第十二話 疾風迅雷
結果だけを報告しよう。
最終戦。
ロイエルト対俺の複合戦は、俺の圧勝で終わった。
中級魔術を連発し、時折上級魔術を織り交ぜてくるロイエルトの魔術攻撃。
その全てを俺は、同属性、下位級の魔術で相殺した。
中級魔術には初級魔術で、上級魔術には中級魔術で。
詠唱速度で圧倒的に勝る俺に死角はなかった。
剣技についても同様だ。ロイエルトの攻撃を全て受け止める。
反撃はしない。奴が諦めるまで、ロイエルトの体力が、魔力が、尽き果てるまで。
俺はただ相手の攻撃を受けきった。
1時間にも及ぶ戦いは、ロイエルトが自らの負けを……、屈辱を噛みしめながら降参を表明することで決着した。
残念なことに通常ではありえない量の魔術を短期間に消費しつくしたアリシアは、いずれは回復はするがそれなりの時間がかかるということだった。
日常生活には支障はきたさないが、魔術の練習はしばらく出来ない。
数か月なのか数年なのかは、様子を見てみないことにはわからないという。
アリシアは自ら退学を申し出て、グヌーヴァへと帰っていった。ポーラさんとともに。
回復次第、冒険者を目指して修行を再開するという。アシリアはまだ夢を諦めたわけではない。
退学する際に学園長へと面会を申し入れていた。
確かに入学式の時に学園長は言っていた。退学する場合、それでも冒険者になりたければ自分のところに来いと。
別れの際もアリシアの顔には曇りが無かった。ちゃんと自分の進むべき新たな道を見つけたような、そんな表情。
俺は、ひとまず安心してアリシアを送り出した。
俺は、クラサスティスの別宅を引き払い、学園の所有する寮で生活する身となった。相変わらず金銭面ではクラサスティス家に支えられているが、寮生活を送りながら自立したいっぱしの大人へと成長していっていることを自覚する。
さて、発表会で学園最強を自負していたロイエルトを圧倒した俺は、生徒達から縁起の悪い通り名を、二つ名を授かることになる。
曰く、『災難の供給者』、『凶難を与えしもの』。『受難の宅配人』などなど。
無難がモットーの俺としてははなはだ不本意だったが、それだけのことをしたのだ。
アリシアの退学という事態に腹を立てた俺は、ロイエルトを敵視し続けた。
意図してやったことではないが、自然に、態度に出てしまった。
結局アリシアが模擬戦で使用していた魔杖の出所はわからなかったけど、噂は広まった。ロイエルトの計略のひとつであったと。
俺からの無言の圧力を感じ、居心地の悪さを感じたロイエルトもまたひっそりと学園を去っていった。
まあ、あれだけの実力者だ。コネだってある。いずれ冒険者となったロイエルトと顔を合わすこともあるかもしれない。その時は、過去の遺恨を洗い流して接してやるかな。奴が本気で反省しているようならば、だけれども。
上級生や魔術科、剣術科からは恐れられてしまっても、総合科の連中は俺と今までどおりに接してくれた。
ある意味でヒーローである。虐げられていた総合科に突如現れた新星だ。
俺を評価してくれたのはクラスメイトだけではない。
ロイエルトとの戦いぶりを見た学園長は迷わず俺をギルドへと推薦してくれた。
一緒に戦ったチームメイト、プラシ、シノブも力不足ではあるが、俺のパーティの一員であればという条件付で、ギルドへの仮登録を行えるように計らってくれた。
それからもうひとり。
「なんかさ、俺たち代表は3人だけど、ギルドへの仮登録って4人までいけるみたい。
プラシかシノブは入れたい人いる?」
と俺が聞くと、
「無理にとはいわないけどさ、ミッツィを入れてあげて欲しい」
とシノブが手を挙げた。
俺はプラシに視線を向ける。
「僕は……、別に誰でもいいからミッツィでもいいけど……。
なんか理由あるの?」
「単に仲良しだからってだけじゃだめ?」
シノブは俺とプラシの顔を交互に見た。
俺にはシノブの気持がわかる。
聞いた話ではミッツィの家はそれほど裕福ではないらしい。
兄は冒険者だがまだ駆け出しで、それも金銭的に無理して学園に入ったという。借金があるとか無いとか。
さらに、ミッツィの分の学費はその兄の稼ぎのほとんどをつぎ込んで、相当無理して捻出したとか。
ギルドに仮登録して依頼をこなせば、多少とはいえ金を手に入れることができる。
