第四話 ボーイミーツガール ~ 訳有な人々
アリシアとの初依頼完了を安くて素朴な――だけど美味しい――食堂で祝い、クラサスティス家に帰った俺は再び家を出た。
こっそりと。
まあ、子供じゃないんだし夜間外出禁止令なんて全然出てないから、こっそりというのはアリシアにだけはバレないようにということだけど。
あと、知られたらアリシアに筒抜けになるポーラさんと。
カールさんを宿に送り届けて引き上げる際にフアから手紙を貰っていた。
内容は夜に宿に来い。それだけだ。
宿屋に向うと、入り口のロビーにフア――この世界ではファーチャだ――が居た。
再現。またしても飛びついてくる。慌てて先制。
「ルートだからな! 俺の名前は!」
「わかった! ルートっ! ルートっ!! ルートォッ!! ルートルートルートオルトオルトオルトオルトオルトオルトオルトオルトオル!!!!」
全然わかっちゃいねえ。
「とりあえず落ち着けって!」
俺は周囲を見渡した。寂れた街の宿屋だが競合店も少なくそれなりに人はいる。
仕方なく、俺はファーチャを宿から連れ出して、近くの路地裏へ。
「ねえ、トオル? あたし喉渇いた~」
開口一番がそれなの?
「だから、ルートだってば」
「喉喉喉~!!」
「しょうがないなあ……」
また宿に戻って飲み物をテイクアウトする。
再び路地裏へ。
「えっと、いまさらだけど……フアだよな?」
「わかんないの?」
とファーチャは泣きそうな顔になる。
「いや、わかったよ。見た瞬間から」
「嘘だ! 気づいて無かったじゃない!」
「いや、それはあの時は魔物の相手をするのに気をとられてて。
それを言ったらお前だって……」
「だって、あたしは先に気付いたもん。
トオ……、ルートだってわかったもん!」
「同じぐらい同時に俺も気づいたって。
それより……なんだ?
人のことは言えないかもしれないけど、お前性格変わってないか?」
「だって……、ずっと会いたかったんだよ?
想ってたんだよ。
毎晩毎晩、ずっーと、ずーっと、ずっーと、ずーっと!!」
また、ファーチャは泣きそうになる。
面影は残っていないことは無いが、元々のフアの顔とはかなり違う。
年齢も変わってしまっている。俺と同学年、17歳の時に別れたっきりのフアは、こうして10歳ぐらいの少女として俺の前に現れた。
「ごめん、待たせて悪かったな……」
俺はファーチャを抱きしめた。小さなファーチャの手が俺の背中をぎゅっと掴む。
しばらくそうしていたが、再会を懐かしみ続けていてもしょうがない。
俺達には使命があるのだ。やるべきことが。
「で、お父さん……カールさんは?」
と俺はファーチャから体を離そうとするが、ファーチャがしがみついて離れない。
「お仕事してる。退屈だから宿の中をうろうろするって言って出てきたの」
「じゃあ、あんまり長い間帰らなかったら心配するだろう。
なあ、一旦離れろって」
「どうして?」
「いや、どうしてっていうか。このままじゃあ話しにくいだろ」
人通りが無いとはいえ、人目も気になるし。
「話できてるじゃない?」
「それはそうだけど……。
ほんとにフアだよな?」
「また! なんでそんなこと言うのよ! あたしの知ってるトオルはもっと優しかったよ!
ずっとギュってしてくれたよ」
そんな記憶はないのだが……、妄想と現実がごっちゃになってるのだろうか?
「まあいいけど……」
俺はファーチャを引きはがすのは諦めた。
「お前……ファーチャは今何歳だ?」
「えっと、9歳だよ。
ルートは?」
「俺は15だ」
6歳差か……。まあ妥当な線かも。
「あれから……、俺のちょうどひと月後にこっちに来たんだよな?」
「うん。それからずっと待ってたの! お父さんもお母さんも優しいけど、あたしはまだ小さいし、トオルを探しに行けないし、魔術の勉強はしたけど……。
ずっと待ってたんだよ! ずっとずっとずっとずっと……」
「いや、俺の方も今日やっと冒険者になったところで……。
いろいろあったから……。
これから探しに行こうと思ってた矢先で……」
一応弁解はしておく。真実だ。
「でも……会えてよかった……。
これからずっと一緒だよね?
