシアが言う。
その背後で、ポーラさんが顔を青ざめる。乗ったことはないらしいのだが、馬車酔い体質のポーラさんにとって特急馬車の乗り心地というのは未知なる恐怖なのだ。
その夜。温泉に浸かりながら。
「いえ、本当に助かりました」
改めてカールさんにお礼を言われた。
「そんな。びっくりするぐらいの報酬をいただいて。
こんな駆け出しの俺達に。
お礼を言いたいのはこっちです」
「旅のことだけじゃありませんよ。
娘……ファーチャのことです。
見てのとおりあの子は少し変わったところがありましてね。
今回初めて二人で旅をしてみたんですが、情けない話、これまで仕事が忙しくてちゃんと向き合って接してやることができませんでした。
だから、旅をしててもどう話しかけてどこまで面倒を見てやればよいのかがわからないことが多くて。
お互いに気を使って、実の父娘というのに微妙な距離感でした。
ですが、ルートさんやアリシアさん、ポーラさんがご一緒してくるようになって、あの子が活き活きとする姿を見ることができました。
わたしへの接し方も変わってきたようです。
そこで初めてわかったんですよ。妻が言っていたことが。
ファーチャは、一見すると近寄りがたい変な性格の子に見られがちだが本当は無邪気で明るく優しい子だっていう話がね」
「ああ、ファーチャも自分で言ってました。どちらかというと自分はお母さん子だって。
だけど、お父さんも大好きだって」
「ありがたいことです。それは嬉しいんですが、そんなことを自分から言ってしまうのがね。ファーチャが他の子とちょっと違うなっていう部分なんですよ。
まあわたしもそれほど他所の子供を見てきたわけじゃありませんが。
王都に着きましたら、皆さんで一度家に来てください。
お礼と言うような大層なことではなくて、ただ妻にもあなた方を会わせてやりたいのです」
「あ、はい。それはもちろん。喜んで」
「あと、あのジエッジさんとカクテルさんも出来ましたらおよびしたいんですが?」
そうだろうな。旅の立役者はあの二人だ。いい意味でも悪い意味でも。
ファーチャも二人のかっこよさ? にぞっこんだし。
だが、確約はできない。
「まず連絡が取れるかどうかがわかりませんし……。
でも機会があれば伝えておきます」
「ええ、ぜひよろしくお願いします」
その翌日からの旅は大したトラブルも無く。ポーラさんが定期的に吐き気を催すぐらいが最大のイベントで。
魔物に襲われることもなく。仮面コンビは二度と現れることもなく。
時刻表通りの順調な旅が続き、あっさりと王都に着いた。