そんな事情を知ってしまっているから俺はシノブの提案を快く了承した。
「そうだね。超近接戦闘タイプのシノブ、俺だって魔術は使えるけど剣での攻撃がメイン。どちらかというと剣術のほうが好きだし。
プラシは、攻撃から補助、回復と幅広く使えるけど、もう一人ぐらい後衛が居てくれたほうがバランス的にもいいもんな。ミッツィだったら、補助と回復に特化してるから俺たちのパーティに入ってくれたら、いろいろと受けられる任務の幅が広がるかも」
ああ見えて、ミッツィもこの半年で成長している。総合科においてすら魔術の技量は中の上が関の山というポジションだが、性格的にはシノブに真っ向から意見できる貴重な人材。プラシに次ぐぐらいの常識人。
人間関係を円滑にするためにもああいう子が居てくれたほうがまとまるかも。
短い休暇を挟んで後期の授業が始まった。
ミッツィに金を稼がせるという意味もあったし、俺も災厄だ、災難だと後ろ指差されながら学園で生活するのが少し嫌になっていたし、シノブは退屈な授業よりも実戦経験を積むことを望んだし、プラシはそんな俺たちの欲求に嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれたし。
学校の授業をまともに受けるのは週に一回、あとはギルドへ通って、様々な依頼を受けて金を稼ぎ、経験を積む。依頼が早く終われば学園にも顔を出す。
そんな生活が続いた。
2年になった。
例年、この時期になると総合科で残っている生徒はほんの少数。
クラスを維持できるだけの人数がおらず、総合科の生徒は得意科目によって剣術科と魔術科に振り分けられるのが通例らしい。
途中から参入したクラスで、他の生徒とも馴染みにくく、しかも実力は大きく劣り、辛い学園生活を送るというのがこれまでのパターンだったようだが、俺たちの学年は幸いなことに半数以上がしぶとく生き残り――ほとんどプラシの影での努力や工作のおかげ――総合科クラスは2年になっても継続して存在することになった。
2年の修練度発表会では、シノブはバーナードを撃破するも、魔術戦では去年と同じくあっさり棄権。
今回は魔術戦にまわってきたエルーラは、プラシに出番を譲られて出場機会を得たミッツィに圧勝。
ミッツィを出場させたのは、俺たち4人のパーティを存続させるためでもあった。
発表会で戦った代表でもないのに、同じサポートメンバー、つまりはミッツィを仮登録させ続けるのはよろしくないと学園側からの通達があった。
で、エルーラは複合戦で俺に破れた。
ロイエルトなき剣術魔術連合では、おかざりの大将が複合戦で俺に向かってきたが、俺の相手を務められるだけの力は持っていなかった。
3年時、異例中の異例。そのまま総合科としてまたも居残りを果した俺たちクラスメイトの中で、伸びる奴は剣術科や魔術科にも負けない実力を手に入れたりもした。
成長著しかったのはプラシとミッツィ。
魔術科でも中程度の実力になっただろう。
シノブはというと、俺との手合わせやギルドの依頼を重ねて強くなっているのは強くなっているが、どうにも融通の利かない戦闘スタイルのため評価がしづらい。一言で言えばムラがある。
それでも、魔術抜きにして考えると俺に次ぐ実力を持っていたかもしれない。
事実、3年時の修練度発表会では、一戦目にシノブが雪辱を賭けて挑んできたエルーラを打ち倒し、プラシは魔術科のトップと接戦を演じた。
俺は、結局魔術戦と複合戦で計二勝。名実ともに学園最強の地位を得た。二つ名は相変わらず、『災難を呼びし者』とかだったけど。
1年のときのロイエルト戦で変な絶叫をしたのが延々ついて回る。あれ以来はほんと大人しく過ごしているというのに。人の噂も75日とか言うのは嘘だ。
卒業は間近に迫っていた。
無事に、卒業できたなら、ギルドへの推薦状が手に入る。
無試験での本登録。俺達のように仮登録で依頼を受けた経験のあるものでも、始めはルーキーランクのFからスタート。
飛び級で登録できるわけではない。
だが、学園を卒業したというだけで、実力は保証付き。
なまじ、うだつの上がらない中堅冒険者よりも、フレッシュな俺たちの方が依頼を受けやすいことが多いらしい。
「卒業したらさ、ギルドに正式に登録してもらって冒険者になるでしょ?