家まで送ってくれるんでしょ?
ついてきてくれるんでしょ?
強くなったんでしょ?」
一度にいろいろ聞かれても……。
「お前……ファーチャはよく旅に出てるのか?」
「ううん。だいたいマーフィルに居るよ。
今回のはたまたま。
あとトオルを探しに行きたかったから!
旅をしたらどこかで会えるかもって思ったから!」
だから……ルートなんだって。
今日のところは諦めた。人前ならファーチャも少しは気を使って行動してくれるに違いない。
それにしてもマーフィルとは……。俺が3年間も住んでいた場所だ。
確かに、フィデルナー商会なんてのとは用も縁も無かったから近づきもしなかったけど、どこかでニアミスぐらいはしていても良かったような。
こうして出会えたのは喜ぶべきことだが、タイミングはもう少し早めれたかも。
とりあえず本題を急ぐ。
「まだ、決めたわけじゃないんだ。
カールさんから頼まれた護衛の話……」
「どおして! なんで! じゃあ誰が護ってくれるのよ!
あたしを放っておくの!
ほんとに! 本気で言ってる!?」
わりと本気で怒られた。
確かになあ……。俺の腕が確かなんて大それたことは言えないけど、この街に居る冒険者だと完璧な護衛なんて望めない。俺の方がまだましなのかも知れない。
マーフィルまではこの先しばらくは危険な道中だし、でもアリシアの事が……。
と言いかけて俺は、はっと口をつぐんだ。
どういうわけだか、フア――ファーチャ――は、性格や思考が変わってしまっている。
冷静沈着な昔のフアとは似ても似つかない、年相応といえばそうだけど。
この調子じゃヤキモチとかも酷そうだ。
むやみに変なことは言えない。
「とりあえず……、明日ぐらいはゆっくりするんだろ?
もう一回、ちゃんと考えてから明日また話しにくるよ。
カールさんにもそう約束しているんだし」
「ダメよ! 断るなんて嫌だからね。
あたしはこれからずっとトオルと一緒なんだからね!」
その後も押し問答が続いてしまい、なんとかファーチャを宥めすかして宿の部屋に帰すのに苦労した。
どうしてこうなってしまったのか……。
家に帰るとそうそうにロンバルトさんに呼び出された。
「アリシアから聞いたよ。
なんでも、フィデルナー商会から依頼を受けたそうだな」
「いえ、まだ正式に決まったわけじゃ……」
と俺は抗弁するが、
「アリシアは行くつもりのようだ。早速旅の準備を始めておるよ。
どうしてこうなったのか……」
「すみません……」
俺はただただ頭を下げた。どうしてこうなった同盟の結成である。ではあるが、巻き込まれタイプのロンバルトさんとは違って俺は当事者である。責任の度合いが違う。
「止めても聞かん奴だ。
だけど、ルートくんが一声、行かないと決めてくれたなら……」
俺もそうしたい。ロンバルトさんに心配はかけたくない。そっちの気持ちも大きいのだが……。
ファーチャのことも心配だ。お互いに居場所が分かったのだ。だから、焦ることは無いともいえる。ファーチャがこの世界で俺ぐらいの歳になるまで待ってもいい。
だが、放って置いても危険な旅をするということなら話が変わる。
万一のことがあったら……。そう思うとここで力になってやれなくて何のために冒険者になったのかと。
ムルさんやベルさんみたいな頼れる人が代わりに請け負ってくれたらいいのに。
こんな時に都合よく現れないだろうな。いやまあ、ひとりは颯爽と現れてそそくさと姿を消したのだが。
ついでにファーチャ達を王都まで連れて行ってくれたらよかったのにと、ミスター・ジエッジを恨んでも仕方がない。
俺は決めた。いや実のところは既に決まっていたのだろう。
ただ、決心がついていなかっただけで。
言葉にすることでその決意はさらに強固になる。
「すみません。ロンバルトさん。ほんとうに。
