第十三話 心機一転
俺の唯一の血縁者であるゴーダの死は担任経由で学園長に伝わった。
俺は学園長室へと呼び出された。
「卒業式は間近だが……。
一刻も早く帰りたいよね?」
学園長の問いに俺は頷く。まずは真偽の確認。
事実なのであれば……。
「そういうことだったら、こっちとしても出来る限りのサポートはしよう。
何しろルートくんは、総合科で久々の逸材なんだからなあ。
グヌーヴァ行きの特急郵便の馬車に乗せて貰えるように手配する。
それから、これ」
と学園長は俺に、一本の筒と封筒を差し出す。
「少し早いが、卒業証書とギルドへの推薦状だ。
どうせあと数日待てば貰えるはずだったものだ。
出席日数も足りているし、能力的にも問題は全くない。
特別措置だが本日をもって君の卒業を認めよう」
静かでつつましい卒業式を俺は学園長とたった二人で迎えた。
特急の郵便馬車を乗り継げば、ひと月足らずでグヌーヴァへ着くという。
行きは寄り道をしながら二か月ほどかかった道のり。
それをたった一人で引き返す。
寮からの荷物は引き上げて、クラサスティス家の別宅に仮置きさせてもらった。
みんな重く苦しい顔をしていた。
ようやくゴーダの死の悲しみが薄れてきたところに、唯一の肉親である俺が到着したのだ。
ついてそうそうゴーダの墓に案内される。グヌーヴァで一番大きな共同墓地だった。
もし、ゴーダに親族が居た場合、お参りしやすいようにと一般墓地に埋葬してくれたらしい。
「流行り病に罹ってしまって。
無くなる直前まで意識はしっかりしてたわ」
「アリシアが……看取ってくれたの?」
「わたしだけじゃない。マリシアもポーラも、お父さんも。
それに手の空いているみんなも。
ゴーダはわたしにとっても大切なおじいちゃんだったし……」
「ありがとう……」
俺は、ゴーダの墓前に花を添え、卒業証書を手向けた。
そっと手を合わせる。この世界の風習ではないが、どうしてもそうせずにはいられなかった。
「最後の最後まで、ルートさんに連絡を取ることを許してくれなかったのです」
ポーラがぽつぽつと語り始めた。
「卒業をひかえた大事な時だからと。
ルートは立派な冒険者になるために頑張ってるんじゃ。
だから、儂も病になんて負けてられないと。
あとふた月もすればルートは帰ってくる。
それまでは何があっても生き続ける……そう言って……」
ポーラさんが泣き崩れた。
アリシアも手で顔を覆う。
俺は泣かない。泣けなかった。溢れそうになる涙を必死で堪えた。
俺の人生はゴーダから貰ったようなものだ。
ゴーダに助けられ、逃がされ、そして育てられた。
成長を止めることはできない。
それがなによりのゴーダへの恩返しになるはずだ。
伝統ある王国で騎士団長まで努めたゴダード。
その人生の終わりは、あっけなかった。
名も無き一人の老人。ゴーダとして。
だけど、輝いていた。多くの人から信頼され、愛された。身分を偽ってもその人柄は変わらなかった。みんなに伝わっていた。
俺にも沢山のものを残してくれた。剣術だけじゃない。山奥での暮らし方だけではない。
多くの出会い。多くの優しさ。数多くの想い出。
みんなゴーダから貰ったものだ。
優しい愛で包んでくれた。それはまさに愛しい孫に対する祖父の姿だったように思う。 我が子を想って接する親の姿だったように思う。
だけど……、俺にとってのゴーダは、祖父でも父親でもない。
それ以上の、たった一人だけのゴーダという存在。血の繋がりを超越した関係。
俺は……、きっと、きっと世界を救ってみせるから……。
その日の夜。俺はクラサスティス伯――ロンバルトさん――の自室に呼ばれた。
「ゴーダ……、ゴダードさんから手紙を預かっている。
とりあえず目を通してくれ」
えっ? ゴダードって言った? 確かにそう聞こえた。
俺は急いで封を解き、手紙に目を落とす。
そこには、自分に万一のことがあった時はロンバルトさんを信じて、全てを任せるようにということが書かれていた。
「ゴダードさんは私にとってもいい友人であり、人生の先輩としても大変有意義な知恵、考え方を教えてくれた。
私は彼を信頼し、そしてゴダードさんもそれに応えてくれたのだろう。
すべてを打ち明けてくれたんだ。君がまだ学園に入って間もない頃だ。
君の出生の秘密。ここに来るまでの経緯……。
ハルバリデュス……今は要塞都市国家群グラゥディズとなっているが、あちらでは君たちは未だ捜索対象だ。規模は小さいがね。
近々王族への恩赦の動きがあるという噂は聞こえてくるが、どうなるかわかったものではない。
ルート……いや、トール殿下とお呼びした方がいいのかな?」
俺は迷わず答えた。
「いえ、俺はルート・ハルバードです。ゴーダだって、ゴダードと呼ばれるよりも、ゴーダ・ハルバードとして生きたことを誇りに思っているはずです」
そうだ。俺達はほんとの意味でも家族だった。ゴーダがくれた名前。シンチャとともに過ごした時。
かけがえのない時間。
「そうだな……。
ゴーダさんは、私にお願いをしてくれた。
ルートが、無事に冒険者として成長していけるように影ながら支えてやってくれというただそれだけの。
幸いにして、君がハルバリデュスの王族出身だということを知る者はほとんどいない。
