第三話 デスティニー ~ 惹かれあう魂
わりとめんどくさかった。
仮面の男を押しのけて、少女が俺に飛びついてくる。
なんとかフアを一旦落ち着かせる。
後を追ってきた父親が手伝ってくれる。フアを現実へと引き戻す。
俺達に助けられた冒険者さん達も自分の不甲斐なさを恥じ入りながらお礼を述べる。
仮面の男も話の続きを切り出すタイミングを狙っている。
アリシアはアリシアで……顔が怖い。
みんな言いたいこと、伝えたいことが多過ぎだ。会話の交通整理が必要。
まずは、助けられたお父様のお言葉から。
二人並んだ俺とアリシアに――それを気に入らない眼つきで睨みつけるフアが気になって仕方ないが――向かって掛けられたお父様の感謝の念。
「いや、危ないところをありがとうございました」
「お礼なら……あの人に……」
と俺は仮面の男にも水を向ける。
「いえ、もちろんそれは。しかし、始めに来ていただいたのはあなた方ですし。
間一髪とはこのことです。もう少し来られるのが遅ければ……。考えただけで恐ろしい。
申し遅れました。
わたしは、カール・フィデルナー。小さな商会をやっております」
小さい? いや、俺の知っているフィデルナー商会とこの人の言うフィデルナーが同じであれば、小さいなんてもんじゃない。王都でも有数の大商会だけど?
「それから、こちらが娘のファーチャです。
なにやら、勘違いをしたようでご迷惑をおかけしまして。
魔物に襲われて錯乱していたのだと思います。」
さっき、ファーチャが俺にすがって抱きつきまくって叫びまくったことを言っているのだろう。勘違いではないのだが、それ以上の説明は俺にもファーチャにも出来ない。
「お恥ずかしい話なのですが、なにぶん急ぎの旅であったために満足のいく護衛を雇い入れることもできずに……」
と、カールさんは、護衛の冒険者には聞こえないように声を潜めて言う。
確かに。フィデルナー商会なんていう大商会の主であれば十人規模、二桁人数の護衛を従えて旅をしてもおかしくないくらいだ。
それが、たったの三人。しかも一人は馬車の御者も兼ねているようだし。実力も大したことが無かった。
そこで俺達とカールさんとの会話に仮面の男が割り込んで、
「まあ、俺への礼はともかくとして。
無事で何よりだ。
幸いにして、一番酷い怪我を受けたあの人も、大事には至っていない。
お嬢さんが掛けた回復魔術のおかげでもあるが……。街まで行って治療を受ければすぐに良くなるだろう。
というわけで、先を急ぐんで俺は先に行かせてもらうよ。
なに、すぐに街だ。
君たちもそこへ帰るんだろう? すまないがこの方達を送って行ってやってくれ。
今みたいな厄介な魔物はそうそう表れないから、この距離なら無事に着くだろう」
と、さっさと立ち去ろうとする。
それを俺とカールさんが止める。
「ちょっと待って!」
「あの、せめてお礼を」
仮面の男はまずカールさんに向って、
「俺はこういったときには言葉としての礼は受けても、それ以上は望まないことにしてるんで」
「それではわたしの気持ちが収まりません、と言っても受けて貰えないのでしょうか?」
と言うカールさんに仮面の男は静かに首を振って、
「もちろん。自分の信念ですからね。まあ、その分こっちの少年少女へのお礼に気持ちだけ上乗せしといて貰えたら」
と欲のないことを言う。殊勝の鏡だ。
それから、仮面の男は俺を引っ張って、木陰に誘う。
そうだ。俺にはこの人に言いたいことがある。ひとつ? いやわりと沢山。
「あの~」
とかけた俺の言葉を遮って、
「あらためて。初めまして。少年」
声を潜めて吐き出された台詞がそれだった。
どうしよう。こういう時って、どうすればいいんだろう?
「俺の名は、ジエッジ。今はそれ以上でもそれ以下でもない。
過去を捨て、未来だけに向って進む、名も無き冒険者だ」
名乗ってるし!