でも、俺は行くって決めました。アリシアには、思いとどまるようになんとか説得しますから」
「…………。
不思議なところのある人間だとは思っていたよ。
ゴーダさんから君の素性を聞いて少しは納得できた部分もある。
だけど……、ゴーダさんにすら伝えていない何か……。
ルートくんにはそういった秘密があるようだね。ゴーダさんも薄々とは気づいていたようだが。
今回の件もそういった事に関わっているのかな?」
俺は答えられない。
「いや、詮索はしないでおこう。
君の人生だ。わたしには口出しできない。
ゴーダさんからもそれを頼まれている。黙って見守るようにとな。
アリシアのことだ。止めようが、説得しようが聞かないだろう。自分で決めたことであれば。
君とともに冒険者として過ごすために、学園を辞めてからも努力を続けてきたんだ。
生半可な覚悟で出来ることではない。
それにな、父親と娘の親娘とはいえ、フィデルナーの二人を自分の母親たちと重ねてしまっているようだ。
旅の途中に魔物に襲われて命を落とした母や祖父母とな。
たとえ君が拒んでも一人ででもついて行きかねない。そういう子だ。
それならば、アリシアが納得できるところまでは、君の傍に居させてやるのが一番いいのかもしれない」
かなり大人で思慮深く温かみのある意見に俺は圧倒されてしまった。
「…………」
「そういうわけで、アリシアのことを任せてしまってもいいかな?」
「はい……。どうしてもアリシアが付いてくるっていうのなら。
アリシアの身の安全は俺が、自分の命に代えても」
「そう気負うこともない。
ついでだと思ってくれるぐらいでちょうどいい。
ああ、そうそう。
ついでといえばなんだが、ポーラも一緒に連れて行ってやって欲しいんだが」
「えっと、ポーラさんですか?」
「ああ、ずっとアリシアの魔術の家庭教師として、生活面での反面教師としてうちで暮らしてもらったが、アリシアも一人立ちする時だ。
ポーラにはポーラの人生もある。ここに引き留めておいても彼女にとっていいことにはならないと思うのでね」
「それはいいですけど……」
ポーラさんの人生か……。
彼女の魔術の能力は未だに底が知れない。かなりの実力者なのだと思う。
ただそれを実戦では使えないってだけで。
アリシアも今日の戦いぶりを見る限りはポーラさんから様々なことを学んだとは思うが、まだまだ学びつくしたとは言い難いだろう。
だけど、この先ずっと二人の師弟関係が続くとはいえ。
べったりぴったり、常に共に暮らすというのはお互いにとって良くないことだ。ロンバルトさんはそういうことを言っているんだろう。
「王都まで送り届ければいいんでしょうか?」
「ああ、彼女の親族もそこに居るらしいから」
そういえば、うやむやになったままだ。ポーラさんの家庭事情。
パルシとかがスムーズに運ぶように仲立ちしてくれてたらいいんだけど。
そういうことで、グヌーヴァへは帰ってきたばっかりだけど、再び王都へ。
なかなか忙しいな。
だけど、王都にはプラシが居る。ミッツィも居る。あんまり思い出したくないけどシノブも居る。
アリシアとポーラさんと、それにファーチャ。
面子は多い。それぞれ引き合わせるべきか、引き合わせたとして何が起こるのか?
さっぱり想像のつかない濃いメンバーばかりだけど。
まずはもう一度王都マーフィルを目指そう。
ファーチャとポーラさんを送り届けて、それから先の事はそのとき考えよう。
もう、俺は一人じゃない。ファーチャが居る。仲間がいる。
次の一歩は運命が導いてくれるはずだ。なにも急ぐことは無い。ファーチャが成長するまで王都に拠点を置いて冒険者としての経験を積みながら情報収集をしてたっていいんだ。
やっぱり明日以降の事は明日以降の風に任せよう。
そうと決まれば寝るぞ!