やがて明かすことが必要になる時がくるのかも知れないが、今はまだその時ではないだろう」
俺が……王子だと名乗り出さないといけなくなる時? 来るのだろうか? そんな時が。
「その時に、君の身分を証明するためのもの。
聖剣フライハイツ。
魔竜戦役を終結させた英雄ハルバリデュスの使用していた剣。
王家に伝わりし宝剣だ。
英雄の血を引くもののみに扱えるとも言われている。
元のままではあまりにも目立ちすぎるから、多少手直しをしておいた。
宝石や装飾の類は外してある。鞘も新たに別注しておいた。
元に戻すときにはまた声を掛けてくれればいい」
ロンバルトさんが取り出したのは、見た目に地味な剣であった。
俺はそれを受け取りそっと鞘から抜き出した。
質素な柄や鍔と不釣り合いなほどに輝く綺麗な刀身。
手になじむ。それはそうだ。一目でわかった。
この剣は……、三歳ぐらいの時にゴーダから与えられたもの。
「元々は、ハルバリデュス2世が即位する時に父親のハルバリデュスから与えられたものだという。
英雄の末裔の証しとして。その時に刀身を柄に納めて短剣のように、短く作り直されていたらしい。
だが、いずれ戦乱、あるいは混乱の時代がくることを予期していたのか。
英雄の末裔が再びその剣をとって戦えるようにと、元の長さに戻す仕掛けがしてあったそうだ。
それでも一般的な剣に比べると多少は短いが……」
刃渡りにして70cmぐらいだろうか。ロングソードよりも短く、短剣というには長い。
「いえ、大丈夫です。
扱いやすい……と思います」
「君の力として、自由に使って欲しいというゴーダさんからの伝言だ。
あいにくというか、幸せなことにというべきか、今の世はそれなりに平和でもある。
だが、戦う力はまだ必要とされている。
魔物や盗賊、反乱。
これから君が冒険者としてどんな戦いを送るのか、君にだってわからない部分も沢山あるだろう。
決して心を曇らせ無いように。その刀身の輝きを……、英雄の志を胸に」
ロンバルトさんの口調がゴーダと重なる。
英雄が残し、ゴーダが導き、ロンバルトさんが伝えてくれた剣。
ロンバルトさんの想いは、ゴーダの想いでもあり、そして英雄ハルバリデュスの願いでもあるのだろう。
「はい」
俺は小さく頷いた。この剣に、ゴーダに恥じない人生を歩む決意。
「で、ルート……。話は変わるんだがね?」
「はい」
「これからの予定。決まってるのかな?
王都に帰るのか、それともこの街でしばらく滞在するのか?
もちろんうちとしては歓迎する。
自分の家と思ってくれたらいい。
仮に旅に出るとしても帰るところがあるほうが安心できるだろう」
「ありがとうございます。
そうですね、しばらくはグヌーヴァで過ごさせてもらおうかな……。
この街にもギルドはあるし、登録もできるでしょうから」
折角帰ってきたのだ。久しぶりに会ったアリシアやマリシア、ポーラさんと即刻別れるのも気が引ける。
王都には王都で、シノブやプラシが待っていてくれるかも知れないが……。
あいつらにはちょっと悪いが、長旅での疲れもあるし。
シノブもプラシもミッツィも十分に力を付けているから、俺なんかいなくてもルーキーの冒険者として立派にやっていけそうだし……。
「ならば、ひとつ頼みがあるのだが?」
「なんでしょう?」
「アリシアを君のパーティに入れてやってはくれんかね?」
「えっ?」
「本人に才能があったのか、ポーラの教えがよかったのか。
養成学園を辞めてからのほうが、魔術の才を伸ばしたようでね。
ギルドへの登録は済ませてしまったようだ。
まだ、依頼を受ける許可はしていないのだが、ルートがともに居てくれればこちらとしても安心だ」
なに? アリシア? 手紙でもそんなことは一言も書いてなかったのに?
俺より先に冒険者になってた?
「ええ、まあそれはいいですけど……。
大丈夫なんですか?」
嫁入り前の娘に危ないことをさせてとか、お転婆娘の好き放題にやらせてといったことを含めて俺はロンバルトさんの顔色を窺った。
「うん? まあ、あれは……。言っても聞かん奴だからな。
当面は自由にさせる方向で……」
なんとなくロンバルトさんの気苦労が伝わってくる。
本音としては、大人しく花嫁修業でもしておいて欲しいのだろうけどアリシアはそんな柄じゃない。
無理に考えや生き方を押し付けると飛び出していきかねない。
ならばと俺は、首輪と鎖の役目を仰せつかったのだろう。
そこまでをなんとなく理解する。
「わかりました。
俺もまだ駆け出しですから、そんなに危険な依頼も受けられませんし。
しばらくアリシアと二人でやってみます」
「すまないが、よろしく頼む」
こうして俺の冒険者としてのスタートが切って落とされた。
ゴーダの死を嘆いている暇はない。
前を向いて。一歩ずつ。歩んでいく。
自分のため。アリシアのため。ロンバルトさんのため。
ひいてはそれがゴーダのためにも、シンチャのためにもなるんだから。
世界を救う、そのための新たな第一歩。
踏み出す。しっかりと。地に足を付けて。準備は整った。
大いなる飛翔のための、小さな一歩。
俺のために舞い降りた一振りの剣とともに。
読んでくださりありがとうございます。これにて学園編終了です。
登場人物紹介を挟んで、冒険篇が始まる予定です。