「それって、千の仮名の中のひとつなんですか?」
と俺が聞くと、
「少年よ。人には様々な事情がある。
詮索しないことも時には重要だ。大人としての処世術。
それとわりと重要なんだけどね。ほんとうに時間がないんだ。
君たちを街まで送って行くのが面倒なぐらいに」
仮面の奥の瞳に輝く強い決意、ではなく、どこかいたずらっぽい表情。
わざとらしい芝居がかった台詞に、俺はしぶしぶ納得した。
だけど言いたい事だけは言わせてもらう。
「旅をしてるんだったら、どこかでムルさんって人に会うかも知れないですよね。
偽名使いだから名前は変わってるかも知れませんが。
ルートからの伝言って言って貰えればわかると思います。
その人に会ったら伝えておいてください。
ルートはまだまだ駆け出しのルーキーだけど、冒険者になることができました。
それはあなたのおかげです。ずっと感謝の気持ちを伝えたいって思っているって。
それから今日もありがとうございました」
「約束しよう。そして、預言を与えよう。
当たらぬも八卦、当たるも八卦だがな。
君は再びこのジエッジに出会うだろう。
その時までに、力を。もっと強い力を付けろ。
それが俺に対しても、そしてそのムルとかいう男に対しても。
君の感謝の気持ちを伝える一番の手段になるだろう」
「はい。がんばります。
じゃあ、ジエッジさんもお気をつけて」
わりとほんとに忙しそうなので長く留めるのも気が引ける。
それに、感動の再会だというのに妙にサバサバとしていて――それがこの人の常態ではあるのだけれど――、気持ちをストレートに伝えにくい。
ほんとのお礼はまた今度、ちゃんと仮面をはずしているこの人と会った時にしよう。
「では、さようなら」
「さらばだ少年!!」
自分に酔っているような別れの言葉と仕草。ジエッジは旅立っていった。
さてと、簡単な案件は片付いた。後は……最重要案件だ。
だが、ここでだらだらと過ごしていても仕方がない。
また魔物が現れたら厄介だ。
とりえあえず、皆で街に向おう。
「えっと、馬も落ち着いてきたようですし、一旦街へ行きましょうか?」
俺の言葉に、ファーチャとカールさんが馬車に乗り込む。ファーチャな完全に渋々と言った表情。俺から視線を外さない。
そんなファーチャには、目で合図。詳しい話はまた後でと。さっきは取り乱していたファーチャだったが、俺の意図を理解してくれたようだ。
ついでに怪我を負った冒険者の人も馬車に押し込む。
冒険者の一人が御者席へと。
俺とアリシアで、周囲を警戒しながら、街へ向かった。
アリシアは……無口だった。
今夜はさすがにこの街で一泊するとのこと。
カールさん達を宿屋へ案内した。ランクの低い冒険者とかごく普通の商人も泊まる宿だけど、この街にはあんまり豪華な宿はないからここで間に合わせてもらうしかない。
アリシアが言いださない限りは、クラサスティス家に泊めてあげることなんてできないし。
人違いの勘違いということで、ファーチャの奇行は片づけたつもりだが、ほんとうにアリシアが納得しているかは、わからない。あれからずっと表情が固い。
ここは一旦引き上げて明日の朝にでも出直してくるほうがいいかもしれない。
俺はアリシアに目配せをして、
「じゃあ俺達はこれで……」
と引き上げようとするが、
「ちょっと待ってください!」
とカールさんに止められた。
「まずはお礼を……」
十万G!? 桁が違った。さすがは金持ち。まあ命はお金には変えられないものだしと感心していると、
「あいにく手持ちが少なく、旅の資金も必要なので、今はそれだけしか渡せませんが……」
と、とんでもないことを言いだしたので俺はそれを固持した。
「いえ、こんなに貰って、十分すぎるぐらいです。
今日受けていた依頼なんて、千ちょっとだったから……」
「えっ?」
と、驚いた表情になるカールさん。
「まさか……、あれほどの剣術が使えて……そちらのお嬢さんの魔術も……」
と、そこで気が付いたようでカールさんは、
「そういえば、ドタバタしてまだお名前を伺ってませんでしたね。
こちらはさっきも申した通り、カール・フィデルナー。
お聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
断る理由は無い。いや、あるにはあるが、それでは収まらないだろう。
ギルドにでも問い合わせたらすぐにわかることだ。
こういう時に、ムルさんみたいな偽名使いが羨ましくなる。
いわゆる冒険者名というようなもので、この国のギルドでは自分の名前の変更が容易なのだ。なんとなく本名――というわけでもないのだが――のルート・ハルバードで登録してしまったのを後悔するが時既に遅し。
「ルート・ハルバード。今日登録したての冒険者です」
俺が名乗ると、
「アリシアと言います。今日ってわけじゃないですが、わたしも登録したての冒険者です」
と、アリシアは名前だけを告げた。クラサスティスの名前を出すとまた話がややこしくなりそうだもんな。
「ルートさんとアリシアさんですか。
そういえば、ファーチャが先ほどあなたのことをルートかトオルと呼んでいましたよね。
どこかで娘とお会いしたことは?」
「いや、たまたまでしょう?」
と俺は濁した。それで納得してくれたのかカールさんは、
「そうですよね。
いえ、親のわたしが言うのもおかしな話なのですが、ファーチャは幼い頃から変わった行動を取ることが多くて。
最近は落ち着いているようなのですが。
その代り、魔術書の類を手に入れては一人で魔術を勉強して勝手に覚えていったりと、どこか普通の女の子とは違う一面を持ってましてね。
予知というほど大げさなものではないんですが不思議な力を見せることもありましたから。
ああすみません。話がそれました。
改めまして、お礼を申し上げます。
ほんとうに危ないところを助けていただいてありがとうございました。
さぞかしお強いのに、登録したてとは。これからが楽しみですね」
「いえ、当然のことをしたまでですし、あの仮面をかぶった人が居なかったらわたし達だけでは……」
とアリシアは一応俺の立場も含めて謙遜してくれた。
そして、カールさんからまた俺達の未来を変える一言が飛び出す。
「あの……大変不躾な依頼で申し訳ないのですが……。
しばらくは魔物も多い地方です。
ですが、さきほども言った通り、事情があって道を急いでいます。
もしよろしければ、王都マーフィルまで、いえ、その途中まででも結構です。
わたしたち親子の護衛を引き受けて貰えませんか?
もちろんギルドは通します。指名依頼と言う形で引き受けていただければ……」
これは困った。
一緒に旅をするのはファーチャ――フア――と話をしてお互いの状況を確認しつつ、今後の方針を相談するのにはいい機会だ。
できることならこの先も連絡を取り合いたい。
ここでカールさんからの信頼を得ておけばそれもしやすくなるだろう。
これをきっかけにファーチャと仲良くなるという筋書きも描ける。
一緒に冒険の旅に出るのはもう少しファーチャが大きくなってからでいいけど……。
だけど、問題はアリシアだなあ。ロンバルトさんはアリシアの面倒を見てくれってことだったけど、旅に出るとなると反対しそうだ。
俺が行くとなるとアリシアも付いてきそうだし、それだとロンバルトさんにも悪いし……、板挟み……。
とりあえず、答えは保留。
俺とアリシアは、肉屋のガルバーグさんへ香草を届けてギルドへ完了報告。
報酬を受け取った。さっき貰った俺の10万Gとは比べ物にならない額だけど一応は初報酬。
使い道をどうしようかと悩みに悩んだ末に、二人で懐かしのサーシャ食堂へ行くことになった。
お昼ご飯を抜いていたからちょうどいい。大盛りにしてもらおう。
ああ、俺とファーチャとの件はとりあえず誤魔化し通しました。
カールさんも言ってくれたしね。ちょっと変わった子だって。
俺がファーチャを抱きしめたのは単に震える彼女を安心させるためだって、苦しい言い訳だけど、相手はまだ10歳ぐらいだ。
アリシアも俺に変な気があったとは思うまい。実際に無かったし。
面倒事は一旦忘却の彼方へ。明日は明日の風が吹く。
そよ風なのか、つむじ風なのか。はたまた竜巻か……。