みんなマーフィルに残るの?」
ある時シノブが切り出した。
「あんまり深く考えてなかったけど」
とプラシ。元々ハルバリデュス生まれのプラシだが、物心付く頃には、マーフィルで住んでいるという。
家族も居るし、愛着もあるだろう。温和なプラシは都会で地味に冒険者やるのが向いているといえば向いている。
「わたしは……、できたらもっと他に行きたいと思ってます」
ミッツィも答える。彼女なりのプラン。
王都周辺では安定して依頼はあるものの、単価が安い。
人材が依頼に比べて多いからだ。若手には美味しい依頼はまわってきにくい。
辺境に行けば、掘り出し物の高額の依頼があるとかないとか。
登録したての俺たちのランクでは受けられないが、マーカサス諸島のダンジョン、魔塔めぐりなんていうお宝ゲットの期待値大の冒険クエストだってある。
「ルートは?」
とシノブが聞いてきた。なにやら俺の意見を聞くのが本題だったみたいだな。
「俺は、あちこち飛び回るつもり。
ちょっと探し物があってね」
「なるほど、みんなの意見を総合するとだな」
勝手にシノブが纏めに入る。
「シノブとその仲間達パーティ。
卒業後も、この4人で組むってのもいいんじゃない?
ほら、男女も2対2だし……」
男女比とか聞くとベルさんの笑い話を思い出してしまった。
「あんまりパーティ内で男女の比率考えたり色恋沙汰に走ると解散率が高いって冒険者の人が言ってたけど?」
これは、ひそかに両思い、なおかつともに奥手力が半端ないプラシとミッツィへの当てこすりでもある。
「あ~、なるほど。プラシとミッツィの痴話喧嘩に巻き込まれるわけなのね。
確かにモンスターを相手しているときにやられると溜まんないね」
茶化すシノブに頬を染めるミッツィ。
プラシは果敢にもシノブへ反撃に出た。
「そういう、シノブはどうなのさ?
やっぱりルートのことが好きなんじゃないの?」
シノブもかあっと赤くなる。必死で抗弁する。
「いや、だってルートには居るだろ。
あの、魔術科にいたお嬢様が。お似合いの。
あたしは、まああれだ、その、サンドバック代わりに重宝しているぐらいで……」
くだらない会話。くだらない時間。
このまま無事に卒業を迎えると思っていた。
そしたら、ほんとにこの4人でパーティを組みたい。
まだまだ世界中を回るには経験も力も不足している。
俺がもう少し成長するまでの間。
せっかく仲良くなれた仲間たちとともに冒険をしたい。
一度、グヌーヴァにみんなを連れて行って、ゴーダやマリシアを紹介するのも楽しいだろう。アリシアをパーティに加えてもいい。
それから、もし仮に。
俺の本来の目的。扶亜の探索と七つ目の鍵探し。行き先はどこになるのかわからないけど。
付いてきてくれるのなら。こんなに気心の知れた仲間達だ。
これからだってみんな成長するだろう。強くなって行くだろう。
一緒に冒険して強くなって、助け合いたい。助けてもらいたい。
そんな明るい未来が見える。目的を果した後、俺は元の世界に戻るのかもしれない。
だけどそれまでは、こいつらとともに過ごしたい。
先のことはわからない。今考えるべきでもない。
そんな思いが胸に湧き上がる。
それを打ち砕くような……、突然俺の元へ届けられた知らせ。
特急便で配達された手紙。
封を解いて中身を確認した俺はの頭は一瞬真っ白になる。
それはゴーダの死を告げる手紙だった。




